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26章 建国祭

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 ルークは人々の波に流されるように闘技場の中に入っていった。石の壁に囲まれた空間を抜けると、青い空の下には斜めに階段状に下がっていく観客席があり、その先の一番底には広く円状に平らな広い空間が存在していた。

 そう、すり鉢状に闘技場が存在しているのだ。本当であればこの場は平らな空間が広がっているはずの王都の中に、巨大な窪地が存在しているとは、嫌な感じがするが、それを再利用したと考えられる。

「明後日には俺たちがここで戦うのだからな」

 前を歩くミュゼルに付いていくように、ルークは観客席内を進んでいく。
 今日は予選だというのに、既にすごい熱気だ。周りからは今年は誰々がいけるだろうとか、やっぱり誰々だろうという声が聞こえてくる。

「で?ルークは誰に賭けるんだ?」

「かける?」

 ミュゼルの言葉にルークは首を傾げる。今までルークの行先はシェリーが行くところしか行ったことが無かったため、賭け事などしたこともなければ、聞いたことも無かったのだ。正に箱入り息子といっていいルークだ。

「なんだ?賭けもしたことがないのか?対戦者同士でどちらが勝つかお金の賭けるんだ。あそこに第1予選のグループ分けが掲示されている。そのグループの中で誰が勝ち残るかを当てるゲームみたいなものだな」

 ミュゼルの説明で、なんとなく理解できたルークだが、首を横に振る。

「賭けはしません」

「なんでだ?お小遣いぐらいもらっているだろう?」

 平民出身であるルークは学園での学業に必要な物品は学園から支給されるのだが、個人的に必要な物は自分で購入しなければならない。そのためのお金として、シェリーはルークの口座に困らない程のお金を振り込んでいる。
 ただ、ルークはそのお金にほどんど手を付けてはいなかった。ルークはそのお金はシェリーが冒険者として命を掛けて稼いできたお金だということを知っているために、手を付けてはいなかったのだ。
 いや、そもそもそこはオリバーが用意すべきだろうが、あのオリバーにはその様な気遣いは存在せず、入学資金として一括でシェリーに託していた。シェリーもオリバーに対してそのような気遣いがあるとは思っていないので、ルークの小遣いは毎月シェリーから振り込まれていたのだった。

「小遣いはありますが、姉さんが稼いだお金なので、そんなことに使いませんよ」

「ルーク。学生のときぐらい楽しまないと駄目だぞ。まぁいいか。シェリーさんって母上と同じで怒らすと怖そうだもんな」

 ミュゼルはそう言って手のひらサイズの紙に書かれた一般人が入れない区画の指定された観客席に腰を下ろした。

「ユーフィアさんが怖い?」

 ミュゼルの隣に腰を下ろしたルークが不思議そうに尋ねる。
 ルークから見たユーフィアは何かとニコニコと姉であるシェリーの前で魔道具の話を楽しそうにしている女性で、時々話が脱線してシェリーに突っ込まれているような人だ。

「うん。母上は怖い。試し撃ちと言って笑いながら魔物を駆逐している姿も怖いのだけどな。その母上を誰も止めようとしないんだよ。俺の家は母上がと言えば、それが正しことになるんだ」

 ミュゼルはユーフィアを敵に回すとナヴァル公爵家全てが敵になると言葉にした。そして、理不尽なほどに攻撃力がある武器を向けられるのだ。ただ、ユーフィアは基本的に人との争いを避けているので、ユーフィアが人に向けて武器を構えることはない。

「ふーん」

 ルークはそういうこともあるだろうと、ミュゼルの言葉を受け入れる。ここでルークの普通が普通でないことにミュゼルは気がついていない。

「父上もさぁ母上中心で、なぜかマリアと母上の取り合いしているし、兄様も最近父上みたいになってきているし、俺の家って絶対におかしいと思うんだ」

 ミュゼルがナヴァル公爵家の内情を人が多くいるこの場で暴露してしまっている。そして、ミュゼルの話を聞いたルークは、ふと冬期休みに帰った時の屋敷の現状を思い出した。
 姉のシェリーとその番たちが存在するルークの知らない変わり果てた屋敷内の日常を。

「僕の家も同じようですから、普通なのではないのですか?ミュゼル先輩の家族は」

「同じ!同じなのか?どの辺りが?」

 ミュゼルが食い気味に横にいるルークに尋ねる。しかし尋ねられたルークはミュゼルの言葉に答えず、目の前に広がる広い空間を眺めた。一番前の誰にも邪魔をされず出場者の戦いが見られる場所から。

 ミュゼルの言葉に答えることが何故かルークは嫌だった。ただ、何故嫌なのかルーク自身がわかっていなかった。

「ミュゼル先輩のお勧めの人は誰ですか?」

 だから、ルークは別の話を振った。今日の一般の部門で注目する人物がいるのかということを。

「うーん。今回もあまり変わり映えしない出場者だからなぁ。前回の優勝者に賭けるのが無難だろうな」

 ミュゼルの中では勧める人物イコール賭ける人物になっているのだった。

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