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12章 不穏な影

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 オルクスがシェリーの膝枕をしてもらい、放心状態になっているのは、嬉しさからではない。

 シェリーはオルクスと二人になるのは初めてのことだった。大抵の場合、シェリーの側にはカイルがいる。いないときはグレイが側にいる。この二人がシェリーの側を一度に離れることは今回が初めてだったのだ。
 しかし、シェリーは変わらず一人掛けのソファに座り、紙の束を読んでいた。イリア経由でサリーが送ってきた騎士養成学園の新校舎と新寮の設計図と細かい指示書だった。
 資金提供者の目を通しておこうという学園側の判断なのだろうか。それとも先日催促するように、改修状況を確認したため、慌てて用意をしたのだろうか。わからないが、シェリーにこれでいいかお伺いを立てているらしい。

 そして、オルクスはシェリーが伺い書を読んでいる横で床に座り、『頑張ったから頭を撫でて欲しいな』と言っている。

 どうやら、シェリーが騎獣の『天音』の頭を撫でている姿を見てから、撫でてもらうことを考えていたらしい。

「オルクスさん、うるさいです。内容が全然頭に入ってきません。」

「俺、2日間見張りを頑張ったから、撫でて欲しいな。」

「はぁ。撫でたら静かにしてもらえますか?」

 確かに2日間、朝早くから起きていたということは、見張りをしていたのだろう。それぐらいならいいかと思い、シェリーはオルクスの頭を撫でる。思っていたより、ふわふわの柔らかい髪だった。
 撫でたので、続きを読もうとしていたら、書類を取り上げられ、抱えられ、近くのベッドの上に降ろされた。

 座っているそのままの姿でベッドに移動させられ、シェリーはオルクスに文句を言おうとするが

「オルクスさん!」

「一緒に昼寝しよう。」

 詰め寄ってきたオルクスから笑顔で昼寝を提案された。

「まだ、朝ですが?」

「シェリーはふわふわしてて気持ちいいから。」

 シェリーの質問の答えになっていない。

「私は眠くないので、寝るならお一人で寝て下さい。」

「じゃ、膝枕。」

「いや。」

「膝枕と抱き枕どちがいい?」

 なぜその2つの選択肢なのだろう。

「その2つの選択肢の意味がわかりません。」

「シェリーの存在を確かめられて、俺が休めるいい案だろ?」

 オルクスの要望しか満たしていない案だった。

「却下します。」

 シェリーは拒否をするが、オルクスが強引に膝の上に頭を乗せた。シェリーはスキルを使ってオルクスを退けようと伸ばした手を絡め取られ

「黒は俺たちにとって英雄の色だ。」

 オルクスがシェリーを仰ぎ見て言葉をかける。絡め取った手の甲に口づけをしながら

「国を作り、傭兵団の元となる自衛団を作り国を守った英雄の一人の色だ。だから、ギラン共和国に無闇に黒を嫌う者はいない。」

「フェクトス総統閣下から聞きました。金狼獣人の長と豹獣人の長が作ったと。」

「そこで、炎王の事を聞いたのか?」

「今の豹獣人の長が炎王だと言うことですか?」

 そう、シェリーはオルクスが狂えば炎王が始末をしに来ると言っていた。炎王は龍人でり、オルクスは豹獣人だ。そして、豹獣人の長が炎王だと言っている。

「そうだ。」

「いいえ、それは炎王本人から、ギラン共和国の英雄である黒豹獣人の父と水龍人の母を持ってしまったがために、自分の一言が命令の様に解釈されて、色々行動に移されるから困ると言っていました。」

「くくく。それはそうだろう。実質、多種属の長であり、ギラン共和国で一番老舗のフィーディス商会の理事であり、炎国の王だ。そして、その炎王も黒を持つ。だから、そこまで怖がらなくていい。」

 『怖がらなくていい』そのオルクスの言葉にシェリーは不機嫌になる。

「石を投げられても?」

「ん?」

「炎の矢で攻撃されても?」

「・・・。」

「悪魔と呼ばれても?」

「あ゛?そんな事を言ったやつは誰だ?」

 オルクスの低い声が部屋に響く。

「グローリア国での扱いはそのような感じでしたが?」

「マジか・・・想像以上だった。」

 国の英雄が黒を持つギラン共和国で育ったオルクスには考えられなかったことのようだ。

「シェリー。これからは俺たちが側にいる。守ってやる。だから、少しずつでいいから、ペンダントに頼らないようにしないか?」

「無理です。」

 シェリーは即答する。

「いつまで、オリバーに頼るつもりなんだ?俺達じゃダメなのか?」

 オルクスは何かとシェリーが頼っているオリバーに嫉妬しているらしい。

「はぁ。いい加減膝から降りてくれませんか?」

 シェリーはオルクスの質問には答えず、オルクスから距離を取ろうとするが、オルクスに腰を抱かれ

「俺達じゃ、頼りにならないのか?雨の中一人で外に行くほど、必要のない存在なのか?」

 嘆きのようなオルクスの言葉にシェリーははっきりと答える。

「確かに獣人と人族でしかない私が力比べをしたら敵わないでしょうが、レベルは私より低いですよね。レイアルティス王に敵わないようでは確実に私より弱いですよね。」

「ぐっ。」

 心を抉るような言葉をオルクスに掛ける。

「オリバーに頼るなといいますが、20年前の討伐戦を最前線で戦ったオリバーですよ。カイルさんと同じレベル200超えですよ。そして、私の隷属です。どちらを頼るかと言えば決まっていますよね。」

