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76 名前を呼ばれること

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「ヴァルト様。隊服を貸していただいて、ありがとうございました」

 私は隊服を受け取ろうとした、紺青こんじょう色の髪の部隊長の右手を握って、上目遣いでニコリと笑いながらお礼を言った。
 リザ姉。本当にこんなことでお礼になるわけ?すっごく困ったような顔をされているのだけど?

「あれ?アンジュが浮気している」
「シュレインにバレたら殺されるぞ」

 朝から物騒な事を言わないでもらいたいのだけど?

「アスト様、おはようございます。私はリザ姉の部屋を教えてもらった、ヴァルト様にお礼を言っただけですよ?ヒュー様、ルディは王城に行っているので、ここにはいません」

 廊下に立ってこちらに視線を向けていたのは、金髪金眼のそっくりな二人の男性だった。

「うん。おはよう。浮気だったらこの辺一帯が無くなりそうだから、バレないようにしてね」

 だから、浮気じゃないし!この辺一帯は流石に···あり得るのだろうか?

「王城?ああ、確か聖女の称号を与えるとかいうやつか」

 ヒューは何故か呆れたように言った。どうしたのだろう?皆、聖女が顕れたと浮足立っているのに。

「あの子、気味が悪いよね」
「ああ、近づきたくない」

 あれ?どうしたのだろう?何かあったのだろうか。

「どうか、されたのですか?」

「「あの子、俺たちに何故イヤーカフを付けていないんだって言ったんだよ」」

 ふぉ!ステレオスピーカー!
 ···イヤーカフ?それって必要なくなったから付けなくなったって言っていたような?

「それって、教会にいるときから付けていませんでしたよね?」

「「そうだ。何故、10年以上前の事をそれも全然別のところに居て会ったこともない、俺たちの事を知っている?」」

 確かにそうだけど、あのイヤーカフってヒューが右側でアストが左側に付けていたのだけど、時々逆にしている時があった。でも、シスターも教会の皆も右側がヒューで左側がアストって思っているから、逆に呼びかけていても誰も気づいていなかったのだ。
 だから、私は疑問に思って聞いてみた。『それって、何かの遊び?』って。二人共驚いていたよね。そして、この事に気がついたのは神父様だけだったのにとも言われた。やはり悪魔神父は双子を見分けられる能力を持っていたようだ。

 何度か私を試すように質問されたけれど、そもそも魔質が異なる二人を見分けるのは容易で、百発百中だった。それから、二人はイヤーカフを付けなくなった。私が悪かったのかと問いただしても、必要なくなったとしか教えてもらえなかったのだ。

 しかし、会ったとこもない彼らの事を知っているなんて、不思議ね。

「聖女様だから?」

「「だったら、俺たちの事も名前で呼べるはずだよね」」

 ん?ということは、呼べなかったということ?

「んー?私は関わらないし、関わりたくないからね。聖女の子の事はわからないよ」

「あら?アンジュちゃんが関わりたくないの?」

 リザ姉が驚いたように聞いてきた。
 だって、なんとなく理解してしまったから、嫌だなぁって。それに

「嘘を付いていたことが、後でバレたときに面倒なことになりそうだし」

「「「うそ?」」」

「ルディがすっごく怒っていたから、気にしないようにって言ったけれど、何だっけ?『聖女様の祝福』だっけ?もう一度してって言われたらどうするつもりなのだろうって、私に振られても嫌だから、関わりたくない」

 聖獣を出して欲しいて言われても困るし、私の呪われた指輪の中にいるのは、青蛇と黒蛇だからね。

「あの空を泳ぐような聖獣ってアンジュちゃんの聖獣だったの?」

「リザ姉。聖獣じゃないし、呪いの指輪から出てきた精霊?···私は蛇でいいとは思っているけど」

 なんだか、一瞬指輪が震えたような気がした。まぁ、気の所為だろうね。

「「レイグラーシアの指輪の精霊石から出てきたのか!どっちの指輪からだった?」」

 ヒューとアストが左手の指輪を見て、詰め寄るように聞いてきた。2つあるから、普通は1つだと思うよね。

「え?最初は神父様からもらった呪いの指輪からだったけれど、ルディの機嫌が急降下したから、ファル様が焦ってルディの指輪からも出せと無理難題を言われた為に2匹の蛇がいるよ」

 すると、指輪が震え、私の腕の太さの青い蛇と黒い蛇が勝手に出てきた。何で、呼んでいないのに出てくるのか。

『我らは蛇ではない』
『昨日、セイランとゲツエイと名を与えてくれらではないのか?主よ』

 私は右手で青蛇を、折れた風の左手で黒蛇の首元を鷲掴みした。

「呼んでもないのに、勝手に出てくるなんて、出来の悪い蛇ね」

 私が蛇を締め上げている横では
「それで、第12部隊長はなぜ固まったように動いていないの?」
「アンジュの毒気にやられたんじゃないのか?」
「あらあら、違いますわ。普段名前を呼ばれない隊長が照れているだけなのですよ」
「「あ、それわかる。俺たちも第6副部隊長で済まされるからね」」


「騒がしいと思ったらアンジュ!!お前、廊下でソレを出すな!」

 騒ぎを聞きつけたファルが青蛇と黒蛇にトドメを差した。私はソレ扱いまでしていないよ?ああ、廊下の床に項垂れてしまった。ちょっと邪魔だね。

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