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序、物語は永遠の夢の世界で
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ワタクシはもう一度、表紙を優しく撫でた。長いように感じた十四年間も思い出してみれば、まばたきをする一瞬のように過ぎ去っていった。
椅子に座り、そしてこれからに思いを馳せれば、あの方の姿が浮かび上る。
「ワタクシの最愛」
黒衣を纏った騎士、北の辺境伯フェルン様。ワタクシはあの出会いから、一度も彼に会うことができていなかった。
公爵令嬢がほいほいと簡単に外出などできるはずもなく、お茶会も夜会にも出席が許されないワタクシでは、あの方の家名を知ることぐらいしかできなかったのだ。
心配なんてしなくていいのよ、グロリア。
満月の夜の舞踏会から物語は始まる。そして、それは昨夜にあった王家主催の舞踏会のことである。
煌びやかなあの空間に、最愛の貴方様もいらっしゃったのかしら?あぁ、でも物語ではあの方は、王都には滅多に来ることもなく、北の領地にてこの国を守っておられたはずだわ。
噂に踊らされた周りの人々によって心を傷つけられ、深く冷たく閉ざしたあの方の心を一日でも早くワタクシの愛で包み込み癒して差し上げなくては。真実の愛により、二人は深く結ばれ、聖女グロリアはこの世界の至宝としてこの先も長く語られていく。
表紙に書かれた文字を指で追い、ゆっくりと一枚ずつめくり読み進める。ゆっくり、ゆっくりと時間をかけ最後まで読み進め、感嘆のため息と共に優しく閉じた。
そっと鍵を閉じ、大切に大切に机の引き出しに隠しておく。誰にも見つからないように、この大切な書物は保管しておかねばならない。
神の愛し子である聖女グロリアについて語られているこの書物は、神聖な物として大切に保管されて守られていく聖なる書物なのだ。
ワタクシはこの世界での生を全うすれば、大いなる神である父によって天界へ導かれ、そこで過ごしていくことになる。そこにはワタクシを愛する神々しかおらず、ワタクシを傷つけるようなモノ達などいない楽園なのだ。もちろん、最愛のあの方もそこにはいらっしゃるわ。あの方は地上に落とされたワタクシを迎えに来るために、神から人の身へと落ちてしまったのね。
「大丈夫よ」
神様は愛しいワタクシを守り愛しぬいたあの方を英雄として迎え入れてくれる。そして永遠の時を神々に見守られながら幸せに過ごすのでした。
めでたし、めでたし……。
数日後、キルッカ家に二つの縁談が舞い込んだ。
キルッカ家に来た縁談は、北の辺境伯家と他国の王族からだった。ようやくワタクシはあの方の元に嫁ぐ事ができるのだと喜んでいたのに、辺境伯家が望んだのはアマリアの方だった。
「落ち着くのよ、グロリア……」
物語でもそうだったでしょう?辺境伯家も最初はアマリアとの縁談を望んでいて、でも最後にはあの方はワタクシを選んでいた。他国の王家には、王太子妃という位に飛びついた愚かな妹アマリアが嫁ぐのよ。
でも、少しだけ違うのは何故?
他国の王族から望まれたのはワタクシだった。まぁ、あんな愚妹とは比べものにはならないくらい素晴らしい聖女であるグロリアを選ぶのは当然なのだけど、物語では隣国の王太子が相手だったはずが、何故か島国である小国の第三王子。この国がある中央大陸の近海に浮かぶ、小さな島にある王国。高い技術力と豊かな自然に囲まれた裕福な国の第三王子が、是非にと王家を通じて我が家に持ってきた縁談である。そのような縁談なら、さすがにアマリアも邪魔ができないみたいで大人しく従っているが、ワタクシには最愛のあの方がいらっしゃるのに……。
「どうしてなの?」
混乱する頭を落ち着かせようとまわりの様子をうかがえば、アマリアが悔しそうな顔で唇を嚙んでいる姿が目に入った。王族に嫁げなくて田舎に送られるのが悔しいのか、体も震えて怒りを抑えているようにも見えるその姿に、ワタクシも冷静になれたようだ。愚かなアマリアによって平常心が保たれるなんて屈辱だが、今は感謝しておいてあげよう。
あら、いいことを思いついたわ!ワタクシ達はこれでも双子なのだから、入れ替わって嫁げばいいのよ!!
