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27章 魔人と神人

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 暗闇の窓の外には雪が舞っている。日をまたぎそうな時間にも関わらず、煌々と魔道灯の光が満ちた部屋に書類をめくる音が響いていた。

 広めの執務机の上には大なり小なりの紙の山ができているが、黒髪の青年は書類を前にして考え込んでいるというわけではなく、流れるようにさばいている。

 これは己が寝込んで滞っていたものと、代理を任せていた弟が溜めていたものと、今現在上がってきている案件が積み上っているのだ。

 ミゲルロディアが再び大公の座について約一ヶ月。寝る間を惜しんで処理をした結果、オーウィルディアが溜まりにためた書類をここまで減らしたと言ってもいい状態だ。

 ふとミゲルロディアは何かが気になって、黒いタールを流し込んだような目を床に向けた。
 そこに何があるというわけではない。

 いや、何者かの魔力が流れを形作り、陣を形成しようとしている。今までなら感じ取ることができなかったが、黒いタールの目には、魔力を見ることまでできるようになっていた。

 その魔力の流れが思っていた以上に大きいことと、己の姪に頼んだことを含め、ミゲルロディアは瞬時に手を止めた。そして山になっている書類の束を掴んで空いている一番下の引き出しに入れ始める。

 その途中、魔力で描かれた陣の複雑さと大きさを見て、己の感が当たっていたことに、ミゲルロディアの額から汗が流れ落ちた。

 どう見ても一般的な魔導式転移でもなく、姪のシェリーが使う簡易式転移でもない。古代魔術のたぐいだと。

 ということは、一つは姪のシェリーが転移を使えない状況になったということ。一つは始まりの魔人のつがいであるロビンがここに来るということ。ロビンが来るということは、始まりの魔人であるラフテリアも転移で来るということだ。

 ならば、ミゲルロディアは覚悟を決めて、転移陣の側に跪く。最悪こうなることは予想していた。いや、姪であるシェリーから言われていたことだ。この話をするとラフテリアが興味を持つだろうと。

 魔力で描かれた転移陣の光が強まり、人影が出現した瞬間。得も言われぬ恐怖にミゲルロディアは襲われた。
 ラフテリアに抱えられ今は人の姿になったロビンに恐怖を感じたことはない。どちらかと言えば、無邪気に笑っているラフテリアに恐怖心を抱いた。

 だが……だが、これはその比ではない。魔王という存在に直接対峙したことはないが、この場に転移してきたのが魔王だと言われても納得してしまう程の恐怖心、そして膨大な力の暴力がミゲルロディアを襲ったのだ。

「こんな遅くに、ごめんね」

 ミゲルロディアに襲いかかってくる得も言われぬ恐怖とは対象的に、陽気な声が聞こえてきた。

「シェリーちゃんが気を失ってしまってね」

 その言葉にミゲルロディアは顔を上げ視線を巡らせる。それは勿論、姪のシェリーの状態を確認するためだったが、ミゲルロディアが見た光景は、己が予想していた最悪を遥かに上回った厄災が存在していたのだった。

「っ――――」

 目の前の光景にミゲルロディアの肺から空気が抜けていく感じがする。息がまともに吸えない恐怖。

 ミゲルロディアに話しかけている黒髪に薄い青い瞳を持った青年はいい。彼に敵意はない。そして、床に丸まり微動だにしない黒髪の三人は恐らくこの状況に動けないまま連れて来られた魔人たちだ。

 問題はロビンに抱きついて無邪気な笑みを浮かべている、始まりの魔人ラフテリア。

 ミゲルロディアに血のような赤い瞳を向けているものの、濁った眼球にどのような感情も汲み取れず、漆黒の長い髪は風も無いのに揺らめいている。その姿は見たことはないものの、ミゲルロディアの中では誰かと予想はできた。

 そして、全てが敵だと殺気を振りまいている銀髪の竜人。その腕の中には眠っているようにしか思えない黒髪のシェリーがいる。

 全てが人外であり、ミゲルロディアに視線を向けている者たちは、魔人化したミゲルロディアでは到底敵うことがない者たちだ。
 予想外の事が起こったが、それでも国主という立場のミゲルロディアだ。思考を止めることは無かった。

「カイル君。シェリーミディアを昨日使っていた部屋で休ませるといい」

 ミゲルロディアは先ずは己の番の状況に殺気立っているカイルを外すことを先決する。

 無言で去っていくカイルの背を横目で見ながら、今晩は休めないだろうとミゲルロディアは思い、ため息を呑み込んだ。

「ラフテリア様。ロビン様。この度は姪のシェリーを送ってくださり、そして私の要望をお聞き届けていただきましたことに、感謝をいたします」

 ミゲルロディアは跪いた姿でこうべを下げる。国主は誰かに頭を下げることはあってはならない。それは理解している。
 だが、逆らってはならない存在がいるのが、この世界だ。

 特に赤い瞳でミゲルロディアを見下ろしている存在。これはラフテリア以上にやっかいな存在だった。

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