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5 教会の教育は恐ろしい
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この国では白に近いほど高貴な色とされている。だから、私の銀髪なんかは特に重宝される。逆に黒に近い色ほど忌避的にとらえられ、貴族からすれば目にするのも嫌厭される。
それは、世界の穢れというモノに繋がっている。この世界には魔物と呼ばれるモノが存在しており、黒いモヤのような吹き溜まりから湧き出ている····らしい。私が実際に見たわけではないので、よくわからない。
その魔物というモノはこの世界では脅威的な存在であり、国が滅んだという伝承も残っているほどだ。
だから、黒という色はこの世界では悪しき色と捉えられている。
そして、目の前の少年の髪の色は真っ黒だ。日本人であった私と同じぐらいに黒い髪に黒い瞳だ。この世界では受け入れ難い色だろう。
「それこそお前に関係ないよな!!」
少年は捕獲していた私を離し、地面に落ちる私を蹴り上げようと足を振るが、その前に空中で体を捻って地面に着地をし、そのまま森の奥へと走り出す。身体強化ができるからこそなせる技だ。
そう、私は3歳で身体強化を使えることができた。生まれてから大人の精神があったからこそ使えた。それはもちろんあちらの世界で読んだ小説の内容を引っ張り出してきて、試行錯誤してこの3年間で色々使えるようになっていた。
蛇行して走る私の後ろから少年が追いかけてくる。えー、やっぱり虐められているのを見たって言ったのが駄目だったのかなぁ。
そろそろ、私の行動が許されている境界線に近づいてきた。後ろを確認し、木の幹で私の体が遮られたところでしゃがみ込む。その横を少年はそのまま何かを追いかけるように走り抜けていった。少年の先には幼い幼女の姿が見える。
分身の術と言えればいいのだろうが、今はそこまでのものは作れなく、ただの幻覚にすぎない。
なにかの小説に書いてあった。魔法とは想像力だと。この世界の魔法というものは私にはまだわからないが、私の想像力でココまでのものが創られたのであれば、いい方ではないのだろうか。
私は立ち上がり、木の影から出るとそこにはにこにこと笑う神父様が立っていた。こぇーよ。
「アンジュ。お散歩はここまでですよ」
神父様に見つかってしまったのなら仕方がない。戻るしかないか。
「はーい」
聞き分けのいい子のフリをして返事をする。長年のというか、大人の精神の私の経験上、神父様のようなタイプの人は怒らせてはならないとわかっている。
「アンジュ。先程の魔術はなんですか?」
えー、それは無視をして欲しいのだけど。
「まじゅつ?アンジュ、わからなーい」
魔法か魔術かの違いは私にはわからないのですっとぼけてみる。
「そうですか。教えてくれたら、焼き菓子を上げますよ」
何だって!焼き菓子!私は両手を差し出す。その手の上に紙の小袋が乗せられた。
「おめめにアンジュを写すの」
正確には脳に焼き付ける精神攻撃の一種だ。けれど、本当の事を言えば、精神を操作できる能力があると思われると危険視される可能性があるので、口にはしない。
「おひさまをみると目の中におひさまがあるのといっしょなの」
だから、嘘と本当を混ぜ込む。それは真実ではないが、全くの嘘ではない。太陽を見ると目に焼き付くのは本当のこと。
「そうですね。アンジュは賢いですね」
そう言って神父様は私の頭を撫ぜてくれた。その行動に思わず驚いてしまう。褒めた?神父様が褒めた?
この3ヶ月間徘徊してわかったことだけど、ここの教育方針は褒めて伸ばす教育ではなく、できて当たり前。できない者は人間じゃない扱いをされるのだ。
その教育者たちの頂点に立つと思われる神父様が私を褒めた!
