上 下
280 / 774
22章 獣人たちの騒がしい大祭

269

しおりを挟む
「長年の愁いが解決できるのですか!」

 扉が開くと同時にそう言いながら入ってきたのは、ネールが面会許可を伺いに行った人物である。灰色の髪に丸みの帯びた耳が生え、赤い目の下には黒い入れ墨の様な隈が印象的で、背後に揺れている尻尾は太く灰色と黒の斑の縞模様が入っている虎獣人の大柄な男性だ。
 シド総帥と同じく20代にしか見えないフェクトス総統閣下その人である。

「フェクトス。わざわざ来たのか」

 シド総帥から呆れるような声が聞こえてきた。一国を治める人物が面会を希望する者に会いに来るなんて、普通はありえないことだ。

「今、話を聞かずに、いつ聞くというのですか」

 そう言いながら、フェクトス総統はシド総帥の隣の椅子に座る。そして、目の前にいるシェリーを見た。

「お久しぶりですね。シェリーさん。少し容姿が変わりましたか?」

 口調は丁寧だが、その顔は獰猛に歪み笑っている。シェリーはその笑顔にも怯む事なくいつも通り無表情で答えた。

「お久しぶり。フェクトス総統閣下。お時間を作っていただきましてありがとうございます。この姿は色々あったので放置してください」

「そうですか。時間が惜しいので早速ですが、要件をお聞きしましょう」

 ・・・明日の祭りの準備でもあるのだろうか、いや、一国を治めるフェクトス総統自身が足を運んできたのだ。さっさと報告だけして帰ろうとシェリーは思い、口を開ける。

「今回、眠り病の治療薬の増産と無料配布が可能になりましたので、その報告をさせていただきます」

「ん?ちょっと待て」

 フェクトス総統がシェリーの言葉を止めた。眉間にシワを寄せながら首を捻っている。

「もしかして、眠り病の本当の意味での治療薬は存在していました?」

 そう、シェリーは増産と言った。そこにフェクトス総統が引っ掛かりを覚えた。

「ええ、存在はしていました。8年前の一時いっとき程。しかし、直ぐに元の薬もどきに戻されてしまいました」

「戻された?それはクソ帝国にか?」

 何やら、フェクトス総統の素が漏れている。

「ええ」

「やっぱり、さっさと滅ぼした方が良いですね。ぶっ潰す算段は付いたという報告はないのですか?」

「潰す算段ですか」

 シェリーは少し考えるように言葉を止め、南の方角を見ながら話の続きを言葉にする。

「そうですね。モルテ国は抑えました。モルテ王には帝国に手を出さないように交渉済です」

「「は?」」

 フェクトス総統とシド総帥の声が重なった。二人共目を丸めて口を半開きのまま固まってしまっている。

「モルテ王!あの狂った王とまともに交渉ができたのか!」

 シド総帥が立ち上がってテーブル越しにシェリーに詰め寄ってきた。

「ええ、正気に戻して置き土産も渡して来ましたから、快く契約してくださいました」

 シェリーの言葉にシド総帥は何故か、後ろになでつけられた金髪を更にぐしゃぐしゃにして苛立ちを顕わにする。

「あー。前から思っていた事だが、お前、絶対におかしいよな。普通はあのモルテ王と交渉しようとは思わん。それに、以前まっ昼間から帝国の第19部隊を血祭りにして、あの後俺が凄く大変だったんだぞ」

 無造作にはねた金髪姿になったシド総帥にシェリーは冷たい視線を投げつけ、感謝の言葉を口にする・・・が

「あのときは大変お世話になりました。が、どなたかの邪魔が入り、一人取り逃がしてしまったことが、未だに心残りです。とてもとても心残りです」

「2回も言うな。子供が次々に大人を襲っていたら、普通は止めるよな」

「はぁ。シド。その件は私も残念に思っていることなので、仕方がありません。工作部隊の者を生け捕りにできるいい機会だったのですから」

 フェクトス総統はため息を吐きながらそのような事をいう。しかし、フェクトス総統はシド総帥と違いシェリーの行動を否定しているわけではなく、生死の有無と逃したことへの非難だっだ。

「しかし、モルテ王ですか。レガートス外交官とは幾度か会って話したことはありますが、の王とはまともに話すら成り立たなかったですね。では、これからモルテは動き出すと見ていいのでしょうか?」

 モルテが動きだすか。そう、フェクトス総統が確認したいのはギラン共和国はモルテ国の北の位置にあるため、ある意味脅威となり得るモルテの動向が知りたいのだろう。しかし、シェリーは虚ろげな視線をフェクトス総統に向ける。

「そんなもの知りませんよ。私が契約したのは私が成す事に対して、帝国の下につかないで欲しいという事のみ。モルテ王が各国にどう接するかなんて、私は知ったことではありません」

「シーランはそのことで、どう動くか聞いていませんか?」

「知りません」

「はぁ。これは困りました。約千年、動かなかったモルテが私の代で動き出すとは」

 フェクトス総統がため息を吐きながら、こめかみをグリグリしている。これから吸血鬼の国との付き合いが頭痛の種となることがわかっているからなのだろう。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

幼女公爵令嬢、魔王城に連行される

けろ
恋愛
とある王国の公爵家の長女メルヴィナ・フォン=リルシュタインとして生まれた私。 「アルテミシア」という魔力異常状態で産まれてきた私は、何とか一命を取り留める。 しかし、その影響で成長が止まってしまい「幼女」の姿で一生を過ごすことに。 これは、そんな小さな私が「魔王の花嫁」として魔王城で暮らす物語である。

処理中です...