番とは呪いだと思いませんか―聖女だからと言ってツガイが五人も必要なのでしょうか―

白雲八鈴

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26章 建国祭

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 雪が空から降り、地面を白く染め上げている中、シェリーは黒い巨体に黒い刀身を横に一線に振るい、足を一本斬り落とし、その勢いで背後に回り背中から左の背部を突き刺し魔核を破壊した。

 あれからシェリーとカイルは上空から見て、戦況が悪そうな場所を目指して降下したのだった。そして、その場に居た一体をシェリーが倒し、その前方では別の個体をカイルが大剣で軽々と胴体を切り裂き、そのまま近くに居た飛行型の魔眼を使っている、次元の悪魔を斬り殺している。カイル自身、魔眼の抵抗力はかなり上がってきているようだ。
 辺りを見渡しているシェリーの視界には、他の次元の悪魔は見えないことから、近くにはいない。

「ありがとうございました」

 そう言ってシェリーに声を掛ける者がいる。地面にしゃがみ込み、片腕を押さえている男性と地面に横たわっている女性だ。男性の額には不思議な赤い紋様が浮き出ていることから、この者もラースの一族なのだろう。

 シェリーは魔導師風のローブをまとい先程から動いていない女性に近づく。地面は血の水溜りができており、出血量からいけば、死んでいると言っていい状態だ。ただ彼女も女神ナディアの血を受け継ぐ者だ。呼吸を浅く繰り返しながら、なんとかその生命の灯火ともしびを繋いでいた。

 その女性の側に屈み込んだシェリーは手をかざす。

「『聖女の慈愛』」

 聖魔術
  聖女の慈愛
 聖人のみが術式を組むことができる治癒魔術。切り傷、火傷、四肢の欠損、病など、どのような身体異常でもたちまち治る。ただし、呪いでの異常は治療不可。

 シェリーが聖魔術を使えば、半開きに成っていた女性の目がパチリと開いた。

「あっ」

 そう声を漏らした女性は血だらけの身体を起こし、シェリーを見上げた。

「ラース様の……瞳……」

 聞き慣れない言葉を呟いた女性は、そのまま意識を手放し倒れていった。だが、その姿は先程とは違い、規則的な呼吸を繰り返しているので、命の危機は無いようだ。

「この方を連れて、公都に戻ってください。傷は治しましたので、目を覚ましましたらこの造血剤を飲ませてください」

 シェリーは男性にも治癒を施したあと、鞄からオリバー作の増血剤の瓶を男性に渡す。男性はまるで価値があるものを受け取るように恭しく頭を下げてシェリーから、受け取った。

「ありがとうございます。シェリーミディア様」

 初めて会う男性から、名を呼ばれたことに、一瞬不機嫌な雰囲気をまとったシェリー。だが、ラースの魔眼を持つものとして、一族の者たちに認識されているのだろう。それならば致し方がないと、立ち上がり踵を返す。

「カイルさん。南に1体いるので向かいます」

 シェリーは斜め上に表示されたマップで次元の悪魔の位置を確認しながら、カイルに言った。

「シェリー。南ということは彼らにまかせてもいいと思うけど?」

 今、シェリーたちがいるのは公都グリードの東側である。そこから南ということは、もともとオーウィルディアから任されていた方角だ。

「カイルさん。もうこちらの東側には敵はいません。西側もたった今、次元の悪魔の存在が消えましたし、残りは北側と南側だけです。北側はオーウィルディア様が向かうと言っていましたから、南側に行くべきではないのですか?」

 オーウィルディアの通信では次元の悪魔が20体現れたと報告されていた。一度に襲撃してきた数としては多いが、全体に散らばったとしたのであれば、平均各方面で5体ずつという理論上の計算だ。
 しかし、この場で3体の悪魔を倒したということは、上手くバラけておらず、一箇所に数体固まっていた。ならば、すでに大公ミゲルロディアと風竜ディスタで大半の次元の悪魔を始末していたと考えても良さそうだ。

「でも、彼らにはこれぐらい倒してもらわないと、シェリーの足を引っ張る存在は俺が殺したくなる」

 カイルの本音が漏れ出た言葉にシェリーはため息を吐く。いつもシェリーが口にしていることだが、彼らには期待していないというため息だ。
 そんな二人に近づいてくる気配があった。

「カイザール殿下じゃないですか」

 二人に声をかけてきたのは、青い髪に雪がつもり、増々寒々しい色合いになっている風竜ディスタだった。

「ディスタか。まだこの国にいたのか?」

 カイルの言葉の中には何故自国に戻っていないのだという意味合いが込められているのだろうが、トゲトゲしい言葉に聞こえてしまった。

「それは居ますよ。この国に用心棒として雇われていますからね。あと、王太子殿下からの命令の遂行もあります」

 この事は以前から聞いていたが、改めて聞くと、セイルーン竜王国の王太子の命令が蔑ろにされているような言い方だ。しかし、その命令も曖昧なものだったため、ディスタ的にはそこまで重要視していないと思われたのだった。

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