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第15話 お金と馬車と食べ物が欲しい

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 それから混戦を極めた。重傷者は獣人国側の方が多くなり、敗戦の色が濃くなっているのにも関わらず、獣人国側はあきらめていないようだった。それが、戦いを泥沼化させていっているのだ。

「みんな、よく頑張ってくれた。ここまでだ」
「え? 先生。まだ戦いは続いています」
「いや、今行っている治療を終えたら撤収準備だ」

 みんなは不満そうだ。そうだ。日々重傷者は増えている。私たちも疲れが相当溜まっている。それを押して治療をつづけているのだ。
 だが、これ以上はダメだ。

「はい! 先生が言われたことは絶対です。ここで撤収しないと貴女たちの命に関わるからですよ」

 今では皆のお母さんの役割をしているアンナが手を叩きながら言ってくれた。

「しかし、まだやれます」
「まだまだ、私たちは元気です」

 そういう事じゃない。

「皇帝がカタルーラに進軍することが、今朝決定された。今のうちにここを離れないと、私は君たちを守れない」

 そう結末は最悪へと向かうことが決定された。レオンがカタルーラに進軍。ということは、カタルーラが滅亡するか、直ぐに降伏しギリギリで国の形状を守るか。どちらにしろ、いい結果にはならない。

「ねぇ? 先生? 以前から気になっていたんだけどねぇ。どうやってそんな情報を手に入れているんだい? ボスからかい?」

 ボスはあれから連絡は取っていない。あまり借りを作りたくないのもあるし、ボスは今は帝国にはいない。どうも流通に力を入れているようだ。荷が何かは知らないけれど。

「これは私の独自の情報網だね。はい、さっさと治療を終えるよ」
「先生。この方、あたしには手に負えそうにないです」
「わかった。私が治療しよう。撤収の準備をアンナとしてくれるかな?」
「はい」

 さて、どうしたものか。
 私は魔法の炎で焼かれて皮膚がただれてしまっている獣人の治療を行う。
 火傷ぐらいは治療をできるようになって欲しいけど、まだ難しいのだろうね。
 はい、完了。

 この獣人も獣人側の陣地の外に転移させておこう。

「なぁ」

 声が聞こえたと思えば、獣人の男性が目を開けてこちらを見ていた。やはり獣人は意識の回復も早いな。人なら1日は意識が戻らないというのに。

「何かな?」
「さっきの話は本当か?」

 ん? あの状態で意識があったのか? すごいなぁ。

「何の話のことかな?」

 取り敢えずとぼけてみる。聞き取れなかった可能性もある。しかし、申し送りは別の場所でするべきだったな。

「帝国の皇帝が動くってやつだ」
「さて、私はずっとここにいたからね。彼女たちを動かすために嘘ぐらい言うよ」

 このままこの獣人を返すのは危険か? いやその情報を知っても知らなくても結果は大して変わらないだろう。

「俺は知っているぞ。お前は将軍を出し抜いて帝国に帰って行った奴だってな」

 おっ! ここにも私と追いかけっこをした獣人がいた。
 私はニヤリと笑みを浮かべる。ちょうどいいやつが居たものだ。

「な……なんだ? その気味が悪い顔は?」
「いやいや、それは濡れ衣でね。人だろうが獣人だろうが擬態する奴の仕業だった。この情報をあげるからさぁ。何が盗まれたか教えてよ」
「それは取り引きでも何でもないだろう!」
「そんなことないよ? 秘宝ってどんなものか興味津々なんだよねぇ。教えてくれるの?くれないの? どっち?」
「先生。患者さんを脅すのはダメだと思いますわ」

 イリアの呆れた声が聞こえてきたけど、秘宝が何か知っていいそうな者がいたら聞かないといけないよね。

「イリア。これは懇願しているだけで、脅してはいないよ」
「徐々に魔力を漏らしていって、脅していないとよく言いますね」

 おや? バレてしまっていたのか。しかし、イリアの魔力検知の能力も上がってきたようだ。いい傾向だね。

「先生。懇願とはこういうことですよ」

 そう言ってイリアは獣人の手をそっと両手で包んだ。そして空色の目を潤ませて口を開いた。

「凛々しい狼のお方。どうかわたくしに教えていただけませんか?」

 イリア。いつこんなことを覚えたんだ?
 獣人の男は顔を真っ赤にしている。そして、背後に見える尻尾がすごくパタパタと動いている。凄くわかりやすいぞ。獣人。いや、狼獣人。

「あ……あれは大森林の奥にあるエルフ族が住む秘境に繋がる鍵なんだ。獣王様の奥方様が輿入れされたときに、いつでも里帰りできるように設置された転移装置の鍵なんだ」
「……レオン! ダメなヤツを奪っちゃっているじゃないか! 確かにエルフ族は脅威だろうけどね。それとこれは……何かちがーう!」

 私は髪をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ。私が魔力が一瞬使えなくなったのは、装置からカギが外された影響か何かなんだろう。

「ちょっと、ここに帝国の兵はいる?」

 私は治療が終って、あとは転移待ちの人たちを見渡す。

「こっちに何人かいるよ。先生。でも、まだ意識はないね」
「意識がなくても運び屋にはなるよね。イリア。代筆『転移の鍵を返却しやがれ』と書いて」

 私はこの中で一番字が綺麗なイリアに代筆を頼む。しかし、先ほど獣人を誘惑していた度胸はどこにいってしまったのか、青い顔色をして首を横に振っている。

「命が惜しいです」

 私の代筆ぐらいで死なないよ。

「先生。代わりに書いてさしあげますよ」
「あ、アンナ。荷造りしていたんじゃないの?」
「そんなに物は多くありませんからね。直ぐに終わりましたよ。手紙には先生が寂しがっていると書いて差し上げます」
「アンナ。要らなことは書かないでよね」

 私はアンナに詰め寄って、懇願する。私のどこが寂しがっているだって?

「はぁ。獣人のお兄さん。一応、返してもらえるように、私から頼んでみるよ。ただ、忠告しておくけど、交渉の席で敵意を見せたら、ミルガレッド国の二の舞だからね」
「おう……で、少年の格好している嬢ちゃんは、なにもんだ?」
「ん? ただの治療師だね」

 なに? その人を疑うような目は、私は治療師だよ。

 ここにいる治療し終わった者たちを各陣地に転移で送りつけて、私たち「サルバシオン」の初めての活動は終わったのだった。

 そしてまた、資金集めのために、町や村を回りながら、治療をしていく旅に出た。
 その中で、仲間に加わりたいという女性たちがいたのだった。それは戦争で夫や息子を失った人たちだった。

 女性が一人で生きていくには、厳しい時代だ。これが平和な時代なら違っただろう。しかし、今は戦時下だ。女性がつける職種は大方決まってくる。
 ならば、その受け皿になるのも、私の役目なのかもしれない。
 聖質を持っていなくても、アンナのように治療師の彼女たちを支えてくれるだけでもいいのだ。
 すると、二台の荷馬車は直ぐにいっぱいになる人数が集まってしまった。

 荷物は荷馬車の上に乗せるからいいとしても、これ以上増えたら色々厳しいな。

 五十人近くなってしまった「サルバシオン」は戦地を点々としながら、一旦帝都に戻って来たのだった。




「ボス。お金と馬車と食べ物が欲しい」
「おい、俺にただで提供しろって、いってんのか?」

 私は単身、ボスのアジトに突撃した。ボスは何故かスラム街から貴族街に拠点を移動していた。金持ちじゃないか。

「いや、美人の治療師がお酌をするから、資金提供してくれる貴族を紹介して欲しい」
「おい、それは色々血の惨劇になるからやめろ」

 なぜ、それぐらいで血の海が出来上がるんだ?

「いや、イリアとアンナが貴族のパーティーに出るから、資金提供してくれそうな貴族を教えてくれ。あと、パーティーの招待状も欲しい」

 元王女のイリアは人の心を掴むのが得意だったようだ。流石カリスマ性があったということだ。それに付き添いとして、元辺境伯爵夫人だったアンナが付いて行けばいい。

「そうだよな。巷では聖女が現れたって言われているからなぁ。聖女隊だって? だっせぇーな」
「あ? 私たちは『サルバシオン』って名乗っているよ」

 そうなのだ。各地の戦場に現れる聖女隊だなんて言われてしまっている。その聖女というのは勿論カリスマ性があるイリアのことだ。今は、イリアが中心で動いてもらっている。

「そう言えばリリィはいくつになったんだ?」
「名前を呼ぶんじゃない! ……16だよ」

 私は16歳になった。あれから背も伸びて、髪も夫人とイリアに切るなと言われ、伸ばしているから、女の子として見られるようになった。

「で? それがなに?」
「いや……パーティーだったな。一週間後に公爵家の一つで、この前のラングリアの戦いで武勲上げたご子息の戦勝を祝う夜会がある……なんだ? そのジト目は? 公爵家の名はシュティンバール家だ」
「そう……で、その公爵家が支援してくれそうなの?」
「いや、そこに出席するアスバルディーラ伯爵家だ。魔鉱石の鉱脈を持っているから今はウハウハだ」
「嫌な言い方だね」

 そうか、魔鉱石は魔道具になくてはならない物だ。戦時下では飛ぶように売れるだろう。
 そのアス……なんだっけ? 貴族の名前は長くて一回では覚えられないなぁ。

「そのアスなんとかって「アスバルディーラ伯爵」……そう、その人をボスが紹介してくれる?」
「いや、俺は面識がねぇー」
「使えない」
「おい! だが、紹介してくるヤツを用意しておく」

