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第17話 悪魔の治療師

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「せ……聖女…さま」

 右半身が赤く爛れた男が、金髪の美しい女性に手を伸ばして、懇願している。

「た……たすけ……たす…け」
「大丈夫ですよ。直ぐに治ります」

 金髪の美しい女性は聖母のような微笑みを浮かべて、男に助かることを伝えている。
 すると、男は安心したような笑みと苦痛の引きつった笑みの間の表情を浮かべた。

「先生。お願いします」

 美女は振り返って私を見る。丁度私が、彼女の背後に立ったときにだ。

「ああ、で? どんな感じ?」
「主に火傷ですね。擦り傷はありますが、深い傷はありません」
「そうだね」

 私が火傷をしている男性が横になっているベッドの側に立つと、引きつった笑みに恐怖が混じっているように見える。

「あ……悪魔…ひっ!…ここ…ころさ…」
「煩い黙れ!」

 私は白衣のポケットから長細い紙を取り出す。それは紙をじゃばらに折りたたんだハリセンだ。そして、ハリセンを男の頭に一発かます。

「はい。麻酔完了」

 これは暴れる患者に使う、睡眠導入の術式の陣が組み込まれたハリセンだ。特に精神異常がみられる患者に使う物だ。

「火傷の治療なら、聖女様にも出来るから大丈夫だよね」

 聖女と呼んだ美女は、勿論本物の聖女でなく、私の一番弟子……一番弟子はレオンだから、二番弟子のイリアだ。聖女というのは、ここに運ばれてきた者たちが勝手に言いふらしただけ。

「私が聖女でしたら、先生は神ですね」
「それ言うと、邪神とか言われるから止めてくれ。それから、年下の私より聖女らしいイリアの方が、皆の受けがいいだろう?」

 彼女が聖女と言われるようになって、聖女部隊なんて巷では言われるようになってしまった。確かに聖女らしいキラキラした金髪に、大きな目を縁取る長いまつげ、そしてさくらんぼのような小さな唇。うん。聖女と言っても過言ではない。

「先生。何気に私をおばさん扱いしています?」
「していないから、さっさと治療しろ」

 こんな感じで、冗談を言えるようになったのは、イリアが育ってきた証拠だ。聖気を持つ者には治癒魔法を教え、それ以外の者たちには、患者の看護を教えていった。治療ができる聖女と呼ばれる者たちは今現在40人。それを半数に分けて、二つのグループにして国中の戦地を巡っている。自分たちは『サルバシオン』と名のり、救護を行っているのだ。

あれから4年の歳月が流れた。これだけの人数がいても毎日がフル回転だ。それほど戦いが絶え間なく続いていたということだ。

 そして、私が直接治療を行うのは、本当に瀕死の者たちだけだ。それ以外は治癒魔法が使える者たちに任せ、私は治療の為に順番待ちをしているけが人を振り分ける役に徹している。
 しかし、私が直接患者の前に立つと騒ぎになるので、遠目から視て誰に治療させるか、若しくは完全には治さずに近くの病院に搬送して、長期の治療を行うかの指示を出す。

 結局のところ戦地での治療には限界がある。

 はぁ、特に今回の戦いは怪我人が多すぎる。最後まで抵抗をしているグランシャリオ王と帝国本隊との戦いだ。その戦いの少し離れた中間地点に救護施設を設置したものだから、両者の怪我人が運ばれてくる。
 いや、自分たちのところにも医者ぐらいいるだろう。



「先生! 急患です!」

 受け入れを担当している女性が慌てて、私の元に駆け寄ってきた。私に声を掛けてくるということは、重症者なのだろう。

「どんな感じ?」
「そそそれが」

 なんだか、パニックになっている。何年も経験を積んできた彼女からすれば、珍しいことだ。

 まあいい。直接見れば済むことだ。
 案内されたのは、何故か私の私室。ここは患者を診るところじゃないのだけど? そして、仕切りとは名ばかりの布のカーテンを開けて、目に入ったモノに思わず舌打ちが出る。

「ちっ! 私のベッドが血だらけじゃない!」
「この状況を見て、一番に言うことがそれですか」

 ベッドの横に立っている鎧から文句が出てきた。その私の硬いベッドの上には黒髪の男性が横たわっており、右の脇腹が抉れ、そこから止め処無く血が流れていた。一応止血のため布を当てて押さえているものの、はっきり言って意味がないほどだ。

「カルア君。何故、君がピンピンしていて、レオンが死にかけているわけ?」

 私に文句を言った鎧はカルアだ。フルフェイスを取っており、三十半ばの金髪金目の色気ある男性となっていた。
 そして、死にかけているのはレオン。普通であればカルアがレオンを危険から身を挺して庇わなければならないことだ。

「貴女がここにいるからではないですかね」
「うわぁ。責任転嫁してきた」

 相変わらず冷淡な声で私に責任を擦り付けてきた。酷い理由だね。

「貴様! 将軍に楯突くのか! それから早く陛下の治療をしろ!」

 カルアの後ろに並んで威圧を放っている鎧共の一体から剣を向けられた。教育がなってないねぇ。
 別にただ話をしていたわけではなく、レオンの体に他の異常がないのか視ていた。結果、横腹の傷以外の傷はなさそうだ。しかし、気になるところがあるが、それは後で良い。

「はいはい。治療が終わったらさっさと出ていってね」

 すると鎧共から殺気が放たれる。私を威嚇しても仕方がないのにと、苦笑いを浮かべながら、意識がないレオンに近づくと、突然左手を掴まれた。

「りぃ」
「やあ、レオン。久しぶりだね」

 そう言いながらも、治癒の魔法陣を展開する。

「……っ……」

 そんなに睨みつけないで欲しい。人の生命力を引き出しながらの治療は多少の苦痛を伴う。なんせ、強引に自分の中の力を引っ張り出して細胞の再生を行っていくのだ。

「……会いたか……た……リー……生きて……戻れたら……けっこん……をし……よう」

 はぁ。レオンは探していたようだ。だから、私は息も絶え絶えの彼に向かっていう。

「そう、私に会いたかったの?」

 レオンが探していたのは、この私……あれから何年経っていると思っているのか。いや、執着というべきか。

「あの時言った言葉をもう一度言うけど、私と貴方の間には身分という壁がある。だから結婚はできない。その代わりに友にはなれる」

 私は瀕死のレオンに向かって、あのとき言った言葉を口にした。私には貴方の隣に立つ資格はないと。

「……大好きだよ……リー」

 そのセリフも最後に出会った時と同じ言葉。そうして、彼の手は私の手首から離れていった。
 そして、腕を伸ばして来て、私の腰を抱き寄せる。

「今度は絶対に逃さ……」

 パンッ!!

「勝手に動かないよ。今、治療中」

 私は睡眠導入の陣が組み込まれたハリセンでレオンの頭に一発入れる。

「先生。相手は皇帝陛下なのですが……」

 私を案内してきた彼女が恐る恐る声を掛けてきた。

「だから何? 治療の邪魔するのなら、誰であろうと落とすよ」

 ったく、何が皇帝陛下だ。皇帝なら戦地に出向かずに皇城でじっとしていろよ。

「そうそう、カルアくん。君に文句があるんだよ」
「私こそ貴女に文句がありますよ」

 私がカルアから文句を言われる筋合いはない。

「君さぁ。戦場の悪魔って言われているのだけど、すっごく迷惑なんだけど?」
「貴女には一つも迷惑を掛けていませんよ。ああ、怪我人は増えたかもしれませんね」

 確かにカルアがいた戦場は負傷者が増える。私のところに運ばれて来るのは、全体の一部だろうけど、倍と言っていい人数が救護施設に運ばれてくる。それも、特に精神がかなりやられているのだ。

「なんで君だけフルフェイスを取っているわけ? お陰で、私まで悪魔扱いなのだけど?」

あの患者から悪魔を叫ばれたのはカルアのことを言っていたのだ。決して私のことを言ったわけじゃない。ボスが私の悪口を広めたわけでもない。

「陛下の指示です」

 お前か!
 私はレオンの頭にもう一発入れておく。

「私と似た顔で、笑いながら戦場を駆けないでくれる?」

 そう、似ているのだ。私の母親に。ということは、私もカルアと似ている。金髪金目で容姿が整っているのだ。それが神剣というなの恐ろしい魔剣を振り回しながら笑いながら戦場を駆けてくるのだ。これは人に恐怖心を植え付る行為だろう。

「それは私の姉が貴女の「あ―――!! 聞きたくない!」……いい加減に事実を認めては如何ですか」

 いや、絶対に認めない。認めるわけにはいかない。認めれば全ての話に筋が通ることも分かっているけれど、ここは頑として認めるわけにはいかないのだ。

「では、私からもいいでしょうか?」
「言わなくて良い」
「あの後、私、死にかけたのですが? わかっていて、トンズラしましたよね」

 そんな昔のことを今言うわけ? 根に持つ男は嫌われるよ。
これは、カルアに焦げた手首もどきを渡したときの話しだ。まぁ、レオンが怒るのはわかっていた。帝都中が地震が起きたように揺れたからね。あと、諸々も。

「契約満了だからね。新たな契約される前に、逃げるでしょ? 普通。それに、置き土産も意味があったと思うけど?」
「お陰で、国葬の話ではなくなりましたよ」

 しかし、これもじぃの狙いだったと思うのだけど?

「カルア君。最後のじぃの命令の意味きちんと理解していた? あれは狼煙だよ」
「狼煙ですか?」
「新たな時代が始まる狼煙。このバカがどの道を選ぶかのね」

 そう言って、私はレオンの様子を窺う。しかし、その状態に眉を顰めた。
 出血は止まったけれど、肉体の再生がされていない。

 何かが、私の魔法陣の力を阻害している?

