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第7話 場違いも甚だしい
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「駄目だよ。今から交渉にはいるのだから」
私はジェイドから暗器を取り上げて、殺すつもりは無いことを言う。
「ジ……ジェイドルークス……殿下……なぜ……ここに」
奴隷商の男は言葉を詰まらせながら言う。
こんな古着を着ていても第一皇子ってわかるジェイドが凄いのか、ジェイドを第一皇子と認識した奴隷商人が凄いのか。
私はいつも通りの子供らしい態度で、奴隷商人の男に話しかける。
「おっちゃん。おっちゃんが持ってきてくれる商品はみんなが喜ぶから、いつもどおり来て欲しいの。だからね。わたしがおじちゃんのお目々を治してあげる。この条件で水に流してくれないかな? あと、月光花もつけてあげるよ」
「普通に話せ。……さっきの話し方が……お前の普通だろう」
あ……バレてしまった。わざと子供っぽく話していて、やり過ごそうとしていたのに。失敗。失敗。
「それに……どんな腕のいい治療師でも……目は治せねぇよ」
「それは、私に任せればいい。死にかけていたジェイド……皇子を治したんだからね」
人の手前。ジェイドには敬称をつけたほうがいいよね。すると、今まで奴隷商を威嚇するようににらみつけていたジェイドが私の方にくるりと顔を向けてきた。
え? 何?
そう思っていると、奴隷商人の男が地面に崩れるように倒れ込む。
あれ? もしかして今までジェイドが奴隷商人の男を威圧していた?
「ジェイドだ」
ん?
「ここではジェイドだ」
「ああ、そうだね。ジェイドだね」
サルヴァール子爵領にいる間は、身分とかそういうのは関係なく、町の子供達と変わらず暮らしていた、ただのジェイドってことだね。
「それから、イリアがこいつの目を治すことはない。このまま死ねばいい」
「ジェイド。ここは辺鄙なところで、娯楽がないんだよ。旅の劇団でも通ればいいのだけど、主要な街道から外れているからね。それにおじちゃんの隊商はかなり大きくて商品が豊富なんだよ。本が好きな母ちゃんのためにも来てもらわないとね」
行商人は騎獣に乗って一人で来ることが多い。だから、布地や衣服など軽い物が多いのだ。
だけど、奴隷商人の隊商が運ぶのは奴隷だけじゃない。変わった品物もあるけど、日用品も売ってくれるし、嗜好品も売ってくれる。
辺鄙なところでは、かなり重宝している。
「わかった。そこまで言うのなら術で縛ろう」
「なにそれ?」
私がジェイドの言葉に首を傾げていると奴隷商人の男は小さく悲鳴を上げた。
え? 悲鳴を上げるほどのことなの?
「ようはイリアに害を与えないようにすればいいのだろう?」
「……私は自分のことは自分で守るよ?」
「イリアの言葉に逆らわないようにしよう」
「……えっと……そこまでは望んでいないかな?」
「イリアの意に反することをすれば、脳が爆ぜるようにしておけばいいか」
それは駄目だ。大の大人が子供二人に向かって怯えているような目を向けている。
ジェイドの両手を取って、強制的に私の方に向かせた。
「ジェイド。ここはサルヴァール子爵領。どうするかは私が決める」
ジェイドがやろうとしていることが何かは理解できないけど、どうも奴隷の術に似たような雰囲気を受けた。
恐らく奴隷商人の男はその術の恐ろしさを知っていると思えるからだ。
ジェイドと奴隷商人の男の前に私は割り込んで、手を掲げる。
目の構造を頭の中に思い浮かべる。正面から角膜があり虹彩、その奥に水晶体。眼球の中は硝子体に満たされ、映像を映す網膜。脳に繋がる神経組織。よし。
「『治癒』」
目は治したことは無かったけど、どうだろうか?
