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56 場違い
しおりを挟む私は今日、宿泊する建物を見て固まってしまった。これは宮殿?
白を基調にした建物で、端から端まで一体どれほどあるのだろうという大きな建物だった。確かに門らしきところを歩いて通ったものの行けども行けども建物なんて見えてこず、建物が見えたと思えば、今まで見たこともない大きさの建物だったのだ。
「ここ何の施設って聞いていい?」
「その昔王族の避暑地の離宮として使われていたが、今は宿泊施設となっている」
よかった。そのまま王族の避暑地として使われていると言われていたら、速攻逃げていたよ。
「高位貴族しか泊まれないようになっていますから、問題は起こらないとは思いますが、部屋からは出ないほうがいいでしょうね」
その言葉に思わず踵を返して、逃げようとしたが、右手をルディに握られたままなので、逃げることが適わず、逆に抱きかかえられてしまった。
「いやいやいや。普通の宿屋でいいよ。私貴族じゃないし」
私はここで泊まるのを否定しようとしたが、ルディは私を抱えたままドアマンに開けられた扉の中に入ってい行く。
「アンジュは子爵位を持っているますよ?それに私の婚約者なので何も不都合はありませんよ」
胡散臭い笑顔で言わないでほしい。子爵位は将校に付随してきたもので、私に貴族なんて意識は全く持ってない。ある程度礼儀というものは教会で習ったが、騎士として貴族に対して取る礼儀しか教えられていない。それでいいのか?
ロビーらしきところで男性から声を掛けられた。
「お待ちしておりました。シュレイン王弟殿下」
視線を向けると金髪碧眼の背の高い男性が立っていた。フロントクラークの人だろうか。
「お荷物はお部屋に運んでおりますので、そのままお部屋の方に案内させていただきます」
あれ?案内ってことはベルの人ってこと?それよりも気になる言葉が、確か荷物は第10部隊のひょろりとした人が預かるって言っていなかった?もしかして、荷物は預かって宿泊するホテルに届けるという意味だったの?これって、いたれりつくせりじゃない?
これが貴族待遇ってこと?怖いなぁ。私は平民でいいのだけど。
そんな事を考えながらも、建物の中を進んでいっている。はぁ。もうキラキラしすぎて、胸がいっぱいだ。飾ってある絵の何がいいのかもさっぱりわかないし、金属製のツボは投げるのに良さそうだなとしか感想が浮かばない。
「こちらになります」
案内をされた部屋に入って思わず目眩いを覚える。ルディに抱えられていなければ、脱兎のごとく逃げ出していた。
なんで、部屋の中にシャンデリアなんてものがあるのかさっぱりわからない。金色の良くわからない装飾が壁に取り付けてあるし、ふかふかの絨毯は沈み込みそうだし、もう場違いにも程がすぎる。
案内をしてくれた人が色々説明してくれているが、全く耳に入って来ない。もう私は街の隅にある小汚い宿屋でいいよ。
ああでも、これがヒロインという生物なら、『こんな素敵な部屋に泊まれるなんてお姫様になったみたい』というセリフが出てくるのだろうけど、私は『一種の嫌がらせか』というセリフが出てしまいそうだ。
「アンジュ、アンジュ?」
現実逃避をしていた私はいつの間にか沈み込みそうなソファに座らされていた。
「何?」
「何か気に入らないのか?」
全部が気に入らない。しかし、そんな事を言えば面倒なことになりそうなので言わないが、私の本心はいっておかないとならない。
「教会で育った私には貴族の世界は無理。キラキラしすぎて、脳内拒否反応が出ている」
「そうか、あのシャンデリアが邪魔だと」
「違う!!」
思わずルディの右腕を掴んで止める。なぜ、それだけで、刀に手を伸ばしてシャンデリアを落とそうとするんだ。
「良いのか?それとアンジュ。夕食の準備が出来たのだが、食べるか?」
離れたところにあるダイニングテーブルをみるといつの間にか料理が置かれていた。私はどれだけ現実逃避をしていたのだろうか。
あまり食欲はないが、食べないとルディに食べ物を口に突っ込まれそうなので、頷いておく。
テーブルに所狭しと並べられた料理はどうやら、コース料理を全て並べたような感じだ。恐らくルディが人の出入りを嫌ったためだろう。
ルディの向かい側に座り、料理を眺める。心の中でいただきますと手を合わせ、手前のサラダに手をつける。
普通に美味しいけど、このドレッシングは何なのだろう····私にはこれが美味しいと思えない味だった。きっと、高級な何かが使われているのだろう。
よくわからないので、今度はスープをすくって口にする。·····きっと私の味覚がおかしいのだろう。教会の質素な食事に慣れてしまった私の舌は複雑すぎる味を理解できないようだ。
少しずつ並んでいる料理に手をつけていき、一番美味しかっかのはデザートのフルーツの盛り合わせだった。私の味覚は素材そのままがお好みのようだ。
それは仕方がない、今世の大半を過ごした教会の食事がそうだったというだけだ。
あまり食事が進まない私を見たルディにフルーツの追加を頼むかと言われたが、首を横に振る。そこまで果物を食べたいわけじゃない。
ルディが食べ終わるの、他愛も無い話をして待っていた。私はもう胸がいっぱいだからね。
ルディが食べ終わると、ルディに抱えられ、ふかふかの沈み込みそうなソファに座った。もちろん座ったのはルディであり、私はその膝の上だ。
「はぁ。アンジュに喜んでもらいたかったのに食事は気に入らなかったのか」
とても残念そうにルディが言っている。
あ、うん。私はここに来るまではとても楽しかったよ。この場はあまりにも場違い感がある。贅沢なんて縁のなかった私には少々····いやかなりの脳内否定がされている。
「あと、これを渡そうと思っていたんだ」
ルディは小さな小箱を私の手に持たせた。何これ?
首を傾げているとルディが小箱の上部を上に上げパカリを口を開けるように小箱が開いた。
その中には一つのリングが存在していた。
私の心臓がドキンと高鳴る。
「アンジュ。左手をだして」
ドキドキと私の心臓がとてもうるさく感じてしまう。思わず私は両手を胸の前で握り込む。箱はぽとりと私の膝の上に落ちたが、キラリと煌く指輪はルディの手の中にあった。
「アンジュ」
ルディの優し声が耳をかすめる。わかっている。わかってはいる。
ああ、心臓が破裂しそうなほど、うるさく感じる。
そう、わかってはいるのだ。ここは、『ルディ、ありがとう。アンジュ、嬉しい♡』というセリフを口にしなければならないということを···だけど、だけど。
「ルディ。呪いのアイテムはもういらない」
私の口は素直すぎた。
「呪いのアイテムじゃない。俺のレイグラーシアの指輪だ」
ルディはそう言って、絶対に指輪をはめるものかと、握り込んだ手を強引に押し開いた左手の薬指に、黒い石がはめ込まれ銀のリングに黒い鉱石で怪しい紋様を作り込んだ呪いの指輪をはめたのだった。
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