10 / 358
10 誓約書のサインは最後まで読んでからすること
しおりを挟む
「当たり前。ふっ。当たり前ねぇ。私からみれば聖騎士ってそこまで魅力的じゃないけど?」
貴族である二人に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉にする。
「だって、常闇の穴が開いているかぎり、無尽蔵に魔物が湧き出てくるって言うでしょ?命張って魔物を討伐してもきりがないじゃない?はっきり言ってバカバカしいと言うのが本心」
「いや、でも誰かがしなければならない事だ」
ファルは私にそう言うが、誰かがしなければならないっと言うなら、聖騎士になりたい者だけがなればいい。なりたくない者を巻き込むなと。
「アンジュは聖騎士になりたくない?そうなら、誓約の解呪をしてあげられるけど?」
ルディが不安そうに言ってきた。
え?誓約って解呪できるの?いや、しかしそれはそれで、あの神父様の高笑いが聞こえてきそうだ。『貴族が嫌いだと言いながら、貴族に頼るのですか?私は別にいいですよ?アンジュは逃げたかったのですからねぇ。よかったですね~ハハハハハ』なんて言われそうだ。言われた日には思わず神父様の顔面を殴って、逆にしてやられている自分にも想像できてしまう。
「解呪はいい。そんな事をすれば、神父様の残念ですねと言いながら、全然残念そうにない笑顔に苛つきそうだから」
私の言い分にルディは苦笑いを浮かべ、誓約の解呪がしたければいつでも言えばいいと言ってくれた。その言葉には素直に頷いておいた。
「アンジュ。色々聖騎士に対して思うことはあるだろうが、もし聖女様がいらっしゃるなら、聖騎士なんてものはお役御免だ」
なんか、ファルが変なことを言い出した。聖女がいれば聖騎士なんて必要はない?それは聖女がめっちゃ強いってこと?
何だか頭の中で筋肉ムキムキでメイスを振り回して、高笑いしながら魔物を駆逐している女性の絵が浮かんできた。
「アンジュ。聖女様が持っていた聖痕は何だったか覚えているか?」
「『天使の聖痕』」
ええ、隠し持っていますよ。
「そう、『天使』。天の使徒の聖痕だ。あらゆるモノを癒やすことができると言われている。世界に開いた穴も聖痕の力によって塞ぐことができるんだ」
何だって!!マジですか!そんなもの見つかってしまった日には強制連行され、馬車馬のように働かされる未来しかないじゃない?!
「大体、100年から200年周期で天使の聖痕をもつ聖女様が現れるんだが、未だに現れてはいない」
ヤバい。これは本気で見つかったらヤバいものだ。何その周期的に現れるって、世界の補正的な何かなのか?
「そんなもの教会では習ってないけど?」
「この話は高位貴族しか知らないは話だ」
ん?
「だから、プルエルト公爵を筆頭に聖女を作り出すことに躍起になっている。常闇の穴が大きくなりすぎると、異次元のモノが現れると言い伝えにもあるしな」
異次元のモノって何?魔物とはまた別なモノなの?っていうか、あの豚公爵はロリコンじゃなかったのか。しかし、国の事を思ってか世界の事を思ってかは知らないけど、あんな豚····人買い貴族でも考えがあっての行動だったのか。
「いや、これって私が知っていい話じゃないよね」
私は貴族でもないし、ましてや高位貴族でもない。ただの親に売られた子だ。いや、16歳で成人を迎えるので、ただの平民と言い直しておく。
「アンジュは俺と結婚するから大丈夫だ」
ルディは決定事項の様に私がルディと結婚するように言うが、私は了承していない!
「何で私がるでぃ兄と結婚することが決まっているかのように言うかな?私に身分なんてものはないけど?」
そう言うとルディは私の両腕を掴んで瞳孔が開いた目を向けてきた。めっちゃ腕が痛いし、怖いよ。
「アンジュ、言ったよな。俺の心が変わらなければ、お嫁さんになってくれると」
言ったよ。確かに言った。でも、誰が4歳児の口約束を本気で捉える?