「眼帯を取ってみてよ」
左目にしている眼帯を取るように促す。
奴隷商人の男は恐る恐る。眼帯を取った。
あ……額から、瞼の上にかけて傷がある。それぐらいなら他の治療師でも治せる。
「見える……本当に見える」
右目を押さえながら、左目で見えるか確認をしている奴隷商人の男。
「あとは、月光花を用意しておく。これで、今回のことは手を打って欲しい」
奴隷商人の男はちらりと私の頭の上の方に視線を向けた。これはジェイドが気づいているのか気づいていないのか確認をしているのだろう。己自身が棺の中に入れて運んでいた者だと。
私は目をパチパチさせて、早く移動するように促す。もし気がついたら、とても面倒なことになるのはわかりきっている。
私の反応を見た奴隷商の男は、震える足でなんとか立ち上がり大きくため息を吐いた。
「トランディーラ侯爵家だ。気をつけろ」
それだけを言って、奴隷商人の男は仲間がいるところに向かっていったのだった。
トランディーラ侯爵家? 何か聞き覚えがあるような名前。
「トランディーラ侯爵家って何だった?」
「俺の次の婚約者の地位を狙っているところだ」
はっ! 確かにそんなことを言っていた。
あれ? おかしな話になってくる。
この流れからいくと、奴隷商の男はバックにいる人物を教えてくれたのだと思う。
トランディーラ侯爵はジェイドを邪魔だと排除しようとしていたのに、今度は令嬢を婚約者に仕立てようとしている。
何? この矛盾。
「トランディーラ侯爵家ってジェイドと何か関わりがあるの?」
遠回しに聞いてみた。何か知らないけど商人が言葉にしたのは、第一皇子とジェイドを認識したのだから、ジェイドと関わりがあるからなのかと。
「あるのは第三皇子だ。その側妃の出がトランディーラ侯爵だ」
わぉ。これは婚約者に仕立てて、懐に入り込んだところで、ジェイドを始末しようとしている魂胆か。
貴族って怖! 私も貴族だけど。
「ジェイド。お茶会頑張ってねー」
私はフェードアウトするように、ジェイドに背を向けたまま、横にスススっと移動していく。
が、背後からガシリと捕獲された。
「もちろんイリアも行くからな」
「すみません。ジェイド殿下。私はただの子爵令嬢です」
青色に染まった空を遠い目で見ながら、私は拒否権を発動したのだった。
そして、私の拒否権は無惨にも発動することはなかった。
翌日、私はくっそ似合わないピンクのドレスを着て、足をプラプラさせながら、青い空を見上げている。
昨日と変わらない青い空なのに、目の前に広がる光景は、別世界だった。
ガーデンテーブルの上に置かれている焼き菓子やケーキ。宝石のような果物が乗ったプリンにゼリー。
私の前には前世ぐらいでしか飲んだことがない、香り高い紅茶。
場違いにも甚だしい。
キレイに着飾った、十五歳から八歳ぐらいのご令嬢たちが、笑顔で話しているも、その視線からはバチバチと火花が散っている幻覚が私には見える。
帰りたい。
私をここに座っているように言いつけた本人はこの場にはまだ来ていない。執事のラグザという金髪碧眼の十五歳ぐらいの少年に、私を任せて何処かに行ったまま、姿をみせていない。
その執事は見た目はどこかの貴族の息子だろうという顔面偏差値が高い感じだが、私と二人っきりになった途端本性を現した。
『どこの貧乏貴族を拾ってこられたのか、こんなクソガキに着せるドレスなんてありませんよ』とか。『貧素ですが、飾りたててれば見れないこともないですね』とか。『勘違いしてはなりません。これはジェイド殿下の気まぐれであることを胸に刻んでおきなさい』とか。グチグチと言ってきた。
だったら、帰っていいかと聞けば、『ジェイド殿下の恩情を無碍にする気ですか?だから教育がなっていないガキが嫌いです』とか言ってくる。
こいつ面倒なやつだなっと思った。
