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55 こんなに幸せでいいのだろうか
しおりを挟むジジェルクの街は正に観光地と言っていい街の雰囲気だ。道の脇に露天が立ち並び、客に引きの声が上げられ、名所巡りの案内を承るという看板や、街の中を巡回するトカゲっぽいモノに引かれる馬車など、賑やかな街の様相だ。
そんな中、私は右手をルディに恋人つなぎされ、何処かよくわからない方向へ連れて行かれている。左手には先程観光案内をしているお兄さんから地図をもらったけれど、現在地がさっぱりわからない。
そう、左手。今回の討伐に行くことは決まり、部屋に戻って早々にルディから治す様に言われたのだ。
治すと色々問題なのでは?と聞いてみれば、腕が折れたままでは連れては行けないと言われ、戻ったら治っていないふりをすればいいとも言われた。
おお、確かに包帯ぐるぐる巻きにして吊っておけば見た目は折れたままだ。そんなことで、私の折れた腕は元通りになっているのだ。
「ねぇ。何処に向かっているの?」
隣で歩いているルディを仰ぎ見る。濃いめのブルーグレーの髪の色をしたルディがそこにはいた。落ち着いた色のチャコールグレーのズボンとベストがよく似合っている。しかし、秋口とはいえ日中はまだ汗ばむ陽気だが、長袖のシャツのボタンは上まできっちりと止められている。
「もうすぐですよ」
そう言って連れてこられたのが、食べ物の屋台が立ち並ぶ一角だった。辺り一帯に美味しそうな匂いが立ち込めている。
丁度、昼時なので多くの人が屋台を利用していた。
「お昼はここですませましょう。アンジュはこういう場所好きでしたよね」
「え?10年も前のことなのによく覚えているね」
一度だけキルクスの街の祭りにルディとファルとで出掛けたことがあったのだ。遠い過去の記憶の縁日を思い出してはしゃいでいると、ルディに串焼きを渡された。そんなに物欲しそうな顔をしていたのだろうか。
「アンジュのことは何一つ忘れていませんよ」
胡散臭い笑顔で恐ろしいことを言わないでもらえる?
私は朝食を抜いたお腹と相談しながら、何を食べようか物色を始めるが、お腹が空きすぎて全部が美味しそうに思えてしまう。
「駄目だ。選べない。全部美味しそう」
「クスッ。気になるものを言ってくれれば全部買いますよ」
「いや、全部は食べられないよ」
「残ったら私が食べますよ」
流石にルディを残飯処理に使うのは如何なものかと?そうか。
「ルディが食べたい物と私が食べたい物を半分こしよう」
そうして、互いが食べたい物を買い込んで、フリースペースのテーブルの上に置く。向かい側に座ればいいのに、ルディは私の隣に腰をおろす。
私が買ったものはオークの串焼きとコッカトリスの串焼きとワイバーンの串焼きだ。はっ!肉祭りになっている。
まずはワイバーンの肉の串焼きをガブリと噛みつき、一枚肉を串から外す。そして、もぐもぐと咀嚼するごとに湧き出てくる甘い肉汁。そう、これこれ。ワイバーンの肉の油は最高に美味しい。
「なに?」
私の方をじっと見るルディの視線が気になり、聞いてみる。
「アンジュとこうして食事ができて、幸せだなぁと」
こんな私とご飯が食べられて幸せだなんて、ルディがいたたまれない。私のワイバーンのお肉をあげるよ。因みに私は好きな物は一番はじめに食べるタイプだ。残しておくと誰かに取られかねないからね。
屋台の親父に未使用の串を二本もらっていたので、箸を使う要領で串を挟んで肉を上にずらしてルディに差し出す。
「ルディ。あーん。このお肉おいしいよ?」
何故にそこで私を見て固まる。いつも私の口に食べ物をねじ込んでこようとするくせに。
ルディは目を右手で覆い俯いてしまった。
「こんなに幸せでいいのだろうか」
いや、たかが肉を差し出しただけだし。
「食べないのなら私が食べるけど?」
ワイバーンの肉は好きだから、私が全部食べていいなら、全部いただく。
しかし、引っ込めようとした腕を掴まれ、肉はルディの口の中に消えていく。
「···美味しい。これなんの肉だ?」
「ワイバーンの肉」
私の言葉にルディは再び固まってしまい、遠い目をする。その姿を横目に最後ワイバーン肉に齧り付く。ドラゴンには劣るけど、ワイバーンの肉って美味しいよね。
食事が終わった後は、観光地巡りをした。ジジェルクといえば、大きな湖ということで、その近くを散策したり、露天をまわって物色してみたり、道端でパフォーマンスをしていた大道芸人を観てみたりして夕刻まで過ごした。
「ルディ!今日はすっごく楽しかった。私、こういう感じで気兼ねなく色んなものを見て回るっていうのに憧れていたの!ありがとう!」
そう、いつも監視の目があったのだ。聖騎士団の中ではその目は無かったが、自由な行動が認められているわけじゃなかった。
教会の中も教会の外も監視の目があったのだ。
今日は確かに人の視線は感じるものの、縛り付けるような視線ではなく、興味や好奇心という感じの、ふと気になるものを見たという視線だった。
まぁ、気になる視線もあったけれど気にするほどじゃなかった。
「喜んでもらえて良かったです。たまにはフリーデンハイドも良いことを言いますね」
たまに···たまにしかあの侍従は良いことを言わないのか。
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