悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜

白雲八鈴

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悪役令嬢の幸せ

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 蒼穹に広がる雲一つない紺碧の青。それと対象的に私の今日のドレスは雪のような真白な色。
 今日は私の結婚式なのです。

「私のシャーリーは妖精の様に可憐だ」

 いいえ。義兄ジークフリートと私の結婚式ですわ。

「お義兄様も素敵でしてよ」

 義兄も私と同じ色の真っ白なフロックコートを身にまとっています。

「シャーリー。ジークだろう?」

 義兄は少し不機嫌そうに愛称で呼ぶように言ってきました。ええ、そうでした。
 義兄は私のことを“シャーリー”と呼ぶようになり、自分のことを“ジーク”と呼ぶように求めてきました。

「ええ、ジーク」



 あれから、半年が過ぎました。本来なら、学園を卒業して直ぐに私とアルフォンス殿下の結婚式を挙げる予定でしたが、アルフォンス殿下が行った茶番劇···いいえ、世界が望んだ茶番劇の所為で、私が婚約破棄をされたのはもちろんのこと、アルフォンス殿下の問題発言を払拭するために、王太子殿下が国王陛下になられ、新たな時代の始まりを示すことで、アルフォンス殿下の言葉をなかったことにしようと画策されたのです。
 そう、貴族の階級を否定され、貴族も平民も差別なく平等だという発言をです。あの言葉にはやはり、この国の御歴々の方々からかなり厳しいお言葉があり、幽閉すべきだとか処刑にすべきだというご意見が上がったようです。

 しかし、王太子殿下が説得に説得を重ね、アルフォンス殿下の身分を剥奪し、辺境の地で魔物の討伐を担う職に就くということで、決断がくだされました。これは恐らく、そう遠くない内に魔物が始末してくれるであろうという、御歴々の方々の思惑が透けて見えそうです。
 ですが、南の辺境の地です。そこは第3側妃殿下のご出身の地なのです。王太子殿下も考えられましたね。そこなら、孫の為に自ら動いてくださる先代の辺境伯爵がアルフォンス殿下を守ってくれることでしょう。それにアルフォンス殿下がついていけるかはわかりませんが。

 そして、物語であれば主人公と言うべきロザリー嬢は北の僻地で治療師として人々の治療を行っているようです。そこでは微笑みの聖女と呼ばれているようですが、これは世界の望んだ結末の一つで良かったのでしょうか。ええ、きっと彼女は自分の力を人々に施し、稀代聖女の方々と名を並べることになるのでしょう。これもまた、めでたしめでたしという結末なのでしょう。

 あとは、アルフォンス殿下の側近候補の方々ですが、世界の思惑に操られていたとはいえ、ご令嬢の方々からみれば、不貞を働いたことと同意義に思われたのでしょう。結果として皆様が婚約解消され、跡継ぎから外されてしまったようです。あ、正確には違いましたね。3人の側近候補はと言い直しておきます。

「おめでとうございます。シャルロット様」
「まぁ、マリーローズ様。来てくださいましたのね」

 淡い青いドレスの正装姿で私の控室に足を運んでくださいましたのは、侯爵令嬢であるマリーローズ様と侍従のリッド様です。そのリッド様はいつもの侍従の服装ではなく、珍しくブルーグレー色のモーニングを着ておられました。

「リッド様も来てくださいまして、ありがとうございます」
「あら?シャルロット様。彼はシュロス様ですわよ?」

 シュロス様?でも、右目の泣き黒子があるのはリッド様のはずです。
 …ああ、とうとう私が戯言で言ってしまったことを実行されてしまったのですね。

 マリーローズ様も私と同じくフィーディス侯爵家のただ一人の跡継ぎなのですが、彼女が恋をしたのは下男としてフィーディス侯爵家に奉公に来ていたファベル男爵家の5男であるリッド様だったのです。
 しかし、男爵子息であるリッド様が侯爵に立つのは問題があり、何処の高位貴族の養子なるのが普通の手順なのですが、父親であるフィーディス侯爵はそのようなことは許さないだろうと、マリーローズ様が私に相談してきたのです。当時11歳の私はマリーローズ様の本気の恋というものを甘くみており、替え玉作戦を提案してみたのです。『あまり領地経営が上手くいっていない伯爵家を探し出し、かつリッド様になんとなく似ている殿方を婚約者にすればいいのですわ』と。

 そして、シュロス様を婚約者として私に紹介されたときは、マリーローズ様の本気に私は驚いてしまいました。リッド様を侯爵にするために、そこまでのことをなさるのですねと。

「シュロス様は私が欲しがっていた銀山をフィーディス侯爵家にくださったのです」

 そう言葉にされるマリーローズ様はリッド様を見て微笑みを浮かべています。これで、本当によかったのでしょうか?