そして、私はガーデンパーティーみたいなところに放置されたのだ。肩身が狭い。
「あら? 貴女、どこのご令嬢かしら?」
一人ポツンといる私に声をかけてくれた令嬢がいてくれた。視線をむけると……同じ金色の瞳と目が合う。
ランドヴァランの魔眼だ。
恐らくお互いにそう認識した。
同じ金色の目を持った少女は私の隣の席に腰をおろしながら聞いてくる。
「お名前は?」
「サルヴァール子爵。第四子。イリア・サルヴァールと申します」
基本的に私から声を掛けることはできない。なぜなら、この場にいるのは高位貴族の令嬢方だからだ。
下々から話しかけるのは、タブー視されている。
「あら? サルヴァール? 領地の端にあるサルヴァール?」
「はい」
「わたくしはエリアーナシュリ・ランドヴァランよ。エリアーナと呼んでくれていいわ」
ランドヴァラン辺境伯爵家のご令嬢だった。噂では十二歳。私からみると、大人びている子供だ。なんだかチグハグな感じがする。……人のことは言えないか。
「どうして、子爵令嬢である貴女がいるの?」
その言葉に中に、場違いは出ていけと言われているような気がする。
「私が知りたいです。帰りたいのですが、帰ってもいいと思いますか?」
自分の意志でここにいるわけではないと、アピールする。この場でどこかの令嬢から不愉快だと言われれば、喜んで退席できるというもの。
そう! 子爵令嬢でしかない私は、高位貴族の言葉には従わないといけない。
「それは貴女を招待した人に聞くべきね」
思っていたより正論が返ってきた。十二歳でこの返答ができるって凄い。いや、きっと早く大人にならないといけなかったのだろう。
「そうですか。それでは帰れなさそうです」
張本人がこの場にいないからね。
突然、ざわざわとざわめきが起きだした。
なんだと、私は辺りを見渡すが、何が起こっているのかさっぱりわからない。
「皇族の方々がいらしたようね」
エリアーナ様が緊張した面持ちで教えてくれた。そして、心配そうな目で私を見てくる。
「皇族の方々が通るときは意地でも我慢するのよ。そのあとなら、倒れていいわ」
よく分からないことを忠告しながら、席を立つエリアーナ様。そして、広く空いている空間に向かって頭を下げている。腰から頭を下げている。これはもしかしてカーテシーってやつ?
……母よ。私は教えてもらってないぞ。
仕方がない。周りを見習って、見様見真似でするしかない。
っていうか、腰から頭を下げるってきつくない? お腹と背中がぷるぷるしてきたけど?
今まで使ったことがない筋肉をつかっている。これは倒れるかもしれない。
いつまで続けなければならない? そろそろ限界。
「よく頑張ったわね」
私の肩が叩かれる。頭を上げると、顔色が悪いエリアーナ様が私を見ていた。
そうだよね。腹筋と背筋の限界の先はあるのか状態だったものね。
「本当に皇族の方々の力の差を見せつけるようなこのお茶会。本当は来たくなかったのよ。内緒ね」
そうか、もしかして、ワザとゆっくり歩いていたとか? でも皆が頭を下げているのに見せつけるものって……そもそも見えないよね。
「それに最近は第一皇子のジェイド様のご機嫌が悪いから、倒れてしまう方々が多いわね」
周りを見渡すと、使用人に抱えられて会場を後にする令嬢の姿がある。数にすれば、十数人ほど。元々三十人ほどしかご令嬢はいなかったので、半分に減ったという感じだ。
うん。課題は背筋と腹筋を鍛えること。これを皇都の学園に行くまでに鍛えるってことだね。
お茶会はピンクゴールドの髪を高く結った、派手なドレスの女性の挨拶で始まった。凄く遠回しな言い方をされたけど、気兼ねなくお茶会を楽しんで欲しいということだった。
だけどその言葉を皮切りにご令嬢方の大移動が始まった。今までは大人しく充てがわれた席にいたのに一斉に立ち上がって移動を始めたのだ。
怖っ!
