271 / 354
271 緑の手
しおりを挟む
「え?」
私達は次の階層に進んだ。二十二階層だ。
海辺だ。波が砂浜に打ち寄せては引いている普通の浜辺。空を見上げると、星が輝いている。闇が広がっていることには変わりはない。
だけど、月がある。丸い月の輝きが、世界を照らしているのだ。
そして、緑豊かな自然が広がっており、遠くには王都との間を隔てる高い山脈がある。
国の南側のキルクスがある地域だ。再びこの地にダンジョンは導いてきた。
「あれ?どうなっているんだろう?」
「月が出ているよな」
当たり前の光景がそこには広がっていた。ファルもその光景を不思議がっている。今まで太陽も月も出ていなかったのに、この空には月がある。草木が生えるまっとうな大地が存在している。
そこに目の前に一人の女性が通り過ぎた。月の光を浴びてキラキラ光る髪を背中に流した女性だ。
その女性が立ち止まってしゃがみ込み、地面に手をかざすと、そこから緑の草が生えてきた。いや、麦の若葉だと思う。
その手には青色の痣があった。正確には青みがかった緑色だ。恐らく、植物と水の能力がある緑の手だ
「あれ、ファル様の紋様だ」
職務中は常に手袋を着けているファルだけど、プライベートでは外していることが多い。そう、私の部屋で夕食を食べている時とかだ。だから、ファルの手にまで顕れた聖痕を頻繁に目にする。
「この時点で既に聖痕が存在している。興味深いですね。いいえ、ある意味納得ですね」
神父様はこの現状に納得しているようだ。そう、人々は願ったのだ。獣人たちは空から星を降らせることで願いを叶えたように、人々は世界に願った。この闇の世界で生き抜く力が欲しいと。
願ってしまった。そして、それが世界の力の枯渇の原因となると思わずに。
ん?あれ?ちょっとおかしい。
「ねぇ、神父様の話では聖王と聖女のかけらを持った者が聖痕を宿した者ってことじゃなかった?」
「別に聖痕を持つ者とは言ってはいませんよ。人々とはという言い方ですよ」
そうだった?うーん?まぁいいや。あ……緑の手を持つ女性が背を向けて歩き出した。
たぶん今度は彼女に付いていくんだと思う。
女性はサクサクと歩き出し、松明が掲げられた集落に向かっていく。
「大きな街というより、スラムに近い感じですね」
神父様が言うように建物という建物がない。着の身着のままここに流れ着いたという人たちが大勢いる。
野ざらしのところで、横になっている者も見られるぐらいだ。それが、かなりの大きな集団としているのだ。
そんな中、緑の手を持つ女性が人々の間を歩いていく。そんな女性が通る道を作るように人々は頭を下げて、頭上に手を掲げている。その手に何かを置いていく女性。
「あれ、なんだろう?」
ちょっとよくわからない。種かな?
「赤い実ですので、枸杞の実ですかね。一種の薬として用いられますね」
カラーチ……クコの実か。あまり食べれない状況では、薬のように体調を整える物の方がいいのだろう。……ってコレって凄いことじゃない!
「ファル様!枸杞の実を出して!」
彼女が出せるならファルも出せるはず!
「あ?そんなもの出せるはずないだろう」
「出せる出せないじゃなくて、出すの!」
ファルは呆れた目を私に向けながら、右手の手のひらを上にした。その手は任務中のため、手袋をしている。
「ほら、でないし……」
出ないと言いながら、手のひらからこぼれるように大量に赤い小さな実を出した。
そして、出したファル自身がとても驚いている。まさか本当に出せるとは思っていなかったのだろう。
「ファル様。おやつ頂戴!」
「おい!」
私はファルに向かって手を差し出す。ルディに抱えられているため、ファルの方に行くことができないのだ。
「おっ!俺にもくれ。流石にあれだけじゃ、腹に溜まらん」
「ああ、クコの実のことでしたか。それはいいですね」
三人から手を差し出されたファルは、ため息を大きく吐いた。
「お前ら、緊張感がないな」
緊張感ってそんなに保たないよ。それに初っ端から色々ムカつくことを見せられたのだから、こういうのも必要。
「良いではないですか、ファルークス。新たな能力が発見できたのですから」
神父様もしれっとファルに手を差し出している。やっぱり、薄いスープと硬いパンと塩気の多い干し肉だけじゃ、物足りないよね。
皆におやつを配り終えたファルは、何故かうなだれていた。いいじゃない。食糧が確保できない時に困らないよ。
そして、緑の手を持った女性は一つの布地に覆われたテントのようなものの前に立ち止まった。テントというには歪で、木の棒を立てて布で覆ったようなものだ。
『Ηβχχκ∑ΜκΔς』
やはり、言葉は聞き取れない。そして私達から背を向けているから、口元から読め解けなかった。
その声に応じるように布地が動き持ち上げられる。そこから出てきたのは、いつか見た銀髪の男性とその男性とよく似た銀髪の女性だった。
私達は次の階層に進んだ。二十二階層だ。
海辺だ。波が砂浜に打ち寄せては引いている普通の浜辺。空を見上げると、星が輝いている。闇が広がっていることには変わりはない。
だけど、月がある。丸い月の輝きが、世界を照らしているのだ。
そして、緑豊かな自然が広がっており、遠くには王都との間を隔てる高い山脈がある。
国の南側のキルクスがある地域だ。再びこの地にダンジョンは導いてきた。
「あれ?どうなっているんだろう?」
「月が出ているよな」