こんなの『大きくなったらお父さんと結婚する』という子供の現実的ではないただの希望だ。そんな子供の言葉を大人は微笑ましいと受け流すものだろう?
「言ったけどさぁ。4歳児の言葉を本気に捉えないでくれる?」
「アンジュは俺をもてあそんだのか?」
いや、そんな言葉は二股をして、ばれた彼女にでも言ってほしい。ファル!そこでお腹を抱えて笑わない!
「いや、違うし」
「じゃ、俺を騙したのか?」
それは結婚詐欺にあったときに言ってほしい。ファル!こんなことでヒィヒィ言いながら笑わない!
「人の心なんて移ろいやすいもの。10年も経てば、人の気持ちなんて変わっていくでしょ?それも死んだことになった私の事なんて、忘れ去られるような存在じゃない?それ····」
あ、またなんか言ってはいけない事でも言ったのだろうか。なんだか背景が歪んでいる?いや、空間の歪み?
「俺はそんなに薄情なやつだと思われていたのか?アンジュを忘れる事なんてこの10年なかったのに?」
いやいや、執着のような思いは伝わっていたよ?だから、神父様がトラウマになるような事を企てたのだけど。
「アンジュが結婚してくれないと言うなら、アンジュを殺して俺も死のう」
ヤみすぎだ!重い!重すぎる!本当にこの10年はまともだったのー?!
本当に結婚という選択肢しかないのか!
逃げる?いや、聖騎士としている限り逃げれそうにない。
聖騎士から逃げる?いや、これは誓約の反故に引っかかり、私が死ぬことになるだろう。
ファルは基本的にルディの味方なので、あてにはできない。知り合いの貴族なんて居ない。
·····選択肢がないような気がしてきた。
聖騎士を退役しても、何れかの貴族の元に行く未来が決められてしまっているなら、遅かれ早かれルディと婚姻することになるの···か?
このヤみまくっているルディと?
私の一言一句で情緒不安定になるルディと?
頭が痛くなってきた。
「なんで、そんなに私と結婚したいわけ?だって、口約束したのって、私が4歳の時でしょ?普通は本気には捉えないことだよね」
これで、愛してる云々が出てきたら、マジでロリコン決定だ。
私の言葉にルディは不思議そうな顔をする。しかし、相変わらず空間が歪んでいるように見えるのはなぜだろう。
「そんなもの、俺にはアンジュしか居ないからだ」
何が!そんなことは絶対にないはず!
「アンジュだけが、俺を見て話してくる。俺のこの目を見て話してくれる」
は?そんな当たり前のことを言われても、普通じゃない?
「ファル様もるでぃ兄を見て話してるじゃない」
何も変わりはしない。
「違う。ファルークスは俺じゃなくて、俺の兄上に敬意を払っているだけだ。俺じゃないんだ」
ルディの言葉にファルを見てみると苦笑いを浮かべている。そこは訂正するべきじゃないのだろうか。
「そんなことはないよね。ファル様は言っていたし、るでぃ兄が人らしくなったって、意味はよくわからないけど、るでぃ兄の事を見ていないってことはないよ?」
「いや、それもアンジュのおかげだ」
先程まで笑い転げていたファルが私のおかげだと言ってきた。え?私はファルに何もしていないけど?
「賢いアンジュのことだ。俺がシュレインに付き従っている理由はわかっているんだろう?」
「まぁ、なんとなく」
「イヤイヤだったんだ。だから、シュレインには最初から言っていた。俺は命令があってシュレインに従っているだけだと」
言ったの?本人に直接そんなことを?