「貴女は皇子様方に挨拶に行きませんの?」
エリアーナ様が聞いてきた。
ジェイドに連行されて来ただけなのに、行けるはずないだろうっていう言葉を押し込んで、ニコリと笑みを浮かべる。
「私は最後でいいです」
「それもそうね」
エリアーナ様は納得されて、席を離れていった。
挨拶ね。どの面を下げて挨拶するのかという状態の私に挨拶するという選択肢が発生するかどうか。
ないな。
取り敢えず、家では食べれそうにない甘味を食べようか。
「どれでも食べて良いのですか?」
私の背後にいる、私を見下した感が酷い金髪碧眼の執事に尋ねる。
「何をご所望でしょうか? お嬢様」
「外面がよろしいのね」
ここに来るときの態度とは180度違う執事のラグザに思わず言ってしまった。
「生まれも育ちも違いますので、さっさと選んでください」
トゲトゲしい言葉が返ってくる。私とは違うのだぞと言いたいのだろう。まぁ、本当のことなので、別にいいよ。
「窮屈なお家で育ったのですね。プリンをいただきたいわ」
「辺境の令嬢に高級な物の味が分かるとは思えませんが、お取りしましょう」
「その言葉をエリアーナ様にも言ってくださいね」
私はそう言って、目の前に置かれた涼しそうなガラスの器に入ったプリンアラモードっぽい物にスプーンを入れる。
田舎者と蔑んだ言葉を辺境伯爵であるエリアーナ様の前でも言って欲しい。
横目でちらりと金髪碧眼の顔をみると、悔しそうな顔をして私を睨んでいた。
私はニヤリと笑みを浮かべて、生クリームが乗った黄色い物を口に入れる。
「激甘……」
思っていたプリンではなかったショック。甘ければいいってものじゃない!
私はジェイドから暗器を取り上げて、殺すつもりは無いことを言う。
「ジ……ジェイドルークス……殿下……なぜ……ここに」
奴隷商の男は言葉を詰まらせながら言う。
こんな古着を着ていても第一皇子ってわかるジェイドが凄いのか、ジェイドを第一皇子と認識した奴隷商人が凄いのか。
私はいつも通りの子供らしい態度で、奴隷商人の男に話しかける。
「おっちゃん。おっちゃんが持ってきてくれる商品はみんなが喜ぶから、いつもどおり来て欲しいの。だからね。わたしがおじちゃんのお目々を治してあげる。この条件で水に流してくれないかな? あと、月光花もつけてあげるよ」
「普通に話せ。……さっきの話し方が……お前の普通だろう」
あ……バレてしまった。わざと子供っぽく話していて、やり過ごそうとしていたのに。失敗。失敗。
「それに……どんな腕のいい治療師でも……目は治せねぇよ」
「それは、私に任せればいい。死にかけていたジェイド……皇子を治したんだからね」
人の手前。ジェイドには敬称をつけたほうがいいよね。すると、今まで奴隷商を威嚇するようににらみつけていたジェイドが私の方にくるりと顔を向けてきた。
え? 何?
そう思っていると、奴隷商人の男が地面に崩れるように倒れ込む。
あれ? もしかして今までジェイドが奴隷商人の男を威圧していた?
「ジェイドだ」
ん?
