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朝方、いつもの鳥籠の中で微睡んでいればそっと俺の様子をうかがうアーデルハイドの気配を感じた。片目を開けて確認すればやはりアーデルハイドだったのだが、何か言いたそうな表情だ。
「おはようアーデルハイド。どうしたのじゃ?」
「おはようございます妖様。いえ、聞いても良いのか迷ってしまいましたの……」
気になる事があれば何でも聞けばいいと思うのだが、どこか遠慮をしている。促してみれば昨夜俺達が庭に集まって話をしていた事のようだ。元々は長殿にも報告をするつもりであったし、特に隠すつもりもないのでアーデルハイドにも伝えておく。
「まぁそのような……シャルル殿下のお誕生日は初夏ですのでもう半年もありません。どうにか乗り越えるためにも私達がお力にならねば!」
「うむ。学園で何が起こるかわからんからな。アン殿もおるし俺達二人であの者達の未来を守ろうぞ」
話を聞いてますます気合が入ったのか「はう、これは妖様との共同作業では!?」といつもの調子に戻っている。アーデルハイドはこうでないと俺も調子が出てこない。もちろん俺達二人だけではなくバオジイ達、そしてベルナール殿達にも報告するので多くの者達が協力をしてくれるだろう。不穏な影が何をもたらすものかはまだわからないが、それでもすべき事は十年も前から決まっているのだから、今はそれを達成する事に注力せねば。
「他に気になる事はあるか?」
「いえ、気になっていたのはこの事でしたので解決しましたわ」
なら良かった。アーデルハイドに話せる事はすべて話して隠し事はしたくない。それでも隠さねばならない事も出てくるかもしれないが、彼女を不安にさせるような事だけはしないようにと自身に言い聞かせた。
数日後にジェネロジテへ向かい、ベルナール殿にも不穏な影の事は報告した。話し合った結果、この事はシャルルやアン殿にはバンシーの件が片付くまで伝えないようにと決まる。二人を不安がらせるのはよくないとの事だ。
ジェネロジテでの住まいはいつものあの離れで、アン殿は警備の問題で王宮で暮らす。離れも城の一部みたいなものなので黒竜の気配を感じる者は簡単に近づかないだろう。荷物の整理を終えたので応接間にて俺達も簡単な話し合いをする事にした。
「情報収集なら俺に任せてください!」
ラッテがそう言うのでこれは彼に任せておく。すでにシャルルとアン殿にはガイストが出入りすることができるあの手鏡を渡してあるので、何かあればそれで呼ぶように伝えている。
「姫様、王太子殿下が来られております」
「わかりましたわ。こちらにお通しして。さて、キリがいいので休憩を兼ねてお茶にいたしましょう」
ベルナール殿に報告をした後に会った兄王子である王太子殿が後でこちらに来ると言っていたのだが、もうそのような時間になっていたのだな。王太子殿は側近をひとりだけ連れて入室した。何やら伝えておきたい事があるようだ。
「これはシャルル達にはまだ伝えていないのですが、実は今の学園には問題児と呼べる令嬢がいるのです」
「問題児とはこれはまた……」
「本当は卒業資格も取っているので最終学年もエスプリで過ごせばよかったのですが、最終学年はジェネロジテの学園に通うと最初からあの子は決めていたようです」
卒業の式典だけ出ればいいと伝えたそうだが、こちらでの人脈も広げておくべきだと言ってそう決めたらしい。
「あの子は十年前からあまりジェネロジテで姿を現しませんでしたからね。病気などの噂も出ましたが、他国に遊学しているという噂を流せばそれも消えました。ですが……」
途中で言葉を切り、かなりお怒りの様子で膝の上に置いている拳を強く握っている。そうとう頭にくるような何かがあったのだろう。握った拳は震えていた。
「第四王子は馬鹿で癇癪持ち、我儘で傲慢な性格の白豚王子と言う何ひとつと当てはまらない噂が最近になって出回り始めまして。どうもそれが回り始めたのはその問題児の令嬢が元凶のようなのです」
「どこをどうしたらそんな噂になるのだ? まったくの別人でシャルルの事を知っている者なら誰の事を言っているのだと鼻で笑ってしまうぞ」
「妖殿の言うとおりです! あの問題児令嬢め、シャルルの事を何ひとつ知らないくせに!」
王太子殿は怒りで言葉が乱れ始めたのを落ち着かせるためにか茶を一口飲んでため息をついた事で少しは吐き出せたようだ。
「取り乱してしまい申し訳ありません」
「いいえかまいませんわ。そもそも自国の王子に対してそのような物言いなど本来は許されませんわよ」
「えぇ、厳重注意はしてありますので一応はしおらしく反省の態度を見せていますが、あれは反省などしていませんね。それに自分は噂で聞いただけだとしらばっくれているのも腹ただしい」
「どちらにせよその噂はシャルルの耳にも入ってしまうかもしれんな。だが、本物のシャルルを見ればそんなものは根も葉もない噂だと皆が知るだろう」
それでもその令嬢は要注意人物として警戒はしておく事にする。もしかしたらミーツェが言う不穏な影と何か繋がるかもしれないので、この事もラッテに情報収集してもらうのがいいだろう。ミーツェとラッテに視線を送れば静かに頷いているので俺が言いたい事も伝わっているはずだ。
もうすぐ学園が始まる。シャルルとアン殿にはこちらでの学園生活も楽しく過ごして欲しい。そのためにも俺達まわりの者があの二人をしっかりと守らねばならない。
不穏な影、それはこの時を待っていたと言わんばかりに動き出す。
「やっと、やっとよ! このまま無事に一年が終われば……でも、失敗したら、もう一度あの時の……すれば……いい……。だって、ここは……」