「気味が悪いだろ?常闇と同じ色を持っているなんて、うぉ!っぶねー!」
私はそれ以上言わせまいと、果物が入っている籠の中に置かれていたナイフをファルに向かって投げつける。
しかし、簡単に受け止められてしまった。
「そうやってさぁ。アンジュはシュレインの事に対して本気で怒ったよな。『黒の色の何が悪い』と、『光があれば影ができる。闇が無ければ光は生まれない』と3歳の子供の言うことじゃないよな。それから、『夜がなく太陽がのぼり続ける世界がいいのか』と言われて、何かがストンとはまった感じがしたんだ。
闇と光は表裏一体。闇もこの世界には必要なものなのだと。そう思えてきて初めてシュレインと向き合うことができたんだ」
言ったねー。ルディが悪口を言われて泥水を頭からぶっかけられたときに、頭にきて言ってしまった。
服に泥がついたら中々落ちないんだからね!あ、間違えた。真冬に泥水を被せるなんて、風邪を引いたらどうする!
「俺にはアンジュしかいないんだ」
そんなこと···そんなことない!····はず。
「だから、結婚してほしい」
「はぁ、なんでそんなに今すぐみたいな言い方なのかなぁ。あと10年ぐらい考える時間があってもいいんじゃないのかな?」
「長い!10年は長すぎだ!!」
いや、私的にはそれぐらいでいいと思うよ?10年なんてすぐだよ?
「アンジュ。シュレインと婚約だけでもしておけ」
「はぁ?」
ファルが真面目な顔をして言ってきた。婚約ねぇ。結婚よりはハードルは下がったけど、それも今決めないといけないのか?
「アンジュ。昔天使だって言っていただろ?」
言ってたよ。あの頃はかわいい自分を見て調子に乗っていたよ。
「で、色々あって容姿を隠すようになったんだろ?」
そうですが、何か?
「聖騎士になると身なりを整えないと駄目だぞ。それにシュレインがアンジュに構い出すだろ?」
構い出す?連れ回すの間違いじゃないの?
「天使アンジュの再誕だ。ブフッ」
「それはどこの聖人だ!!再誕も何も私は死んでない!」
それも真面目な顔をしている思えば、自分で自分の言ったことに受けているし。
「グフッ。まぁ、そうなるとアンジュに付き纏う奴も出てくるだろ?シュレインの情緒不安定が悪化するだろ?もう、俺が大変になる未来しか見えてこないじゃないか」
結局、ファルが楽をしたいってだけだよね!あ、その情緒不安定から不穏な気配が····。
「おい!ファルークス。アンジュに付き纏っているヤツは誰だ!」
お前だよ。
ファルはルディのこの状態に慣れているのか、普通に対応をしている。流石に教会にいるときからの一緒にいると慣れるものなのだろう。
「ん?ヒューゲルボルカとかアストヴィエントとか、シュレインの目を盗んでアンジュに菓子をやっていたぞ」
ヒューとアストはルディたちと同じ歳の貴族の少年たちで、『ここのお菓子は美味しいよ』と言ってよくおすそ分けをしてもらっていただけで、付き纏われてはいない。それも、私の意見が聞きたいという意味がわからないことの報酬として渡されていただけだった。
「ヒューゲルボルカとアストヴィエントか。まず二人の息の根を止めてこよう」
そう言ってルディは私を膝の上から降ろし、立ち上がって側に置いてあった剣を手にした。
そんなことで人殺しはいけない。それも10年以上前の事だし、私が通りすがりに呼び止められ、もらっただけだし。
「はぁ。るでぃ兄、剣を置いて座って。ヒュー様とアスト様は散歩している私にお菓子をくれていただけ。で、ファル様。婚約しろという真意はなに?」
恐らく、私に婚約をしておくように言う理由があるはずだ。私はファルが楽をしたいという理由は半分は本心だろうけど、何か根本的な理由があると思う。ファルはルディに付き従う者だ。自分の事を理由に上げる事は普通はしない。
