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12 初仕事は不穏な気配が
しおりを挟む「死ぬ?俺が?いつからアンジュは預言者になったんだ?」
静まる部屋にファルの声がよく響いた。
「アンジュ。説明してくれませんか?アンジュが言った言葉はどういう意味ですか?」
後ろからルディの動揺したような声が聞こえる。
「私は預言者じゃない。ただ、死が見える。ファル様は生命を落とすほど、ティオさんは左足を、シャールくんは右手を失う」
「えー!足っすか!!冗談きつっ!」
「なにその冗談!言っていいことと悪いことがあるよね!」
「ティオ。シャール。アンジュはそんな冗談は言わない。で、具体的にはどう見えるんだ?」
ファルは私の言葉を信じるんだ。こんな突拍子もない言葉を。
「死の鎖が巻き付いている。ファル様は全身に。悪いけど私にはファル様の姿が見えないほど。以前同じように見えた人は、魔物に横から突進され喰われた」
「魔物に喰われるかぁ。それは嫌だなぁ。で、アンジュは付いてきてどうするんだ?」
そんな事決まっている。
「戦うけど?」
「腕が折れているのに?」
「じゃ、治せばいい?」
「ははは、治せるものならな。折れた腕が治れば俺は連れて行ってもいいぞ」
ははーん。治らないと思っているな。私は目を瞑り、折れた左腕の骨をくっつける。どんな病でも失った四肢をも治す天使の聖痕だ。こんな折れた腕など、直ぐに治せる。
吊るしていた布を取り、左腕を固定してた添え木を取り外す。
「治った」
「「は?」」
ルディとファルから意味がわからないという声が漏れ出ていた。ルディは私の左腕をとって、触って確認している。
「本当に治っている」
「はぁ、昔からアンジュはおかしな事をしだすよな。シュレイン、どうする?」
「俺は許可できない」
まぁ、ルディにそう言われるのはわかっている。だから、私は後ろを振り向きへらりと笑う。
「アンジュ。セスト湖に行きたいな?」
「····わかった。俺も行こう」
よし!
「ええ!あの隊長が!」
「あの隊長も婚約者には甘いってことかしら?」
「ある意味怖い」
「膝だっこ」
そして、なぜだか第13部隊全員でセスト湖に向かうことになった。
____________
その夜
シュレインとファルークスはシュレインの部屋で酒を嗜んでいた。明日の早朝には出発をするというのにだ。
「なぁ、シュレイン。どう思う?」
会話もなくただ酒を飲んでいたが、ファルークスがシュレインに尋ねる。しかし、主語もなく何に対しての意見を求めているのか全くわからない。
だが、シュレインはファルークスの言いたい事がわかったようで、グラスを置き、視線を横に向ける。そこにはただの壁しかない。
「伝説の通りだと言うことだろう」
「伝説のとおり?見た目と性格が大分違うと思うが?」
「性格は関係ないだろう?ただ、見た目は古文書にあったとおりだ」
「いや、『頭上に掲げるは天の日』がない。あるのはアホ毛だけだ」
ファルークスの言葉にシュレインはふっと笑う。胡散臭い笑顔ではなく。信頼している者にしか見せない、普通の笑みだ。
「あのぴょこんと立った髪、かわいいよな。それにあのアンジュだ。聖痕を隠すぐらいするだろう?」
「あのアホ毛をかわいいというのはシュレインだけだ。しかし、聖痕を隠すという発想か。普通は自慢げに見せびらかすのにな」
そう言いながらファルークスは己の右手の緑の紋様を眺める。普通は聖痕を隠す必要なんてないのだ。それは、色の濃さ・大きさによって聖痕の力が決まってくる。聖痕の力を対外的に示すには必要なことだ。
だから、わざわざ見せびらかすように隊服を着崩す者もいるぐらいなのだ。
「はぁ。シュレイン、本人に確認して答えると思うか?いや、わかっている。アンジュのことだ。絶対に否定をするよな」
ファルークスはそう言ってグラスの中身をを一気に飲み干す。飲まなければやっていけないということなのだろうか。
「白銀の髪に死を見る目。折れた骨を瞬時に治す力。これで天の日が頭の上にあれば完璧なんだけどな。いや、聖女として掲げるには性格が悪すぎるよな。本人が嫌がるのは目に見えているしな。なぁ、リュミエール神父は知っていたと思うか?」
ファルークスは聖女にある程度理想をかかげているようだ。しかし、その理想の聖女像にアンジュは当てはまらないのだろう。
「リュミエール神父か。あの人は得体が知れないからな。もしかしたら知っていて放置していたかもしれないし、本当に知らないのかもしれない。だが、なんだかあの方の手のひらの上で踊らされているような気もするのも確かだ」
「確かに、得体が知れない。しかし、俺が死ぬか。遺書でも書いておいたほうがいいか?」
「ファルークス。俺も行くのに簡単に死ねると思うなよ」
なんだか、捉えようによってはシュレインの言葉が恐ろしい言葉に聞こえるのは気の所為だろうか。
*
翌朝、日が昇る前に騎獣舎の前に集合した第13部隊。
6人全員がチェーンメイルにサーコートを着てマントを纏った姿だった。
私はそのような物は支給されていないので、いつもどおりの濃い色の灰色の隊服とマントのみだ。あと剣は支給品で手にあった物を腰に佩いているが、私の剣じゃないので、ほどんど飾りのようなものだ。
ここまで来てハッと気がつく。私、騎獣に乗れないし、個人の騎獣なんてない。ついて行くと言ったもののどうすべきか。
「アンジュ。こっちですよ」
外面のいいルディに連れてこられたのは別の棟の騎獣舎だった。そして、目の前には美味しそうなお肉の塊···あ、間違えた。ワイバーンだった。私の思考が読めてしまったのか、目の前のワイバーンが腹を上にして、ひっくり返ってしまった。これは犬か?