「ここではジェイドだ」
「ああ、そうだね。ジェイドだね」
サルヴァール子爵領にいる間は、身分とかそういうのは関係なく、町の子供達と変わらず暮らしていた、ただのジェイドってことだね。
「それから、イリアがこいつの目を治すことはない。このまま死ねばいい」
「ジェイド。ここは辺鄙なところで、娯楽がないんだよ。旅の劇団でも通ればいいのだけど、主要な街道から外れているからね。それにおじちゃんの隊商はかなり大きくて商品が豊富なんだよ。本が好きな母ちゃんのためにも来てもらわないとね」
行商人は騎獣に乗って一人で来ることが多い。だから、布地や衣服など軽い物が多いのだ。
だけど、奴隷商人の隊商が運ぶのは奴隷だけじゃない。変わった品物もあるけど、日用品も売ってくれるし、嗜好品も売ってくれる。
辺鄙なところでは、かなり重宝している。
「わかった。そこまで言うのなら術で縛ろう」
「なにそれ?」
私がジェイドの言葉に首を傾げていると奴隷商人の男は小さく悲鳴を上げた。
え? 悲鳴を上げるほどのことなの?
「ようはイリアに害を与えないようにすればいいのだろう?」
「……私は自分のことは自分で守るよ?」
「イリアの言葉に逆らわないようにしよう」
「……えっと……そこまでは望んでいないかな?」
「イリアの意に反することをすれば、脳が爆ぜるようにしておけばいいか」
それは駄目だ。大の大人が子供二人に向かって怯えているような目を向けている。
ジェイドの両手を取って、強制的に私の方に向かせた。
「ジェイド。ここはサルヴァール子爵領。どうするかは私が決める」
ジェイドがやろうとしていることが何かは理解できないけど、どうも奴隷の術に似たような雰囲気を受けた。
恐らく奴隷商人の男はその術の恐ろしさを知っていると思えるからだ。
ジェイドと奴隷商人の男の前に私は割り込んで、手を掲げる。
目の構造を頭の中に思い浮かべる。正面から角膜があり虹彩、その奥に水晶体。眼球の中は硝子体に満たされ、映像を映す網膜。脳に繋がる神経組織。よし。
「『治癒』」
目は治したことは無かったけど、どうだろうか?
「眼帯を取ってみてよ」
左目にしている眼帯を取るように促す。
奴隷商人の男は恐る恐る。眼帯を取った。
あ……額から、瞼の上にかけて傷がある。それぐらいなら他の治療師でも治せる。
「見える……本当に見える」
右目を押さえながら、左目で見えるか確認をしている奴隷商人の男。
「あとは、月光花を用意しておく。これで、今回のことは手を打って欲しい」
奴隷商人の男はちらりと私の頭の上の方に視線を向けた。これはジェイドが気づいているのか気づいていないのか確認をしているのだろう。己自身が棺の中に入れて運んでいた者だと。
私は目をパチパチさせて、早く移動するように促す。もし気がついたら、とても面倒なことになるのはわかりきっている。
私の反応を見た奴隷商の男は、震える足でなんとか立ち上がり大きくため息を吐いた。
「トランディーラ侯爵家だ。気をつけろ」
それだけを言って、奴隷商人の男は仲間がいるところに向かっていったのだった。
トランディーラ侯爵家? 何か聞き覚えがあるような名前。
「トランディーラ侯爵家って何だった?」
「俺の次の婚約者の地位を狙っているところだ」
はっ! 確かにそんなことを言っていた。
あれ? おかしな話になってくる。
この流れからいくと、奴隷商の男はバックにいる人物を教えてくれたのだと思う。
トランディーラ侯爵はジェイドを邪魔だと排除しようとしていたのに、今度は令嬢を婚約者に仕立てようとしている。
何? この矛盾。
「トランディーラ侯爵家ってジェイドと何か関わりがあるの?」
遠回しに聞いてみた。何か知らないけど商人が言葉にしたのは、第一皇子とジェイドを認識したのだから、ジェイドと関わりがあるからなのかと。
「あるのは第三皇子だ。その側妃の出がトランディーラ侯爵だ」
わぉ。これは婚約者に仕立てて、懐に入り込んだところで、ジェイドを始末しようとしている魂胆か。
貴族って怖! 私も貴族だけど。
「ジェイド。お茶会頑張ってねー」