 オルクスの惨敗だった。

 放心状態のオルクスを無視し、シェリーがそのまま伺い書の書類を添削・・・いや、殆どを赤く書き直した書類が出来上がった頃にカイルが戻って来た。部屋に入って来たカイルの一言が

「ズルい。」

 だった。そう、未だにシェリーはオルクスに膝枕をしていた。と言うか、伺い書を真剣に添削していたので、存在を忘れていたのだ。オルクスはというと番の膝枕で傷心のまま眠っていた。
 カイルはシェリーがいるベッドに近付いて来て

「何で膝枕?俺もして欲しい。」

 そう言われ、シェリーはオルクスの存在を思い出し、膝の上からオルクスを落とした。

「忘れていました。それから、膝枕はしません。」

「オルクスにはしていたのに?」

「はぁ。強引にです。その後静かになりましたから、存在を忘れていました。」

「絶対に強くなってやる!」

 寝ていたはずのオルクスの声がする。オルクスはムクリと起きて、カイルに詰め寄り

「レベル200に達するにはどうしたらいい。」

 確かにレベル200を超えているカイルに聞くのが一番いいかもしれないが、突然オルクスにレベル上げを聞かれ、カイルは戸惑う。

「いきなりどうした?取り敢えずレベル100になってからじゃないかな?」

 確かに正論だ。

「うー。オリバーがレベル200を超えているって知っていたか?」

「知っているよ。冒険者たちから魔導師と赤猿は200超えの要注意人物だと言われたからね。そして、勇者には絶対に近づくなとも言われたからね。」

 冒険者たちから情報を得ることで、カイルは知っていていたようだ。

 赤猿・・・今はスキンヘッドで赤猿と言われてもわからないが、どうやらシェリーがキングコングと呼んでいる人物も超越者の域に達しているらしい。

「それがどうしたのかな?」

「オリバーより上にいかないとシェリーに認めもらえない。」

 オルクスの落ち込みは深海の底まで行っている。カイルは酷く落ち込むオルクスを見て、シェリーを伺い見るが、シェリーは殆どが赤い文字で埋め尽くされた書類を封筒に入れており、いつもどおり無表情でこちらの話には関心を示さないがカイルは聞いてみる。

「シェリーは何を言ったのかな?」

「何がですか?」

 やはり聞いていなかったようだ。

「オリバーさんよりレベルを上げないとシェリーに認めてもらえないとオルクスが言っているけど?」

「黒色に対する認識の違いです。」

 全く持ってオリバーとは関係がない答えが返ってきた。

「国が違えば黒に対する認識が異なります。怖がらなくていいと言われましたが、人を人と認識していない目は嫌いです。」

 シェリーはオルクスが言った言葉が気に入らなかったようだ。

「炎王がいるから大丈夫?彼がタダのエンとして過ごした時代の話は私と変わりませんでしたよ。人の黒に対する恐怖心は変わりません。
 炎王は言っていました。ギラン共和国の人々が自分を受け入れているのは、獣人達を導いた水龍人の母と英雄の黒豹獣人の父がいたからこそだと。只人であったエンは人の中では受け入れられなかったと。」

 シェリーは炎王から黒に対する扱いが変わらなかったことを聞いていたのだ。だから、オルクスの言葉に不快感を示した。ギラン共和国でもかつてはそうだったと。

「あ。いや、すまん。」

 シェリーがどのような扱いを受けていたか聞いたオルクスは言葉を紡ぐことが出来ず謝るしかなかった。

「それがオリバーとどう関係するのかな?」

 聞く感じでは全く関係のない話である。

「魔道具も結界も私が何も言わなくても、オリバーが作ってくれたものです。私が人の目を気にしなくても外を歩けるように、家の中では家族だけで過ごせるように。その後で私が色々機能を付けて欲しいとは頼みましたが。ですから、誰を頼るかと聞かれれば、オリバーだと答えるでしょう。実質、オリバーに私は勝てませんから。」

 シェリーの言葉を聞いたカイルはシェリーにペンダントを返す。黒髪のまま過ごす様に言ったことは己の自己満足にしか過ぎないことに気が付かされたのだ。番であるシェリーの事を思うのであれば、いつもの見慣れたシェリーで居てもらうことの方が大切だった。しかし、ふと疑問に思った。

「あれ?オリバーはシェリーは勇者より強いと言っていたけど?でも、オリバーは勇者に負けたよね。」

 確かにオリバーがそう言っていたし、オリバーが勇者に殺されたことも確かである。

「魔導師に勝つにはそれ以上に強い魔導師か、相手の魔力を封じるか、絶対的な力の暴力かですが、勇者はオリバーの魔力を歪めてしまっそうです。オリバー自身もよく分からなかったと言っていましたが、今思えば勇者の頽壊たいかい者としての力が働いたのでようね。」

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