「ぶふっ!ランサが服従のポーズを!アンジュ、何をしたんだ?ぐふっ」
ついてきていたファルが腹を上にして、ひっくり返っているワイバーンを指してヒーヒー笑っている。何もしてないし。
「アンジュはすごいですね。ワイバーンですら服従させてしまうのですね」
胡散臭い笑顔で褒められてもなぁ。
ルディがそのワイバーンに手綱と鞍を付けて、外に連れ出す。どうやらルディの騎獣のようだ。その隣にファルも同じワイバーンを連れている。この騎獣舎にはワイバーンばかりがいるようだ。入り口から見渡す限りでも30頭はいるように見える。
こんなにたくさんいると、お肉食べ放題だよね。
『ギャワーン』『グギャー』『ギュゥゥー』『ピヤーン』
なんだが一斉に騒がしくなった。明らにおかしなモノが混じっていそうだったけど、ワイバーンって繊細なんだね。
「おい、アンジュ。何をした?」
ワイバーンの上からファルに呆れたような声をかけられるが、相変わらずその姿は黒い鎖に巻かれたままだ。
ワイバーンの上にいる黒い鎖のモノ。なんだか強そうなゲームキャラに出てきそうだ。
「何も。ただ、ワイバーンのお肉って美味しいかったなと思っただけ」
2頭のワイバーンがビクリと震える。ルディが手を差し出してきて、私をワイバーンの上に引き上げた。
「ワイバーンの肉が好きなのですか?」
ルディに尋ねられるが、好きかと問われても、首をひねってしまう。ワイバーンのお肉は美味しかったけど、一番じゃない。やはり、一番は
「ドラゴンのお肉が一番美味しかった」
「「ドラゴン!!」」
2つの声が重なった。
「ドラゴン。倒したんっすか?」
「どうせ、ワイバーンとドラゴンを間違えただけってオチだろ」
ティオとシャールが狼に翼の生えた騎獣に乗っていた。もしかして、階級によって乗れる騎獣が違う?以前、私を迎えにきた人たちも狼に翼が生えた騎獣だった。
そして、全員が騎獣に乗ったところで飛び立った。
「アンジュ。ドラゴンを倒した時、怪我はしなかったのか?」
ルディは胡散臭い言い方ではなく、普通の感じで話してきた。もう、多重人格の疑いをもってきたよ。
私はワイバーンの背の上で、ルディの前に座り抱えられていた。
「別に、ただの大きな蜥蜴だったし」
ドラゴンは巨体だ。その分重力が体に負荷をかけているが、それを魔力というもので重力負荷を補っている。なら、更に重力を増していけばどうなるか。巨体は空を飛ぶこともできず、地に伏す蜥蜴に成り下がるだけだ。
あとはとどめを刺せばいい。
「ドラゴンが蜥蜴か。アンジュらしい」
ん?それはどういう評価?
