9 / 374
9 結婚をしよう
しおりを挟む
雨の音がする。シトシトと雨が降っているみたい。その音に目が覚め目を開けると···目の前の状況に思わず眉間にシワが寄ってしまった。
何故にルディが私のベッドで寝ているんだ!いや、ルディの部屋とファルが言っていたから、ルディのベッドに間違いはない。だけど、一緒に寝る必要はないよね。私はあの時のような幼女ではない。
仕方がない。ここが何処かわからないけど、私が移動すればいいか。
痛みが収まり、問題がある箇所は折れていた左腕だけのようなので、体を起こしベッドから出ようとすれば、ガシリと腰を捕獲されてしまった。
「どこに行くつもりだ」
起きてたのか。しかし、どこにと問われても困る。
「その前にここがどこかわからないのだけど?」
「聖騎士団の上官用の宿舎だ」
と、言うことは入ったばかりの私が入る宿舎があるはず。あ!そうだ。今のうちに言っておかないと。
「るでぃ兄。私の怪我治してくれてありがとう」
思わず癖でルディのサラサラした黒髪を撫でてしまった。しかし、かなり私の体は傷ついていたのに、残っているのが折れている腕だけってすごいな。きっと、魔術か聖痕の力で治してくれたのだろう。
ぐふっ!腹が締まっている。腹が締まっているよ!力の加減をしろ!
「アンジュが死んでいなくてよかった」
あ。うん。それは全部、悪魔神父の仕業だからね。文句は神父様に言って欲しい。
「それで、るでぃ兄」
「なんだ?」
「私が入る新人用の宿舎はどこ?」
痛い痛い痛い!内臓がはみ出る!
「アンジュはふらふら何処かに行くつもりなのか?」
「ふ。ふらふら?あの、るでぃ兄。内臓が出そうなんだけど?」
私はルディの肩をバシバシ叩く。口から内臓が出るって!
「また、俺を置いて行ってしまうのか」
いや、私はずっと教会にいたし!どこにも行ってないよ!
「教会を出ていったのは、るでぃ兄の方だからね!私はずっと教会にいたよ!だから、なんで宿舎の場所を聞いただけで、こうなるのかなぁ?」
「アンジュが俺を置いて逝ったのが悪い」
はぁ。だから、悪手だと言ったのに、これ絶対に悪化しているよね。数日経てば元に戻るかなぁ。
「『乾いた心を慈雨の如く潤したもう』」
この世界では使われない言葉で呪を唱える。渇望する心に癒やしを与える言葉だ。
私は魔術をこの世界の言葉と異界の言葉とで使い分けている。なぜなら、この世界の言葉で唱える魔術は他の人と変わりがないのだけど、異界の言葉だとその威力が数倍にも膨れ上がるのだ。
だから、普段はこの世界の言葉の呪を使うようにしている。
「アンジュの魔力は優しいな」
ふぅー。やっとお腹が解放された。普通な感じに戻ったので、距離を取るべく身体強化プラス重力の聖痕を使って、部屋の入口まで移動する。床に足がついた瞬間、顔の横に風が走った。
いや、ルディの拳がドアを突き破っていた。
「何処に行くつもりだ?」
怖いよ。目がイッているよ。この10年間どうしていたんだ?本当に····。はぁ。
「どこにも行かないよ。誓約があるから、そんな勝手な行動はしないよ。ファル様。このるでぃ兄どうにかならない?」
ルディの扉をぶち破った腕をとって、引っこ抜きながら、扉の向こうにある気配に呼びかける。
「どうにもならん」
扉の向こうから呆れた声が聞こえてきた。はぁ。もう、完璧に病んでるよね。絶対に神父様の所為だよね。
もう、ため息が止まらない。
まともなファルから今の私の立場を確認したいのだけど、どうしたものか····。ああ、そうか。
「るでぃ兄。アンジュ。トゥールがたべたいなぁ」
そう言って、へらりと笑う。
するとどうだろう。ルディは『わかった。トゥールベルだな』と言って部屋を出ていった。
ようはルディを追い出せばいいということだ。
その間に体に浄化の魔術を使い、ベッドの足元にあった隊服を手に取る。穴が所々空いているので、これには修復の魔術を使い元の状態にもどす。その隊服を素早く着て、右手で手ぐしで髪を整えて、折れた左腕を固定して扉の外に出る。
すると、ルディが籠に盛られた果物を持って戻って来るのと同時だった。何処まで取りに行ったかは知らないけど、早すぎだ!