「シュロス様。貴方はシュロスという名であることに否定はされないのですか?」
「何をおっしゃるのです。スラヴァーグ公爵令嬢。私は貴女のおかげでここにいるのです。否定をすることなんて何もありません。私がマリーローズを妻にして、侯爵の爵位を受け継ぐのですから」

 人の良さそうな顔で笑顔を浮かべるリッド様。私はこういう笑みを浮かべる方を存じております。したたかに人を使おうとする人が浮かべる笑みです。私はあまりそういう人は好きではありません。
 恋は盲目だと言いますが、さり気なくマリーローズ様には何度か忠告はしたつもりです。ですが、恋をしたマリーローズ様には意味がなかったようです。そのまま恋が冷めずに愛になることを祈るばかりです。

「お二人も幸せになってくださいませ」

 そう言って私はマリーローズ様とリッド様に向かって笑みを浮かべました。

「っ!」

 あら?どうされました?ジーク?

「そろそろ準備に入らないといけないから、移動しようかシャーリー?」

 あら?まだ、もう少し時間はありますわよ?

「まぁ、そうでしたのね。それでは私たちも聖堂の方に向かいましょう」

 マリーローズ様に促され、控室を出ていくリッド様。我がスラヴァーグ公爵家の影にファベル男爵家のリッド様の幼い頃の写真を手に入れてもらったのですが、写真のリッド様には泣きぼくろなんてなかったのです。貴方の本当の名はなんと言うのでしょうね。そして、本物のシュロス様も成り代わるべく始末されてしまったのでしょうか?

「シャーリー!いつも思っていたが、何故リッドのやつにあんな笑顔を向けるんだ!」
「はい?」

 突然、何をジークは言い出したのでしょうか?···あの?そんなにゆすられると今日のためのドレスが崩れてしまいますわ。

「ジークフリート様!お嬢様がお困りです!」

 ローレンスがジークの腕を引っ張って私から引き剥がしてくれました。この半年間というものジークの距離の近さに困ってしまうことがあるのです。私が困っていると何かと今のようにローレンスが、ジークを引き剥がしてくれるので助かっています。

「ですから、何度も言っていますよね!お嬢様が綺麗に微笑みを浮かべる相手は嫌っている証拠だと。何度説明をすればいいのですか!貴方は馬鹿ですか!」

 そう、ローレンスはジークに容赦がありませんでした。仕える主に馬鹿呼びは外では控えなさいと言っていましたのに、困ったものです。ただ、そのローレンスに助けられているのも事実ですが。

「でもな。ズルいじゃないか。私にはあの様に笑い掛けてくれないのだぞ」
「ジークフリート様はお嬢様に嫌われたいと?」
「それは絶対に嫌だ」
「では、見るだけで満足してください」

 本当に二人は何の話をしているのでしょう、私がマリーローズ様とリッド様に笑みを浮かべただけですのに。

「お嬢様。動かないでください」
「ごめんなさい。エリス」
「本当にジークフリート様にも困ったものです」

 エリスが先程乱れた箇所を直してくれています。本当はエリスにも私の結婚式に出席してほしいと頼み込んでみたのですが、『使用人は出席できないことぐらいお嬢様はご存知ですよね』と言われてしまいました。ええ、それぐらい知っていますわ。でも、私の母親代わりとして出席してくれてもいいと思うのです。

「ねぇ。エリス。私の結婚式に出てくれないのかしら?」
「何度も申し上げておりますが、私はシャルロット様の侍女ですから、ここでお待ちしております」

 エリスの答えは何も変わりませんでした。

「ねぇ、別の子をこの部屋で待機させておけばいいと思うの。まだ、着替える時間はあると思うの。私が贈ったあのドレス着てくれないの?」
「お嬢様」

 真剣な顔をしたエリスが言ってきました。

「ジークフリート様とローレンスのあの言い合いを止められる子がいると思われますか?」

 そう、まだジークとローレンスはウダウダと言い合っているのです。二人に拳骨をくらわせて黙らせるのが、最近のエリスの仕事のひとつになってしまっているのです。確かに今いる侍女はエリスよりかなり若い子が多く、ジークとローレンスの口喧嘩を止められる子はいないのです。
 私が止めればいいですか?それはそうなのですが、なんというか私が手を出すことをローレンスから絶対にしないで欲しいと言われているのです。
 理由を聞くと言葉を濁しながら、『ジークフリート様が新たな扉を開かれる可能性があるからです』と言われたのですが、“新たな扉”とはなんでしょうね。気になるのですが、エリスにも絶対に手を出さないでくださいと言われてしまいました。

「それに突然『アレが気になりますわ』と言って飛び出すお嬢様を誰が止めるというのですか?ジークフリート様なんて率先してお嬢様を護衛すると言って、止めてくれないですよね」

 まぁ、そういうこともありましたね。

 その時、扉をノックする音が控室の中に響き渡りました。

「そろそろお時間です」

 はぁ、エリスを説得することに失敗してしまいました。

「お嬢様」

 立ち上がった私にエリスが声を掛けてきました。

「恐れながら、私が育てたお嬢様は幼い頃から子供らしくなく、お嬢様が行方不明だと探し回れば書庫で本の中に埋もれており、ドレスでも走れるようにと番犬相手に走り出したり、領地の補佐官の不正を見抜いて、言い訳できない状況を作り上げ締め上げたり、ちょっと散歩に出掛けてくると言って魔獣竜を引きずって帰って来られたりと、私には予想外な行動ばかり起こされるお嬢様でした」

 こ····これは私の奇行を改めて認識させられているのでしょうか?

「ですが、世界の強制力というものに打ち勝ち、私に白いドレス姿を見せていただけただけでも、このエリスは幸せでございます。シャルロット様、本当に大きくなられましたね」

 私の頬にポロリと涙がこぼれ落ちます。

「まぁまぁまぁ、泣くのはまだ早いですよ。さぁ、涙をお拭きになって、公爵様がお待ちですよ」

 私の頬を拭いたエリスに背中を押され、控室を出されてしまいました。私には母親という者がいませんが、エリスの言葉が私の心を満たしてくれました。
 誰がなんと言おうと私のお母様はエリスですわ。



 父である、スラヴァーグ公爵に手を預け、ヴァージンロードを歩いていきます。その両脇には私達の結婚を祝福してくださる方々がいらしてくださっています。
 そして、正面には新郎であるジークがいます。そのジークに手を取られ、祭壇前でこうべをたれます。···世界はこの婚姻をどう思っているのでしょうか?きっと望まれない婚姻なのでしょう。

 私達の前にいる祭司が神にこの結婚を報告する祝詞を上げています。私はただ、その言葉を聞いていますが、祭司の使う神語というものは、独特の響きがあり聖堂内に響き渡っています。

 ふと、その祝詞が途中で途切れました。何かあったのでしょうか?私は視線だけ祭司がいるところに向けると、白い色が視界をかすめました。今日この場で白い色を着ることを許された者は新郎であるジークと新婦である私だけのはずです。祭司は金色を基調とした服装だったはずです。なぜなら、白は神の色だとされているからです。

「おかしいと思ってはいたんだよ。未来調整が働かないと思えば、君は上界から落ちてきたのか」

 老人のように嗄れているようで、子供のように幼い声が聞こえてきました。声が重なっている?

「まぁ、これもまた一興というものか」

 一興?未来調整ということは、この先の未来の何かを回避するために、アルフォンス殿下とロザリー嬢が必要だったということでしょうか?もしかして、私はしてはいけないことをしてしまったのでしょうか?しかし、一興ということは、この先の未来の存在は認められている?

「ダメならまた創り直せばいいか」

 違いました!

「未来に何が起こるのでしょうか?」

 思わず顔を上げ、声を出してしまいました。私の目の前には先程居た祭司ではなく、何もかもが白い人物が祭司が大きな聖典を広げてる台に腰掛けていました。髪も白く肌も白く、私を見つめる目も絵の具を流し込んだかのように白い人の形をした、人ならざるものが存在していたのです。

「ん?一年後ぐらいに、他の管理者との賭け事で魔王を投入するつもりだ。勇者と聖女を創り出して、迎え撃とうとしていたら、どこからか歯車が狂ってしまったようだね」

 絶対に私の所為!はっ!悪役令嬢たるもの魔王を配下にしてこそ、悪役令嬢というものではないのでしょうか!

「私が迎え撃つことは可能でしょうか?」
「んー。上界の魂は不確定要素が多すぎてわからないなぁ。まぁ、ダメなら創り直すから」

 それは、それだけはダメです!白き存在はそう言って、空気のように溶けて消え去り、祭司の祝詞が耳に入るようになってきました。

「ジークフリート あなたはシャルロットを妻とし、健やかなる時も 病める時も、喜びの時も 悲しみの時も、富める時も 貧しい時も
 これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い
 その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「シャルロット あなたはジークフリートを夫とし、健やかなる時も 病める時も、喜びの時も 悲しみの時も、富める時も 貧しい時も
 これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い
 その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います。悪役令嬢の矜持にかけて魔王を迎え撃ちます」

「····え?」
「シャーリー?」
『クスッ。頑張ってみるといいよ』

 あら?先程の声が混じって聞こえましたわ?私の言葉にざわめきが沸き起こりました。そのざわめきに混じって、ここには居ないはずの人の声が聞こえてきます。

「お嬢様!あれだけいらない言葉を言わないように念押しをしましたよね」

 エリスの声です。ふふふ、結局結婚式を見に来てくれたのですね。

「おっほん!では誓の口づけを··」

 私のベールを上げたジークが困ったような顔をしていました。

「シャーリー。先程の言葉は後で詳しく聞くことにしょう」
「ええ、世界の正体は白き神だったのです」
「だから、後で聞くよ」

 そう言ってジークは私に口づけをしてきました。
 私は誓いましょう。勇者と聖女がいないのであれば、悪役令嬢の矜持プライドにかけて魔王を迎え撃ち、幸せになることを。

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