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 この学園にもダンスの授業があり、それはABクラスの合同でやる事になっていた。あらかじめパートナーは決まっているのだが、パートナーとだけ踊るわけにはいかないそうだ。なるべくあの問題児令嬢が近づかないようにとシャルルのまわりを固めていたが、そう簡単にはいかない。

「シャルルさまぁ。次はわたしと踊ってくださぁ~い!」

 パートナーを変えて踊る事になり、シャルルは次の相手の令嬢と話をしていたら問題児令嬢がぐいぐいと無理矢理割り込んでくる。そのまま腕に自身の手を絡めようと伸ばしたのをすかさずその令嬢が扇子で叩き落したが、ずいぶんといい音がしたのであれはかなり痛いのではないだろうか。

「きゃっ!? 何すんのよ!」
「あら、失礼いたしましたわ。殿下は私との先約がありますの。割り込まないでくださいね。それに婚約者様の前でそのような行動はお控えになったほうが良いと思いますわ」

 扇子で叩き落した令嬢は背も低く見た目も幼いのだが、どこにそのような力を隠し持っているのか不思議なくらいだ。問題児令嬢も痛そうな音が鳴っていたが今は怒りのほうが大きいのか叩かれた手を気にする素振りも見せない。それとも頑丈な身体で本当に痛くないのかもしれない。

「トリベール伯爵令嬢、申し訳ないがソフィ嬢との先約があるんだ」
「えぇ~! あ、ならその次でも良いですよ。シャルル様もわたしと踊りたいでしょ!」
「……君の婚約者殿があちらで呼んでいるようだよ。じゃあソフィ嬢、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いいたします。アン殿下、シャルル殿下を少しお借りしますわ」

 問題児令嬢の発言に対して一瞬見せた嫌そうな顔は直ぐに消したので相手は気づいていなかったみたいだが、シャルルがこういう場所で表情に出すのは珍しい。そうとう嫌だったのだろうな。去っていく背中を残念そうに見ていたかと思えば「いいところだったのに邪魔すんなよ」と小さくぼそぼそと呟いたのをしっかりと耳が拾ってしまい、ずいぶんと口の悪い令嬢だと思っていたらアーデルハイドも聞こえたのか微妙な表情を浮かべている。

「あ、そうだ! ならあなたが……」
「モフモフ様、私達も踊りましょう」
「そうじゃな」

 次に狙われるのを見越してかアン殿が会話を遮って俺を誘い、アーデルハイドもジェレミー殿に声をかけて皆が次々に相手が決まって去っていく。そこにポツンと残された問題児令嬢に声をかけるのは婚約者と取り巻きのような者達だけだった。



 授業が終わればさっと片付けてあの問題児令嬢達に話しかけられる前に移動をする。Aクラスの教室に入ればあちらも近づけないので安心だ。

「ソフィ嬢、先程は助かりました。ありがとう」
「殿下のお役に立てたようで光栄ですわ。それにしてもあの方、私の扇子で叩き落したのはやりすぎてしまったかと思いましたが痛がっておりませんでしたわね。手も赤くなっていたのに痛くないのかしら?」
「その事で泣きつくなりするかと思いましたがそれもしませんでしたわね。もしかしたら本当に痛みを感じていないのかもしれません」

 それはそれで、そういう体質なのかどうなのかが気になってくる。これも調べられるのならラッテに頼んでおこうか。そんな事を考えている間に女性陣は仲良く話を始めていた。

「あの私、このような事を急に言ってもよいのか迷いましたが、アーデルハイド殿下にご相談したい事がありますの」
「まぁ、私に? どのような事でしょうか。お力になれる事でしたら良いのですけど」
「それは僕達が聞いても大丈夫な事かな? 席を外そうか?」
「いえ、問題ありませんわ。今回の相談事は魔獣関連の事ですの……」

 最後は小さな声でこっそりと話しているが、まさか魔獣に関する相談だとは思ってもみなかった。たしかにそれならばアーデルハイドに相談するのが一番いいだろうが、いったいどのような事なのだろう。
 とりあえず教室内でするのは止めて、昼休憩の時に王族が使う部屋で話をしようと決まったので問題児令嬢に見つからないように速足で向かった。まずは昼食を終わらせ、その後にお茶を飲みながら落ち着いた頃合いに、ソフィ殿は相談事を話し出す。

「私が幼い頃に犬を一匹保護して我が家で飼っていたのですが、最近になってその子が犬ではないのではと思いまして。飼い始める際に念のためにとその子については調べてもらっていたのですが、魔獣ではないと判断されていました」
「そう思ってという事は何かおかしな点があるという事ですの?」
「はい。その子は子犬だったのですが、もう十年以上も経っているのに大きくならないのです。小型の犬かと思いましたがそれでも万が一の事を考えまして今一度、国に判断してもらおうと父が決めましたの」

 ベルナール殿が王太子の時に法案を通してできた魔獣のペットについての法は事細かに決められている。勝手に飼って捨てたりすると莫大な罰金を払わねばならない。飼えなくなったと言って保護施設に預ける場合も同様だ。それにペットとして飼えるのは大人しい魔鳥などを中心とした小型の魔獣で、その際もきちんと飼育方法などを学ばなくてはならない。こういった細かい決め事によって魔獣のペットを諦める者が大半なのだが、それでも金持ちは何を考えているのやら大金を払ってでも魔獣を飼う事をステータスにしている者もいるそうだ。

「実は私の友人にタチアナという子爵家の令嬢がいるのですが、彼女も似たような状態なのだそうです。あちらの犬はずいぶんと大きく成長しましたが犬にしては長生きすぎないかと疑問に思っているそうです」

 平均的な寿命を越えても老化も見られずに元気なのだそうだ。それでもどちらの犬も人を襲ったりなどしないし、大人しくて賢いという。

「話を聞くだけではなく、実際に見てからではないと判断できませんわね」
「そうですわよね……よろしかったら、我が家へ来ていただけませんか? もちろんモフモフ様もご一緒に殿下達の都合がつく時でかまいませんわ」
「私達はいつでも大丈夫ですわ。ね、妖様」
「うむ。俺達はいつでもいいな」

 後日、俺とアーデルハイドはソフィ・ブランジャール侯爵令嬢の屋敷に招かれる。そこにはタチアナ・カリエ子爵令嬢も招待されており、二人の令嬢の隣には二匹の暫定犬が大人しく座っていたのだが、その目が俺を捉えて数秒後には広い庭園に叫び声が響き渡った。

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