私はフェードアウトするように、ジェイドに背を向けたまま、横にスススっと移動していく。
が、背後からガシリと捕獲された。
「もちろんイリアも行くからな」
「すみません。ジェイド殿下。私はただの子爵令嬢です」
青色に染まった空を遠い目で見ながら、私は拒否権を発動したのだった。
そして、私の拒否権は無惨にも発動することはなかった。
翌日、私はくっそ似合わないピンクのドレスを着て、足をプラプラさせながら、青い空を見上げている。
昨日と変わらない青い空なのに、目の前に広がる光景は、別世界だった。
ガーデンテーブルの上に置かれている焼き菓子やケーキ。宝石のような果物が乗ったプリンにゼリー。
私の前には前世ぐらいでしか飲んだことがない、香り高い紅茶。
場違いにも甚だしい。
キレイに着飾った、十五歳から八歳ぐらいのご令嬢たちが、笑顔で話しているも、その視線からはバチバチと火花が散っている幻覚が私には見える。
帰りたい。
私をここに座っているように言いつけた本人はこの場にはまだ来ていない。執事のラグザという金髪碧眼の十五歳ぐらいの少年に、私を任せて何処かに行ったまま、姿をみせていない。
その執事は見た目はどこかの貴族の息子だろうという顔面偏差値が高い感じだが、私と二人っきりになった途端本性を現した。
『どこの貧乏貴族を拾ってこられたのか、こんなクソガキに着せるドレスなんてありませんよ』とか。『貧素ですが、飾りたててれば見れないこともないですね』とか。『勘違いしてはなりません。これはジェイド殿下の気まぐれであることを胸に刻んでおきなさい』とか。グチグチと言ってきた。
だったら、帰っていいかと聞けば、『ジェイド殿下の恩情を無碍にする気ですか?だから教育がなっていないガキが嫌いです』とか言ってくる。
こいつ面倒なやつだなっと思った。
そして、私はガーデンパーティーみたいなところに放置されたのだ。肩身が狭い。
「あら? 貴女、どこのご令嬢かしら?」
一人ポツンといる私に声をかけてくれた令嬢がいてくれた。視線をむけると……同じ金色の瞳と目が合う。
ランドヴァランの魔眼だ。
恐らくお互いにそう認識した。
同じ金色の目を持った少女は私の隣の席に腰をおろしながら聞いてくる。
「お名前は?」
「サルヴァール子爵。第四子。イリア・サルヴァールと申します」
基本的に私から声を掛けることはできない。なぜなら、この場にいるのは高位貴族の令嬢方だからだ。
下々から話しかけるのは、タブー視されている。
「あら? サルヴァール? 領地の端にあるサルヴァール?」
「はい」
「わたくしはエリアーナシュリ・ランドヴァランよ。エリアーナと呼んでくれていいわ」
ランドヴァラン辺境伯爵家のご令嬢だった。噂では十二歳。私からみると、大人びている子供だ。なんだかチグハグな感じがする。……人のことは言えないか。
「どうして、子爵令嬢である貴女がいるの?」
その言葉に中に、場違いは出ていけと言われているような気がする。
「私が知りたいです。帰りたいのですが、帰ってもいいと思いますか?」
自分の意志でここにいるわけではないと、アピールする。この場でどこかの令嬢から不愉快だと言われれば、喜んで退席できるというもの。
そう! 子爵令嬢でしかない私は、高位貴族の言葉には従わないといけない。
「それは貴女を招待した人に聞くべきね」
思っていたより正論が返ってきた。十二歳でこの返答ができるって凄い。いや、きっと早く大人にならないといけなかったのだろう。
「そうですか。それでは帰れなさそうです」
張本人がこの場にいないからね。
突然、ざわざわとざわめきが起きだした。
なんだと、私は辺りを見渡すが、何が起こっているのかさっぱりわからない。
「皇族の方々がいらしたようね」
エリアーナ様が緊張した面持ちで教えてくれた。そして、心配そうな目で私を見てくる。
「皇族の方々が通るときは意地でも我慢するのよ。そのあとなら、倒れていいわ」
よく分からないことを忠告しながら、席を立つエリアーナ様。そして、広く空いている空間に向かって頭を下げている。腰から頭を下げている。これはもしかしてカーテシーってやつ?
