上 下
210 / 358

210 世界の貪食

しおりを挟む
 二人の貫いた剣はそのまま黒い鎖の塊を引き裂くように、切り刻む。このまま常闇に堕ちてくれればいい。
 落ちていく鎖の塊とその下に広がる徐々に動き出した常闇を見る。
 突然常闇から何かが飛び出してきた。何?玄武が復活した?

 いや、手だとても大きな巨人のような漆黒をまとった手が出てきた。

「ルディ!神父様!上空に退避して!」

 私は鎖の塊に気を取られている二人に更に上空に上るように言う。私の言葉に瞬間移動したように直ぐ様私の側に現れた二人。ちょっと怖いよ。

「アンジュ、何があった!」
「問題が起こったのですか?」

 二人から理解していない言葉が出てきた。おかしい、あんなに巨大な手が空をつかもうと常闇から出てきているのに……もしかして、見えていない?

「常闇から巨大な黒い手が出て来て……今、黒い鎖の塊を鷲掴みしました」

 巨大は漆黒の手が手のひらを握り込んだ瞬間、大気が揺れたような気がした。ドンッと振動が心臓を掴んだような感覚だ。

「その黒い手が常闇に沈んでいっているのだけど、二人共見えていない?」

「龍神が常闇に沈んで行っているのは見えますが、巨大な黒い手というものは見えないですね」
「それはもしかしたら、アンジュしか見えない黒い鎖と同じモノなのかもしれないな」

 二人共見えていなかった。そして、ルディは死の鎖と同じモノなのではないのかと言った。それだと色々考えされられる。……世界が獲物を逃さないと言わんばかりに出てきたと。

 完全に常闇の中に鎖の塊が消えた途端、常闇が勢いよく縮小しだした。
 え?私何もしていないよ?これは世界が自ら常闇を閉じた?

 世界が自ら開いた常闇は世界が閉じることができる?データが足りなすぎてわからないなぁ。

「今回は凄く綺麗に消えたな」
「飛び出てきた黒い鎖も一緒に飲み込まれましたね」

 そう、二人が言っているように、今回は違っていた。私が無理やり閉じたときは、渦を巻き世界の奥深くに落とし込みながら常闇を収縮させていくように閉じていっていたのだけど、世界が自ら閉じた常闇は空間が閉じるという感覚に近かった。その時に黒い霧と共に黒い鎖も吸い込まれていった。そして、いつの間にか巨大な玄武の姿も居なくなっていた。

「なんという貪食力」

 いや、そもそも世界が己のテリトリーに異界のモノを引き込んだのだ。

「何故、世界はそのまま食べないのだろう?」

 ふと疑問に思った。異界のモノから力を得るのであれば、そのまま力に変換するようにすればいいと思う。そうすれば、この世界の住人は異形の脅威にさらされることはないというのに。

 しかし、今回も無事に解決をした。いっときは本当に無理じゃないのかと思ったけれど……本当に巨大亀が出てきたときは、無理だと思ったね。

「さて、何事もそのまま食べるとお腹を壊すので調理が必要なのではないのですかね」

 神父様が真顔でおかしなことを言っている。いや、私達が生食でお腹を壊さないように火を通すのはわかるけど、異形を調理って……はははは……私達はコックか!と突っ込むところだね。
 そして、これは私は笑ってあげた方がいいのだろうか。

「リュミエール神父の仮説ですと、弱らせなければ、取り込めないということでしょうか?」

 え?ルディも真面目に答えている。言われれば死の鎖が出てくるのは弱らせないと出てこない。けれど、活きが良いまま食べるのも良いかもしれないよ?
 しかし、考えても世界のことなんてわかりはしないので、取り敢えず皆のところに行こう。


 私は重力の聖痕を使って、皆が集まっているところに飛んでいく。ルディと神父様はよくわからない仮説を立てていると良いよ。

「アンジュ!」
「さて我々も戻りましょうか」

 雨によってグジュグジュになった雪の上には降り立ちたくないので、空中で浮遊したまま皆の前に立った。

「アンジュ!すごーい!やったね!」

 ロゼが微妙な感じで褒めてくれた。ロゼは騎獣に乗って結界を張っていただけだからね。

「アンジュちゃん。冷えるから早く戻りましょうね」

 リザ姉。寒いから帰りたいと。まぁ、私も疲れたし早く眠りたいね。
 私は今回の一番の功労者に声をかける。

「ファル様!今回は凄く助かったよ。なんか聖剣モドキ作れたし」

「いや、俺は敵の動きを止めていただけだ。聖剣モドキと言っても神の動きを止めるぐらいしかできなかったぞ」

 確かに龍神に致命傷を与えることはできなかったけれど、龍神の動きを止めるなんて凄いと思う。それに……私はルディと神父様に指をさして言う。

「ほら、二人の木の枝が聖剣モドキに変化したよ」

 すると皆の視線はルディの漆黒の剣身と神父様の白銀の剣身に向けられている。ルディの漆黒の剣身は闇を映したかのように底しれぬ恐ろしさを感じさせるものだ。逆に神父様の剣身は光り輝くような神々しさを感じさせる。本当に相対する剣だった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

【完結】きみの騎士

  *  
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...