これは恐怖でしかない。この人は得体がしれない。もしかして、この紙袋の中身は毒!紙袋を凝視して見る。
「毒は入っていませんよ」
私の心を読むな!得体のしれない神父様から離れる為に、紙袋を抱えて教会の方に戻る。しかし、後ろから神父様もついてくる。
無言で足を進め、教会の姿が木々の隙間から月明かりに照らされて見えてきたところで、行く手を阻むものが現れた。
「お前!何をした!」
先程の少年が息を切らしながら戻ってきてしまった。気がつくの早いよ。
「シュレイン。幼い子をいじめてはなりませんよ」
後ろにいる神父様が少年に声を掛ける。最初に少年の名前らしきものを神父様は言っているが、私の唯一の弱点と言えるものが、この世界の人の名前を聞き取れないということだ。他の言葉はわかるというのに、人の名前となるとフィルターがかかっているかのように、ぼやけてしまう。
これはもう、病気の一種だろうと3歳の時点で人の名前を覚えることを諦めた。
少年にこれ以上つきまとわれることは避けたいので、紙袋からクッキーと思われる焼き菓子を一枚差し出す。
「お兄さん。仲なおりにこれをあげる」
この時間だと少年は夕食を食べそこなってしまっただろう。お腹が空いていたのだろう少年は焼き菓子を手にとり、口にした。咀嚼し、飲み込んだ。
···異常なし。即効性の毒はなさそう。
「ですから、毒は入っていないと言いましたよね」
神父様。耳元で喋らないでもらえます?
「あ?毒ってなんだ?」
低い声が辺りに響いた。その声の主に向かって私はへらりと笑う。
13歳の少年と3歳の私の出会いは最悪な形で始まったのだった。
*
翌日。残りが3枚になった焼き菓子の紙袋を隠し持って、木の影で食べようと袋を開けたところで、嫌な奴らに見つかってしまった。
「こんなところで隠れて何をしているかと思ったら、何をもっているのかなぁ?」
「いやだ。この子お菓子なんて持っているわ」
「誰かから盗んだの?正直に言いなさい!」
10歳ぐらいの3人の少女に囲まれてしまった。
「こんな髪をしてダッサ!」
「ねぇ。ちょうど三枚あるから食べてあげましょ」
「誰に媚を売ったのかしらないけど、銀髪だからって、いい気にならないでよね。でもそのダッサイ髪型似合っているわよ」
髪を捕まれ、焼き菓子の入った紙袋を取られ、私は地面に叩きつけられる。
それにこんな髪にしたのは、あなた達じゃない!
3人の少女達は笑いながら去っていった。やっぱり、昨日のうちに全部食べておけばよかった。私の今日の楽しみが去っていってしまった。
ため息を吐いて、立ち上がって土を払う。くー!太陽の光が眩しいな。泣いてなんていないからね!
「泣いてるのか?」
いつの間にか昨日の少年が目の前にいた。
「ないてない」
泣いてない!こんなことで泣くもんか!
「何の用?」
昨日の文句がいい足りなかったの?あれからちゃんと謝ったし、神父様からの怪しいお菓子なんて信用なんてできるはずないよね。
「昨日のことは謝っておく」
は?昨日の何の事?謝られることなんて無いはずだけど?
「ファルークスに聞いた。貴族じゃない子供がどう生活しているか。だから、仲直りにコレをやる」
何だか大きな箱を差し出された。大きさ的にはB5サイズぐらいはあるだろうか。流石にこれは····。
「いらない」
「あ?やるって言ってんだ」
わかってるけど。
「中身が何か知らないけど、隠せない大きな物は他の人たちに取られるから、いらない」
「なんだ?人の部屋にズカズカ入ってくるヤツでもいるのか?」
ああ、貴族の子は個室が与えられているのか。
「部屋は10人で一つ。私が個人で持てる空間なんてないの」
「なに?そんなところまで違うのか。じゃ、口を開けろ」
少年は失敗したなという苦笑いを浮かべながら、箱の中身を差し出してきた。白い親指大の光沢のあるお菓子のようだ。
私が大人しく口を開けると、白いお菓子を口の中に入れられる。
甘い!転生してから今まで食べた中で一番甘い!それもこれ、チョコレートだ!この世界にもあるんだ。チョコレート!!