ルディは大人しく私の横に腰をおろし、ファルはニヤニヤと笑いが止まらないようだ。
「やっぱり、アンジュだよな。普通なら身分がある者と結婚できるとなれば喜ぶところだろう?それに俺が言った理由も理由に当たらないと判断するなんて、俺に婚約者が居なければ、シュレインの代わりに俺にしないかと言いたいところだ」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「婚約者?ファル様に婚約者が!!」
「いや、そこを気にするより、別に気にするところがあっただろう!シュレイン!殺気を向けるな!俺には婚約者がいるって言っているだろう」
「姉の方に逃げられて、妹を押し付けられただけだろう」
うわぁ。なんか小説のネタになりそうな話が目の前に転がっていた。
「俺の事はいいから、アンジュのことだ。銀髪というだけでも珍しいのに、聖痕持ちだ。こぞって狂信者共がアンジュを手に入れようとしてくるはずだ。今まではリュミエール神父の元にいたから、表立っては手を出してこなかったが、恐らく聖女をつくりだそうとしている者たちから狙われることになるぞ」
なにその狂信者って!初めて聞く言葉なんだけど!というか神父様ってそんな狂信者を抑え込むほどすごい人だったんだ。
それで、ルディと婚約していると、少なからず狂信者を排除できると。はぁ、始めっから私に選択肢なんてなかったのだ。
聖騎士になることを強制され、逃げることが叶わなかったがために、狂信者と言われる者達からのがれる為にルディと結婚しなければならないと。
「はぁ。わかった。取り敢えず、るでぃ兄と婚約をすることにする。それで、あの人買いの貴族から逃れられるのよね?」
「アンジュー!」
「はぁ、これで俺の首が繋がった」
あ゛?ファル、今なんて言った?もしかして早まった?!
「アンジュ!これにサインをして欲しい。ここに!ここ!」
ルディは何処から出したのかわからないが、金縁の用紙を私の目の前に置いて、下の方の空白を指して、右手にペンを持たせてきた。
誓約の紙だ。何も考えずにサインをするなんて馬鹿なことは私はしない。上から順に目を通していく。
いつから用意をしていたのかわからないが、堅苦しい言葉で、下記の者達の婚約を認めると書かれており、御璽のような印とサインがしてあった。
ん?ここにサインということは偉い人のサインだよね。
【スラヴァール・ファシーノ・レイグラーシア】
ん?
その下にもサインがある。
【シュレイン・ルディウス・レイグラーシア】
その下はルディが指している空白の部分だ。
私はペンを置いて、ニコリとルディに微笑む。そして、全力で雨が降っている外に向かって駆け出す···が窓枠に足がかかったところで、捕獲された。
「アンジュ?どこに行くんだ?外は雨が降っているから濡れると風邪を引いてしまう」
私は捕獲されながらも、開けた窓枠から手を離さずに抵抗を試みる。
「王族って聞いてない!貴族って言うだけでも抵抗感があるのに!王族って」
絶対にあかんやつやん!(エセ関西弁風)
王族が誰か知らなくてもこの国の名前ぐらい知っている。
レイグラーシア国。これが私のいる国の名前だ。実は文字で読んだ名はきちんと理解はできる。
その国の名を持つことが許される者なんて王族しかいないっということは知っている。
「アンジュ。俺が王族なのがいやなのか?」
「アンジュ。シュレインが王族じゃなかったらプルエルト公爵に対抗できないぞ」
豚公爵!!
「ぐふっ」
必死に抵抗していた腕の力が抜ける。あの豚は駄目だ。ロリコンは駄目だ。ロリコンじゃなかったけど。
「アンジュ。王族が駄目なら、この首を切り落とせばいいか?」
ルディ。剣を抜いて自分の首元に当てないでほしい。王族を死に追い詰めたと言われた日には私の首と胴が離れていることになるじゃないか!