「アンジュ。元気になったんだな」
私にそう声を掛けたファルはというと、ソファに長い脚を組んで座っており、何らや書類の山に目を通していた。
ん?ここは執務室?いや、ルディは宿舎と言っていたので、執務室ではないはず。
私はルディが近づいて来る前に、ファルの前の席に座る。
「お陰様で」
「アンジュ。トゥールベルをいくつ食べる?」
隣に腰を降ろしていたルディが聞いてきたので、一つと答える。そして、目の前のファルに尋ねる。
「ファル様。よく今までやってこれましたね」
あ、聞きたい事を間違ってしまった。思わずイライラの方が勝って口に出してしまった。
私の言葉にファルはニヤリと笑う。そして、目を通してた書類をテーブルに置き、私の方に視線を向けた。
「いや、これはアンジュの所為だ。今までは、普通に業務をしていたからな」
なんだって!!普通?普通って何?隣に座っているルディは鼻歌まじりで、果物の皮を剥いている。
白い隊服を着ている上官が濃い灰色の隊服を着た新人の為に果物を剥いているだなんて、これは流石におかしい。
「私じゃなくって、神父様の所為だよね」
「まぁ、そうなんだが」
「アンジュ。あーん」
ファルの言葉を遮って、ルディがフォークに刺さった、赤い果実を差し出してきた。それを受け取ろうと手を伸ばせば、遠ざけられてしまった。
「あーん」
私、幼女じゃなくって、16歳なんだけど?自分で食べられるし。
私に食べさせようとするルディをジト目でみる。
「アンジュ。シュレインに付き合ってやってくれ、この10年色々押し殺してきたんだ」
横目で苦笑い浮かべるファルを見る。色々ねぇ。まぁ、一番苦労したのはファルだろう。
今度神父様に会ったら思いっきり文句を言ってやろう。やっぱり最悪の悪手だったじゃないか、と。手は出さないよ。神父様に敵わないことはこの身に刻み込まれているからね。
はぁとため息を吐いて、口を開ければ、みずみずしい果実が口の中を占領する。
「美味しいか?」
ルディの言葉に素直に頷く。空っぽの胃には丁度いい。
こぶし大のトゥールを一つ食べて、お腹が満たされた。もう一つ食べるかと聞かれたが、それには首を横に振る。
「それで、私の処遇はどのような感じ?」
私は元々聞きたかった質問をする。いつまでも私はルディの部屋に居座るべきではない。
そして、何故か私はルディの膝の上に座らされている。それも横向きで、捕獲されている。そこまで、しなくてもどこにも行かないよ。
「アンジュは俺の部隊に配属になる」
ルディがそう答えてくれるが、それはもう予想範囲内だ。その俺の部隊というモノと私の生活する場の話だ。
「新人に説明をするように詳しく教えてよね」
「アンジュ。新人はそんなに偉そうじゃない」
ファルがニヤニヤしながら言うが、この状況で新人らしくしろと言うのか!
そう言うなら言い直そう。
私はいつもどおりの無表情になり、ファルを見る。
「ファル様。私はどこの部隊に配属され、どこの宿舎に行けばいいのか教えていただきませんか?」
「こぇーよ。普通にしろ普通に」
「これがいつもの私ですが、何か?」
私が無表情に抑揚なく質問する姿に、ファルは嫌な顔をしながら、普通にしろというが、この10年間の私の姿はこのような感じだ。
「アンジュは笑っている方が可愛い」
ルディがそう言って私の頬を撫ぜるが、可愛いとか論外だ。
「それ、ウザいのが寄ってくるから、可愛くなくていい」
「あ゛?!どういことだ?」
あー····。また、ブラックルディが降臨した。今度は何が気に入らなかったのだろう。
「人買い貴族もそうだし、小銭稼ぎで仕事していたところもそうだったし、平民で容姿がいいとか最悪。容姿がいいからって攫われた事もあったし、可愛くなくていい···よ··」
あ、何か言ってはいけない事を口にしてしまったようだ。思わずルディから距離を取ろうとするけど、がっしり捕獲されているので、動けない。
「それはどこのどいつだ?」
うっ!視線だけで人を殺せそうな目を向けないで欲しい。
「アンジュを攫ったというヤツはどこのどいつだ!」
えー。そんなの知らないよ。建物ごと破壊して教会に戻ったし、神父様なら知っているかなぁ?