え?神父様からもらった焼き菓子はどうだったかって?小麦粉に干しぶどうらしきモノが入った自然の味という焼き菓子だった。私はあれをクッキーとは認めないよ。
「レメートだ。美味しいだろ?」
私はこくこくと頷く。レメート。ここではそういう名なのか。名前。3文字ぐらいなら聞き取れるよ。それ以上長くなると何故かフィルターがかかってしまう。不思議だ。
「それにしてもこの髪はなんだ?酷すぎるだろ。シスターに声をかけて揃えてもらわないのか?」
私の髪。ここに来たときは肩の下のあたりまであった。そして、お父さんが少しでも飾りがあればと木で作った花が付いた紐で縛っていた。
だけど、ここに来て一月経って先程きた少女たちに生意気だと言われ、髪飾りごと切られてしまったのだ。だから、私の髪は長い髪も短い髪も入り混じったままだ。
「別にいい。綺麗にしたらまた切られるから」
「はぁ?切られる?」
呆れたような声が降ってきた。
「お兄さんの髪色も珍しいけど、私の色も珍しいみたいで目を付けられるの。生意気だって」
「いや、珍しいだけで、髪は切られないだろ?」
「嫉妬というものは、人を理解不能な行動に駆り立てるものです」
「昨日も思ったが、お前歳を偽ってないか?」
目の前の私を見て三歳児じゃないとどうして思える!
「正真正銘の可愛い三歳児です!」
私は仁王立ちをして言い切った。そう、私は可愛いのだ!両親に全く似ておらず、キラキラときらめく銀髪に栄養不足で痩せてはいるが、バランスの良い目鼻立ち、大きなピンクの瞳を縁取りまつげは爪楊枝が乗るほど長い。
客観的にも可愛いのだ。
「可愛いのは認める。俺が言いたいのは10歳だと言われても驚きはしないということだ」
失敬な!これでも36歳まで生きた記憶はある。
少年は苦笑いを浮かべながら、白いチョコレートを一粒差し出してきた。そのチョコを受け取ろうと手を伸ばせば、遠ざけられ口を開けるように言われた。
え?普通に受け取ったら駄目?
口を開けると少年は満足そうに笑って、私の口の中にチョコレートを入れた。
「シュレイン。こんな所にいたのか」
私の後ろから声が聞こえ、振り向けば金髪に緑の目が印象的なガタイのいい少年が立っていた。
「ファルークス、なんだ?今は昼の休憩中だろ?」
「ああ、全員召集の命が出た。食堂に集合だそうだ」
何かあったみたいだけど、私には関係ないことだよね。
少年たちは何やら集合の命令がでたようなので、私は踵を返して午後の授業を受ける為に教会の方に向かおうとすれば、捕獲されてしまった。
「全員だ。お前も行くんだよ」
黒髪の少年に抱きかかえられてしまった。何故に?!私、来たばかりの3歳児だよ?行っても意味がないよね。
「シュレイン、この子のことか?」
「ああ、そうだ。そう言えば名前はなんて言うんだ?」
そう言えば、私はまだ名乗ってなかった。
「アンジュ」
「そうかアンジュか。俺の名はシュレインルディウスレイ「ちょっと待って」なんだ?」
名前を言ってくれているところ悪いのだけど。
「私、人や物の名前を3文字以上は聞くことができない」
「「は?」覚えられないの間違いだろう?」
金髪の少年が私に間違っていると指摘をするが、そうじゃない。
「3文字ぐらいまでは聞こえる」
私は金髪の少年に指を指していう。
「お兄さんの名前。ファルまでは聞こえる。だけど、それ以上の名前が雑音が入ったように聞こえない。これはそういう病気って思って欲しい」
私がそう言うと二人の少年は意味がわからないという顔をする。これだけ会話ができて、名前だけが聞き取れないってありえないことだ。だけど、私には聞こえない。
「俺はルディだ。これなら大丈夫か?」
「るでぃさま?」
微妙に発音しにくい。ちょっと拙い喋り方になってしまった。
「なんで、様付けされるんだ。さっきまで普通に話していただろう?」
「お兄さん。貴族なんでしょ?」
「まぁ、そんなものだが、お前にそう言われると、なんか腹が立つ」
何故に!