私はルディの手を持って剣を首から遠ざけ、剣を奪い取り鞘に収める。そして、うつむきながら元の位置に戻りペンをとる。
「大人しくサインする」
そう言って空欄にアンジュと名を書いた。上の2つは身分のある者特有の長い名前に対して、私はただアンジュと書いた。平民に家名というモノは存在しなかった。
貴族である二人に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉にする。
「だって、常闇の穴が開いているかぎり、無尽蔵に魔物が湧き出てくるって言うでしょ?命張って魔物を討伐してもきりがないじゃない?はっきり言ってバカバカしいと言うのが本心」
「いや、でも誰かがしなければならない事だ」
ファルは私にそう言うが、誰かがしなければならないっと言うなら、聖騎士になりたい者だけがなればいい。なりたくない者を巻き込むなと。
「アンジュは聖騎士になりたくない?そうなら、誓約の解呪をしてあげられるけど?」
ルディが不安そうに言ってきた。
え?誓約って解呪できるの?いや、しかしそれはそれで、あの神父様の高笑いが聞こえてきそうだ。『貴族が嫌いだと言いながら、貴族に頼るのですか?私は別にいいですよ?アンジュは逃げたかったのですからねぇ。よかったですね~ハハハハハ』なんて言われそうだ。言われた日には思わず神父様の顔面を殴って、逆にしてやられている自分にも想像できてしまう。
「解呪はいい。そんな事をすれば、神父様の残念ですねと言いながら、全然残念そうにない笑顔に苛つきそうだから」
私の言い分にルディは苦笑いを浮かべ、誓約の解呪がしたければいつでも言えばいいと言ってくれた。その言葉には素直に頷いておいた。
「アンジュ。色々聖騎士に対して思うことはあるだろうが、もし聖女様がいらっしゃるなら、聖騎士なんてものはお役御免だ」
なんか、ファルが変なことを言い出した。聖女がいれば聖騎士なんて必要はない?それは聖女がめっちゃ強いってこと?
何だか頭の中で筋肉ムキムキでメイスを振り回して、高笑いしながら魔物を駆逐している女性の絵が浮かんできた。
「アンジュ。聖女様が持っていた聖痕は何だったか覚えているか?」
「『天使の聖痕』」
ええ、隠し持っていますよ。
「そう、『天使』。天の使徒の聖痕だ。あらゆるモノを癒やすことができると言われている。世界に開いた穴も聖痕の力によって塞ぐことができるんだ」
何だって!!マジですか!そんなもの見つかってしまった日には強制連行され、馬車馬のように働かされる未来しかないじゃない?!
「大体、100年から200年周期で天使の聖痕をもつ聖女様が現れるんだが、未だに現れてはいない」
ヤバい。これは本気で見つかったらヤバいものだ。何その周期的に現れるって、世界の補正的な何かなのか?
「そんなもの教会では習ってないけど?」
「この話は高位貴族しか知らないは話だ」
ん?
「だから、プルエルト公爵を筆頭に聖女を作り出すことに躍起になっている。常闇の穴が大きくなりすぎると、異次元のモノが現れると言い伝えにもあるしな」
異次元のモノって何?魔物とはまた別なモノなの?っていうか、あの豚公爵はロリコンじゃなかったのか。しかし、国の事を思ってか世界の事を思ってかは知らないけど、あんな豚····人買い貴族でも考えがあっての行動だったのか。
「いや、これって私が知っていい話じゃないよね」
私は貴族でもないし、ましてや高位貴族でもない。ただの親に売られた子だ。いや、16歳で成人を迎えるので、ただの平民と言い直しておく。
「アンジュは俺と結婚するから大丈夫だ」
ルディは決定事項の様に私がルディと結婚するように言うが、私は了承していない!
「何で私がるでぃ兄と結婚することが決まっているかのように言うかな?私に身分なんてものはないけど?」
そう言うとルディは私の両腕を掴んで瞳孔が開いた目を向けてきた。めっちゃ腕が痛いし、怖いよ。
「アンジュ、言ったよな。俺の心が変わらなければ、お嫁さんになってくれると」
言ったよ。確かに言った。でも、誰が4歳児の口約束を本気で捉える?
こんなの『大きくなったらお父さんと結婚する』という子供の現実的ではないただの希望だ。そんな子供の言葉を大人は微笑ましいと受け流すものだろう?