それから、3刻ほど進んだところに多数の湖が眼下に見えてきた。セスト湖。それは6番目の湖という意味だ。恐らく6番目の湖と思われるところに黒いモヤが見える。常闇の穴だ。私が見た中で一番大きいかもしれない。直径は1キロメルはあるのでないのだろうか。
その先に動く影は見える。正確には骨だ。巨大な人骨が動いている。言うなれば、日本の妖怪の餓者髑髏だ。上空から見てもかなり巨大なので、10メルはあるようだ。大体、マンションの3階から4階相当だ。
これと戦うのか。
「まずは俺が行くっす」
そう言ってティオが巨大な髑髏に突っ込んでいくが、その後にシャールもついて行く。
「一人で突っ込んでいくって馬鹿じゃない?」
口が悪そうな少年だけど、何かと仲間思いなのかもしれない。
ティオの聖痕のものと思われる炎に巨大な髑髏が包まれ、シャールの聖痕の力によって氷漬けにされる。しかし、氷がひび割れ、巨大な手がハエを払うが如く、二人を騎獣ごと叩き落とす。
「私が行きますわ」
「わ、私も、が···頑張ってきます」
「ミレー、ヴィオ。一撃を入れて戻ってきなさい」
ルディは一筋縄ではいかないと思ったのだろう。一撃を入れて様子を見るようだ。
ヴィオの聖痕によって、全体が毒々しい紫になり、それに追随するようにミレーの稲妻が髑髏に直撃する。
すると、巨大は髑髏はバラバラと崩れて行った。
「隊長!副隊長!やりましたわ!」
「ティオさんとシャールちゃんをさ···探しに行きましょう」
戻ってきた二人の言葉にファルは頷き、ルディは手綱を振ろうとしたところで、私はルディの手を止める。
「待って」
餓者髑髏は複数の骨が集まり形成した巨大に見える骨。それと同じであれば、何処かに核という物があるはず。
目を眼下に凝らして観察する。木々の合間に赤く光る物が見えた。そして、骨がまるで生き物のように形を成していき、元の巨大な髑髏の姿となった。
「え?」
「そんなぁ」
「嘘だろ」
倒せていないことに落胆の色を見せる3人。そうか、普通は形を失えば元に戻ることはない。その常識がファルを死に追いやる原因だったのかもしれない。
「アンジュはアレを知っているのですか?」
外面仕様の声が後ろから聞こえてきた。知っていると問われれば知らない。けれど、おおよそどういうものかはわかる。
「うーん。私が知っているものと同じかどうか知らないけど····」
「その知っているモノの情報を教えてください」
え?私が知っているのは日本の妖怪のことだけど?それでいいのだろうか。
「知っているのは【がしゃどくろ】と呼ばれるモノ。複数の骨から形成された巨大な骨。因みに人食です」
「早くティオとシャールを助けに行きましょ」
「そ、そんなのどうやって討伐するのですか?」
ミレーは人食という言葉に反応したのだろう。まぁ、今まさに森の中を何かを探すように巨大な髑髏がかがんでいるので、先程落とした者を探しているのかもしれない。
「それで、どうやって討伐するのですか?」
「さぁ?」
そんなの知らないよ。妖怪だし。
「アンジュ!時間がない!他に何かないのか!」
ファルが焦ったように、私に確認するが、そう言われてもねぇ。怨念とかの塊だから浄化してみる?としか言えない。
はぁ、ティオの方が喰われそうだね。足が折れて動けなかったのだろう。巨大な骨に足を捕まれ逆さ吊りになっている者がいる。
私は鞍の上に立ち、重力の聖痕を使い、そのまま空を飛ぶ。重力の方向を変えるだけで、巨大な髑髏に向かって飛んでいく。
後ろの方でルディが叫んでいるけど、時間がないのなら仕方がないよね。
髑髏の頭の上に立ち、そのまま巨大な骨の塊ごと重力を増していく。すると重みに耐えきれず、骨がガシャガシャと音を立てながら壊れていく。その中で赤い光を見つけた。それに向かって、腰に佩いている剣を投げつける。
赤い玉に剣が貫通し、ヒビが入り、ボロボロと崩れ去っていく。すると、巨大な髑髏を形成していた複数の骨もボロボロと消え去って行く。
討伐完了だけど、骨だから素材として得る物が何もなかったなぁ。
*
「アンジュ!なぜ勝手に行動を取るのですか!」
今、私は地面に座らせれ、ルディにお説教をされている。餓者髑髏を倒したのに怒られているなんて、理不尽だ。
「副長。俺の足マジで折れてるんっすか?マジ左足なんっすか?」
ティオはファルに左足を固定されながら、言っている。
「僕、右手が折れているんだけど?これは落ち方が悪かっただけ。よくわからない死が見えるっていう戯言なんて僕は信じない」
シャールはミリーに右腕をぐるぐる巻にされながら、信じないと言っている。しかし、ミリーは不器用なのだろうか。