ルディはそう言いながら私の頬をつねる。痛いよ。
そんな事をするなら、これでどうだ!
「じゃ、るでぃにい」
普通なら許されないよね!
「それでいい」
え?よくないよ。
金髪の少年に採用を止めてもらおうと視線を向ければ、なんだか楽しそうに笑いながら『シュレインがそれでいいなら』と言っている。よくない!!
気がつけば、食堂がある建物まで連れてこられていた。ルディは私を抱えたまま建物の中に入って行く。
この食堂の南側はお金を払ってここに来ている子供専用で、北側は私のように売られてきた子供の食堂になっている。そして、私が連れて行かれたところは、南側の食堂だった。
そこには多くの子供達が集まっていた。ただ、一角だけ開いた空間がある。その場所以外に子供たちが整列して待機をしていた。
どこの軍の組織ですか!
あ、騎士を育てる組織でした。
「皆、揃ったようですね」
少し開いた空間の奥に神父様と20人のシスターが並んでいた。本当に全員集合だったようだ。
「さて、今回集まってもらったのは、神の制裁を受けた者が出てしまいました。とても悲しいことです」
は?神の制裁?なにそれ?
「人の物を盗むという愚かな行為をした3人の子が神から裁きを受けることになってしまいました。神は君たちの事をいつも見ていますよ。君たちは神の名の元に聖騎士として剣を掲げるのです。人の道から外れる行為は神から裁きを受けるのです。覚えておきなさい」
え?いや、全く意味がわからない。神が人を裁く?人を裁くのは人でしょ?
それとも、この世界じゃ当たり前なこと?
神父様はまだ何かを話しているけど、私はある物を目にして神父様の話しどころではなかった。私は抱えられているため、いつもより高い視線だった。
だから見えてしまった。神父様の足元に倒れている3人の少女の姿を。
口から血を流し、苦しんだかのように歪んだ顔。そして、首元に掻きむしったような赤い傷。
その三人の少女は先程、私の焼き菓子を奪い取って行った三人の少女だった。
やっぱり焼き菓子に毒が仕込まれていた?でも、そうすると昨日食べたルディも私も死んでいないとおかしい。
何か、からくりがある?考えてみるが、今の私が持っている情報が少なすぎて、答えにたどり着けなかった。
神父様から解散が指示され、各々が残り少ない昼休みの時間を過ごすために散っていった。私は未だにルディに抱えられている。いつ、降ろしてくれるのだろう。
そして、南側の食堂の一角に連れて行かれ、ルディの膝の上に座らされた。いや、子供用の椅子を用意してよ。
「こっちには小さい子が居ないから子供用の椅子はないよ」
何だって!
ファルがそう言いながら、私の前にパンとスープを差し出してきた。なにこれ?
「ここで生きていくなら、貴族に施しをしてもらわないと生きていけないよ」
は?ほどこし?
「アンジュのような子供と俺たちは区別されているのはわかるかな?」
それは3ヶ月の間に嫌というほど目にしている。彼らと私達は差別をされていると。
「貴族として君たちのような子供に施しをする事を俺たちは行うように言われている。貴族としての矜持というやつだ」
「は?」
「君たちは俺たちから施しを受けて、俺たちを敬う。まぁ。社会の縮図だ。難しいかもしれないが、そのうち分かるようになるよ」
なんか嫌だな。目の前のパンとスープを前にしてお腹が鳴る。確かにお腹は空いている。だけど、これは何か違う。
それは、世界の穢れというモノに繋がっている。この世界には魔物と呼ばれるモノが存在しており、黒いモヤのような吹き溜まりから湧き出ている····らしい。私が実際に見たわけではないので、よくわからない。
その魔物というモノはこの世界では脅威的な存在であり、国が滅んだという伝承も残っているほどだ。
だから、黒という色はこの世界では悪しき色と捉えられている。
そして、目の前の少年の髪の色は真っ黒だ。日本人であった私と同じぐらいに黒い髪に黒い瞳だ。この世界では受け入れ難い色だろう。
「それこそお前に関係ないよな!!」
少年は捕獲していた私を離し、地面に落ちる私を蹴り上げようと足を振るが、その前に空中で体を捻って地面に着地をし、そのまま森の奥へと走り出す。身体強化ができるからこそなせる技だ。
そう、私は3歳で身体強化を使えることができた。生まれてから大人の精神があったからこそ使えた。それはもちろんあちらの世界で読んだ小説の内容を引っ張り出してきて、試行錯誤してこの3年間で色々使えるようになっていた。
蛇行して走る私の後ろから少年が追いかけてくる。えー、やっぱり虐められているのを見たって言ったのが駄目だったのかなぁ。
そろそろ、私の行動が許されている境界線に近づいてきた。後ろを確認し、木の幹で私の体が遮られたところでしゃがみ込む。その横を少年はそのまま何かを追いかけるように走り抜けていった。少年の先には幼い幼女の姿が見える。
分身の術と言えればいいのだろうが、今はそこまでのものは作れなく、ただの幻覚にすぎない。
なにかの小説に書いてあった。魔法とは想像力だと。この世界の魔法というものは私にはまだわからないが、私の想像力でココまでのものが創られたのであれば、いい方ではないのだろうか。
私は立ち上がり、木の影から出るとそこにはにこにこと笑う神父様が立っていた。こぇーよ。
「アンジュ。お散歩はここまでですよ」
神父様に見つかってしまったのなら仕方がない。戻るしかないか。
「はーい」
聞き分けのいい子のフリをして返事をする。長年のというか、大人の精神の私の経験上、神父様のようなタイプの人は怒らせてはならないとわかっている。
「アンジュ。先程の魔術はなんですか?」
えー、それは無視をして欲しいのだけど。
「まじゅつ?アンジュ、わからなーい」
魔法か魔術かの違いは私にはわからないのですっとぼけてみる。
「そうですか。教えてくれたら、焼き菓子を上げますよ」
何だって!焼き菓子!私は両手を差し出す。その手の上に紙の小袋が乗せられた。
「おめめにアンジュを写すの」
正確には脳に焼き付ける精神攻撃の一種だ。けれど、本当の事を言えば、精神を操作できる能力があると思われると危険視される可能性があるので、口にはしない。
「おひさまをみると目の中におひさまがあるのといっしょなの」
だから、嘘と本当を混ぜ込む。それは真実ではないが、全くの嘘ではない。太陽を見ると目に焼き付くのは本当のこと。
「そうですね。アンジュは賢いですね」
そう言って神父様は私の頭を撫ぜてくれた。その行動に思わず驚いてしまう。褒めた?神父様が褒めた?
この3ヶ月間徘徊してわかったことだけど、ここの教育方針は褒めて伸ばす教育ではなく、できて当たり前。できない者は人間じゃない扱いをされるのだ。
その教育者たちの頂点に立つと思われる神父様が私を褒めた!
