上 下
135 / 358

135 血の海の上に立つ死神

しおりを挟む
「ごめん。私、貴女のバカさ加減はかばい切れない」

「私を馬鹿にして、貴女ただで済むと思っているの?私は聖女なのよ!」

 私が漏らした言葉に、聖女であることを主張して脅しの言葉を言う聖女シェーン。私はそんな彼女に、ため息しかでない。聖女となれば、何もかもまかり通ると思っているのだろう。だからといって、言っていいことと悪いことがあるという分別は持たなければならない。
 人のトラウマを呼び起こし、悪くないと言いながら脅しのように貴方が殺したと言い切る性格の悪さ。
 国が隠している事をまるで自分に正当性があるように真実を口にする愚かしさ。

 私は視線を上げ貴賓室を見る。ああ、恐ろしい。恐ろしい。
 彼女の目の前には今にも刀を振ろうしている魔王様。背後には血の海の上に立つ死神。

 彼女をどうするかは、彼に任せるべきだろう。私はルディの耳元でささやく。

「ルディ。王の影の人が居る。ここは、白銀の王様に任せるべきだと思う」

 すると、ルディの力が緩み、私と同じ方向に視線を向けた。そして、刀を鞘に収め地に跪いた。
 ルディの行動にこの場にいた第6部隊長と双子の兄弟も視線を巡らし、慌てて同じ様に地に跪く。
 その姿は、まるで聖女に対して跪いているように見えるが、彼らがこうべ下げているのは血の海の中に立つ国王死神だ。

 だが、彼女はその姿にいい気分になったのだろう。満面の笑みを浮かべてルディの方に足を向けてきた。

「まぁ、婚約者の私にそのようなことをすることはないですよ?」

 『ちっ!』っと、どこからか舌打ちが聞こえてきた。方向から第6部隊長からと思われる。

 その聖女の背後に足音もなく忍び寄る死神の姿。赤い海の上に立ち、怨嗟がまるで子守唄かのように、あの白銀の王様とそっくりな笑顔を浮かべる死神が、瞬間移動したかのように彼女の背後に立った。

 そして、突然前のめりに倒れる聖女シェーン。

「頭が高い」

 そう、死神が聖女を蹴飛ばしたのだ。
 何が起こった理解出来ない聖女シェーンは怒りの表情を見せながら、振り返る。

「誰よ!私は聖女なのよ!こんな事をしていいと思って····」

 彼女は背後にいる人物が誰か気がついたのだろう。私からは表情をうかがい知ることができないが、きっと驚いた表情をしているのだろう。

「いいと思っている。余を誰だと思っている?」

「私、知っているわ」

 え?本人を目の前にして言うの?

「あんたって···イッ!」

 思わず聖女シェーンの口を塞ぐために、デコピンのように指先を弾く。ただ弾いただけではない。私の魔力の塊を彼女の頭に軽く当てたのだ。言わば、小石が当たった程度の痛みだ。大したことはない。
 その行動が不快だという視線が死神からバシバシ感じる。ここで、彼女を消されてしまったら、私が困る。

 死神は聖女シェーンの桜色の髪を鷲掴みして、視線を己に無理やり合わせる。

「痛い!」
「余はこの国の王だ。聖女は余より偉いものか?」

 そして、ぼそりと本来の声であろう聞いたこともない声が低くこの場を満たした。

「この国の王に取って代わろうとする愚かな女など斬って捨てるべきっだと進言したが、あの方はお認めにならなかった。お前の役目は伝えたはずだ。その血を繋げる事がお前の役目だと」

 どこから取り出したのか見えなかったけれど、短剣を手にした死神は震える身体を支えている彼女の手を突き刺したのだ。手の甲から地面を縫い付けるように、深々と突き刺した。

 最初は何が起こったのか理解出来なかったのか、彼女は呆然と地面に付いている自分の手を見ている。

「余がシュレインとの婚約を認めたのはそこのアンジュであり、お前ではない」

 死神はきっぱりと言い切ったが、恐らく彼女の耳には届いて居ない。遅れて痛みが襲って来たのか、耳が痛いほどの叫び声を上げている。
 その聖女に容赦のない制裁を加えた死神がこちらに足を向けてきた。こちらに死神が向かって来ているということは、血の海も共に移動してきているということだ。

 ルディの前で立ち止まるかと思いきや、何故か死神は私の前にいる。え?今度は私が標的ってこと!

 その死神は私の目を見るように顔を傾け、かがんできた。私は王としている死神が私に視線を合わせるようにかがんできたことより、足元に広がる血の海の方が気になって仕方がなかった。血の海に顔が浮かんでいますけど?

「貴女には感謝をしてもしきれない。我が個人で出来ることはこれぐらだ」

 そう言って、私の首に何を掛けてきた。これ、徐々に締まっていく首輪とかじゃないよね。

「我が主に与えられた祝福の対価としては足りないだろうが、『黒狼ガルムの笛』だ。必要があれば使うといい」

 黒狼ガルムの笛···これは何を呼び寄せる笛ですか?地獄から何を呼び出す笛ですか?
 聞こうかどうかと迷っていると、死神はその場から消え去ってしまった。そう、血の海も忽然と消えたのだ。

 鎖に繋がれた黒い笛は何を呼び寄せる笛か聞き出せなかった私は、使わないでおこうと心に決めた。いや、対魔王の武器に成り得るだろうか。私は真剣に考えてしまった。
 しかし、短剣が刺さったぐらいでうるさいなぁ。聖女を名乗るのであれば、自分で治せばいいのにと思いながら、私はルディに帰るように促すのだった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】きみの騎士

  *  
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

処理中です...