 私は先程レオンの状態を確認した時に気になった場所を見る。黒髪と黒い眼帯で隠れている右目だ。この4年間の間に色々あったのだろう。レオンは右目を失っていた。

 私がレオンの眼帯に手をかけようとしたとき、私の視界に銀色の刃が映り込む。それが、私の首に突き刺さる一歩手前でとまった。

「カルア君並みに忠犬だね。でも、君の力ではこの結界は突き抜けられないよ」
「貴様がして良いのは陛下の治療のみだ」

 だから治療しているし、なんで鎧共って脳筋なのだろう。いくら力を入れようが、私の結界は壊れないよ。

「カルア君。下がらせてくれない? じゃないと、私がふっ飛ばすよ」
「お好きにどうぞ」

 そう言いながらレオンの眼帯に触れて取り外す。忠犬くんはカルアから見放されたようだ。

「貴様!」
「はぁ。面倒くさい」

 私は左手を結界に攻撃し続ける鎧に向け、相手の足元に魔法陣を展開させて、消した。元からこの場に居なかったように消したのだ。殺気立ちザワつく鎧共。

「ここは治療するところ。それを邪魔する奴は排除。カルア君みたいに大人しく黙って待機するように!」
「そうですよ。存在を消されたくなかったら、動かないことです」
「いや、転移で外に出しただけだから」

 カルアに先程の説明をしながら、斜めに傷つけられたレオンのまぶたを押し開く。

「っ! ……ばっかじゃない! 選りにも選って、眼球の代わりになんていうモノを入れているんだ!」

 私が見たものは白い眼球だ。それも思いっきり見覚えがあるやつ。

「私があげた魔力の結晶を普通は、こんなところに入れようだなんて思わないよね!」

 そう、私が皇城で別れ際にあげた白い魔力の結晶が入っていたのだ。私がレオンの為に作った強力な魔力の結晶。それは魔法陣の力を反発させるはずだ。

「はぁ、局所治癒に変えるか。面倒くさいなぁ」

 全体的に治癒の魔法陣を展開した方が、生命力を引き出すのに効率がいい。だけど、ここまで深手を負うと局所治癒は私の生命力を与えるというとても面倒なことが発生するのだ。


 そうして、私は抉れていた横腹を元通り治した。傷なんて元からなかったかのように、綺麗な皮膚が再生していた。

「でさぁ。カルア君。なんで、こんな傷をレオンが負ったわけ? カルア君が負うべき傷じゃない?」

 私の言い分としては、『お前は護衛だろう。何をしていたんだ』と言うことだ。

「はぁ、それは陛下が我々を置いて夜明け前から単独行動に出てしまわれたからですね。詳細は御本人にお聞きください」

 レオンには色々な魔法を教えたから、カルアを出し抜くことは容易だろう。気づいたときには、レオンがいた場所はもぬけの殻だったと想像できる。

「あっそ。カルア君は私の一番弟子に出し抜かれたってことだね。はははっ」

 ワザとらしく笑った私は、レオンに背を向けて、私の私室を出る。

「もう、傷は治ったから連れて帰っていいよ。っていうか邪魔だからさっさと帰れ! 私はまだやることがあるから、さようなら」

 カルアの返事を聞かずに、仕切りと言う名の布を下ろした。恐らく今回の戦いが最後なのだろう。レオンは無茶をして、敵陣に乗り込んだと思われる。
 だってさぁ。
 グランシャリオ王の兵の負傷者が大半を占めている。それも魔法攻撃を受けた傷が多い。はっきり言って魔法の傷は剣の切り傷より厄介だ。止血して縫合すればいいという問題ではなく、火傷であったり凍傷であったり毒であったり、個々に合った対応が求められる。

 レオンの傷は恐らく死角になっている右側の背後から爆発系の魔法を放たれたのだろう。炎系の魔術より、攻撃力が高く肝臓と腎臓がやられ、腸も損傷しはみ出していた。よくここに来るまで保ったものだと思ったが、私が渡した魔力の塊が現状の回復を行おうとしていたようだ。お陰で、なんとか命が繋がった。
 しかし、私の魔法陣と魔力結晶が回復させようとしたものの、そもそも回復の仕方が違うかったので、互いに阻害しあっていたようだ。

「せ……先生! 探しました! どこに居たのですか」

 治療担当の一人が私を探していたようだ。

「二人がかりでも、治癒が困難な人が居るのです! 先生! お願いします!」

 私が行かなければならない患者がいるらしい。聖女と巷で言われている彼女たちは私が回復魔法を教えているけれど、なぜか私と同じ効力を持たなかったのだ。
 言うなれば、私の劣化版の治癒魔法しか使えなかった。だから、私が重症者を受け持つことになるのだが……

「ヒィィィィー」

 スパーン!

 意識があると私を見て、怯える怪我人。その場合はハリセン型魔道具で、意識を刈り取るのだ。これも全てカルアの所為。だから、私はなるべく人前に出ないでいたのだ。精神的な治療は長期療養が必要なため、私の担当ではない。

 しかし、どこにも属していない救護施設に運ばれてくる人の数が異常だ。これはレオンがやりすぎたのか。グランシャリオ王側の体制が機能していないのか。



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