これは恐怖でしかない。この人は得体がしれない。もしかして、この紙袋の中身は毒!紙袋を凝視して見る。
「毒は入っていませんよ」
私の心を読むな!得体のしれない神父様から離れる為に、紙袋を抱えて教会の方に戻る。しかし、後ろから神父様もついてくる。
無言で足を進め、教会の姿が木々の隙間から月明かりに照らされて見えてきたところで、行く手を阻むものが現れた。
「お前!何をした!」
先程の少年が息を切らしながら戻ってきてしまった。気がつくの早いよ。
「シュレイン。幼い子をいじめてはなりませんよ」
後ろにいる神父様が少年に声を掛ける。最初に少年の名前らしきものを神父様は言っているが、私の唯一の弱点と言えるものが、この世界の人の名前を聞き取れないということだ。他の言葉はわかるというのに、人の名前となるとフィルターがかかっているかのように、ぼやけてしまう。
これはもう、病気の一種だろうと3歳の時点で人の名前を覚えることを諦めた。
少年にこれ以上つきまとわれることは避けたいので、紙袋からクッキーと思われる焼き菓子を一枚差し出す。
「お兄さん。仲なおりにこれをあげる」
この時間だと少年は夕食を食べそこなってしまっただろう。お腹が空いていたのだろう少年は焼き菓子を手にとり、口にした。咀嚼し、飲み込んだ。
···異常なし。即効性の毒はなさそう。
「ですから、毒は入っていないと言いましたよね」
神父様。耳元で喋らないでもらえます?
「あ?毒ってなんだ?」
低い声が辺りに響いた。その声の主に向かって私はへらりと笑う。
13歳の少年と3歳の私の出会いは最悪な形で始まったのだった。
*
翌日。残りが3枚になった焼き菓子の紙袋を隠し持って、木の影で食べようと袋を開けたところで、嫌な奴らに見つかってしまった。
「こんなところで隠れて何をしているかと思ったら、何をもっているのかなぁ?」
「いやだ。この子お菓子なんて持っているわ」
「誰かから盗んだの?正直に言いなさい!」
10歳ぐらいの3人の少女に囲まれてしまった。
「こんな髪をしてダッサ!」
「ねぇ。ちょうど三枚あるから食べてあげましょ」
「誰に媚を売ったのかしらないけど、銀髪だからって、いい気にならないでよね。でもそのダッサイ髪型似合っているわよ」
髪を捕まれ、焼き菓子の入った紙袋を取られ、私は地面に叩きつけられる。
それにこんな髪にしたのは、あなた達じゃない!
3人の少女達は笑いながら去っていった。やっぱり、昨日のうちに全部食べておけばよかった。私の今日の楽しみが去っていってしまった。
ため息を吐いて、立ち上がって土を払う。くー!太陽の光が眩しいな。泣いてなんていないからね!
「泣いてるのか?」
いつの間にか昨日の少年が目の前にいた。
「ないてない」
泣いてない!こんなことで泣くもんか!
「何の用?」
昨日の文句がいい足りなかったの?あれからちゃんと謝ったし、神父様からの怪しいお菓子なんて信用なんてできるはずないよね。
「昨日のことは謝っておく」
は?昨日の何の事?謝られることなんて無いはずだけど?
「ファルークスに聞いた。貴族じゃない子供がどう生活しているか。だから、仲直りにコレをやる」
何だか大きな箱を差し出された。大きさ的にはB5サイズぐらいはあるだろうか。流石にこれは····。
「いらない」
「あ?やるって言ってんだ」
わかってるけど。
「中身が何か知らないけど、隠せない大きな物は他の人たちに取られるから、いらない」
「なんだ?人の部屋にズカズカ入ってくるヤツでもいるのか?」
ああ、貴族の子は個室が与えられているのか。
「部屋は10人で一つ。私が個人で持てる空間なんてないの」
「なに?そんなところまで違うのか。じゃ、口を開けろ」
少年は失敗したなという苦笑いを浮かべながら、箱の中身を差し出してきた。白い親指大の光沢のあるお菓子のようだ。
私が大人しく口を開けると、白いお菓子を口の中に入れられる。
甘い!転生してから今まで食べた中で一番甘い!それもこれ、チョコレートだ!この世界にもあるんだ。チョコレート!!