「信じなさいよ。これは絶対にあなた達だけで討伐に来ていたら死んでいたわよ」
一撃で髑髏を破壊したミリーの言葉だ。説得力はあるだろう。
確かに、彼らは常識という物が邪魔をして油断したところをやられていたかもしれない。
「そ、そうです。一度バラバラにしたのに元に戻ってしまったのですよ。わ、私は役に立ってなかったですけど」
ヴィオはこの野ざらしの中でお茶を入れようとしている。まぁ、休息は必要だ。だけど、毒を使う彼女が入れるお茶は大丈夫なのだろうかと、思ってしまうのは私だけなのだろうか。
「はぁ、俺はもしかしてあの骨に喰われていたのか?あれは流石にいやだ」
ティオの足を固定しているファルはため息を吐いている。そうだね。髑髏は嫌かもしれない。
「聞いているのですか!アンジュ!」
「聞いているよ。そんなに心配しなくても私は強いよって言ったよね」
「······」
まぁ、そう言うことを言いたいのではないのはわかっている。組織として上官の命令を聞かなかったことが問題だといいたいのだと思う。
「まぁ、皆さん無事だったからいいのでは?」
私がへらりと笑って言うと、横からカップを差し出されてきた。
「そ、そうです。あ、紅茶です。どうぞ」
「ありがとうございます」
そう言ってヴィオの入れてくれた紅茶の入ったカップを受け取る。
「わ、私なんて何もお役に立てませんでしたのに、あ、アンジュちゃんは一撃で倒してしまいました。副隊長はお怪我もなく、ご無事でしたので、そ···そのようにお叱りにならなく···て·も····」
段々と声が小さくなり最後には聞こえなくなった。ヴィオは顔を伏せたまま別のカップをルディに差し出して、そのままファルの方に行った。彼女なりに私をかばってくれたのだろう。
そう思い紅茶を一口、口に含む。·····そして、飲み込む。背を向けたヴィオに視線を向ける。もう一口飲む。····これを皆が飲んでいるわけ?
ルディに視線を向けると眉間にシワを寄せながら飲んでいる。
飲んでいる。
もう一口飲む。
ファルが受け取ったカップに口を付け、すぐさま中身を地面に捨てた。
あ、その反応でいいのか。
もう一口飲む。はぁ。これは毒で間違いないよね。
「ヴィオーラ!疲れた心にとどめを刺さすな!無意識に毒を入れるのをやめろ!俺を殺す気か!」
ああ、毒は無意識なのか。そして、叫んでいるファルにはもう死の鎖は巻き付いてはいない。だから、この毒如きでは死なないから大丈夫だ。
「す、すみません!す····直ぐに入れ直します!」
「いや、もう今日は入れるな。何度入れ直しても今のヴィオーラの状態じゃ。毒が入ることになる」
ヴィオは心情に左右されるタイプなのか。それは厄介だ。カップの中の紅茶を飲み干す。確かに毒だけど、まだ優しい毒だ。即効性はないし、蓄積するものでもない。全身が痺れるぐらいの毒だ。
私の毒の聖痕ほどじゃない。
そう、私の4つ目の聖痕は毒だ。何の毒かはわからないが、赤紫の花の聖痕だ。
「あ、あ〰〰飲んでしまったのですか!!」
私が飲んでいたカップを奪い取って、ヴィオが叫びだした。
「アンジュ!!」
「おい!吐き出せ!」
ルディが私の腕を取って脈を測りだす。ファルは駆けつけて、毒を吐くように促してきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい·····」
ヴィオはコメツキバッタのように頭を地面に打ち付けて謝りだした。男爵令嬢の癖にこういう謝り方をするのか?
貴族の令嬢なら『あら、毒ぐらいで騒ぎ立てることはありませんことよ』ぐらい言うかと思ったのだけど。
「優しい毒でした。ごちそうさまでした」
私が大丈夫アピールをすると、ヴィオは『や、優しい毒?わ、私の毒なんて、役立たずですぅーーーー』と言いながら何処かへ走って行ってしまった。
「ミレー!ヴィオを回収して撤収だ!」
ファルが慌ててミレーに指示を出し、ティオに手を貸しながら騎獣に乗るように促している。何を慌てることがあるのだろう。
「ミレー、一人で大丈夫っすか?俺手伝いに行った方がいいっすか?」
ティオも何か心配事があるようにヴィオが去っていった方を見ている。
「いや、いい。ティオとシャールは先に戻ってきちんと治療を受けるように。俺が、毒の森になる前にヴィオを回収に行く。アンジュは2刻はそこで安静にしていろ!その後にシュレインと戻ってこい!」
それだけファルは言って、ヴィオが乗っていた騎獣に跨って、ヴィオとミレーが消えて行った方向に駆けていった。
毒の森かー。それは嫌だね。
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