「知らない。はぁ、るでぃ兄が心配するほど私は弱くないよ?大抵のことは自分で何とかできる。ただ、絡まれるのがウザいだけ」
本当にウザい。髪を引っ張られるのは勿論のこと、教会に来た早々に髪を切られたことから始まり、外から鍵がかかる部屋に閉じ込められるとか、何処かへ連れ去ろうとされたりだとか、突然ピラピラした服を押し付けられ、やるから着ろという変態とか、もう、色々あった。
大体はやり返したけどね。目には目をっていうやつだ。ピラピラした服を持ってきた変態にはお前が着ろと投げ返してやった。
「私の終わった話はいいから、これからの事を説明してよね!」
「わかった」
そう言ってルディは私の骨が折れていない右手を包むように握った。
「アンジュ。結婚をしよう」
····
にこやかに言うルディに思いっきり、頭突きをかます。この状況でなぜ結婚という言葉が出てくるんだ!
そこ!ソファをバシバシ叩いて笑い転げるな!
「私は真面目な話をしている」
「俺も真面目な話をしている」
どこが!!
「アンジュの言っているの面倒な事は、これで、殆ど解決する。だから、結婚をしよう」
は?いや、全く意味がわからない。
私が不可解な顔をしていると、ヒーヒー言いながら笑っていたファルが体を起こして、一枚の紙を差し出した。
「あー、こんなに笑ったのは久しぶりだ。シュレインに頭突きって、ブフッ!アンジュこれを見ろ」
見せられた紙は上質で周りには金色に縁取られた、あの夜に見せられた用紙と同じだった。しかし、見せられた紙には何も書かれてはいなかった。
「誓約書だ。聖質を持つ者が婚姻する場合に用いられる。それは貴族の愛人や妾でも適応される。なぜだかわかるか?」
ああ、何となく分かってきた。聖質を持つ者は聖質を持つ子供を作りやすい。だから、誓約で縛るのだ。お前の居場所はここだと。ああ、だから貴族ってヤツはいけ好かない。
「そんな目で睨むな。まぁ、あれだ。言い方は悪いが、これは自分の所有ブツだから手を出すなと、いうやつだ」
平民なんて所詮そんなものだ。人権なんてありやしない。人買いの貴族も私達が言うことを聞くのが当たり前だという態度だった。
「ファルークス、言い方が悪すぎる。俺のアンジュに手を出したら殺してくれと懇願しようが死ねない苦しみをあじあわせてやるということだ」
「シュレインも大概だ。それにアンジュ、リュミエール神父から伝言だ」
神父様から伝言?嫌な予感がする。
「『どれほど自由を求めようが、それは無理な話ですよ。聖騎士団を退役したとしても、強制的に貴族と婚姻させられますよ』だってさ」
「何それ!!退役後の私の自由は?聖騎士になることは誓約があるから仕方がないと思っていたけど、使い物にならないなら、放逐されると思っていたのに!!貴族と婚姻!!」
終わった。私の人生終わった。聖騎士団を抜けられれば、さっさとこの国を出て旅に出ようと思っていたのに!
「なんだ?アンジュはまた俺を置いて行くつもりだったのか?」
は!思わず心の声が出てしまっていた。私に殺気を向けないで欲しい。それに私は一度もルディを置いて行ったことはない。いつも振り回されていたのは私の方だ。
「私の行ける行動範囲は決められていたから、るでぃ兄を置いて行ったことはない!」
どれだけ殺気を向けられようが、ここはきちんと否定しておかないといけない。
「ねぇ、この広い世界を見てみたいって思っていることが駄目なの?色んなところに行ってみたいって思うことが、そんなに駄目なの?はぁ、やっぱり教会に連れて来られる前に逃げ出しとけばよかった」
殆ど私に向き合わなかった親だった。
だけど、今日は祭りだからと、外に連れ出すわけではないのにキレイな服を着せてくれたこともあった。飾り気がないのも寂しいからと言って髪飾りを作ってくれた。
あんな両親でも私に思うことがあったのだろう。だから、私が家族の生活を潤すお金に代わるのであれば、それもいいかと思っていたのに、とんだ落とし穴があったものだ。
「駄目じゃない。駄目じゃないから逃げるとか言わないでくれ」
ルディは私を抱きしめながらいうが、力が入りすぎだ!またしても内臓が口からは出そうなほど締めてくる。これは絶対に逃さないという現れか?
「るでぃ兄。苦しい」
「逃げないっていうなら」
「逃げない!」
私が痛みのあまりに叫ぶとやっと緩んだ。この情緒不安定というか、私の言葉に左右されるというか、本当にルディは大丈夫なのだろうか。
「私言ったよね。誓約があるから勝手な行動はできないって」
「確かに言っていたが、何の誓約だ?」
ルディは私の言った言葉を覚えてはいたようだ。やはり、貴族の子には誓約は用いないのか。そうだよね。彼らも貴族としてその血に囚われているから、わざわざ誓約で縛る必要もないということか。
「私が教会に買われたときに、結ばれた誓約。聖痕が発現すれば聖騎士団に入らなければならないと。そして、神父様は私の活躍を願っているということは、ある程度の功績を残さなければならないのだと思う」
「「は?」」
二人から疑問の声が漏れ出ていた。恐らくそんな誓約が存在しているなんて、知らなかったのだろう。私も知らなかったのだから、非難することではない。
「いや、聖痕が発現すれば、聖騎士になるのは当たり前だろ?」
そう、彼らからすれば当たり前のことなのだろう。聖騎士となるのは一種のステータスになると思われる。なぜなら、聖質を持っていても、必ずしも聖痕が出現するとは限らないのだから。
けれど、貴族でない者たちにとっては、聖騎士というものはそれ程魅力的ではない。
商人の子が教会に預けられるのはもちろん、自分たちの販売ルートを確実に確保するためだ。大量の商品を各地で売りさばくのはどうしても魔物の脅威というものにさらされてしまう。そこで、大金を払うことで、魔物討伐に必要なノウハウを教会で学ぶのだ。
平民である私達は貴族というものにいい感情を持っていない。そもそもだ、あの人買いの貴族たちの印象が悪すぎる。人を見下し、人を物のように見る気味が悪い目が嫌いだ。
そして、子供達の間で見せつけられる非条理な格差。食事は以前説明したとおり、あからさまな差別を受け、貴族の派閥は子供達の間でも存在し、付き従う平民はいいように扱われる。
そんなモノを見さられた、見せつけられた子供達は、これが聖騎士となっても繰り返されるのかと思うと騎士になる未来は絶望でしかなかった。
何故にルディが私のベッドで寝ているんだ!いや、ルディの部屋とファルが言っていたから、ルディのベッドに間違いはない。だけど、一緒に寝る必要はないよね。私はあの時のような幼女ではない。
仕方がない。ここが何処かわからないけど、私が移動すればいいか。
痛みが収まり、問題がある箇所は折れていた左腕だけのようなので、体を起こしベッドから出ようとすれば、ガシリと腰を捕獲されてしまった。
「どこに行くつもりだ」
起きてたのか。しかし、どこにと問われても困る。
「その前にここがどこかわからないのだけど?」
「聖騎士団の上官用の宿舎だ」
と、言うことは入ったばかりの私が入る宿舎があるはず。あ!そうだ。今のうちに言っておかないと。
「るでぃ兄。私の怪我治してくれてありがとう」
思わず癖でルディのサラサラした黒髪を撫でてしまった。しかし、かなり私の体は傷ついていたのに、残っているのが折れている腕だけってすごいな。きっと、魔術か聖痕の力で治してくれたのだろう。
ぐふっ!腹が締まっている。腹が締まっているよ!力の加減をしろ!
「アンジュが死んでいなくてよかった」
あ。うん。それは全部、悪魔神父の仕業だからね。文句は神父様に言って欲しい。
「それで、るでぃ兄」
「なんだ?」
「私が入る新人用の宿舎はどこ?」
痛い痛い痛い!内臓がはみ出る!
「アンジュはふらふら何処かに行くつもりなのか?」
「ふ。ふらふら?あの、るでぃ兄。内臓が出そうなんだけど?」
私はルディの肩をバシバシ叩く。口から内臓が出るって!
「また、俺を置いて行ってしまうのか」
いや、私はずっと教会にいたし!どこにも行ってないよ!
「教会を出ていったのは、るでぃ兄の方だからね!私はずっと教会にいたよ!だから、なんで宿舎の場所を聞いただけで、こうなるのかなぁ?」
「アンジュが俺を置いて逝ったのが悪い」
はぁ。だから、悪手だと言ったのに、これ絶対に悪化しているよね。数日経てば元に戻るかなぁ。
「『乾いた心を慈雨の如く潤したもう』」
この世界では使われない言葉で呪を唱える。渇望する心に癒やしを与える言葉だ。
私は魔術をこの世界の言葉と異界の言葉とで使い分けている。なぜなら、この世界の言葉で唱える魔術は他の人と変わりがないのだけど、異界の言葉だとその威力が数倍にも膨れ上がるのだ。
だから、普段はこの世界の言葉の呪を使うようにしている。
「アンジュの魔力は優しいな」
ふぅー。やっとお腹が解放された。普通な感じに戻ったので、距離を取るべく身体強化プラス重力の聖痕を使って、部屋の入口まで移動する。床に足がついた瞬間、顔の横に風が走った。
いや、ルディの拳がドアを突き破っていた。
「何処に行くつもりだ?」
怖いよ。目がイッているよ。この10年間どうしていたんだ?本当に····。はぁ。
「どこにも行かないよ。誓約があるから、そんな勝手な行動はしないよ。ファル様。このるでぃ兄どうにかならない?」
ルディの扉をぶち破った腕をとって、引っこ抜きながら、扉の向こうにある気配に呼びかける。
「どうにもならん」
扉の向こうから呆れた声が聞こえてきた。はぁ。もう、完璧に病んでるよね。絶対に神父様の所為だよね。
もう、ため息が止まらない。
まともなファルから今の私の立場を確認したいのだけど、どうしたものか····。ああ、そうか。
「るでぃ兄。アンジュ。トゥールがたべたいなぁ」
そう言って、へらりと笑う。
するとどうだろう。ルディは『わかった。トゥールベルだな』と言って部屋を出ていった。
ようはルディを追い出せばいいということだ。
その間に体に浄化の魔術を使い、ベッドの足元にあった隊服を手に取る。穴が所々空いているので、これには修復の魔術を使い元の状態にもどす。その隊服を素早く着て、右手で手ぐしで髪を整えて、折れた左腕を固定して扉の外に出る。
すると、ルディが籠に盛られた果物を持って戻って来るのと同時だった。何処まで取りに行ったかは知らないけど、早すぎだ!
「アンジュ。元気になったんだな」
私にそう声を掛けたファルはというと、ソファに長い脚を組んで座っており、何らや書類の山に目を通していた。
ん?ここは執務室?いや、ルディは宿舎と言っていたので、執務室ではないはず。
私はルディが近づいて来る前に、ファルの前の席に座る。
「お陰様で」
「アンジュ。トゥールベルをいくつ食べる?」
隣に腰を降ろしていたルディが聞いてきたので、一つと答える。そして、目の前のファルに尋ねる。
「ファル様。よく今までやってこれましたね」
あ、聞きたい事を間違ってしまった。思わずイライラの方が勝って口に出してしまった。
私の言葉にファルはニヤリと笑う。そして、目を通してた書類をテーブルに置き、私の方に視線を向けた。
「いや、これはアンジュの所為だ。今までは、普通に業務をしていたからな」
なんだって!!普通?普通って何?隣に座っているルディは鼻歌まじりで、果物の皮を剥いている。
白い隊服を着ている上官が濃い灰色の隊服を着た新人の為に果物を剥いているだなんて、これは流石におかしい。
「私じゃなくって、神父様の所為だよね」
「まぁ、そうなんだが」
「アンジュ。あーん」
ファルの言葉を遮って、ルディがフォークに刺さった、赤い果実を差し出してきた。それを受け取ろうと手を伸ばせば、遠ざけられてしまった。
「あーん」
私、幼女じゃなくって、16歳なんだけど?自分で食べられるし。
私に食べさせようとするルディをジト目でみる。
「アンジュ。シュレインに付き合ってやってくれ、この10年色々押し殺してきたんだ」
横目で苦笑い浮かべるファルを見る。色々ねぇ。まぁ、一番苦労したのはファルだろう。
今度神父様に会ったら思いっきり文句を言ってやろう。やっぱり最悪の悪手だったじゃないか、と。手は出さないよ。神父様に敵わないことはこの身に刻み込まれているからね。
はぁとため息を吐いて、口を開ければ、みずみずしい果実が口の中を占領する。
「美味しいか?」
ルディの言葉に素直に頷く。空っぽの胃には丁度いい。
こぶし大のトゥールを一つ食べて、お腹が満たされた。もう一つ食べるかと聞かれたが、それには首を横に振る。
「それで、私の処遇はどのような感じ?」
私は元々聞きたかった質問をする。いつまでも私はルディの部屋に居座るべきではない。
そして、何故か私はルディの膝の上に座らされている。それも横向きで、捕獲されている。そこまで、しなくてもどこにも行かないよ。
「アンジュは俺の部隊に配属になる」
ルディがそう答えてくれるが、それはもう予想範囲内だ。その俺の部隊というモノと私の生活する場の話だ。
「新人に説明をするように詳しく教えてよね」
「アンジュ。新人はそんなに偉そうじゃない」
ファルがニヤニヤしながら言うが、この状況で新人らしくしろと言うのか!
そう言うなら言い直そう。
私はいつもどおりの無表情になり、ファルを見る。
「ファル様。私はどこの部隊に配属され、どこの宿舎に行けばいいのか教えていただきませんか?」
「こぇーよ。普通にしろ普通に」
「これがいつもの私ですが、何か?」
私が無表情に抑揚なく質問する姿に、ファルは嫌な顔をしながら、普通にしろというが、この10年間の私の姿はこのような感じだ。
「アンジュは笑っている方が可愛い」
ルディがそう言って私の頬を撫ぜるが、可愛いとか論外だ。
「それ、ウザいのが寄ってくるから、可愛くなくていい」
「あ゛?!どういことだ?」
あー····。また、ブラックルディが降臨した。今度は何が気に入らなかったのだろう。
「人買い貴族もそうだし、小銭稼ぎで仕事していたところもそうだったし、平民で容姿がいいとか最悪。容姿がいいからって攫われた事もあったし、可愛くなくていい···よ··」
あ、何か言ってはいけない事を口にしてしまったようだ。思わずルディから距離を取ろうとするけど、がっしり捕獲されているので、動けない。
「それはどこのどいつだ?」
うっ!視線だけで人を殺せそうな目を向けないで欲しい。
「アンジュを攫ったというヤツはどこのどいつだ!」
えー。そんなの知らないよ。建物ごと破壊して教会に戻ったし、神父様なら知っているかなぁ?
「知らない。はぁ、るでぃ兄が心配するほど私は弱くないよ?大抵のことは自分で何とかできる。ただ、絡まれるのがウザいだけ」
本当にウザい。髪を引っ張られるのは勿論のこと、教会に来た早々に髪を切られたことから始まり、外から鍵がかかる部屋に閉じ込められるとか、何処かへ連れ去ろうとされたりだとか、突然ピラピラした服を押し付けられ、やるから着ろという変態とか、もう、色々あった。
大体はやり返したけどね。目には目をっていうやつだ。ピラピラした服を持ってきた変態にはお前が着ろと投げ返してやった。
「私の終わった話はいいから、これからの事を説明してよね!」
「わかった」
そう言ってルディは私の骨が折れていない右手を包むように握った。
「アンジュ。結婚をしよう」
····
にこやかに言うルディに思いっきり、頭突きをかます。この状況でなぜ結婚という言葉が出てくるんだ!
そこ!ソファをバシバシ叩いて笑い転げるな!
「私は真面目な話をしている」
「俺も真面目な話をしている」
どこが!!
「アンジュの言っているの面倒な事は、これで、殆ど解決する。だから、結婚をしよう」
は?いや、全く意味がわからない。
私が不可解な顔をしていると、ヒーヒー言いながら笑っていたファルが体を起こして、一枚の紙を差し出した。
「あー、こんなに笑ったのは久しぶりだ。シュレインに頭突きって、ブフッ!アンジュこれを見ろ」
見せられた紙は上質で周りには金色に縁取られた、あの夜に見せられた用紙と同じだった。しかし、見せられた紙には何も書かれてはいなかった。
「誓約書だ。聖質を持つ者が婚姻する場合に用いられる。それは貴族の愛人や妾でも適応される。なぜだかわかるか?」
ああ、何となく分かってきた。聖質を持つ者は聖質を持つ子供を作りやすい。だから、誓約で縛るのだ。お前の居場所はここだと。ああ、だから貴族ってヤツはいけ好かない。
「そんな目で睨むな。まぁ、あれだ。言い方は悪いが、これは自分の所有ブツだから手を出すなと、いうやつだ」
平民なんて所詮そんなものだ。人権なんてありやしない。人買いの貴族も私達が言うことを聞くのが当たり前だという態度だった。
「ファルークス、言い方が悪すぎる。俺のアンジュに手を出したら殺してくれと懇願しようが死ねない苦しみをあじあわせてやるということだ」
「シュレインも大概だ。それにアンジュ、リュミエール神父から伝言だ」
神父様から伝言?嫌な予感がする。
「『どれほど自由を求めようが、それは無理な話ですよ。聖騎士団を退役したとしても、強制的に貴族と婚姻させられますよ』だってさ」
「何それ!!退役後の私の自由は?聖騎士になることは誓約があるから仕方がないと思っていたけど、使い物にならないなら、放逐されると思っていたのに!!貴族と婚姻!!」
終わった。私の人生終わった。聖騎士団を抜けられれば、さっさとこの国を出て旅に出ようと思っていたのに!
「なんだ?アンジュはまた俺を置いて行くつもりだったのか?」
は!思わず心の声が出てしまっていた。私に殺気を向けないで欲しい。それに私は一度もルディを置いて行ったことはない。いつも振り回されていたのは私の方だ。
「私の行ける行動範囲は決められていたから、るでぃ兄を置いて行ったことはない!」
どれだけ殺気を向けられようが、ここはきちんと否定しておかないといけない。
「ねぇ、この広い世界を見てみたいって思っていることが駄目なの?色んなところに行ってみたいって思うことが、そんなに駄目なの?はぁ、やっぱり教会に連れて来られる前に逃げ出しとけばよかった」
殆ど私に向き合わなかった親だった。
だけど、今日は祭りだからと、外に連れ出すわけではないのにキレイな服を着せてくれたこともあった。飾り気がないのも寂しいからと言って髪飾りを作ってくれた。
あんな両親でも私に思うことがあったのだろう。だから、私が家族の生活を潤すお金に代わるのであれば、それもいいかと思っていたのに、とんだ落とし穴があったものだ。
「駄目じゃない。駄目じゃないから逃げるとか言わないでくれ」
ルディは私を抱きしめながらいうが、力が入りすぎだ!またしても内臓が口からは出そうなほど締めてくる。これは絶対に逃さないという現れか?
「るでぃ兄。苦しい」
「逃げないっていうなら」
「逃げない!」
私が痛みのあまりに叫ぶとやっと緩んだ。この情緒不安定というか、私の言葉に左右されるというか、本当にルディは大丈夫なのだろうか。
「私言ったよね。誓約があるから勝手な行動はできないって」
「確かに言っていたが、何の誓約だ?」
ルディは私の言った言葉を覚えてはいたようだ。やはり、貴族の子には誓約は用いないのか。そうだよね。彼らも貴族としてその血に囚われているから、わざわざ誓約で縛る必要もないということか。
「私が教会に買われたときに、結ばれた誓約。聖痕が発現すれば聖騎士団に入らなければならないと。そして、神父様は私の活躍を願っているということは、ある程度の功績を残さなければならないのだと思う」
「「は?」」
二人から疑問の声が漏れ出ていた。恐らくそんな誓約が存在しているなんて、知らなかったのだろう。私も知らなかったのだから、非難することではない。
「いや、聖痕が発現すれば、聖騎士になるのは当たり前だろ?」
そう、彼らからすれば当たり前のことなのだろう。聖騎士となるのは一種のステータスになると思われる。なぜなら、聖質を持っていても、必ずしも聖痕が出現するとは限らないのだから。
けれど、貴族でない者たちにとっては、聖騎士というものはそれ程魅力的ではない。
商人の子が教会に預けられるのはもちろん、自分たちの販売ルートを確実に確保するためだ。大量の商品を各地で売りさばくのはどうしても魔物の脅威というものにさらされてしまう。そこで、大金を払うことで、魔物討伐に必要なノウハウを教会で学ぶのだ。
平民である私達は貴族というものにいい感情を持っていない。そもそもだ、あの人買いの貴族たちの印象が悪すぎる。人を見下し、人を物のように見る気味が悪い目が嫌いだ。
そして、子供達の間で見せつけられる非条理な格差。食事は以前説明したとおり、あからさまな差別を受け、貴族の派閥は子供達の間でも存在し、付き従う平民はいいように扱われる。
そんなモノを見さられた、見せつけられた子供達は、これが聖騎士となっても繰り返されるのかと思うと騎士になる未来は絶望でしかなかった。
18
お気に入りに追加
534
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

大好きだけどお別れしましょう〈完結〉
ヘルベ
恋愛
釣った魚に餌をやらない人が居るけど、あたしの恋人はまさにそれ。
いや、相手からしてみたら釣り糸を垂らしてもいないのに食らいついて来た魚なのだから、対して思い入れもないのも当たり前なのか。
騎士カイルのファンの一人でしかなかったあたしが、ライバルを蹴散らし晴れて恋人になれたものの、会話は盛り上がらず、記念日を祝ってくれる気配もない。デートもあたしから誘わないとできない。しかも三回に一回は断られる始末。
全部が全部こっち主導の一方通行の関係。
恋人の甘い雰囲気どころか友達以下のような関係に疲れたあたしは、思わず「別れましょう」と口に出してしまい……。

身代わりとなります
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
レイチェルは素行不良の令嬢として悪名を轟かせている。しかし、それはレイチェルが無知ゆえにいつも失態をしていたためで本人には悪意はなかった。
レイチェルは家族に顧みられず誰からも貴族のルールを教えてもらわずに育ったのだ。
そんなレイチェルに婚約者ができた。
侯爵令息のダニエルだ。
彼は誠実でレイチェルの置かれている状況を知り、マナー講師を招いたり、ドレスを作ってくれたりした。
はじめは貴族然としている婚約者に反発していたレイチェルだったがいつのまにか彼の優しさに惹かれるようになった。
彼のレイチェルへの想いが同情であっても。
彼がレイチェルではない人を愛していても。
そんな時、彼の想い人である隣国の伯爵令嬢フィオラの国で革命が起き、彼女は隣国の貴族として処刑されることが決まった。
そして、さまざまな思惑が交錯する中、レイチェルは一つの決断を下し・・・
*過去と未来が行ったり来たりしながら進行する書き方にチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんがご了承ください。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

もう一度あなたと?
キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として
働くわたしに、ある日王命が下った。
かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、
ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。
「え?もう一度あなたと?」
国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への
救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。
だって魅了に掛けられなくても、
あの人はわたしになんて興味はなかったもの。
しかもわたしは聞いてしまった。
とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。
OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。
どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。
完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる