上 下
260 / 358

260 聖王と王妃

しおりを挟む
「しかし、皮肉だねぇ」

「何がだ?アンジュ?」

 皮肉。それはこの状況だろう。私達が浮かぶ下には多くの獣人たちが集まってきている。そして、何かを待っているのだ。恐らくその何かが終わらない限り、次の階層には行けない。

「だってさぁ。本来なら役目を終えた聖女と王が来るんだよ。それも死の鎖にぐるぐる巻きにされてね。そして、下から自分たちが住んでいた王城らしきものを見上げている。これが皮肉じゃなくてなに?」

「王と聖女はこの見慣れぬ者たちと、同じ立場ですらなく、鎖に繋がれた罪人というわけですか?」

 神父様の言葉に苦笑いを浮かべた。そう、裁きを待つ罪人のようにだ。

「あ、誰か出てきた」

 王城と思われる建物のバルコニーに二つの影が見えた。その現れた者に対して歓声が沸き起こる。

「ふーん。アレが太陽の王に月の王妃ね」

 太陽の王と思われる人物は黄金の髪に体格のいい人物。月の王妃は長い黒髪に細身の体格の人物としか、ここからではわからない。だから遠見の魔術を使う……残り少ない魔力だけど、一瞬なら可能なはず。

 前方に透明な板を出し、その拡大した姿を映し出す。

「アンジュ!」

 一瞬にして拡大表示されたスクリーンは爆発し消失した。まいったなぁ。魔術を使っても、周りに展開している魔術が大きすぎて、維持すらできなかった。
 しかし、その容姿は確認できた。

「アンジュ!魔術は使えないのに無理をして使うな」

「そうだね、ルディ。この幻影を作り出している魔術の大きさに、負けてしまったね」

 爆風から私の身を守ろうとしたルディを見てみるけど、怪我はしていなさそうだ。大した魔力量は使っていなかったから、爆風があたっただけに、とどまったのだろう。

「それで、何が見えましたか?」

 ここでは空を見上げるように態勢を維持している神父様が聞いてきた。

「王は獅子の獣人かな?王妃は九尾の黒狐かな?」

「九尾ですか。それは恐いですね」

 茨木は九尾という言葉に反応した。しかし、玉藻御前とは違うと思うので、恐いかどうかは私にはわからない。

「九本尾があるって数えたわけじゃないよ。それぐらい見えただけ」

「いやぁ。あれは九尾だろう?それだとアマテラスが言っていたこともわかるなぁ」

 酒吞は目を細めて、月の王妃を見ている。鬼の視力がどれぐらいかはわからないけれど、酒吞には見えていそうだ。

「アンジュが言っていた意味がわかるとは、どれのことですか?」

 神父様。私が毎回おかしなことを言っているような言い方をしないで欲しい。そこまで神父様が理解できないような言葉は言っていない……はず。

「九尾は一つの国を滅ぼしてんだよ」

「聞く話によりますと酷いものでしたね。まぁ、日ノ本では陰陽師なるものが目を光らせていますから、好き勝手にはできないようですがね」

「だから、一度滅んでいてもおかしくはないと言うことですか?」

 酒吞と茨木の話の元は妲己の話だろう。正確には王を傀儡にして民に重税を強いて、歯向かう者はことごとく処刑したという話だけど、神話の域に達しているので、物語のいち登場人物のような感覚でしかない。
 だけど、彼らは玉藻御前を知っているのならば、本人から話を聞くことがあったのかもしれない。

「神父様。それは私が予想した結末の一つです。この物語を進んでいけば、真実が見えてくるでしょう。それにここの最終地点には恐らく聖王がいますよ。本人に聞けばいいのです」

 そして、いつの間にか多くの獣人の人の姿はなくなり、足元にはポッカリと黒い穴が口を開けていた。どうやら見せたいものは終わったらしい。

 次の階層に進もうか。


 次の階層の風景は知っているところだった。

「あ、家があるところに近い」

 私が生まれた家がある場所に近い風景だった。何度も家の窓から眺めた高い山脈。あの先には王都があるのだ。

「ん?この辺りがアンジュの出身地なのか?」

「こんな大きな川は見たこと無いけどね」

 私達は大きな川の横に出てきた。そして背後には青い海。海は初めて見た。これは王都と隔てている山脈から流れている川の水が海へと注いているのだけど……

「人が浮いているね」

 動いていない人が川の流れに沿って海に出ていっている。それも一人や二人じゃない。複数人だ。

「何かあったのでしょうね」

 神父様の声は幾分か硬い。恐らくここまでの幻影で予想はしていたのだろう。人という人種が虐げられていたということに。

 そして、背後から水の音と共に、砂利のような砂浜を歩く人の足音が聞こえた。振り返れば、肩に一本の矢が刺さった男性が、海から上がって来たところだった。老人のように白い髪だが、容姿からは20代中頃と思われる人物だ。その人物の血に染まったような赤い瞳には殺意の色が乗っている。

「今度はこの人について行けってことかな?」

「そうだな」

 ルディも同じ意見のようだ。ゆっくりと歩く男性に合わせて私も移動速度を落としたのだった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

【完結】きみの騎士

  *  
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...