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二、はじめての気持ち
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わたしの体は相変わらず貧弱なままであった。高熱に魘される日は無くなったが、それでも小さな体には負担が大きく、熱によって微睡んでいるかのようにぼんやりと過ごしている日もある。
体調の良い日はお庭のガゼボにいることもあり、そこで家族みんなでゆっくり過ごしたりもする。お母様のお気に入りの花が咲く綺麗な庭園は我が家の自慢で、それを眺めながらお茶を楽しめるこのガゼボがわたしは大好きだった。
元気いっぱいなグロリアはじっとしているのが苦手なのか、よく庭の中を走っている。四歳児の動きとは思えないような素早さで、護衛や侍女達を翻弄するその姿に小猿だと称したのは誰であったか。
「よく来たな、勇者グロリア」
「世界に闇をもたらす魔王は、この勇者グロリアが成敗する!!」
息抜きだとキルッカ家の屋敷に訪れる五歳上の第一王子クリスティアン殿下は側近候補や護衛の方々を巻き込んで、グロリアやわたしと遊んでくださった。そんなクリスティアン殿下を魔王役にし、勇者として挑むのはさすがによくないのではというわたしの意見は、なぜかクリスティアン殿下とグロリアに却下されてしまった。
わたしがおかしいのかと、まわりの様子を確認しても皆が苦笑いで流していたので、わたしもそういうものかと気にしないでおいた。気にしていたのがわたしだけというおかしな状況がありえないことだというのに、わたしもすぐに忘れてグロリアの隣に並んで一緒に挑む。
「聖女アマリアも、魔王様を成敗いたします!」
「二人がそろえば無敵なのだ!! 魔王よ、あきらめろ!! そして、ユリアナ姫をかえしてもらおうか!!」
「勇者様、聖女様! 助けてくださいませ~!」
勇者グロリアのそばにはいつだって聖女アマリアが並び立つのだ。わたし達の遊びに付き合ってくれているユリアナお姉様は、囚われのお姫様役を演じてくれている。その顔は微笑ましそうにわたし達を見ていて、緊張感など何もない。
今、一番いいシーンのはずなのに。
「ユリアナおねえさま……」
納得いかないわたしの声は、魔王もとい、王子殿下の「や~ら~れ~た~っ」というわざとらしい声によって遮られ、さらに王子殿下のその声さえもかき消すように、まわりから歓声があがった。
「魔王クリスティアンは、勇者グロリアと聖女アマリアによって倒され、助け出されたユリアナ姫と仲良く三人で暮らしました。めでたし、めでたし」
落ち着いた声に締めくくられ、物語が終わってしまった。眼鏡をかけた男の子は冷めた目で拍手をしながらそう言っていたが……。
「魔王クリスティアンが倒されるとはな……」
「だが、あいつは我らが魔王四天王のなかでは最弱」
「おお、魔王よ。勇者に倒されてしまうとは情けない」
他の男の子達が前へ出てきて、また物語が始まった。魔王って一人ではなかったのですね。
「はぁ……第二、第三、第四の魔王出現により、勇者と聖女の冒険はこれからも続いていく」
ため息をついて、そう言ってくださったあの眼鏡の男の子は呆れながらも顔は笑っている。皆が楽しそうでグロリアも今度は三人相手に立ち向かおうとしているので、わたしももう一度グロリアの隣に並ぼうと、ユリアナお姉様のそばから飛び出す。
「残念だったな。聖女アマリアはこの真の魔王がもらって行く」
「きゃあっ!!」
「アマリア!?」
後ろから伸びてきた両手にいきなり掴まれて、思わず小さな悲鳴がもれてしまったが、その手は優しく丁寧にわたしを抱き上げ、そのままガゼボに置いているソファーにゆっくりと下ろされた。ぽんぽんと軽く頭を撫で、その手は額や頬に当てられ首元に滑り離れていった。驚きで動けず、黙ってされるがままになっていたが、見つめた先にある青紫の目と合えば、鋭かった目元が少し緩んでいるように思う。
「こらっ、魔王め。アマリアを返せ!!」
グロリアが勢いよくぶつかっていくが、男の子は難なく受け止めてあっさりグロリアを捕まえている。
「じゃじゃ馬勇者は大人しくしてろよ。妹君の顔が少し赤くなっているから、日陰で休ませてやれよ」
「!!? だ、だいじょうぶなのかアマリア!?」
その言葉にグロリアは驚いてわたしの顔を心配そうにのぞき込んで、ぺたぺたと触って確かめている。触れた手が冷たくて、大丈夫だよと返してもいまだに心配そうにしているので、笑ってその手を掴んだ。ぎゅっとお互いの手を握り、目を合わせれば納得したのかほっとした顔で落ち着きを取り戻した。
用意してもらった冷たい果実水をゆっくり飲みながら、一気に飲み干してまた走り出したグロリアを見つめる。グロリアの手は冷たくて気持ちがよかった。やはり、あの男の子が言ったように熱があったのかもしれない。
「まだ顔が赤いわね。アマリア、大丈夫?」
心配するユリアナお姉様の声に頷いて答え、視線はグロリアを追いかける。その視線の先は殿下やまわりの男の子達に移っていき、最後にあの男の子へ向かう。殿下達より少しだけ背が大きいからか、わたしを撫でてくれた手も大きかった。目で追うたびに、熱で頭がふわふわしていくのは気のせいなのか――。