当たり前の光景がそこには広がっていた。ファルもその光景を不思議がっている。今まで太陽も月も出ていなかったのに、この空には月がある。草木が生えるまっとうな大地が存在している。
そこに目の前に一人の女性が通り過ぎた。月の光を浴びてキラキラ光る髪を背中に流した女性だ。
その女性が立ち止まってしゃがみ込み、地面に手をかざすと、そこから緑の草が生えてきた。いや、麦の若葉だと思う。
その手には青色の痣があった。正確には青みがかった緑色だ。恐らく、植物と水の能力がある緑の手だ
「あれ、ファル様の紋様だ」
職務中は常に手袋を着けているファルだけど、プライベートでは外していることが多い。そう、私の部屋で夕食を食べている時とかだ。だから、ファルの手にまで顕れた聖痕を頻繁に目にする。
「この時点で既に聖痕が存在している。興味深いですね。いいえ、ある意味納得ですね」
神父様はこの現状に納得しているようだ。そう、人々は願ったのだ。獣人たちは空から星を降らせることで願いを叶えたように、人々は世界に願った。この闇の世界で生き抜く力が欲しいと。
願ってしまった。そして、それが世界の力の枯渇の原因となると思わずに。
ん?あれ?ちょっとおかしい。
「ねぇ、神父様の話では聖王と聖女のかけらを持った者が聖痕を宿した者ってことじゃなかった?」
「別に聖痕を持つ者とは言ってはいませんよ。人々とはという言い方ですよ」
そうだった?うーん?まぁいいや。あ……緑の手を持つ女性が背を向けて歩き出した。
たぶん今度は彼女に付いていくんだと思う。
女性はサクサクと歩き出し、松明が掲げられた集落に向かっていく。
「大きな街というより、スラムに近い感じですね」
神父様が言うように建物という建物がない。着の身着のままここに流れ着いたという人たちが大勢いる。
野ざらしのところで、横になっている者も見られるぐらいだ。それが、かなりの大きな集団としているのだ。
そんな中、緑の手を持つ女性が人々の間を歩いていく。そんな女性が通る道を作るように人々は頭を下げて、頭上に手を掲げている。その手に何かを置いていく女性。
「あれ、なんだろう?」
ちょっとよくわからない。種かな?
「赤い実ですので、枸杞の実ですかね。一種の薬として用いられますね」
カラーチ……クコの実か。あまり食べれない状況では、薬のように体調を整える物の方がいいのだろう。……ってコレって凄いことじゃない!
「ファル様!枸杞の実を出して!」
彼女が出せるならファルも出せるはず!
「あ?そんなもの出せるはずないだろう」
「出せる出せないじゃなくて、出すの!」
ファルは呆れた目を私に向けながら、右手の手のひらを上にした。その手は任務中のため、手袋をしている。
「ほら、でないし……」
出ないと言いながら、手のひらからこぼれるように大量に赤い小さな実を出した。
そして、出したファル自身がとても驚いている。まさか本当に出せるとは思っていなかったのだろう。
「ファル様。おやつ頂戴!」
「おい!」
私はファルに向かって手を差し出す。ルディに抱えられているため、ファルの方に行くことができないのだ。
「おっ!俺にもくれ。流石にあれだけじゃ、腹に溜まらん」
「ああ、クコの実のことでしたか。それはいいですね」
三人から手を差し出されたファルは、ため息を大きく吐いた。
「お前ら、緊張感がないな」
緊張感ってそんなに保たないよ。それに初っ端から色々ムカつくことを見せられたのだから、こういうのも必要。
「良いではないですか、ファルークス。新たな能力が発見できたのですから」
神父様もしれっとファルに手を差し出している。やっぱり、薄いスープと硬いパンと塩気の多い干し肉だけじゃ、物足りないよね。
皆におやつを配り終えたファルは、何故かうなだれていた。いいじゃない。食糧が確保できない時に困らないよ。
そして、緑の手を持った女性は一つの布地に覆われたテントのようなものの前に立ち止まった。テントというには歪で、木の棒を立てて布で覆ったようなものだ。
『Ηβχχκ∑ΜκΔς』
やはり、言葉は聞き取れない。そして私達から背を向けているから、口元から読め解けなかった。
その声に応じるように布地が動き持ち上げられる。そこから出てきたのは、いつか見た銀髪の男性とその男性とよく似た銀髪の女性だった。
10
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
竜帝は番に愛を乞う
浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿の両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。
塩対応の公子様と二度と会わないつもりでした
奏多
恋愛
子爵令嬢リシーラは、チェンジリングに遭ったせいで、両親から嫌われていた。
そのため、隣国の侵略があった時に置き去りにされたのだが、妖精の友人達のおかげで生き延びることができた。
その時、一人の騎士を助けたリシーラ。
妖精界へ行くつもりで求婚に曖昧な返事をしていた後、名前を教えずに別れたのだが、後日開催されたアルシオン公爵子息の婚約者選びのお茶会で再会してしまう。
問題の公子がその騎士だったのだ。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる