上 下
119 / 774
11章 アイラという少女の処遇

111

しおりを挟む
「あ゛?この忙しい時に王都を離れるだ?」

 シェリーは冒険者ギルドの特殊依頼の受付に来ていた。目の前にいるニールの眉間のシワが一段と深くなっている。

「1ヶ月程離れます。」

「はぁ。東西南北のどこの方面に行くのだ。」

 ニールは大量の紙の束を出しながら聞いてきた。どうやら行き先方向の依頼を押し付けるつもりのようだ。

「モルテ国に行きます。」

「あー。それは生きて帰ってくるよな。」

「失礼ですね。贈り物を届けに行くだけです。」

「カイルも行くつもりか?」

 ニールはシェリーの横にいるカイルに問う。今ここにいるのはカイルだけである。他の三人は昨日の朝からダンジョン攻略に出かけたまま、まだ戻ってきていない。

「シェリーが行くからね。」

「はぁ。4日は王都にいるんだよな。取り敢えずこの5件を頼む。西方面の依頼は後日渡すから、その5件を4日以内に終わらせてくれればいい。」

 一体どれだけの依頼を押し付ける気なのだろうか。シェリーは渡された5件の依頼を確認し、眉を顰める。その中の1件がシェリーへの指名依頼だったのだ。

「ニールさん。指名依頼は受けませんよ。」

 シェリーはBランクなので指名依頼を受けられない。以前、ニールが言っていたがシェリーの実力はSランクなのだが、昇格にシェリーが首を縦に振らないのだ。シェリー自身ランクアップを了承しないのは、もちろん溺愛するルークと過ごすのに長期間の依頼を受けないためでもあるが、指名依頼という煩わしいことを避けるためでもあった。

「依頼主が誰か知ってもか。」

「受けません。」

 シェリーは即答である。シェリーへの指名依頼の依頼主の欄にあるサインはイーリスクロム国王陛下のサインである。シェリーは誰が依頼主でもその対応に変わりはない。

「やっぱり、無理だってよ。」

 ニールはシェリーとカイルの後ろ側に向かって声を掛けた。振り向くとそこには、緑髪金目ほっそりとした長身の男が見たことがない軍服を着て立っていた。

「それは、困りますね。」

 男はシェリーとカイルに近付いて来て

「昨日、ご自宅を訪ねたのですが、誰も出られなかったので、依頼という形をとっていますが、実質、国王陛下の勅命です。」

 昨日、この男はシェリーを訪ねて来たらしいが、オルクスとグレイとスーウェンはダンジョン攻略に出ており、オリバーは昼夜逆転の生活を送っているため昼間は寝ている。シェリーは・・・佐々木が不貞寝してしまった横でカイルも惰眠を貪っていたので、誰も出てこなかったのだろう。

「誰がどう言おうが受けません。それにこの人物の名前はあの変態ですよね。治さない方が子供たちの心の平穏のためにいいと思いますが?」

 今回、イーリスクロム陛下が依頼を出してきた内容は、元第5師団長の怪我の治療だ。おそらく、アンディウム師団長の治療を目の当たりにして、今回の事を思い立ったのだろう。

「その件に関しては、一族の者が迷惑を掛けてしまい、申し訳なかった。しかし、魔物の活動が活発になってきているこの時期に、何があっても対応できる様にしておきたい。そのためには、討伐戦を戦い抜いた第6師団長と副師団長は元の業務に戻したいのです。」

 目の前の男は第5師団長と同じ蛇人らしい。

「そんなことは、わたしには関係ありません。それに一人、力が有り余った人がいるではないですか。トーセイにいる先日、山を一つ消し飛ばしたと噂の元統括副師団長が。」

「あ、いや、それは、色々想定外に大き過ぎる・・・。」

 男は言葉を濁しながら答えるが、被害の範囲が想定外に大き過ぎると言っているのだ。それに、第5師団の事故の責任を取って軍を去っていった人物を今更呼び戻すわけにもいかない。

「今回の依頼を受けてくれると言うなら、できるだけ希望を叶えよう。」

 シェリーは目の前の男が未だに名乗っていないことに不快感を覚える。情報があまりにもなさすぎる。この男は見覚えもないし、この軍服も見たことがないことから、かなり国の中枢にいる人物だと思われる。
 希望を叶えてくれるというのであれば、叶えてもらおうとシェリーが口を開く。

「希望を叶えてくれるというのであれば・・・。」



 シェリーとカイルはイーリスクロムの依頼を持って来た男と一緒に第一層の中のとある屋敷にきていた。そこの庭先では下半身不随と言われたヒューレクレト・スラーヴァルが上半身裸で腕立て伏せをしていた。ヒューレクレトはこちらに気がついたようで

「レイモンド。何か用か。」

 と長身の男に向かって声を掛けた。シェリーは目の前の男をレイモンド・スラーヴァルと意識して視てみる。当たりだ。どうやら、近衛騎士隊長らしい。
 近衛騎士隊長が国王陛下の命を聞いて動くのは当たり前だが、わざわざ第5師団長の怪我の治療の為に近衛騎士隊長を動かすのだろうか。

「ああ、いい加減に治療を受けてもらおうと思ってな。」

「断る!あの外見が若いだけの年増のエルフの治療を受けるぐらいなら、今のままでいい。治療をしてくれるのは可愛い子を希望する。」

 最低だ。何年経とうが変態の頭の中身は変わっていなかった。シェリーはヒューレクレトに近付いて行き

「誰だお前。」

 ヒューレクレトの問いには答えず、スキル『聖人の正拳』を発動させ、未だに腕立て伏せをしているヒューレクレトの脇腹に思いっきり蹴りを入れながら『聖女の慈愛』も掛けておく。ヒューレクレトは地面から浮き上がり何も無い庭を突っ切り、屋敷の外壁に直撃して止まった。

「何をするのですか!」

 レイモンドが怒りを顕にしてシェリーに詰め寄るが、二人の間にカイルが立ちはだかる。

「脊椎の損傷は治療しておきました。あと、変態が頭を打った衝撃で治らないかと試してみたのですが、どうですかね。」

 とシェリーは言ったものの、変態共に囲まれ身体強化では敵わなかったことに対して、『聖人の正拳』で仕返しをしただけであった。

しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

異世界転生したら悪役令嬢じゃなくイケメン達に囲まれちゃいましたっ!!

杏仁豆腐
恋愛
17歳の女子高生が交通事故で即死。その後女神に天国か地獄か、それとも異世界に転生するかの選択肢を与えられたので、異世界を選択したら……イケメンだらけの世界に来ちゃいました。それも私って悪役令嬢!? いやそれはバッドエンドになるから勘弁してほしいわっ! 逆ハーレム生活をエンジョイしたいのっ!! ※不定期更新で申し訳ないです。順調に進めばアップしていく予定です。設定めちゃめちゃかもしれません……本当に御免なさい。とにかく考え付いたお話を書いていくつもりです。宜しくお願い致します。 ※タイトル変更しました。3/31

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

処理中です...