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258 魔物がいない世界

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 幻影とは思えない空高く広がる青の色。その空を横切る飛行船。鳥は自由に舞い、白き雲は時間を表すように流れていく。

 その下を私達は移動している。地を歩くのではなく、浮遊して移動しているのだ。

「そういうことね」

 屋根のないむき出しの運転席の後ろに荷台を引っ張る形の自動車の後からに付いていくように移動している。

 これは神父様が『アレについていきましょう』と言ったからだ。アレはもちろん神父様たちが見たことがない熊の獣人の男性のことだ。

「何がそういうことなんだ?」

 相変わらず無重力の中で私を抱えたルディが聞いていた。

「道が轍になっているなって思ったんだよね」
「何か問題なのか?」

 何も問題じゃない。ただ、私はこの状態に違和感を感じなかった。そう道の両端と真ん中に草が生えている。田舎の里道にはよく見られる光景だ。車が通り、人はその跡を通る。
 これは移動手段の多くが車であったということだ。

 先程荷車が道の端に寄ったと思うと、似たような荷車とすれ違ったのだ。すれ違った荷車の後方には何も荷物は乗っておらず、ただの移動手段で荷車を使っているということだ。 

 因みに現代は移動は馬車か騎獣か徒歩だ。馬車の轍は存在するが、地を駆ける騎獣が地面を蹴り轍を消していくため、このように綺麗に道の真ん中に草が生えることがないのだ。

「問題じゃないよ。この時代はこのような乗り物が移動手段として常識だったってことだね」
「確かに、このような変わった道の姿は初めて目にしましたね」

 相変わらず逆さになって、無重力を楽しんでいる神父様が私の言葉に理解を示した。

「面白いものですね。どうやって動いているのでしょうね」

 神父様は自動車のような物の構造に興味があるようだ。それは私も思う。車輪は馬車のようなキレイな円状のモノではなく、ぬかるんだ道も進めるように歯車状の金属の車輪だ。これは速度よりも足場が悪くても確実に進める仕様だ。はっきり言って人が歩く速度の少し早い程度の早さしか出ていない。

「さぁ、でも構造的に確実に物を運ぶ為のモノだね。少々道が悪くても進める。恐らく早さが求められる物は上に飛んでいる飛行船で運ぶ感じかな?」

「本当にアレがなんで飛んでいるんだ?意味がわからない。ここからあの大きさってことは、かなり大きいよな」

 ファルは空に寝そべるように、空を見上げている。どうやら飛行船が気に入ったようだ。その視線は空を行き交う飛行船を追っている。

「魔素より軽いものを詰めれば、飛べるよ」
「は?なんだ?それは……」

 何だと言われても、科学の発達していない世界では説明が難しい。

「んー?ちょっと違うけど、熱した空気を大きな袋状のものに溜めたら、空に浮かび上がるっていうことだね」

「それ面白そうですね。ここから出たら教えてください」

 茨木が面白そうと言ったけれど、できるのかなぁ?あれかな?紙袋の口側に重しを付けて下から熱したら飛ぶやつでもためしてみようか。どこかの国でランタン祭りってあったよね。

「くそっ!やっぱり思ったように動けねぇぞ!」

 茨木の向かい側では、酒吞が茨木に向かって拳を振るっているものの、あらぬ方向に身体が向いてしまっている。
 そう、暇だと言って神父様に結界の大きさを広げてもらい酒吞と茨木が手合わせをしているのだ。私はここでは刀を抜くなと口にした。すると、二人は無重力の中、殴り合いを始めたのだ。とか言っても、茨木は最小限の動きで酒吞の拳を避け、酒吞は力任せに拳を繰り出し、あらぬ方向に拳を振るっている。
 その状況が楽しいのか酒吞は悪態をつきながらも笑っていた。

「街が見えてきたな」

 酒吞が再び拳を構えたところで、ルディの声が聞こえてきた。前方に視線を向けると、田舎の田畑がある風景を進む荷車の先には外壁がない街が見えてきた。

「これは予想はしていたけれど、建物の構造的にはあまり変わらないね」

「予想?」

「そう、魔物がいないから外壁がいらない。だから、この荷車は止められることもなく、街に入っていく」

「確かに、以前来たときに外壁がないなんて、不用心だなと思ったが、言われてみれば魔物がいなければ、必要がないのか。そうか魔物がいないのか」

 ルディは街から目を離して、周りの風景を眺めた。そこには田畑で働く人の姿が見られ、何かに警戒しながら作業しているわけではなく、ただ平穏な日常が過ぎているそんな景色だった。

「アンジュ。魔物がいない世界ってどんなものなのだろうな」

「あまり変わらないと思うよ」

「変わらないのか?」

「変わらないよ。今は魔物という共通の敵が人類には存在しているけど、存在しなくても、人同士で争いは起こるもの」

 私の目には荷車の前に飛び出してくる子どもの姿が映った。危ないと声を上げそうになったものの、これは世界の記憶。既に終わった事の始まりだった。

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