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332 新たな黒い女

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 何かを叫びながら常闇の中でもがいている夜叉を見下ろす。いや、闇に満たされた世界から更に深き闇が吹き出し、悲鳴を挙げるものを呑み込んで行こうとしているので、私からは詳細は目視できない。

 なぜなら、この世界で光を発するのは太陽ソールの聖痕と空に広がっている星星のみだからだ。

 星の光は弱く、空の存在感を見せつけるだけにとどまり、北の森も王都も深い闇に満たされているのが上空からよくわかる。
 いや、ただ一点王都の高い位置に光が見えることから、王城からこちらの様子を窺うモノがいるのだろうとわかるぐらいに、世界は闇に満ち満ちている。

「ふぅ」

 私はルディに抱えられた状態で深く息を吐き出す。

「世界の穴を広げようか」

 手を前に突き出して、イメージする。騒いているモノを中心にして一気に常闇を広げるようにだ。

 世界が唸り声を挙げだす。低く低くこの闇と馴染むように響き渡っている。
 そしてギシギシと世界が軋む音が鳴り出す。空間と空間が擦れて軋んでいるのだ。

 箍が外れたように軋む音が世界の悲鳴に代わり、甲高い音と共に眼下の闇が更に深く濃く一気に拡がった。

 生暖かい風が下から吹き上げてくる。
 その甲高い音と共に違う高い音が混じりだす。

「来るよ!」

 私の忠告と同時に悲鳴を挙げる世界から、黒い鎖が解き放たれた。それはまるで星を引きずり落とすために放たれた鎖のように空に向って伸びていく。

「ひっ!こんなの避けるって無理!」
「これはキツイわ」

 文句をいいながらでもロゼとリザ姉は高度上げながら避けている。やれば普通にできるじゃない。

 ルディは器用に私を片腕で支えながら、ワイバーンを操縦して避けている。

 光源は私の太陽ソールの聖痕だけだというのに、皆凄いね。

 さて、私は広げた常闇を閉じようか。

 そう思って下に視線を向けると、一瞬私の思考が止まってしまった。

 確か下には鎖に巻かれて、既に私の目には何か判別つかない物体はいた。そう、そこに居た。

 夜叉がいたはずの場所。そこには真っ黒い人物が立っているように見える。周りは暗く、地面は更に深い闇で満たされていて、普通であれば目視できないはずなのに、私の目にはその姿を捉えることができた。

 それもダンジョンで見た女性ではない。だってあったはずの尾が無いのだから。

 でもなんとなく見覚えがあるような気がする。肌も髪もすべてが黒く、ただ赤い瞳だけが私を捉えていた。

 わかるのは頭に黒い皿の聖痕があるということから、ルーナの聖女だということだ。

 いや、今の私のすべきことは速やかに常闇を閉じること。

 女性が立ってる場所を中心にして、常闇を円を描くように動かして行く。そして常闇を深く陥れるように下に下に。
 常闇を落としていった分、外側を縮めていく。

 縮めていくけど、思ったよりも動きが悪い。

 中心に重石のように黒い女性がいるからだろうか?誰も何も言わないってことは、まだ私しか見えていない存在?

「ねぇ、誰か常闇の中心にいる人が見える?」

 ……返事がない。やはり、また私だけ見えるパターンか。だからこれは何の意味があるわけ?

「赤い髪の女性ですか?」
「細っせえ、女だ」
「また、そこも違うのが見ている!」

 まただ。また茨木と酒吞は別のものをみている。っということは、蛇共はどうだろう?

「青嵐と月影はどうなの!」
『イグネアにお聞きすればよろしいかと存じます』
『イグネアなら知っていると思われます』
「イグネアって誰!」

 蛇二匹から私の知らない人物の名前が出てきた。この蛇共もしかして、私が知らないうちにシレッと抜け出しているってことか!

「この精霊鳥のことですよ」

 悪魔神父が自分の肩を指しながら言った。
 私が今の今まで無視をし続けていた、赤い鳥を指している。

 名前をつけていたんだ。イグネアって女性っぽい名前。あの鳥、メスなのか?
 それとも初恋をこじらせにこじらせた神父様の妄執?

「そう、イグネア。アレは誰?」

 私が聞くと、赤い鳥はツンと澄まして横を向いた。話す気はないってことか。
 まぁ、神父様の鳥だから性格が悪いのだろう。

「まぁいいや。リザ姉。ロゼ。聖剣で渦の中心を攻撃してくれる?容赦なく叩き潰して、常闇に沈める感じで」

 リザ姉の『颶風ぐふう』とロゼの『驟雨しゅうう』の聖剣の力を合わせると嵐のような攻撃ができる。それを常闇の渦に合わせることにより、陥れる力を増そうという作戦だ。

 すると赤い鳥が慌てて羽をバタバタしだした。なに?情報をくれないなら、別にいいよ。

『あの方はエリスアメリア様でございます』

 誰だよエリスって?
 サディでもシュマリでも無かったよ。

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