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105 愚か者が!(ギルフォードSide)

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第12部隊 ギルフォード副隊長 Side3

 ローラが迎えに来て早々に『女性従騎士に命じましたから!』となんだか怒り気味に言われてしまった。きっと俺が何も準備できていないことに怒っているのだろう。

 いや、でもな。あんな衝撃なことを聞かされてしまった俺としては心を平常に保つ時間は必要だったのだ。理解されないかもしれないが、わかって欲しい。



 そして、準備を整え問題の森に出立した俺たちを出迎えたものは、報告に聞いていたとおり見たことがない魔物だった。見た目は漆黒の鳥だ。その鳥が衣服を身につけているのだ。意味がわからん。
 その漆黒の鳥が空を飛び交い、棒の様な武器らしきものを振りかざし、風や雷を操ってくるのだ。

 こちらも空を飛べればいいのだろうが、この重い甲冑を身に着けて空を飛べるやつなんていない···いや昔、空を駆けていたヤツがいたよな。あれはどうやっていたんだ?俺自身が飛ばされてしまったから、遠目でしかわからなかったな。
 はぁ、何でこんな時に昔のことなんて思い出してしまったのか。今朝のリザの話からか?それともローラからアンジュがこっちに来るという報告を受けたからか?

 しかし、一進一退といいたいところだが、これは長引けばこちらが不利となってしまうだろう。
 剣が届かないため、魔術で攻撃しているものの、魔力は無尽蔵ではない。そろそろ攻撃できない者も出てくるだろう。そうすれば、こちらは数を減らしていくしかない。

 だが、ここからの撤退は許されない。絶対に許されないのだ。俺たちが引けば命を奪われるのはキルクスに住まう住人たちなのだ。だから、撤退は許されない。

「ギルフォード副隊長!一旦引いて体制を立て直しましょう!けが人も多数出てきています」

 というのに、ローラがそんな事を言い出した。その言葉にホッと気を緩める者達がいる。
 なぜそんな言葉が出てきた!引いて体制を立て直したからと言って何が変わる。駐屯地にいる殆どを率いて、ここにいるのだ。それで、一進一退の均衡を取れているというのに、他の部隊に緊急要請を行えば来てくれると思っているのか?
 隊長が来るのは早くても夕刻だろう。それまで俺たちは戦うしかないのだ。

将校オフィシエローラ。引いてどうするんだ?第12部隊の殆どがこの場にいて戦っている。俺たちが撤退したあと、この魔物たちは何処に向かうと思う?」

 ローラは何も答えない。いや、俺の質問の答えなどわかっているはずだ。

将校オフィシエローラ!答えろ!お前が守るべきものは何だ!己の命か!この地に住まう民か!」

 答えない。なぜ、答えない。この勝てる見込みのない戦いに、死が間近に迫って、己の命が惜しくなったのか。愚か者が!

「ローラ!お前がこの場に居ては他の者達の士気に障りがある。怪我をした者達と下がれ!」

 将校オフィシエに値する能力を持っていても、いざとなったときに選択肢を間違う上官は必要ない。そして、民よりも仲間を理由にして己の命を守ろうとする愚か者も必要ない。

 聖騎士の剣は魔物を屠るために振るわれる。聖騎士の命は聖女のために捧げられる。聖騎士の心は人々の平穏を祈るためにある。

 俺たち聖騎士の全てにおいて、自由というものは存在しないのだ。

 だが、部下の命を守るのも上官の勤めでもある。

騎士シュヴァリエジェイクはいるか!」

「はっ!ここに!」

 俺の呼びかけにすぐさま答えたジェイク。彼は珍しい聖痕の持ち主だ。ここで死なせるわけにはいかない。

「怪我をしている者たちを連れて下がれ」

「え?私はまだ戦えます」

「団長が夕刻には到着されるだろう。それまで保つかといえば、現状的に厳しい。だから、この状況を団長に報告する者が必要だ」

 そう、はっきり言って俺たちはここで死を迎えることになるだろう。あの漆黒の鳥には知性を感じる。最初の頃はその数を削ぐこともできていたが、こちら側の行動パターンを学習し攻撃が当たらなくなってきている。

「それならギルフォード副隊長が···」

 その言葉に俺は首を横に振る。

「俺が抜ければこの均衡を保つことすら難しくなるだろう。班をいくつかに分けて下れ」

「班を分けるのでありますか?」

「ああ、嫌な予感がする。あの漆黒の鳥は普通じゃない。集団で行動すればその分動きが鈍くなる。少数に分けてあれらの目に映らないように行動しろ!そして、必ず団長にこの事を伝えてくれ。『相手は異形なるモノだ』と」

 俺の言葉を聞いたジェイクはすぐさま行動を起こした。後は隊長に任せればいい。俺たちはここまでだろう。


 太陽が中天から少し傾いたぐらいだろうか。『変わった』と俺の直感が告げた。いや、状況が変化したわけではない。徐々にこちらの戦力が削がれ、押されてしまっている。

 何が変わったか。強いて言うなら空気が変わった。この森の空気が変わったのだ。

将校オフィシエガゼス!何が向かって来ている?」

 彼はここのキルクスの教会の子飼いである。だから、彼と共闘するのは何も苦はない。将校オフィシエとしての力も十分であり、彼の能力も重宝している。彼の能力は広範囲の索敵能力だ。おおよそこの森の範囲までなら、敵味方の位置が、そして人物の特定までできてしまうのだ。

「あー。俺、逃げてもいいですかー?」

 あ?逃げるって何だ?この状況で逃げることは許されないぞ!

「リュミエール神父がこっちに向かって来ています」

 た、助かった!リュミエール神父が動いてくださるのなら、この状況を打破することができる。しかし、何故逃げるという判断になるんだ?

「それにかなり近くに第13部隊長と副部隊長と知らない人物が2人。そして、あのアンジュが来ています。殴られたくないので逃げていいですか?」

 お前、アンジュに殴られるようなことをしたのか?

「ガゼス。大丈夫だ。甲冑を身につけておけば、誰が誰だかわからないだろう?」

「あ!そうですね」

 ガゼスにとっては、死が背後に迫ったこの状況下よりもアンジュの方が恐いようだ。いったい何のことでアンジュを怒らせたんだ?
 ん?そう言えばリザが昨日言っていたな。

『ギルフォード副隊長。今日発行される王都の新聞は届いたかしら?そこの一面の記事はアンジュちゃんが殺ったのよ?昨日は色々あって仕事にならないから気晴らしに買い物に出かけて、偶然近くで見てしまったの。アンジュちゃんが、ドラゴンを蹴飛ばしているところ。蹴っただけで、ドラゴンの意識を刈り取るアンジュちゃんの蹴りの威力って、どれぐらいなのかしら?ふふふっ』

 いや、ふふふって笑えることじゃないよな。そう言えば、その色々ってアンジュが隊長にしでかした事件ってことだったのか。

「ガゼス。先日アンジュはドラゴンを蹴り殺したらしいぞ」

 ガゼス!マジで逃げるな!お前まで逃げると俺の負担がかなり増えるじゃないか!

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