上 下
261 / 358

261 灰狼と人族

しおりを挟む

「そう言えばさぁ。神父様はなぜキルクスに飛ばされたわけ?」

「おい!アンジュ!」

 私の唐突な質問にファルは何を言い出すんだという感じだけど、ただ飛んでいるだけじゃ暇だからね。

「だってさぁ。ここの第12部隊が管轄している地域って、あの山脈に隔てられて色々不便だよね」

 そうなのだ。第12部隊が管轄している国の南側は高い山脈が北側にそびえ、南側は海となっている。いわゆる王都からの情報が入りにくく、隔離されたような地形だ。

「だから、神父様はキルクスという名をブランド化できるほどの騎士を育てられたのだと思ったのだけど?」

「おや?アンジュは言わなくてもわかると思っていましたが?」

 わかっているけど、それは私の予想であって、神父様からの口から出た言葉じゃない。

「で、どういう理由?」

「そうですね。表向きは、聖騎士の卵を育てる任務ですね」

「本来の理由は?」

「スラヴァールから私を切り離すためですね」

「白銀の王様を傀儡にしようとしたってこと?」

「ええ、ですがスラヴァールは見ての通りしたたかですからね。後はこの地は厭われていますからね」

 白銀の王様の中にあるのは貴族への復讐なのだろうと私は思っている。だから、簡単には騙せ無いし、言うことも聞かないだろう。そして、逆にしてやられてしまい、貴族たちは強硬手段に出ることになった。白銀の王様毒殺事件。死んでないけどね。

 しかし、この地が厭われているってどういうことだろう。私はそんなことは耳にしたことがない。

「神父様。最後の言葉の意味がわからない。忌地だって言いたいの?」

「そうですよ。昔から何度か街が水没することがあるので、人が生きるには向かない土地だと言われています」

 街が水没?大雨が降ったってこと?それとも川の氾濫?
 私が生まれてからはそんな事にはなってはいない。頻繁には起こらないのに、忌地なんだ。

「少し大げさ過ぎない?川が氾濫したってことぐらいなら、土地の整備をすればいいと思う」

「海から水が押し寄せてくるのですよ」

 神父様の言葉にハッとする。それはもしかして……。

「あ、それ!」
「津波か」
「自然には敵わないですからね」

 私は神父様の言葉に納得し、酒吞が津波と言った言葉に、茨木が補足する。津波が押し寄せてくるということは、地震が起こったか、海底火山が爆発したか、その辺りだろう。
 しかしこれもまた私が生まれてから地震というものに遭ったことがないので、確信は得られない。

「ふーん。だからこの地は、先程見た景色と違ってさびれているのか。建物を建てても流されるのであれば、流されても良い建物か流れない建物を建てるしかないよね」

 田畑も緑豊かというより、植物が生きていくのに精一杯だという感じに受け取れる。塩害かな?

「それで目の前の人は、何かを決意して王都まで行くのかな?」

「さぁ。それはわかりませんが、ここも町に着いて終わりですよ」

 そうか。あの山脈を越えるのは流石に無理なのかな?肩から矢が生えた人について行くと、さびれた農村という場所にたどり着いた。そこでは虐殺が行われていた。虐殺の中心にいる人物は灰色の髪に三角の耳が頭から生え、背後に同じような色の尻尾が見えている。

「灰狼か」
「狼族はうるさいから嫌いですね」

 酒吞と茨木の見立てでは灰狼獣人らしい。まぁ、彼らの知識は妖怪の部類なので、正確には違うだろう。

 その灰狼獣人に向かって、白髪の男は地面を蹴り上げた。

「灰狼に素手か威勢がいいな」
「灰狼の牙と爪を防ぐには刀一本は持っておかないと厳しいですね」

 鬼の二人から見ても灰狼獣人は一筋縄ではいかないらしい。しかし、この言い方だと鬼の二人も灰狼と戦うのに剣を使うということなのかな?

「酒吞と茨木ならどうやって戦うの?」

 興味津々で聞いてみる。すると酒吞はニヤリと笑みを浮かべた。

「今は一人だが、さっさと頭を潰すことが一番だな」
「仲間を呼ばれて囲まれると面倒ですから」

 酒吞が言っている頭というのは、群れのリーダー的な存在のことかな?それが仲間を呼ぶ行為が面倒だと茨木は言っているけど、面倒なだけで、戦えないとは言っては居ない。

 そんなことを話していると、肩から矢をはやした男性から光が漏れている。なんだろう?あれ。

 振るっている拳に光が帯び、灰狼獣人に拳が重なると、爆発して灰狼獣人が後方に下がらされた。

「これは【フォイアー】にも満たない魔術ですね」

 え?あれが魔術?出来損ないぐらいに歪に光っているけど?

「うーん?闘気って表現したほうが良いぐらい?」

 しかし、これが魔術の始まりだったのだ。魔術という力を手に入れた人。彼は怒りに身を任せ、新たな力を手に入れてしまったのだった。


補足
津波の地震の原因はアンジュが赤い鳥を食べようとして登ろうとしていた山の火山性の地震です。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

処理中です...