「言ったけどさぁ。4歳児の言葉を本気に捉えないでくれる?」
「アンジュは俺をもてあそんだのか?」
いや、そんな言葉は二股をして、ばれた彼女にでも言ってほしい。ファル!そこでお腹を抱えて笑わない!
「いや、違うし」
「じゃ、俺を騙したのか?」
それは結婚詐欺にあったときに言ってほしい。ファル!こんなことでヒィヒィ言いながら笑わない!
「人の心なんて移ろいやすいもの。10年も経てば、人の気持ちなんて変わっていくでしょ?それも死んだことになった私の事なんて、忘れ去られるような存在じゃない?それ····」
あ、またなんか言ってはいけない事でも言ったのだろうか。なんだか背景が歪んでいる?いや、空間の歪み?
「俺はそんなに薄情なやつだと思われていたのか?アンジュを忘れる事なんてこの10年なかったのに?」
いやいや、執着のような思いは伝わっていたよ?だから、神父様がトラウマになるような事を企てたのだけど。
「アンジュが結婚してくれないと言うなら、アンジュを殺して俺も死のう」
ヤみすぎだ!重い!重すぎる!本当にこの10年はまともだったのー?!
本当に結婚という選択肢しかないのか!
逃げる?いや、聖騎士としている限り逃げれそうにない。
聖騎士から逃げる?いや、これは誓約の反故に引っかかり、私が死ぬことになるだろう。
ファルは基本的にルディの味方なので、あてにはできない。知り合いの貴族なんて居ない。
·····選択肢がないような気がしてきた。
聖騎士を退役しても、何れかの貴族の元に行く未来が決められてしまっているなら、遅かれ早かれルディと婚姻することになるの···か?
このヤみまくっているルディと?
私の一言一句で情緒不安定になるルディと?
頭が痛くなってきた。
「なんで、そんなに私と結婚したいわけ?だって、口約束したのって、私が4歳の時でしょ?普通は本気には捉えないことだよね」
これで、愛してる云々が出てきたら、マジでロリコン決定だ。
私の言葉にルディは不思議そうな顔をする。しかし、相変わらず空間が歪んでいるように見えるのはなぜだろう。
「そんなもの、俺にはアンジュしか居ないからだ」
何が!そんなことは絶対にないはず!
「アンジュだけが、俺を見て話してくる。俺のこの目を見て話してくれる」
は?そんな当たり前のことを言われても、普通じゃない?
「ファル様もるでぃ兄を見て話してるじゃない」
何も変わりはしない。
「違う。ファルークスは俺じゃなくて、俺の兄上に敬意を払っているだけだ。俺じゃないんだ」
ルディの言葉にファルを見てみると苦笑いを浮かべている。そこは訂正するべきじゃないのだろうか。
「そんなことはないよね。ファル様は言っていたし、るでぃ兄が人らしくなったって、意味はよくわからないけど、るでぃ兄の事を見ていないってことはないよ?」
「いや、それもアンジュのおかげだ」
先程まで笑い転げていたファルが私のおかげだと言ってきた。え?私はファルに何もしていないけど?
「賢いアンジュのことだ。俺がシュレインに付き従っている理由はわかっているんだろう?」
「まぁ、なんとなく」
「イヤイヤだったんだ。だから、シュレインには最初から言っていた。俺は命令があってシュレインに従っているだけだと」
言ったの?本人に直接そんなことを?
「気味が悪いだろ?常闇と同じ色を持っているなんて、うぉ!っぶねー!」
私はそれ以上言わせまいと、果物が入っている籠の中に置かれていたナイフをファルに向かって投げつける。
しかし、簡単に受け止められてしまった。
「そうやってさぁ。アンジュはシュレインの事に対して本気で怒ったよな。『黒の色の何が悪い』と、『光があれば影ができる。闇が無ければ光は生まれない』と3歳の子供の言うことじゃないよな。それから、『夜がなく太陽がのぼり続ける世界がいいのか』と言われて、何かがストンとはまった感じがしたんだ。
闇と光は表裏一体。闇もこの世界には必要なものなのだと。そう思えてきて初めてシュレインと向き合うことができたんだ」
言ったねー。ルディが悪口を言われて泥水を頭からぶっかけられたときに、頭にきて言ってしまった。
服に泥がついたら中々落ちないんだからね!あ、間違えた。真冬に泥水を被せるなんて、風邪を引いたらどうする!
