6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴

文字の大きさ
上 下
11 / 78
本編

8話 なぜ、元夫の名前が?

しおりを挟む
 侍女のマリアにも一人にして欲しいと言って、部屋を出てもらいました。
 幸せ、私の幸せ。部屋のソファーに座り、周りを見渡し、天井を見上げる。私の部屋ではない。そんなことは当たり前にわかっている。コルバートにいた頃が一番幸せだったのかもしれない。好きな物を作って皆にありがとうと言われ、領民にこんなものがあればと言われれば作り、皆が嬉しそうにしているのを見るのが好きだった。

 いつものバッグから、この前作った懐中時計を取り出した。今思えばこんなものは私のエゴだ。前世のように、時間に追われて生きているわけではない、この世界の人たちにとってはこんな物はいらない。
 懐中時計を投げ捨てましたが、高級な柔らかい絨毯の上に落ちたので、壊れもしない。はぁ、とため息が出てしまう。
 遠くから誰かが廊下を走って来る音が響き渡り、部屋の前を通り・・止まった?ドアが勢いよく開け放たれ、そこにはクストさんが立っていました。早足でクストさんは近寄って・・・あ。

「あ、そこは」

 先程投げた懐中時計が!と言う前に踏みつけバランスを崩し、クストさんは倒れていきました。毛足の長い絨毯に埋もれていた懐中時計は見えなかったようです。

「団長、先走らないで下さいって、どうしました?」

 副師団長のルジオーネさんが後から走って追いかけてきました。

「すみません。魔道具を踏んでしまってバランスを崩したようです。」

「これですか?」

 ルジオーネさんが床から拾い上げたのは先程投げた懐中時計でした。

「そうです。それは時刻を知るための魔道具なんです。」

「時刻を?どうやって知るのですか。」

「それは・・・」

 どこからかグスグスと音がします。

「団長、泣いていないで起き上がって下さい。」

 毛足の長い絨毯に沈み込みながらクストさんは泣いていたようです。こんなにもふかふかの絨毯なので怪我はしていないと思いますけど、どうしたのでしょう。

「ユーフィアは俺のことを嫌いなのか。ロベルト・ウォルスってやつの方がいいのか?」

 は?なんでここで元夫の名前が出てくるの?

「俺はいらないのか?」

 だからなんの話?

「団長。ユーフィアさんが困っているので、床に埋もれていないで這い出てきて下さいよ。」

「あの。なぜ元夫の名前が出てくるのですか?」

「前も言いましたけど、こんな団長でも当主ですからね。ユーフィアさんの経歴を調べさせてもらった事を団長に報告したのです。ロベルト・ウォルスという男の事を聞かれたので、報告書に書いてありますよと言ったら、すぐさま、部屋を出て行きましてね。きっと 、何か勘違いしていると思うのですが。どうですか、団長。」

「何が勘違いなんだ。夫なんだろ?」

 幽鬼の様にゆらりと立ち上がり、顔は下を向いて見えませんが、見ない方がいいような気がします。

「いいえ。元夫です。契約結婚と言い換えればいいでしょうか。兄と共犯のロベルトは罪の恩情をもらうために私と結婚をした。そして、私は押し付けられたロベルトの恩情と言うもののために、魔道具を作らされた。それだけの婚姻です。そこに愛情も何もありません。」

「おい。ロベルトってやつはどこにいる。」

「サウザール公爵が彼を許さないと思います。殺されているかもしれません。」

 ああ。とルジオーネさんが思い出したような声を出した。

「ロベルト・ウォルスという男はモルテ国の外交官の奴隷になっていますね。」

「モルテ国だと!」

 それはエルフィーア様の番の方ではないですか。それこそ・・・

「人の形をしていないかもしれません。」

「モルテはヤバい。あそこは絶対に行きたくない。」

「ですので団長。ロベルト・ウォルスがこの国に来ることはありません。」

「じゃ、俺の何が嫌いなんだ。」

 クストさんは私の手を取って、視線を合わせて尋ねてきました。

「ん?なぜ、嫌いになるのですか?」

「俺との結婚が嫌なんだろ。」

「私がその様なことを言いましたか?」

「結婚式をしたくないってぃ・・・。」

 声が段々小さくなってしまい、最後は何を言っているのか聞こえなくなってしまいました。確かに結婚式はしなくていいと言いました。

「言いました。」

 クストさんは膝から崩れ落ち、再び毛足の長い絨毯に埋もれてしまいました。

「だって、神父と立会人と私と新郎だけの結婚式なのでしょ?新郎のロベルトは来ませんでしたが、そんな結婚し「「それはない。」です。」」

 クストさんとルジオーネさんの声が重なりました。
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...