あぁ、やっぱりまだ熱があったのね。でも、このふわふわはいつもと違って不思議な感じがする。
果実水に浮かぶ氷がカランと音を鳴らす。
それは、無意識に落ちた初めて芽生えた小さな恋の始まりを告げる音。
体調の良い日はお庭のガゼボにいることもあり、そこで家族みんなでゆっくり過ごしたりもする。お母様のお気に入りの花が咲く綺麗な庭園は我が家の自慢で、それを眺めながらお茶を楽しめるこのガゼボがわたしは大好きだった。
元気いっぱいなグロリアはじっとしているのが苦手なのか、よく庭の中を走っている。四歳児の動きとは思えないような素早さで、護衛や侍女達を翻弄するその姿に小猿だと称したのは誰であったか。
「よく来たな、勇者グロリア」
「世界に闇をもたらす魔王は、この勇者グロリアが成敗する!!」
息抜きだとキルッカ家の屋敷に訪れる五歳上の第一王子クリスティアン殿下は側近候補や護衛の方々を巻き込んで、グロリアやわたしと遊んでくださった。そんなクリスティアン殿下を魔王役にし、勇者として挑むのはさすがによくないのではというわたしの意見は、なぜかクリスティアン殿下とグロリアに却下されてしまった。
わたしがおかしいのかと、まわりの様子を確認しても皆が苦笑いで流していたので、わたしもそういうものかと気にしないでおいた。気にしていたのがわたしだけというおかしな状況がありえないことだというのに、わたしもすぐに忘れてグロリアの隣に並んで一緒に挑む。
「聖女アマリアも、魔王様を成敗いたします!」
「二人がそろえば無敵なのだ!! 魔王よ、あきらめろ!! そして、ユリアナ姫をかえしてもらおうか!!」
「勇者様、聖女様! 助けてくださいませ~!」
勇者グロリアのそばにはいつだって聖女アマリアが並び立つのだ。わたし達の遊びに付き合ってくれているユリアナお姉様は、囚われのお姫様役を演じてくれている。その顔は微笑ましそうにわたし達を見ていて、緊張感など何もない。
今、一番いいシーンのはずなのに。
「ユリアナおねえさま……」
納得いかないわたしの声は、魔王もとい、王子殿下の「や~ら~れ~た~っ」というわざとらしい声によって遮られ、さらに王子殿下のその声さえもかき消すように、まわりから歓声があがった。
「魔王クリスティアンは、勇者グロリアと聖女アマリアによって倒され、助け出されたユリアナ姫と仲良く三人で暮らしました。めでたし、めでたし」
落ち着いた声に締めくくられ、物語が終わってしまった。眼鏡をかけた男の子は冷めた目で拍手をしながらそう言っていたが……。
「魔王クリスティアンが倒されるとはな……」
「だが、あいつは我らが魔王四天王のなかでは最弱」
「おお、魔王よ。勇者に倒されてしまうとは情けない」
他の男の子達が前へ出てきて、また物語が始まった。魔王って一人ではなかったのですね。
「はぁ……第二、第三、第四の魔王出現により、勇者と聖女の冒険はこれからも続いていく」
ため息をついて、そう言ってくださったあの眼鏡の男の子は呆れながらも顔は笑っている。皆が楽しそうでグロリアも今度は三人相手に立ち向かおうとしているので、わたしももう一度グロリアの隣に並ぼうと、ユリアナお姉様のそばから飛び出す。
「残念だったな。聖女アマリアはこの真の魔王がもらって行く」
「きゃあっ!!」
「アマリア!?」
後ろから伸びてきた両手にいきなり掴まれて、思わず小さな悲鳴がもれてしまったが、その手は優しく丁寧にわたしを抱き上げ、そのままガゼボに置いているソファーにゆっくりと下ろされた。ぽんぽんと軽く頭を撫で、その手は額や頬に当てられ首元に滑り離れていった。驚きで動けず、黙ってされるがままになっていたが、見つめた先にある青紫の目と合えば、鋭かった目元が少し緩んでいるように思う。
「こらっ、魔王め。アマリアを返せ!!」
グロリアが勢いよくぶつかっていくが、男の子は難なく受け止めてあっさりグロリアを捕まえている。
「じゃじゃ馬勇者は大人しくしてろよ。妹君の顔が少し赤くなっているから、日陰で休ませてやれよ」
「!!? だ、だいじょうぶなのかアマリア!?」
その言葉にグロリアは驚いてわたしの顔を心配そうにのぞき込んで、ぺたぺたと触って確かめている。触れた手が冷たくて、大丈夫だよと返してもいまだに心配そうにしているので、笑ってその手を掴んだ。ぎゅっとお互いの手を握り、目を合わせれば納得したのかほっとした顔で落ち着きを取り戻した。
用意してもらった冷たい果実水をゆっくり飲みながら、一気に飲み干してまた走り出したグロリアを見つめる。グロリアの手は冷たくて気持ちがよかった。やはり、あの男の子が言ったように熱があったのかもしれない。
「まだ顔が赤いわね。アマリア、大丈夫?」
心配するユリアナお姉様の声に頷いて答え、視線はグロリアを追いかける。その視線の先は殿下やまわりの男の子達に移っていき、最後にあの男の子へ向かう。殿下達より少しだけ背が大きいからか、わたしを撫でてくれた手も大きかった。目で追うたびに、熱で頭がふわふわしていくのは気のせいなのか――。
あぁ、やっぱりまだ熱があったのね。でも、このふわふわはいつもと違って不思議な感じがする。
果実水に浮かぶ氷がカランと音を鳴らす。
それは、無意識に落ちた初めて芽生えた小さな恋の始まりを告げる音。
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