 今は資金面がかなり苦しい。援助してくれるのであれば、誰でもいいからして欲しい。
 これをイリアと夫人に伝えればいいか。夫人ならそのアスバル……伯爵と面識あるかもしれないしな。

「ありがとう。ボス。イリアとアンナに伝えておく」
「てめぇも行くんだよ」
「は? いや、私は裏方だからな」
「てめぇが作った『サルバシオン』だろうが?」

 言われてみればそうなんだけどさぁ。……はぁ、私も資金集めを頑張るか。

「じゃ、パーティーに着ていくドレスを貸してくれるところを紹介して欲しい」
「三日後にここに三人で来い。そう言えば他のやつらは今はどうしているんだ?」

 ボスは紙にさらさらと場所を書いて渡してきた。ん? ここは貴族街の一角だよな。
 ああ、50人ぐらいになってしまったからね。流石に一所にはいられないから、分散しているよ。

「王都の病院の治療の手伝い組と、少し離れた街の病院の手伝い組に、分かれている」
「そうか」

 私はこれでなんとかなりそうだと、ほっとするのだった。流石に16歳の小娘が50人も養うのはきつかった。食料の確保のために、野鳥や鹿や野ブタを狩っていたこともある。彼女たちもできることはしてくれていたが、男手がない「サルバシオン」では中々手が回らなかったのだ。



 それから、一週間後。ボスに言ってこいとパーティーの紹介状だけ渡されて、日が暮れた時間に送り出された私たち三人は魔導式自動車に乗せられていた。座席は前方の運転席と後方にベンチシートがある四人乗りだ。そう、私たちは三人後方のベンチシートにすわっている。

 いつの間にか自動車が実用化されていたよ。私が荷台が欲しいと言って却下した自動車が。
 これはスピードが調整できるように足元のアクセルとブレーキで調整できる、マジで自動車仕様なんだけど、その仕様で作ってくれるように頼んだ親方と意見がぶつかって、却下したものだ。
 だってさぁ。それの動力部を作るのだったら自動車がトラック程の大きさになって、荷台の部分が全部動力部になるっていうんだよ。この帝都でトラックが頻繁に行きかうことができると思っているのか! そんなもの使えるか! っと却下したのだ。

 恐らく、あれから頑張って開発してくれたのだろう。だから、前方が運転席のみの形なのだろうと予想はできた。そう座席を囲うような壁の中には一応小型化した動力源が組み込まれているのだろう。
 私の中で一番近い形が〇ンダムのコックピットだ。かなりハイテク感があり、客席は横から出入りできるが、運転席は前方に開閉する扉があるので、そこから出入りするようだ。私はそんなガ〇ダム仕様の運転席にするようにとは言って……いや、変なことを言った記憶があるが、気の所為だろう。

「これって、いつから使われているわけ?」

 私は後ろから身を乗り出して、運転手をしてくれている青年に聞いてみる。

「先生! お行儀が悪いですわ」

 背後からお姫様に戻ったイリアが注意してきた。でもさぁ、気になるよね。

「二年前からですね」
「ふーん。ヒューは元気だった?」
「ボスに言われて色々な地を巡っていましたよ」
「忙しかったんだね」

 この茶髪の好青年はヒューだ。だから、私がこうやって行儀悪くても、そんなものだと思っているだろう。

「せっかくの綺麗なドレスが台無しですよ」
「普通はドレスじゃなくて、私を褒めないわけ?」
「褒めて欲しいのですか?」
「いや、全く……ふふふ」

 こういう感じ懐かしいなぁ。ヒューは私にズバズバと言ってくれる。
 っていうか、ちょっとぐらい、似合っているとか言ってくれないわけ? まぁ、何故か夫人から白いドレスを選ばれてしまったから、色彩的に印象が残らない物体になってしまっているけれど。

「なんですか? 気味が悪いですね」
「ヒューたちと別れたあとの私は自分の手の小ささに嘆いていたけど、今は50人の人を養っていけないことに嘆いているなぁって、結局何もかわってないって」

 私は結局、私の無力さを嘆いている。

「大きくなっていますよ」
「大きくなってなかったら、それはそれで問題だ。あとさぁ、伯爵を紹介してくれる人ってヒューってことでいいのかな?」

 結局ボスから誰が紹介してくれるか聞いていなかった。

「違いますよ。その人とは現地集合です」

 そうか……その人の前では猫を被っていないといけないな。
 私は別に礼儀を知らない子ではない。あの魑魅魍魎が跋扈する皇城で色々動いていたのだ。主に使用人の姿でだ。礼儀はきちんとできるぞ。アンナとイリアに偽物かと言われたぐらいには。

 そして、シュティンバール公爵家の車留めで待ち構えていた人物を見て、私は死んだ目をして見上げた。

「なぜ、ここにいるのかなぁ?」

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