「俺にはアンジュしかいないんだ」
そんなこと···そんなことない!····はず。
「だから、結婚してほしい」
「はぁ、なんでそんなに今すぐみたいな言い方なのかなぁ。あと10年ぐらい考える時間があってもいいんじゃないのかな?」
「長い!10年は長すぎだ!!」
いや、私的にはそれぐらいでいいと思うよ?10年なんてすぐだよ?
「アンジュ。シュレインと婚約だけでもしておけ」
「はぁ?」
ファルが真面目な顔をして言ってきた。婚約ねぇ。結婚よりはハードルは下がったけど、それも今決めないといけないのか?
「アンジュ。昔天使だって言っていただろ?」
言ってたよ。あの頃はかわいい自分を見て調子に乗っていたよ。
「で、色々あって容姿を隠すようになったんだろ?」
そうですが、何か?
「聖騎士になると身なりを整えないと駄目だぞ。それにシュレインがアンジュに構い出すだろ?」
構い出す?連れ回すの間違いじゃないの?
「天使アンジュの再誕だ。ブフッ」
「それはどこの聖人だ!!再誕も何も私は死んでない!」
それも真面目な顔をしている思えば、自分で自分の言ったことに受けているし。
「グフッ。まぁ、そうなるとアンジュに付き纏う奴も出てくるだろ?シュレインの情緒不安定が悪化するだろ?もう、俺が大変になる未来しか見えてこないじゃないか」
結局、ファルが楽をしたいってだけだよね!あ、その情緒不安定から不穏な気配が····。
「おい!ファルークス。アンジュに付き纏っているヤツは誰だ!」
お前だよ。
ファルはルディのこの状態に慣れているのか、普通に対応をしている。流石に教会にいるときからの一緒にいると慣れるものなのだろう。
「ん?ヒューゲルボルカとかアストヴィエントとか、シュレインの目を盗んでアンジュに菓子をやっていたぞ」
ヒューとアストはルディたちと同じ歳の貴族の少年たちで、『ここのお菓子は美味しいよ』と言ってよくおすそ分けをしてもらっていただけで、付き纏われてはいない。それも、私の意見が聞きたいという意味がわからないことの報酬として渡されていただけだった。
「ヒューゲルボルカとアストヴィエントか。まず二人の息の根を止めてこよう」
そう言ってルディは私を膝の上から降ろし、立ち上がって側に置いてあった剣を手にした。
そんなことで人殺しはいけない。それも10年以上前の事だし、私が通りすがりに呼び止められ、もらっただけだし。
「はぁ。るでぃ兄、剣を置いて座って。ヒュー様とアスト様は散歩している私にお菓子をくれていただけ。で、ファル様。婚約しろという真意はなに?」
恐らく、私に婚約をしておくように言う理由があるはずだ。私はファルが楽をしたいという理由は半分は本心だろうけど、何か根本的な理由があると思う。ファルはルディに付き従う者だ。自分の事を理由に上げる事は普通はしない。
ルディは大人しく私の横に腰をおろし、ファルはニヤニヤと笑いが止まらないようだ。
「やっぱり、アンジュだよな。普通なら身分がある者と結婚できるとなれば喜ぶところだろう?それに俺が言った理由も理由に当たらないと判断するなんて、俺に婚約者が居なければ、シュレインの代わりに俺にしないかと言いたいところだ」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「婚約者?ファル様に婚約者が!!」
「いや、そこを気にするより、別に気にするところがあっただろう!シュレイン!殺気を向けるな!俺には婚約者がいるって言っているだろう」
「姉の方に逃げられて、妹を押し付けられただけだろう」
うわぁ。なんか小説のネタになりそうな話が目の前に転がっていた。
「俺の事はいいから、アンジュのことだ。銀髪というだけでも珍しいのに、聖痕持ちだ。こぞって狂信者共がアンジュを手に入れようとしてくるはずだ。今まではリュミエール神父の元にいたから、表立っては手を出してこなかったが、恐らく聖女をつくりだそうとしている者たちから狙われることになるぞ」
なにその狂信者って!初めて聞く言葉なんだけど!というか神父様ってそんな狂信者を抑え込むほどすごい人だったんだ。
それで、ルディと婚約していると、少なからず狂信者を排除できると。はぁ、始めっから私に選択肢なんてなかったのだ。
聖騎士になることを強制され、逃げることが叶わなかったがために、狂信者と言われる者達からのがれる為にルディと結婚しなければならないと。
「はぁ。わかった。取り敢えず、るでぃ兄と婚約をすることにする。それで、あの人買いの貴族から逃れられるのよね?」
「アンジュー!」
「はぁ、これで俺の首が繋がった」
あ゛?ファル、今なんて言った?もしかして早まった?!