……母よ。私は教えてもらってないぞ。
仕方がない。周りを見習って、見様見真似でするしかない。
っていうか、腰から頭を下げるってきつくない? お腹と背中がぷるぷるしてきたけど?
今まで使ったことがない筋肉をつかっている。これは倒れるかもしれない。
いつまで続けなければならない? そろそろ限界。
「よく頑張ったわね」
私の肩が叩かれる。頭を上げると、顔色が悪いエリアーナ様が私を見ていた。
そうだよね。腹筋と背筋の限界の先はあるのか状態だったものね。
「本当に皇族の方々の力の差を見せつけるようなこのお茶会。本当は来たくなかったのよ。内緒ね」
そうか、もしかして、ワザとゆっくり歩いていたとか? でも皆が頭を下げているのに見せつけるものって……そもそも見えないよね。
「それに最近は第一皇子のジェイド様のご機嫌が悪いから、倒れてしまう方々が多いわね」
周りを見渡すと、使用人に抱えられて会場を後にする令嬢の姿がある。数にすれば、十数人ほど。元々三十人ほどしかご令嬢はいなかったので、半分に減ったという感じだ。
うん。課題は背筋と腹筋を鍛えること。これを皇都の学園に行くまでに鍛えるってことだね。
お茶会はピンクゴールドの髪を高く結った、派手なドレスの女性の挨拶で始まった。凄く遠回しな言い方をされたけど、気兼ねなくお茶会を楽しんで欲しいということだった。
だけどその言葉を皮切りにご令嬢方の大移動が始まった。今までは大人しく充てがわれた席にいたのに一斉に立ち上がって移動を始めたのだ。
怖っ!
「貴女は皇子様方に挨拶に行きませんの?」
エリアーナ様が聞いてきた。
ジェイドに連行されて来ただけなのに、行けるはずないだろうっていう言葉を押し込んで、ニコリと笑みを浮かべる。
「私は最後でいいです」
「それもそうね」
エリアーナ様は納得されて、席を離れていった。
挨拶ね。どの面を下げて挨拶するのかという状態の私に挨拶するという選択肢が発生するかどうか。
ないな。
取り敢えず、家では食べれそうにない甘味を食べようか。
「どれでも食べて良いのですか?」
私の背後にいる、私を見下した感が酷い金髪碧眼の執事に尋ねる。
「何をご所望でしょうか? お嬢様」
「外面がよろしいのね」
ここに来るときの態度とは180度違う執事のラグザに思わず言ってしまった。
「生まれも育ちも違いますので、さっさと選んでください」
トゲトゲしい言葉が返ってくる。私とは違うのだぞと言いたいのだろう。まぁ、本当のことなので、別にいいよ。
「窮屈なお家で育ったのですね。プリンをいただきたいわ」
「辺境の令嬢に高級な物の味が分かるとは思えませんが、お取りしましょう」
「その言葉をエリアーナ様にも言ってくださいね」
私はそう言って、目の前に置かれた涼しそうなガラスの器に入ったプリンアラモードっぽい物にスプーンを入れる。
田舎者と蔑んだ言葉を辺境伯爵であるエリアーナ様の前でも言って欲しい。
横目でちらりと金髪碧眼の顔をみると、悔しそうな顔をして私を睨んでいた。
私はニヤリと笑みを浮かべて、生クリームが乗った黄色い物を口に入れる。
「激甘……」
思っていたプリンではなかったショック。甘ければいいってものじゃない!
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ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。
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