暗い部屋に響いたこの呟きを聞いたものは誰もいなかった。
「おはようアーデルハイド。どうしたのじゃ?」
「おはようございます妖様。いえ、聞いても良いのか迷ってしまいましたの……」
気になる事があれば何でも聞けばいいと思うのだが、どこか遠慮をしている。促してみれば昨夜俺達が庭に集まって話をしていた事のようだ。元々は長殿にも報告をするつもりであったし、特に隠すつもりもないのでアーデルハイドにも伝えておく。
「まぁそのような……シャルル殿下のお誕生日は初夏ですのでもう半年もありません。どうにか乗り越えるためにも私達がお力にならねば!」
「うむ。学園で何が起こるかわからんからな。アン殿もおるし俺達二人であの者達の未来を守ろうぞ」
話を聞いてますます気合が入ったのか「はう、これは妖様との共同作業では!?」といつもの調子に戻っている。アーデルハイドはこうでないと俺も調子が出てこない。もちろん俺達二人だけではなくバオジイ達、そしてベルナール殿達にも報告するので多くの者達が協力をしてくれるだろう。不穏な影が何をもたらすものかはまだわからないが、それでもすべき事は十年も前から決まっているのだから、今はそれを達成する事に注力せねば。
「他に気になる事はあるか?」
「いえ、気になっていたのはこの事でしたので解決しましたわ」
なら良かった。アーデルハイドに話せる事はすべて話して隠し事はしたくない。それでも隠さねばならない事も出てくるかもしれないが、彼女を不安にさせるような事だけはしないようにと自身に言い聞かせた。
数日後にジェネロジテへ向かい、ベルナール殿にも不穏な影の事は報告した。話し合った結果、この事はシャルルやアン殿にはバンシーの件が片付くまで伝えないようにと決まる。二人を不安がらせるのはよくないとの事だ。
ジェネロジテでの住まいはいつものあの離れで、アン殿は警備の問題で王宮で暮らす。離れも城の一部みたいなものなので黒竜の気配を感じる者は簡単に近づかないだろう。荷物の整理を終えたので応接間にて俺達も簡単な話し合いをする事にした。
「情報収集なら俺に任せてください!」
ラッテがそう言うのでこれは彼に任せておく。すでにシャルルとアン殿にはガイストが出入りすることができるあの手鏡を渡してあるので、何かあればそれで呼ぶように伝えている。
「姫様、王太子殿下が来られております」
「わかりましたわ。こちらにお通しして。さて、キリがいいので休憩を兼ねてお茶にいたしましょう」
ベルナール殿に報告をした後に会った兄王子である王太子殿が後でこちらに来ると言っていたのだが、もうそのような時間になっていたのだな。王太子殿は側近をひとりだけ連れて入室した。何やら伝えておきたい事があるようだ。
「これはシャルル達にはまだ伝えていないのですが、実は今の学園には問題児と呼べる令嬢がいるのです」
「問題児とはこれはまた……」
「本当は卒業資格も取っているので最終学年もエスプリで過ごせばよかったのですが、最終学年はジェネロジテの学園に通うと最初からあの子は決めていたようです」
卒業の式典だけ出ればいいと伝えたそうだが、こちらでの人脈も広げておくべきだと言ってそう決めたらしい。
「あの子は十年前からあまりジェネロジテで姿を現しませんでしたからね。病気などの噂も出ましたが、他国に遊学しているという噂を流せばそれも消えました。ですが……」
途中で言葉を切り、かなりお怒りの様子で膝の上に置いている拳を強く握っている。そうとう頭にくるような何かがあったのだろう。握った拳は震えていた。
「第四王子は馬鹿で癇癪持ち、我儘で傲慢な性格の白豚王子と言う何ひとつと当てはまらない噂が最近になって出回り始めまして。どうもそれが回り始めたのはその問題児の令嬢が元凶のようなのです」
「どこをどうしたらそんな噂になるのだ? まったくの別人でシャルルの事を知っている者なら誰の事を言っているのだと鼻で笑ってしまうぞ」
「妖殿の言うとおりです! あの問題児令嬢め、シャルルの事を何ひとつ知らないくせに!」
王太子殿は怒りで言葉が乱れ始めたのを落ち着かせるためにか茶を一口飲んでため息をついた事で少しは吐き出せたようだ。
「取り乱してしまい申し訳ありません」
「いいえかまいませんわ。そもそも自国の王子に対してそのような物言いなど本来は許されませんわよ」
「えぇ、厳重注意はしてありますので一応はしおらしく反省の態度を見せていますが、あれは反省などしていませんね。それに自分は噂で聞いただけだとしらばっくれているのも腹ただしい」
「どちらにせよその噂はシャルルの耳にも入ってしまうかもしれんな。だが、本物のシャルルを見ればそんなものは根も葉もない噂だと皆が知るだろう」
それでもその令嬢は要注意人物として警戒はしておく事にする。もしかしたらミーツェが言う不穏な影と何か繋がるかもしれないので、この事もラッテに情報収集してもらうのがいいだろう。ミーツェとラッテに視線を送れば静かに頷いているので俺が言いたい事も伝わっているはずだ。
もうすぐ学園が始まる。シャルルとアン殿にはこちらでの学園生活も楽しく過ごして欲しい。そのためにも俺達まわりの者があの二人をしっかりと守らねばならない。
不穏な影、それはこの時を待っていたと言わんばかりに動き出す。
「やっと、やっとよ! このまま無事に一年が終われば……でも、失敗したら、もう一度あの時の……すれば……いい……。だって、ここは……」
暗い部屋に響いたこの呟きを聞いたものは誰もいなかった。
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