「アンジュ!これにサインをして欲しい。ここに!ここ!」
ルディは何処から出したのかわからないが、金縁の用紙を私の目の前に置いて、下の方の空白を指して、右手にペンを持たせてきた。
誓約の紙だ。何も考えずにサインをするなんて馬鹿なことは私はしない。上から順に目を通していく。
いつから用意をしていたのかわからないが、堅苦しい言葉で、下記の者達の婚約を認めると書かれており、御璽のような印とサインがしてあった。
ん?ここにサインということは偉い人のサインだよね。
【スラヴァール・ファシーノ・レイグラーシア】
ん?
その下にもサインがある。
【シュレイン・ルディウス・レイグラーシア】
その下はルディが指している空白の部分だ。
私はペンを置いて、ニコリとルディに微笑む。そして、全力で雨が降っている外に向かって駆け出す···が窓枠に足がかかったところで、捕獲された。
「アンジュ?どこに行くんだ?外は雨が降っているから濡れると風邪を引いてしまう」
私は捕獲されながらも、開けた窓枠から手を離さずに抵抗を試みる。
「王族って聞いてない!貴族って言うだけでも抵抗感があるのに!王族って」
絶対にあかんやつやん!(エセ関西弁風)
王族が誰か知らなくてもこの国の名前ぐらい知っている。
レイグラーシア国。これが私のいる国の名前だ。実は文字で読んだ名はきちんと理解はできる。
その国の名を持つことが許される者なんて王族しかいないっということは知っている。
「アンジュ。俺が王族なのがいやなのか?」
「アンジュ。シュレインが王族じゃなかったらプルエルト公爵に対抗できないぞ」
豚公爵!!
「ぐふっ」
必死に抵抗していた腕の力が抜ける。あの豚は駄目だ。ロリコンは駄目だ。ロリコンじゃなかったけど。
「アンジュ。王族が駄目なら、この首を切り落とせばいいか?」
ルディ。剣を抜いて自分の首元に当てないでほしい。王族を死に追い詰めたと言われた日には私の首と胴が離れていることになるじゃないか!
私はルディの手を持って剣を首から遠ざけ、剣を奪い取り鞘に収める。そして、うつむきながら元の位置に戻りペンをとる。
「大人しくサインする」
そう言って空欄にアンジュと名を書いた。上の2つは身分のある者特有の長い名前に対して、私はただアンジュと書いた。平民に家名というモノは存在しなかった。
16
お気に入りに追加
518
あなたにおすすめの小説
もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【完結】きみの騎士
*
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結済】呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。
まりぃべる
恋愛
異世界に来てしまった女性。自分の身に起きた事が良く分からないと驚きながらも王宮内の問題を解決しながら前向きに生きていく話。
その内に未知なる力が…?
完結しました。
初めての作品です。拙い文章ですが、読んでいただけると幸いです。
これでも一生懸命書いてますので、誹謗中傷はお止めいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる