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炎国への旅路編

29話 魂の記憶はときに残酷

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 無事に入国審査を通ることができました。そして、この国にいる間は見えるところに付けているようにと言われた四角い木で出来たお守りのような物を渡されました。
 そこには日本語で『入国許可書』と書かれているのですが、これ渡されても誰も読めないのではないのですか?それも入の字が人になっていますし、指摘した方がいいのですかね。
 でもここでそんなことを言うとまた問題になりますよね。見なかったことにします。

 そして、鬼族の女性からは幾つかの桜が見どころの場所を教えてもらい。宿泊するところは必ずここでと念押しをされました。それ以外だと何か問題があるのですかね。

 キョウさんに先に歩いてもらい、その後について行っています。船が着いた港から出て町の中心へ向かって行くようなのですが、なんだか錯覚を起こしてしまいそうです。
 ああ、帰って来たと。戻って来たと。違うことはわかっているのです。見慣れた物など一つも無いのに懐かしいのです。

 すれ違う人・・鬼族の皆さんは黒髪で、着物のような衣服をまとっています。
 そうですね。近い感じで言いますと、室町~戦国時代の衣服に似ていますね。カラフルな柄の着物の裾は邪魔にならないように膝下ぐらいの長さで、男女共に幅の短い腰紐で衣服を留めています。袖も邪魔にならないように短めですね。

 町並みも段々にぎやかなところになってきました。木と土壁で作られた建物が整然と建ち並び、黒光りする瓦が屋根を覆っています。旅行で行った古い城下町の雰囲気です。

 そして、キョウさんは入国審査の女性がここからの景色は一番いいと言っていたところに連れて来てくれました。時間はかかってしまいましたが、城下町の様な町の中を通り小高い丘の上に登ってきました。

 登って来る途中にも桜はあったのですが、小高い丘の上には満開の桜が咲き誇り、その間からは黒い屋根と白い壁が眼下に広がっているのが見えます。

 あの少女が言っていた意味がここに来てわかったような気がします。『炎国の桜は美しいです。』ええ。美しいです。ですが、違うのです。知っている町ではないのです。記憶にある町ではないのです。

「くふふふ。」

 結局、魂の記憶でしかないということなのでしょう。だから、寂しい。だから、苦しい。記憶でしか会えない大切な人を思い出す。

「ふふふ。」

 なんて意地悪なのでしょう。なんて残酷なのでしょう。
 なぜこの国のことを教えたのですか?知らなければここには立っていなかった。
 貴女も記憶の場所と違うとわかっていたはずなのに、なぜ私に勧めたのですか?

 目を瞑れば甘い桜の風が頬をかすめ、眼下にある町から人のざわめきが聞こえてくる。魂の記憶が蘇り、目を開ければここでは無いと私の心が否定をする。
 ああ、貴女はなんて残酷なのでしょう。
 私にわざわざ認識させようと言うのですか?私の立っている世界は記憶にある世界では無いと。


 私の様子がおかしいことにクストから心配されながら、この国で泊まる旅館に連れて来られました。ダメですね。こんなことで心配されるなんて。

 旅館の中はホテルのように床には絨毯が敷かれてあり、受付で宿泊日数と前払いで料金を支払うようになっていました。
 キョウさんが3日後に商品を乗せてギラン共和国に戻るということで、取り敢えず2泊の宿泊としました。

 指定された部屋は広く、床は絨毯が敷かれ、水回りも寝室も違和感無くシーランやギランの宿泊施設で見慣れた光景でした。
 マリアやセーラがいい部屋ですね。と喜んでいましたが、私には見慣れた光景に違和感しかありません。
 ここまで、作り上げた炎王が旅館をホテル仕様にするのでしょうか。


 今日は疲れたと言って私だけ先に休ませてもらいました。きっと私の様子がおかしいことに皆に心配させてしまっているのでしょうね。明日はいつも通りに・・・。


 気がつけば私はベンチに座っていました。目の前には見慣れた生まれ育った町が広がっています。ああ、ここは嫌なことがあると良く来ていた、地元の山の中腹にある神社の境内です。就職の為に町を離れても、ふらりと帰って来ては足を向けていた場所です。

「ミキ。帰ってきた早々何処かに行ってしまったとおばさんが言っていたぞ。」

 その声に振り返ると3歳年上の従兄弟が立っていました。
 これはいつの記憶でしょうか。上司に怒られた週末のときでしょうか。仕事でミスをしてしまって損失を出してしまった年末のときでしょうか。人間関係に悩んでいた春のときでしょうか。

「ここが好きなのよ。トウマ。」

「なんだ?また仕事でミスしたのか?」

「違うわ。帰ってきたかっただけ。この風景を見たかっただけ。もう、来ることが出来なくなった、ここからの世界が私の世界だったと認識してしまっただけ。新たな世界は・・・。」

「なんだ嫌になってしまったのか?好きでその仕事についたんだろ?何があっても頑張るって言っておばさんに反対されても、今の仕事についたんだろ?誰かのためになるものを作るって言ってここを出ていったのはミキだろ?」

 そう、ある人が手掛けた仕事を見て感動したことからその道に進もうと決めたのだった。人を感動させらる事、人に感謝させる事、人を喜ばせる事、そんな物を作り出したいと思ってその道に進んだのだった。
 ああ、そんな事を忘れてしまっていたなんて私ってバカよね。世界が違っても物が作れるのは同じ、それも新たな世界の方が思うように好きな物を作れる環境にあるのに、トウマの言葉を聞くまで、そんなこともわからなかった。

「トウマってすごいね。」

 トウマはいつも私の欲しい言葉をくれた兄のような存在の従兄弟だった。

『トーマって誰だ?』

 え?
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