そうすれば、愚妹は王族の一員になることができ、ワタクシも最愛の方と結ばれることができる。ワタクシ達は同じ金髪と青い目を持つ双子の姉妹なのだから、ばれる心配もないだろう。愚妹の名で生きていかねばならないのは嫌だが、こっそりあの方にだけはお伝えしておけば、ワタクシはあの方だけのグロリアでいることができる。
「いいアイディアね」
二つの婚約によって我が家は準備に忙しくなったが、偶然なのか必然なのか我が家であの方に再会することができた。
作戦通り愚妹のふりをしてあの方にご挨拶をすれば――。
「君を愛することなど絶対にない」
例のあの言葉をいただきました!!
ワタクシをゴミでも見るかのように嫌悪感をあらわに吐き出したその言葉は、入れ替わっているアマリアに向けられた言葉だ。心臓がぎゅっと掴まれて、息もできないぐらいの苦しさに一言さえも返せずにいれば、あの方は興味を失ったように足早に去ってしまった。
ワタクシが言われたみたいで驚いてしまったわ。でも、あの言葉も態度もアマリアに対するものなのだから許してさしあげなくてはいけないのよ。深く冷たく閉ざした心に届くのは、ワタクシの愛だけ。
気を取り直して結婚の準備を再開しましょう。震えがおさまらないのはあの方に会えた歓喜からで、自分の部屋に戻るための足取りが重いのも、あの方と離れがたいから。姿見に映るワタクシの顔色が悪いのは、準備に追われて寝不足になっているだけ。
少し休憩を挟んだほうがいいのかもしれない。よく考えてみれば準備なんてまわりにさせておけばいいのだ。
ワタクシはこの身ひとつで、あの方の元に行けばいいの。光り輝くワタクシそのものが至宝であるのだから、必要な物など何も無い。
さぁ、心配事など無いのだから眠ってしまいましょう。
柔らかなベッドの上で目を瞑り、今日も幸せな夢を見ましょう。
公爵令嬢グロリアが活躍し、世界中に愛されたヒロインの物語に思いを馳せながら、ワタシはこの現実から離れた楽しい空想の世界で永遠に生きていく。
そんな幸せな夢と妄想を追いかけ続けた空想の住人の横で、自分の夢を実現させるために追い続けたもうひとりの令嬢のお話が、今語られる――。
椅子に座り、そしてこれからに思いを馳せれば、あの方の姿が浮かび上る。
「ワタクシの最愛」
黒衣を纏った騎士、北の辺境伯フェルン様。ワタクシはあの出会いから、一度も彼に会うことができていなかった。
公爵令嬢がほいほいと簡単に外出などできるはずもなく、お茶会も夜会にも出席が許されないワタクシでは、あの方の家名を知ることぐらいしかできなかったのだ。
心配なんてしなくていいのよ、グロリア。
満月の夜の舞踏会から物語は始まる。そして、それは昨夜にあった王家主催の舞踏会のことである。
煌びやかなあの空間に、最愛の貴方様もいらっしゃったのかしら?あぁ、でも物語ではあの方は、王都には滅多に来ることもなく、北の領地にてこの国を守っておられたはずだわ。
噂に踊らされた周りの人々によって心を傷つけられ、深く冷たく閉ざしたあの方の心を一日でも早くワタクシの愛で包み込み癒して差し上げなくては。真実の愛により、二人は深く結ばれ、聖女グロリアはこの世界の至宝としてこの先も長く語られていく。
表紙に書かれた文字を指で追い、ゆっくりと一枚ずつめくり読み進める。ゆっくり、ゆっくりと時間をかけ最後まで読み進め、感嘆のため息と共に優しく閉じた。
そっと鍵を閉じ、大切に大切に机の引き出しに隠しておく。誰にも見つからないように、この大切な書物は保管しておかねばならない。
神の愛し子である聖女グロリアについて語られているこの書物は、神聖な物として大切に保管されて守られていく聖なる書物なのだ。
ワタクシはこの世界での生を全うすれば、大いなる神である父によって天界へ導かれ、そこで過ごしていくことになる。そこにはワタクシを愛する神々しかおらず、ワタクシを傷つけるようなモノ達などいない楽園なのだ。もちろん、最愛のあの方もそこにはいらっしゃるわ。あの方は地上に落とされたワタクシを迎えに来るために、神から人の身へと落ちてしまったのね。
「大丈夫よ」
神様は愛しいワタクシを守り愛しぬいたあの方を英雄として迎え入れてくれる。そして永遠の時を神々に見守られながら幸せに過ごすのでした。
めでたし、めでたし……。
数日後、キルッカ家に二つの縁談が舞い込んだ。
キルッカ家に来た縁談は、北の辺境伯家と他国の王族からだった。ようやくワタクシはあの方の元に嫁ぐ事ができるのだと喜んでいたのに、辺境伯家が望んだのはアマリアの方だった。
「落ち着くのよ、グロリア……」
物語でもそうだったでしょう?辺境伯家も最初はアマリアとの縁談を望んでいて、でも最後にはあの方はワタクシを選んでいた。他国の王家には、王太子妃という位に飛びついた愚かな妹アマリアが嫁ぐのよ。
でも、少しだけ違うのは何故?
