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271 緑の手

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「え?」

 私達は次の階層に進んだ。二十二階層だ。

 海辺だ。波が砂浜に打ち寄せては引いている普通の浜辺。空を見上げると、星が輝いている。闇が広がっていることには変わりはない。
 だけど、月がある。丸い月の輝きが、世界を照らしているのだ。

 そして、緑豊かな自然が広がっており、遠くには王都との間を隔てる高い山脈がある。

 国の南側のキルクスがある地域だ。再びこの地にダンジョンは導いてきた。

「あれ?どうなっているんだろう?」

「月が出ているよな」

 当たり前の光景がそこには広がっていた。ファルもその光景を不思議がっている。今まで太陽も月も出ていなかったのに、この空には月がある。草木が生えるまっとうな大地が存在している。

 そこに目の前に一人の女性が通り過ぎた。月の光を浴びてキラキラ光る髪を背中に流した女性だ。

 その女性が立ち止まってしゃがみ込み、地面に手をかざすと、そこから緑の草が生えてきた。いや、麦の若葉だと思う。

 その手には青色の痣があった。正確には青みがかった緑色だ。恐らく、植物と水の能力がある緑の手だ

「あれ、ファル様の紋様だ」

 職務中は常に手袋を着けているファルだけど、プライベートでは外していることが多い。そう、私の部屋で夕食を食べている時とかだ。だから、ファルの手にまで顕れた聖痕を頻繁に目にする。

「この時点で既に聖痕が存在している。興味深いですね。いいえ、ある意味納得ですね」

 神父様はこの現状に納得しているようだ。そう、人々は願ったのだ。獣人たちは空から星を降らせることで願いを叶えたように、人々は世界に願った。この闇の世界で生き抜く力が欲しいと。
 願ってしまった。そして、それが世界の力の枯渇の原因となると思わずに。

 ん?あれ?ちょっとおかしい。

「ねぇ、神父様の話では聖王と聖女のかけらを持った者が聖痕を宿した者ってことじゃなかった?」

「別に聖痕を持つ者とは言ってはいませんよ。人々とはという言い方ですよ」

 そうだった?うーん?まぁいいや。あ……緑の手を持つ女性が背を向けて歩き出した。

 たぶん今度は彼女に付いていくんだと思う。

 女性はサクサクと歩き出し、松明が掲げられた集落に向かっていく。

「大きな街というより、スラムに近い感じですね」

 神父様が言うように建物という建物がない。着の身着のままここに流れ着いたという人たちが大勢いる。

 野ざらしのところで、横になっている者も見られるぐらいだ。それが、かなりの大きな集団としているのだ。

 そんな中、緑の手を持つ女性が人々の間を歩いていく。そんな女性が通る道を作るように人々は頭を下げて、頭上に手を掲げている。その手に何かを置いていく女性。

「あれ、なんだろう?」

 ちょっとよくわからない。種かな?

「赤い実ですので、枸杞カラーチの実ですかね。一種の薬として用いられますね」

 カラーチ……クコの実か。あまり食べれない状況では、薬のように体調を整える物の方がいいのだろう。……ってコレって凄いことじゃない!

「ファル様!枸杞カラーチの実を出して!」

 彼女が出せるならファルも出せるはず!

「あ?そんなもの出せるはずないだろう」

「出せる出せないじゃなくて、出すの!」

 ファルは呆れた目を私に向けながら、右手の手のひらを上にした。その手は任務中のため、手袋をしている。

「ほら、でないし……」

 出ないと言いながら、手のひらからこぼれるように大量に赤い小さな実を出した。
 そして、出したファル自身がとても驚いている。まさか本当に出せるとは思っていなかったのだろう。

「ファル様。おやつ頂戴!」

「おい!」

 私はファルに向かって手を差し出す。ルディに抱えられているため、ファルの方に行くことができないのだ。

「おっ!俺にもくれ。流石にあれだけじゃ、腹に溜まらん」

「ああ、クコの実のことでしたか。それはいいですね」

 三人から手を差し出されたファルは、ため息を大きく吐いた。

「お前ら、緊張感がないな」

 緊張感ってそんなに保たないよ。それに初っ端から色々ムカつくことを見せられたのだから、こういうのも必要。

「良いではないですか、ファルークス。新たな能力が発見できたのですから」

 神父様もしれっとファルに手を差し出している。やっぱり、薄いスープと硬いパンと塩気の多い干し肉だけじゃ、物足りないよね。

 皆におやつを配り終えたファルは、何故かうなだれていた。いいじゃない。食糧が確保できない時に困らないよ。


 そして、緑の手を持った女性は一つの布地に覆われたテントのようなものの前に立ち止まった。テントというには歪で、木の棒を立てて布で覆ったようなものだ。

『Ηβχχκ∑ΜκΔς』

 やはり、言葉は聞き取れない。そして私達から背を向けているから、口元から読め解けなかった。

 その声に応じるように布地が動き持ち上げられる。そこから出てきたのは、いつか見た銀髪の男性とその男性とよく似た銀髪の女性だった。

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