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6 異変の予兆
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「いらない」
私は横に向けて目の前の食べ物に対して、必要ないことを態度でも示す。
「そんなにお腹を鳴らして、お腹が空いているんだろう?」
ファルがパンを私に差し出して来るけど、口を結んで絶対に食べないという態度を崩さない。
だけど、お腹は正直にグーグーとなっている。
「アンジュ」
食べ物に対して拒否をしている私に声を掛ける人物がいた。神父様だ。
神父様に声を掛けられたことで、ファルも私にパンを突きつけることをやめ、立ち上がって、姿勢を正す。黙って私とファルのやり取りを見ていたルディも私を抱えたまま立ち上がった。
「食べ終わったら、シスターに声をかけて髪を整えてもらいなさい。わかりしたね」
はぁ?なにそれ、なんか当たり前のように言わないでほしい。
「アンジュ。わからなーい」
「何がわからないのですか?」
「人から食べ物をとったら死んじゃうよ?さっき、神父様、ダメっていってた」
あの三人は私から焼菓子を奪ったから、あのようになったのだろう。いわゆる見せしめだ。
恐らく、彼女たちは素行もあまりよくなかったのだろう。彼女たちに対して周りの者達は、どうしてという表情よりも、やっぱりなという納得した雰囲気があった。
人から物を奪う行為。人から物を貰う行為。その違いが理解できなければ、愚かな人間が出来上がってしまう。俺の物は俺の物、お前の物も俺の物。何処かのガキ大将の言い分だ。
今、私の目の前にある食事は元々は誰も物?これは私の食べる物ではない。では余った物?食べ物を余らせている時点で、これはこれで問題ではないのだろうか。
神父様は私とファル、そしてルディを見てにこにこと胡散臭い笑顔を浮かべる。
「アンジュは賢いですね」
そう言って私の頭を撫ぜた。その神父様の行動にざわめきが起きる。これでどれだけこの人が人を褒めないのかよくわかる反応だ。
「アンジュは私が差し出した焼菓子を受け取ったのはなぜですか?」
「焼菓子は情報と交換。だから、受け取った」
私が情報を渡した対価だ。それが真実であろうがなかろうが神父様の質問に私が答えた対価だ。
「シュレインからのお菓子を受け取ったのなぜですか?」
ん?ルディからチョコを受け取ったのは先程のことだけど、なんで神父様が知っている?怖いんだけど。
「仲直りのお菓子だったから」
「では、ファルークスが用意したパンとスープを食べないのはなぜかな?」
ふん、そんなもの。
「だって、これはアンジュのものじゃない。ファル様のものでもない。誰かが食べるはずだったものかな?シスターたちが食べるものだったのかな?それはわからない。でも、これはアンジュのものじゃない」
貴族としての矜持って言うのなら、他人の物を与えるんじゃなく。自分の持てるものを与えるのが、貴族としてのプライドなんじゃないの?
私の答えに神父様は胡散臭い笑顔ではなく、優しい微笑みをみせた。
ふぁ!なんかキュンと、ときめいてしまった。ルディもファルもかっこいいのだけど、大人の精神を持つ私からすればお子様なのだ。
神父様は恐らく40から50歳ぐらい。大人の魅力ってヤツにときめいてしまった。
「アンジュ。パンとスープは私からのご褒美です。食べなさい。その後にシスターの誰かに声をかけるように」
そう言って神父様は私に背を向けて去っていった。あの微笑みは一瞬だったけれど、心のシャッターを切って保存しておく。
神父様にご褒美として貰ったパンとスープに嬉しさいっぱいの視線を送っていると、強制的に体の向きを変えられ、ルディと向き合う感じで抱えられた。
「アンジュはリュミエール神父みたいのがいいのか?」
ん?ルディが何を聞きたいのかわからない。私が首を傾げていると
「アンジュはリュミエール神父が好きか?」
あの胡散臭い笑顔を常にしている神父を好き?いや?機嫌を損ねないようにはしているよ。あのタイプって怒らすと大変だと思うし。
「んー?よくわからない」
「俺たちとリュミエール神父に対する態度が違うよな?」
ああそれね。私はルディの耳元で囁く。
「神父様は優しいけど怖いの。だから、機嫌を損ねないようにしている」
「ふーん」
ルディはそのままどこに行こうというのか歩き出していた。え?私のパンとスープは?段々と私の心とお腹を満たしてくれる物が遠ざかっていく。
「パンとスープ!神父様が食べていいって言った!」
私はルディの肩をバシバシ叩くが、無視をされて何処かへ連れて行かれる。そして、見たことのない廊下を通り、知らない部屋に入った。
誘拐だ!これは誘拐。抵抗できない幼女を連れ去っていくなんて許されないことだ。それに私のパンとスープはどうなってしまうの!!
グーグーとお腹がうるさいほど鳴っている。食べれると思ったのにー!
「私のパンとスー····んぐっ」
何かが口の中を占領した。甘い。みずみずしく甘くて美味しい。何かの果物?桃のような果肉にいちごのような甘酸っぱさが口いっぱいに広がっている。
「トゥールベルだ。美味しいだろ?」
「トゥール?」
やっぱりうまく聞き取れない。でも、これは好きだ。果物なんて生まれて初めて食べた。きっと高級な嗜好品の部類にはいるのだろう。
「トゥール。美味しい。これ好き」
私はルディの膝の上に座らされ、果物やらお菓子やらを口に突っ込まれている。しかし、これ以上は入らない。手で口を覆い首を振る。
「これ以上はお腹に入らない。それに、るでぃ兄にこれ以上貰う理由はないよ?」
「もう、お腹いっぱいなのか?そんなに食べていないぞ?」
いや、体の大きさが違うのだから、食べる量も違うに決まっている。
「それに俺がアンジュにあげたいからだ」
えー?昨日会ったばかりなのに、私はそこまでルディと仲良しになったつもりはないのだけど?
もしかしてこれはあれか!野良猫に餌を与える感じなのだろうか。
しかし、私はルディに何もお返しをする物がない。私個人の物は何もない。お金もない。これは困った。
困ったなと思いつつルディを見上げる。可愛いと言ったら怒られそうだけど、子供と大人の間のかわいい少年。この3ヶ月、よく見かけた。
この世界では以前の世界と異なり多種多様な髪の色がある。その中でも彼の黒色の髪は目立っていた。いや、私が何となく懐かしいと目で追ってしまっていただけだ。
毎日のように日が暮れても訓練場に一人でいたし、4、5人の少年達に追いかけられていることもあった。そして、集団リンチのように暴力を振るわれていることもあった。そのときに言われていた言葉が私の耳に今でも残ってる。
『魔物が人に化けているなんて、俺たちが討伐してやろう』
と。酷い言葉だ。
しかし、ルディは言われ慣れているかのように、何も感情を表には出さず、少年達の暴力に抵抗していた。
大人達は子供達のいざこざには傍観の姿勢を貫く。しかし、今回の少女たちのように何かの基準に引っかかれば制裁を加えられるということなのだろう。死を与えられるという結末をだ。
ルディが一人でいるところを多く見かけた。恐らく一人で行動をする事が当たり前なのだろう。それは他人に傷づけられ過ぎた自己防衛。
私はルディに手を伸ばす。
「るでぃ兄、ありがとう。アンジュはお礼にるでぃ兄をいい子いい子してあげる」
ルディのサラサラとした黒髪を撫でてあげた。普通なら両親の庇護下にあるべき歳の少年だ。本当なら両親が褒めてあげるべきなのだ。『すごいね。頑張ってるね』と。
誰も褒めてくれないのなら、私が褒めてあげよう。それで、少しでも心の傷がいえるのであれば。
「アンジュ。ありがとう」
いや、そんなに強く抱きつかれたら頭なでられないのだけど?ルディは何かに耐えるように私の体をギュギュと絞めてきた。くっ!苦しい。
それから、私はルディを褒めるようにした。·····してしまった。途中でやめればよかったのに、続けてしまったのだ。その結果、私がとてつもなく困った状態に陥ってしまった。
*
おかしいと思い始めたのはそれから3ヶ月後のことだった。
「るでぃ兄。私、お菓子はもういらないから」
膝の上に私を抱え、焼き菓子を差し出しているルディに勇気を出して言った。
その私の言葉にまるで雷にでも打たれたかのようにルディは動かなくなってしまった。これはどうしたものかと、向かい側に座っているファルを見れば、ニヤニヤとした顔を私に向けている。
え?これは何が起こったのだろう。
少し待ってみると、ルディが私の両肩を掴んで揺さぶってきた。
「何がダメなんだ?このクメールが嫌いだったのか?店ごと潰せばいのか!」
ちょっと待て!なぜ、私がお菓子をいらないと言えば店を潰すことになる!
「違うよ」
「じゃ、何がダメなんだ?お茶が気に入らないのか?」
「違うって!」
「何がダメなんだ!」
はぁ。なんで3歳児の機嫌を13歳の少年がとっているのか。
「私って自分で言うのもなんだけど、天使じゃない?」
「ブッ!」
「そうだな」
ファルが口を押さえながら、お腹を抱えている。笑うなら笑えばいい!これは本当のことだ!
その頃の私は以前と異なり子供らしくぷっくりとした体格になり、髪も顎の下で揃えられ、鏡を見れば鏡の中に銀の天使がいると自分で自分の姿に驚くほど、可愛らしい外見となった。あ、中身は変わらないよ。
「それで昨日、人買いの貴族が来てたの。普通なら幼い子供がいる方には来ないのだけど、いきなり部屋に入ってきて、私を気持ち悪い目で見て、これがいいって言われた····no」
私は思わずルディの顔を見てのけぞるが、そもそも抱えられているので、距離を取ることがでいない。
「その人買いやろうの目をくり抜けばいいのか?」
笑っている。笑っているが、視線だけで人を射殺しそうなほど残忍さを帯びた笑いだ。
「いや、くり抜くのはダメだよ。どこの誰とか知らないし、直ぐに神父様が部屋から追い出してくれたから、問題なかったし」
「じゃ、息の根を止めてくるか」
そう言って立ち上がるルディを私は必死で止めることになった。
その翌日の朝。私は与えられた10人部屋に寝ていたはずなのに、起きればルディの部屋で寝ていた。それは流石に神父様にルディは怒られていた。
「寝ている間に攫われたらどうするんだ!」
と誘拐犯であるルディの言い分だったが、神父様に罰だと言って、何やら課題を与えられていた。
この行動は流石におかしいと私は思い始めていた。
*
この教会に来た時ぐらいのみすぼらしい感じに痩せ細ろうという計画は、ルディによって阻止をされてしまい。一日一度のお菓子というところで手をうった。それまでは一日に3回もお菓子を与えられていた。食べ過ぎだ!
ルディの貴族殺害宣言から2ヶ月後。私は勉強から抜け出して、散歩をしていた。サボりだって?小学生の算数の問題を出されて、全部解いてきたよ。
私を勉強を見ているシスターが席を立った隙きに課題を終わらせ抜け出しただけだ。
春の陽気に誘われてふらふらと歩いていると、背後から声を掛けられ呼び止められてしまった。
「アンジュ。何をしているのですか」
神父様だった。神父様はこの時間、大きな子供たちの訓練に付き合っているはずだから、見つからないと思っていたのに。もしかして神父様もサボりか!
「散歩。神父様も散歩?」
「クス。違いますよ。課題を終わらせて、それもシスターの問題の間違いを指摘して抜け出している子がいると聞きましてね。探しに来たのですよ」
それ、私!!
はぁ、まさか神父様直々に私を探しに来るとは、シスター達なら近くにくれば気配がわかるから逃げ切れるのに、神父様の気配って全然わからないんだよね。忍者か!っていうぐらい、気がつけば目の前にいることが多い。
「アンジュ。暇なら上級生の訓練の見学に来ますか?」
「行く!」
それ、なんだか面白そう。神父様に手を引っ張られ訓練場まで連れて来られた。そんなにガッシリ手を握らなくても、逃げないよ。
訓練場には10歳以上だと思われる少年少女たちが剣を振るったり魔法を放ったりしていた。ここでは貴族だろうが商人の子であろうが、親に捨てられた子であろうが区別なく訓練に参加をしている。
しかし、神父様が現れた途端、全ての子どもたちが動きを止め、すぐさま走り出し神父様の前に整然と整列をした。
怖いよこの組織。
「遅くなってしまいましたね。今日はいつもと違うことをしてみましょう」
微動だに動かず整列をしている少年少女たちに向かって神父様が言葉を投げかける。私はというと未だに神父様に手を繋がれたままで、居心地が悪い。
「今日の訓練は捕獲訓練です」
ん?
「指定した対象物を捕獲した者は3日間訓練を免除してあげしょう」
その言葉にざわめきが沸き起こる。はっきり言って、ここの施設に休みという概念はない。毎日、同じことを繰り返し続けている。そんな感覚だ。それだとマンネリ化を起こし、やる気も損なわれるだろう。
神父様はやる気を起こさせるためか、ノルマを達成した者に休みを与えると言っているのだ。
それは目の前の子供たちの目の色も変わってくる。
「静粛に。今回の捕獲対象物は、授業をサボって抜け出したこの子ですよ」
私か!!
神父様の言葉に一斉に獲物を狙うかのような視線が突き刺さる。
私は急いで神父様から手を外そうとするけど、びくともしない。
「行動範囲はこの訓練場内です。外に出ると課題を上乗せですよ。アンジュは外に逃げたら私が付きっきりで勉強を見るということにしましょうか」
何だって!!それは絶対に嫌だ!
はっ!さっさと捕まればいいよね。そうすれば何も問題····突き刺さる視線に、何か猫に狙われるネズミの気分になってきた。
「アンジュ。逃げ切ればこの街で一番美味しいお菓子のお店に連れて行ってあげましょう」
お菓子のお店!!断然やる気が出てきた。教会に来てからというもの、一歩も街の方には行けてないのだ。これは外に出るチャンス!
「それでは始め!」
そう言って神父様は私を整列している子供たちの方に押し出した。私はバランスを崩し、地面に倒れ込む。鬼だ!神父様は鬼だ!いや、きっと悪魔に違いない。
甘い誘惑でやる気を出させたところで、地獄に叩き落とすなんて!
私に向って少年少女たちが意気揚々に向ってくる。こんな子供に抵抗する力なんて無いと思っているのだろう。この捕獲訓練は早いもの勝ちだと。
ふふふ。この私をナメめてもらって困る。家で殆どの時間を放置されていたのだ。いつかは逃げ出そうと画策し、色々試していたのだ。
私は土を払って立ち上がり、一言呟く。
「『旋風の静寂』」
旋風。渦状に巻き起こる風だ。それに対して静寂の言葉を上乗せする。立ち上る風を抑え込む。このことにより何が起こるか。2つの相反する力がせめぎ合い力の逃げ場を探し弾け飛ぶ。
その結果、私を中心に同心円状に音速の衝撃波が生まれるのだ。
ふふふ。訓練場の外まで飛ばされればいい。因みに今の言葉は日本語だ。
流石に音速の衝撃波は避けられまいと思っていれば、舞い上がる砂煙に2人分の影が映る。
えー?あれを耐えきったの?
その内の一人の影が動く。砂煙から出てきたのは黒髪の少年ルディだった。
ルディもここにいたの?ルディになら捕まってもいいかと思う自分と、お菓子のお店に行きたい自分とで、せめぎ合っていたけど、ルディの顔を見た瞬間に身をひるがえしていた。
何あれ!殺人者がどう獲物を痛めつけてやろうかと言わんばかりの怖い笑顔。あれ絶対に私を殺す気なんじゃない?
足音がすぐ後ろまで迫ってきていた。殺されるー!!
「『反転の盾!』」
これは属性を逆転させる為に作った透明な六角形の盾だ。それを盾として使わずに地面と水平に階段状に並べ、足を掛けすぐさま背後の盾は消す。
そう、私は空に逃げた。
私は横に向けて目の前の食べ物に対して、必要ないことを態度でも示す。
「そんなにお腹を鳴らして、お腹が空いているんだろう?」
ファルがパンを私に差し出して来るけど、口を結んで絶対に食べないという態度を崩さない。
だけど、お腹は正直にグーグーとなっている。
「アンジュ」
食べ物に対して拒否をしている私に声を掛ける人物がいた。神父様だ。
神父様に声を掛けられたことで、ファルも私にパンを突きつけることをやめ、立ち上がって、姿勢を正す。黙って私とファルのやり取りを見ていたルディも私を抱えたまま立ち上がった。
「食べ終わったら、シスターに声をかけて髪を整えてもらいなさい。わかりしたね」
はぁ?なにそれ、なんか当たり前のように言わないでほしい。
「アンジュ。わからなーい」
「何がわからないのですか?」
「人から食べ物をとったら死んじゃうよ?さっき、神父様、ダメっていってた」
あの三人は私から焼菓子を奪ったから、あのようになったのだろう。いわゆる見せしめだ。
恐らく、彼女たちは素行もあまりよくなかったのだろう。彼女たちに対して周りの者達は、どうしてという表情よりも、やっぱりなという納得した雰囲気があった。
人から物を奪う行為。人から物を貰う行為。その違いが理解できなければ、愚かな人間が出来上がってしまう。俺の物は俺の物、お前の物も俺の物。何処かのガキ大将の言い分だ。
今、私の目の前にある食事は元々は誰も物?これは私の食べる物ではない。では余った物?食べ物を余らせている時点で、これはこれで問題ではないのだろうか。
神父様は私とファル、そしてルディを見てにこにこと胡散臭い笑顔を浮かべる。
「アンジュは賢いですね」
そう言って私の頭を撫ぜた。その神父様の行動にざわめきが起きる。これでどれだけこの人が人を褒めないのかよくわかる反応だ。
「アンジュは私が差し出した焼菓子を受け取ったのはなぜですか?」
「焼菓子は情報と交換。だから、受け取った」
私が情報を渡した対価だ。それが真実であろうがなかろうが神父様の質問に私が答えた対価だ。
「シュレインからのお菓子を受け取ったのなぜですか?」
ん?ルディからチョコを受け取ったのは先程のことだけど、なんで神父様が知っている?怖いんだけど。
「仲直りのお菓子だったから」
「では、ファルークスが用意したパンとスープを食べないのはなぜかな?」
ふん、そんなもの。
「だって、これはアンジュのものじゃない。ファル様のものでもない。誰かが食べるはずだったものかな?シスターたちが食べるものだったのかな?それはわからない。でも、これはアンジュのものじゃない」
貴族としての矜持って言うのなら、他人の物を与えるんじゃなく。自分の持てるものを与えるのが、貴族としてのプライドなんじゃないの?
私の答えに神父様は胡散臭い笑顔ではなく、優しい微笑みをみせた。
ふぁ!なんかキュンと、ときめいてしまった。ルディもファルもかっこいいのだけど、大人の精神を持つ私からすればお子様なのだ。
神父様は恐らく40から50歳ぐらい。大人の魅力ってヤツにときめいてしまった。
「アンジュ。パンとスープは私からのご褒美です。食べなさい。その後にシスターの誰かに声をかけるように」
そう言って神父様は私に背を向けて去っていった。あの微笑みは一瞬だったけれど、心のシャッターを切って保存しておく。
神父様にご褒美として貰ったパンとスープに嬉しさいっぱいの視線を送っていると、強制的に体の向きを変えられ、ルディと向き合う感じで抱えられた。
「アンジュはリュミエール神父みたいのがいいのか?」
ん?ルディが何を聞きたいのかわからない。私が首を傾げていると
「アンジュはリュミエール神父が好きか?」
あの胡散臭い笑顔を常にしている神父を好き?いや?機嫌を損ねないようにはしているよ。あのタイプって怒らすと大変だと思うし。
「んー?よくわからない」
「俺たちとリュミエール神父に対する態度が違うよな?」
ああそれね。私はルディの耳元で囁く。
「神父様は優しいけど怖いの。だから、機嫌を損ねないようにしている」
「ふーん」
ルディはそのままどこに行こうというのか歩き出していた。え?私のパンとスープは?段々と私の心とお腹を満たしてくれる物が遠ざかっていく。
「パンとスープ!神父様が食べていいって言った!」
私はルディの肩をバシバシ叩くが、無視をされて何処かへ連れて行かれる。そして、見たことのない廊下を通り、知らない部屋に入った。
誘拐だ!これは誘拐。抵抗できない幼女を連れ去っていくなんて許されないことだ。それに私のパンとスープはどうなってしまうの!!
グーグーとお腹がうるさいほど鳴っている。食べれると思ったのにー!
「私のパンとスー····んぐっ」
何かが口の中を占領した。甘い。みずみずしく甘くて美味しい。何かの果物?桃のような果肉にいちごのような甘酸っぱさが口いっぱいに広がっている。
「トゥールベルだ。美味しいだろ?」
「トゥール?」
やっぱりうまく聞き取れない。でも、これは好きだ。果物なんて生まれて初めて食べた。きっと高級な嗜好品の部類にはいるのだろう。
「トゥール。美味しい。これ好き」
私はルディの膝の上に座らされ、果物やらお菓子やらを口に突っ込まれている。しかし、これ以上は入らない。手で口を覆い首を振る。
「これ以上はお腹に入らない。それに、るでぃ兄にこれ以上貰う理由はないよ?」
「もう、お腹いっぱいなのか?そんなに食べていないぞ?」
いや、体の大きさが違うのだから、食べる量も違うに決まっている。
「それに俺がアンジュにあげたいからだ」
えー?昨日会ったばかりなのに、私はそこまでルディと仲良しになったつもりはないのだけど?
もしかしてこれはあれか!野良猫に餌を与える感じなのだろうか。
しかし、私はルディに何もお返しをする物がない。私個人の物は何もない。お金もない。これは困った。
困ったなと思いつつルディを見上げる。可愛いと言ったら怒られそうだけど、子供と大人の間のかわいい少年。この3ヶ月、よく見かけた。
この世界では以前の世界と異なり多種多様な髪の色がある。その中でも彼の黒色の髪は目立っていた。いや、私が何となく懐かしいと目で追ってしまっていただけだ。
毎日のように日が暮れても訓練場に一人でいたし、4、5人の少年達に追いかけられていることもあった。そして、集団リンチのように暴力を振るわれていることもあった。そのときに言われていた言葉が私の耳に今でも残ってる。
『魔物が人に化けているなんて、俺たちが討伐してやろう』
と。酷い言葉だ。
しかし、ルディは言われ慣れているかのように、何も感情を表には出さず、少年達の暴力に抵抗していた。
大人達は子供達のいざこざには傍観の姿勢を貫く。しかし、今回の少女たちのように何かの基準に引っかかれば制裁を加えられるということなのだろう。死を与えられるという結末をだ。
ルディが一人でいるところを多く見かけた。恐らく一人で行動をする事が当たり前なのだろう。それは他人に傷づけられ過ぎた自己防衛。
私はルディに手を伸ばす。
「るでぃ兄、ありがとう。アンジュはお礼にるでぃ兄をいい子いい子してあげる」
ルディのサラサラとした黒髪を撫でてあげた。普通なら両親の庇護下にあるべき歳の少年だ。本当なら両親が褒めてあげるべきなのだ。『すごいね。頑張ってるね』と。
誰も褒めてくれないのなら、私が褒めてあげよう。それで、少しでも心の傷がいえるのであれば。
「アンジュ。ありがとう」
いや、そんなに強く抱きつかれたら頭なでられないのだけど?ルディは何かに耐えるように私の体をギュギュと絞めてきた。くっ!苦しい。
それから、私はルディを褒めるようにした。·····してしまった。途中でやめればよかったのに、続けてしまったのだ。その結果、私がとてつもなく困った状態に陥ってしまった。
*
おかしいと思い始めたのはそれから3ヶ月後のことだった。
「るでぃ兄。私、お菓子はもういらないから」
膝の上に私を抱え、焼き菓子を差し出しているルディに勇気を出して言った。
その私の言葉にまるで雷にでも打たれたかのようにルディは動かなくなってしまった。これはどうしたものかと、向かい側に座っているファルを見れば、ニヤニヤとした顔を私に向けている。
え?これは何が起こったのだろう。
少し待ってみると、ルディが私の両肩を掴んで揺さぶってきた。
「何がダメなんだ?このクメールが嫌いだったのか?店ごと潰せばいのか!」
ちょっと待て!なぜ、私がお菓子をいらないと言えば店を潰すことになる!
「違うよ」
「じゃ、何がダメなんだ?お茶が気に入らないのか?」
「違うって!」
「何がダメなんだ!」
はぁ。なんで3歳児の機嫌を13歳の少年がとっているのか。
「私って自分で言うのもなんだけど、天使じゃない?」
「ブッ!」
「そうだな」
ファルが口を押さえながら、お腹を抱えている。笑うなら笑えばいい!これは本当のことだ!
その頃の私は以前と異なり子供らしくぷっくりとした体格になり、髪も顎の下で揃えられ、鏡を見れば鏡の中に銀の天使がいると自分で自分の姿に驚くほど、可愛らしい外見となった。あ、中身は変わらないよ。
「それで昨日、人買いの貴族が来てたの。普通なら幼い子供がいる方には来ないのだけど、いきなり部屋に入ってきて、私を気持ち悪い目で見て、これがいいって言われた····no」
私は思わずルディの顔を見てのけぞるが、そもそも抱えられているので、距離を取ることがでいない。
「その人買いやろうの目をくり抜けばいいのか?」
笑っている。笑っているが、視線だけで人を射殺しそうなほど残忍さを帯びた笑いだ。
「いや、くり抜くのはダメだよ。どこの誰とか知らないし、直ぐに神父様が部屋から追い出してくれたから、問題なかったし」
「じゃ、息の根を止めてくるか」
そう言って立ち上がるルディを私は必死で止めることになった。
その翌日の朝。私は与えられた10人部屋に寝ていたはずなのに、起きればルディの部屋で寝ていた。それは流石に神父様にルディは怒られていた。
「寝ている間に攫われたらどうするんだ!」
と誘拐犯であるルディの言い分だったが、神父様に罰だと言って、何やら課題を与えられていた。
この行動は流石におかしいと私は思い始めていた。
*
この教会に来た時ぐらいのみすぼらしい感じに痩せ細ろうという計画は、ルディによって阻止をされてしまい。一日一度のお菓子というところで手をうった。それまでは一日に3回もお菓子を与えられていた。食べ過ぎだ!
ルディの貴族殺害宣言から2ヶ月後。私は勉強から抜け出して、散歩をしていた。サボりだって?小学生の算数の問題を出されて、全部解いてきたよ。
私を勉強を見ているシスターが席を立った隙きに課題を終わらせ抜け出しただけだ。
春の陽気に誘われてふらふらと歩いていると、背後から声を掛けられ呼び止められてしまった。
「アンジュ。何をしているのですか」
神父様だった。神父様はこの時間、大きな子供たちの訓練に付き合っているはずだから、見つからないと思っていたのに。もしかして神父様もサボりか!
「散歩。神父様も散歩?」
「クス。違いますよ。課題を終わらせて、それもシスターの問題の間違いを指摘して抜け出している子がいると聞きましてね。探しに来たのですよ」
それ、私!!
はぁ、まさか神父様直々に私を探しに来るとは、シスター達なら近くにくれば気配がわかるから逃げ切れるのに、神父様の気配って全然わからないんだよね。忍者か!っていうぐらい、気がつけば目の前にいることが多い。
「アンジュ。暇なら上級生の訓練の見学に来ますか?」
「行く!」
それ、なんだか面白そう。神父様に手を引っ張られ訓練場まで連れて来られた。そんなにガッシリ手を握らなくても、逃げないよ。
訓練場には10歳以上だと思われる少年少女たちが剣を振るったり魔法を放ったりしていた。ここでは貴族だろうが商人の子であろうが、親に捨てられた子であろうが区別なく訓練に参加をしている。
しかし、神父様が現れた途端、全ての子どもたちが動きを止め、すぐさま走り出し神父様の前に整然と整列をした。
怖いよこの組織。
「遅くなってしまいましたね。今日はいつもと違うことをしてみましょう」
微動だに動かず整列をしている少年少女たちに向かって神父様が言葉を投げかける。私はというと未だに神父様に手を繋がれたままで、居心地が悪い。
「今日の訓練は捕獲訓練です」
ん?
「指定した対象物を捕獲した者は3日間訓練を免除してあげしょう」
その言葉にざわめきが沸き起こる。はっきり言って、ここの施設に休みという概念はない。毎日、同じことを繰り返し続けている。そんな感覚だ。それだとマンネリ化を起こし、やる気も損なわれるだろう。
神父様はやる気を起こさせるためか、ノルマを達成した者に休みを与えると言っているのだ。
それは目の前の子供たちの目の色も変わってくる。
「静粛に。今回の捕獲対象物は、授業をサボって抜け出したこの子ですよ」
私か!!
神父様の言葉に一斉に獲物を狙うかのような視線が突き刺さる。
私は急いで神父様から手を外そうとするけど、びくともしない。
「行動範囲はこの訓練場内です。外に出ると課題を上乗せですよ。アンジュは外に逃げたら私が付きっきりで勉強を見るということにしましょうか」
何だって!!それは絶対に嫌だ!
はっ!さっさと捕まればいいよね。そうすれば何も問題····突き刺さる視線に、何か猫に狙われるネズミの気分になってきた。
「アンジュ。逃げ切ればこの街で一番美味しいお菓子のお店に連れて行ってあげましょう」
お菓子のお店!!断然やる気が出てきた。教会に来てからというもの、一歩も街の方には行けてないのだ。これは外に出るチャンス!
「それでは始め!」
そう言って神父様は私を整列している子供たちの方に押し出した。私はバランスを崩し、地面に倒れ込む。鬼だ!神父様は鬼だ!いや、きっと悪魔に違いない。
甘い誘惑でやる気を出させたところで、地獄に叩き落とすなんて!
私に向って少年少女たちが意気揚々に向ってくる。こんな子供に抵抗する力なんて無いと思っているのだろう。この捕獲訓練は早いもの勝ちだと。
ふふふ。この私をナメめてもらって困る。家で殆どの時間を放置されていたのだ。いつかは逃げ出そうと画策し、色々試していたのだ。
私は土を払って立ち上がり、一言呟く。
「『旋風の静寂』」
旋風。渦状に巻き起こる風だ。それに対して静寂の言葉を上乗せする。立ち上る風を抑え込む。このことにより何が起こるか。2つの相反する力がせめぎ合い力の逃げ場を探し弾け飛ぶ。
その結果、私を中心に同心円状に音速の衝撃波が生まれるのだ。
ふふふ。訓練場の外まで飛ばされればいい。因みに今の言葉は日本語だ。
流石に音速の衝撃波は避けられまいと思っていれば、舞い上がる砂煙に2人分の影が映る。
えー?あれを耐えきったの?
その内の一人の影が動く。砂煙から出てきたのは黒髪の少年ルディだった。
ルディもここにいたの?ルディになら捕まってもいいかと思う自分と、お菓子のお店に行きたい自分とで、せめぎ合っていたけど、ルディの顔を見た瞬間に身をひるがえしていた。
何あれ!殺人者がどう獲物を痛めつけてやろうかと言わんばかりの怖い笑顔。あれ絶対に私を殺す気なんじゃない?
足音がすぐ後ろまで迫ってきていた。殺されるー!!
「『反転の盾!』」
これは属性を逆転させる為に作った透明な六角形の盾だ。それを盾として使わずに地面と水平に階段状に並べ、足を掛けすぐさま背後の盾は消す。
そう、私は空に逃げた。
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皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
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死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
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そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
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※他サイトより転載した作品です。
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