え?神父様からもらった焼き菓子はどうだったかって?小麦粉に干しぶどうらしきモノが入った自然の味という焼き菓子だった。私はあれをクッキーとは認めないよ。
「レメートだ。美味しいだろ?」
私はこくこくと頷く。レメート。ここではそういう名なのか。名前。3文字ぐらいなら聞き取れるよ。それ以上長くなると何故かフィルターがかかってしまう。不思議だ。
「それにしてもこの髪はなんだ?酷すぎるだろ。シスターに声をかけて揃えてもらわないのか?」
私の髪。ここに来たときは肩の下のあたりまであった。そして、お父さんが少しでも飾りがあればと木で作った花が付いた紐で縛っていた。
だけど、ここに来て一月経って先程きた少女たちに生意気だと言われ、髪飾りごと切られてしまったのだ。だから、私の髪は長い髪も短い髪も入り混じったままだ。
「別にいい。綺麗にしたらまた切られるから」
「はぁ?切られる?」
呆れたような声が降ってきた。
「お兄さんの髪色も珍しいけど、私の色も珍しいみたいで目を付けられるの。生意気だって」
「いや、珍しいだけで、髪は切られないだろ?」
「嫉妬というものは、人を理解不能な行動に駆り立てるものです」
「昨日も思ったが、お前歳を偽ってないか?」
目の前の私を見て三歳児じゃないとどうして思える!
「正真正銘の可愛い三歳児です!」
私は仁王立ちをして言い切った。そう、私は可愛いのだ!両親に全く似ておらず、キラキラときらめく銀髪に栄養不足で痩せてはいるが、バランスの良い目鼻立ち、大きなピンクの瞳を縁取りまつげは爪楊枝が乗るほど長い。
客観的にも可愛いのだ。
「可愛いのは認める。俺が言いたいのは10歳だと言われても驚きはしないということだ」
失敬な!これでも36歳まで生きた記憶はある。
少年は苦笑いを浮かべながら、白いチョコレートを一粒差し出してきた。そのチョコを受け取ろうと手を伸ばせば、遠ざけられ口を開けるように言われた。
え?普通に受け取ったら駄目?
口を開けると少年は満足そうに笑って、私の口の中にチョコレートを入れた。
「シュレイン。こんな所にいたのか」
私の後ろから声が聞こえ、振り向けば金髪に緑の目が印象的なガタイのいい少年が立っていた。
「ファルークス、なんだ?今は昼の休憩中だろ?」
「ああ、全員召集の命が出た。食堂に集合だそうだ」
何かあったみたいだけど、私には関係ないことだよね。
少年たちは何やら集合の命令がでたようなので、私は踵を返して午後の授業を受ける為に教会の方に向かおうとすれば、捕獲されてしまった。
「全員だ。お前も行くんだよ」
黒髪の少年に抱きかかえられてしまった。何故に?!私、来たばかりの3歳児だよ?行っても意味がないよね。
「シュレイン、この子のことか?」
「ああ、そうだ。そう言えば名前はなんて言うんだ?」
そう言えば、私はまだ名乗ってなかった。
「アンジュ」
「そうかアンジュか。俺の名はシュレインルディウスレイ「ちょっと待って」なんだ?」
名前を言ってくれているところ悪いのだけど。
「私、人や物の名前を3文字以上は聞くことができない」
「「は?」覚えられないの間違いだろう?」
金髪の少年が私に間違っていると指摘をするが、そうじゃない。
「3文字ぐらいまでは聞こえる」
私は金髪の少年に指を指していう。
「お兄さんの名前。ファルまでは聞こえる。だけど、それ以上の名前が雑音が入ったように聞こえない。これはそういう病気って思って欲しい」
私がそう言うと二人の少年は意味がわからないという顔をする。これだけ会話ができて、名前だけが聞き取れないってありえないことだ。だけど、私には聞こえない。
「俺はルディだ。これなら大丈夫か?」
「るでぃさま?」
微妙に発音しにくい。ちょっと拙い喋り方になってしまった。
「なんで、様付けされるんだ。さっきまで普通に話していただろう?」
「お兄さん。貴族なんでしょ?」
「まぁ、そんなものだが、お前にそう言われると、なんか腹が立つ」
何故に!
ルディはそう言いながら私の頬をつねる。痛いよ。
そんな事をするなら、これでどうだ!
「じゃ、るでぃにい」
普通なら許されないよね!
「それでいい」
え?よくないよ。
金髪の少年に採用を止めてもらおうと視線を向ければ、なんだか楽しそうに笑いながら『シュレインがそれでいいなら』と言っている。よくない!!
気がつけば、食堂がある建物まで連れてこられていた。ルディは私を抱えたまま建物の中に入って行く。
この食堂の南側はお金を払ってここに来ている子供専用で、北側は私のように売られてきた子供の食堂になっている。そして、私が連れて行かれたところは、南側の食堂だった。
そこには多くの子供達が集まっていた。ただ、一角だけ開いた空間がある。その場所以外に子供たちが整列して待機をしていた。
どこの軍の組織ですか!
あ、騎士を育てる組織でした。
「皆、揃ったようですね」
少し開いた空間の奥に神父様と20人のシスターが並んでいた。本当に全員集合だったようだ。
「さて、今回集まってもらったのは、神の制裁を受けた者が出てしまいました。とても悲しいことです」
は?神の制裁?なにそれ?
「人の物を盗むという愚かな行為をした3人の子が神から裁きを受けることになってしまいました。神は君たちの事をいつも見ていますよ。君たちは神の名の元に聖騎士として剣を掲げるのです。人の道から外れる行為は神から裁きを受けるのです。覚えておきなさい」
え?いや、全く意味がわからない。神が人を裁く?人を裁くのは人でしょ?
それとも、この世界じゃ当たり前なこと?
神父様はまだ何かを話しているけど、私はある物を目にして神父様の話しどころではなかった。私は抱えられているため、いつもより高い視線だった。
だから見えてしまった。神父様の足元に倒れている3人の少女の姿を。
口から血を流し、苦しんだかのように歪んだ顔。そして、首元に掻きむしったような赤い傷。
その三人の少女は先程、私の焼き菓子を奪い取って行った三人の少女だった。
やっぱり焼き菓子に毒が仕込まれていた?でも、そうすると昨日食べたルディも私も死んでいないとおかしい。
何か、からくりがある?考えてみるが、今の私が持っている情報が少なすぎて、答えにたどり着けなかった。
神父様から解散が指示され、各々が残り少ない昼休みの時間を過ごすために散っていった。私は未だにルディに抱えられている。いつ、降ろしてくれるのだろう。
そして、南側の食堂の一角に連れて行かれ、ルディの膝の上に座らされた。いや、子供用の椅子を用意してよ。
「こっちには小さい子が居ないから子供用の椅子はないよ」
何だって!
ファルがそう言いながら、私の前にパンとスープを差し出してきた。なにこれ?
「ここで生きていくなら、貴族に施しをしてもらわないと生きていけないよ」
は?ほどこし?
「アンジュのような子供と俺たちは区別されているのはわかるかな?」
それは3ヶ月の間に嫌というほど目にしている。彼らと私達は差別をされていると。
「貴族として君たちのような子供に施しをする事を俺たちは行うように言われている。貴族としての矜持というやつだ」
「は?」
「君たちは俺たちから施しを受けて、俺たちを敬う。まぁ。社会の縮図だ。難しいかもしれないが、そのうち分かるようになるよ」
なんか嫌だな。目の前のパンとスープを前にしてお腹が鳴る。確かにお腹は空いている。だけど、これは何か違う。
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何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
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