他国の王族から望まれたのはワタクシだった。まぁ、あんな愚妹とは比べものにはならないくらい素晴らしい聖女であるグロリアを選ぶのは当然なのだけど、物語では隣国の王太子が相手だったはずが、何故か島国である小国の第三王子。この国がある中央大陸の近海に浮かぶ、小さな島にある王国。高い技術力と豊かな自然に囲まれた裕福な国の第三王子が、是非にと王家を通じて我が家に持ってきた縁談である。そのような縁談なら、さすがにアマリアも邪魔ができないみたいで大人しく従っているが、ワタクシには最愛のあの方がいらっしゃるのに……。
「どうしてなの?」
混乱する頭を落ち着かせようとまわりの様子をうかがえば、アマリアが悔しそうな顔で唇を嚙んでいる姿が目に入った。王族に嫁げなくて田舎に送られるのが悔しいのか、体も震えて怒りを抑えているようにも見えるその姿に、ワタクシも冷静になれたようだ。愚かなアマリアによって平常心が保たれるなんて屈辱だが、今は感謝しておいてあげよう。
あら、いいことを思いついたわ!ワタクシ達はこれでも双子なのだから、入れ替わって嫁げばいいのよ!!
そうすれば、愚妹は王族の一員になることができ、ワタクシも最愛の方と結ばれることができる。ワタクシ達は同じ金髪と青い目を持つ双子の姉妹なのだから、ばれる心配もないだろう。愚妹の名で生きていかねばならないのは嫌だが、こっそりあの方にだけはお伝えしておけば、ワタクシはあの方だけのグロリアでいることができる。
「いいアイディアね」
二つの婚約によって我が家は準備に忙しくなったが、偶然なのか必然なのか我が家であの方に再会することができた。
作戦通り愚妹のふりをしてあの方にご挨拶をすれば――。
「君を愛することなど絶対にない」
例のあの言葉をいただきました!!
ワタクシをゴミでも見るかのように嫌悪感をあらわに吐き出したその言葉は、入れ替わっているアマリアに向けられた言葉だ。心臓がぎゅっと掴まれて、息もできないぐらいの苦しさに一言さえも返せずにいれば、あの方は興味を失ったように足早に去ってしまった。
ワタクシが言われたみたいで驚いてしまったわ。でも、あの言葉も態度もアマリアに対するものなのだから許してさしあげなくてはいけないのよ。深く冷たく閉ざした心に届くのは、ワタクシの愛だけ。
気を取り直して結婚の準備を再開しましょう。震えがおさまらないのはあの方に会えた歓喜からで、自分の部屋に戻るための足取りが重いのも、あの方と離れがたいから。姿見に映るワタクシの顔色が悪いのは、準備に追われて寝不足になっているだけ。
少し休憩を挟んだほうがいいのかもしれない。よく考えてみれば準備なんてまわりにさせておけばいいのだ。
ワタクシはこの身ひとつで、あの方の元に行けばいいの。光り輝くワタクシそのものが至宝であるのだから、必要な物など何も無い。
さぁ、心配事など無いのだから眠ってしまいましょう。
柔らかなベッドの上で目を瞑り、今日も幸せな夢を見ましょう。
公爵令嬢グロリアが活躍し、世界中に愛されたヒロインの物語に思いを馳せながら、ワタシはこの現実から離れた楽しい空想の世界で永遠に生きていく。
そんな幸せな夢と妄想を追いかけ続けた空想の住人の横で、自分の夢を実現させるために追い続けたもうひとりの令嬢のお話が、今語られる――。
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