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 パキパキと凍りつき、吐く息は白かった。氷の世界に閉じ込められたかのように部屋中が氷で覆われている。俺は幼女に守られたのか無事だったしバオジイ達も無事のようだ。

「もう、お父様ったらいきなり何をしますの! 早く凍気を収めてください。部屋中が凍ってしまいましたわ」
「す、すみません。つい凍気がもれ出てしまいましたね……ごほん。で、妖殿がなんだと言ったのでしょうか? 私の聞き間違いならいいのですが、今……」
「ですから、私の番様ですわ!」

 再び笑顔が凍り付いている。今度は部屋は無事だったが、幼女は何と言った?俺も聞き間違いだと思いたいが、番などと聞こえた気がするのだが。

「つ、つがい……? 番と言いましたか? ま、まさかすでに『番の儀式』を終えたなどとは言いませんよね?」

 顔を真っ青にして震える声で尋ねているが、幼女は父親の様子を気にする事なく素知らぬ顔で答える。

「さすがにお父様の許可なくそんな事はしませんわ。まだ、求婚中ですの!」
「きゅ、きゅうこん……いえ、そうですね。あなたも年頃の娘なのですから好いた雄の一匹や二匹くらい……」
「二匹もいませんわ! 私の愛は妖様にだけ捧げるのですから!」

 俺を置いて二人で話しているが、幼女はいったいいつ求婚していたのだろうか。愛など告げられた覚えもない。竜の求愛行動は特別な何かがあるのかもしれないが、それらしき事を思い出してみる。
 まず、言葉では伝えられていない。素敵とか素晴らしいなど誉める事はあっても好きなどの言葉は聞いていないはずだ。あとは甲斐甲斐しく世話をしてくれていたが……もしかして、それが求愛行動というやつなのだろうか。

「番の件はわかりました。あなたがそうしたいのならそれはかまいませんが、相手の気持ちを無視して進める事だけはしてはいけませんよ」
「わかっておりますわ。そんなの愛でも何でもありません! お互いに愛し合ってそして結ばれる……そう、お父様やお母様のように!」
「はぁ……とりあえず番(仮)にしておきましょう。最強の黒竜の番が最弱のケダマとは……」
「ありがとうございます、お父様!」

 頬を染めて嬉しそうに笑うのは可愛いが、何だかとんでもない方向に向かっている気がする。番(仮)とは……。

 もちろん断ってもよいのだろうな?毛玉ぞ。我、最弱の毛玉なり。

 抱きしめて見下ろしてくるその金の目には確かに熱が籠めれれている。絶対に逃がさないという強い意志も感じ取られ、どうするべきかと悩んでしまう。世話になっているので傷つけるような事はしたくないが、こう穏便に断れるだろうか。

「妖様、断っても無駄ですからね。私はどんな事があろうと諦めませんわ! あ、でも妖様に好いた方ができた時は……ううっ、考えたくないですがその時は、あ、あ、諦める……しか、ないですわね」

 強気な態度でそんな事を言っているのに、相手の事もきちんと考えているようだ。キリっとした顔がへにょっとした顔になり、泣きそうでもある。

「はぁ……その、番がどうとかはすまんがまだ考えられぬ。今は強くなることしか考えておらぬからな」
「そ、そうですわよね……ううっ」
「ああぁ、泣くな泣くな! 少なくともそなたの事は嫌ってはおらぬし好ましいとは思っておるぞ。それが男女のそれで無いだけで……とにかく、そなたのその気持ちは受け取っておく! ありがとう」

 泣かせるつもりなど無かったが、今の自分の気持ちを正直に伝えておく。うんうんと頷いて涙を拭った顔は、またいつもの笑顔だった。
 いつの間に絆されてしまったのか、この幼女を泣かせたくないと思ってしまった。少なくとも今の段階で釣り合いなど取れないだろう。そもそもこの幼女、歳はいくつなのだろうか?前世の記憶があるだけに、幼女と結婚はちょっと……まるで自分が手籠めにしたみたいで嫌だな。前世の自分の姿の隣にこの幼女を並べてしまった想像のそれは、頭を強く降って消し飛ばしておく。幼妻もよいなどとは決して思っていない。思っていないと言ったら思っていないのだ。



 その後の話し合いは和やかに進み、幼女はそろそろ部屋に戻るそうだ。何か言いたげな視線を俺に送っていた長殿を見れば、俺だけ残るように言った。何か父親として言っておきたい事でもあるのかもしれない。

「あなただけ残ってもらって申し訳ない」
「何か伝えたい事でもあったのであろう? うっ。番の件は、その……」
「それはいいのですよ。先程も言いましたがあの子とあなたの間での事です。親であろうがこれに口は出せませんよ。よほど、問題のある雄でない限りは」

 俺は問題無いとでも言うのだろうか。もう認めてしまっているが、毛玉だぞ?人間の親なら止めるだろうが竜であるからか、妖の自分もそうであったように本能で生きているのかもしれない。

「……あなたはケダマについてどれ程の事を知っているのでしょうか?」
「バオジイが言っておったが、絶滅したと思われていた最弱生物なのだろう」
「そうですね。それが一般的に伝わるケダマについての事でしょう。ですが、実際は違うのです」

 彼は言った。ケダマという生物は迷える魂を神が拾い上げた存在。強い意志を持ったその魂を気に入った神は再び地上へ降ろす。そして最弱の身からどのように生きるのか見届けるのだと。

「ほとんどのケダマはこの地上で朽ちていったのでしょうね。あなたもまた最弱の生物としてこの地に舞い降り、そして運もあったのかもしれないですが今も生きている」
「そうじゃな。俺は運が良かったのだと思う」

 幼女に助けられジジイと再会できて友も得て生きている。

「その縁を手繰り寄せたのもあなた自身。大切にしなさいね」
「うむ。もちろんじゃ」

 そして彼は最後にこうも言った。ケダマとは何者になる事もできる者、と……。
 ならば俺はかつての自分を取り戻そう。最強の名を冠していた白銀の九尾であった自分を取り戻し、更に高みを目指そうぞ。

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