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2章 闇と勇者と聖女
35(挿絵あり)
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シェリーはナオフミの家を出て、外を歩いていた。月が明るく草原を淡く照す。上を見ればまん丸な月が2つ群青の空に浮かんでいた。今日は2つとも満月なので空が明るい。この2つの月を見るたびに、ここが異世界だということを思い知らされる。
本当は勇者と聖女を訪ねたくなかったのだ。
わたしが私であったと思い知らされる。家族にならなかった家族がいることを思い知らされる。本当はもう少し子供として甘えることができる選択肢もあったのではないかと思わされる。
ここはシェリーとしても佐々木という女性にとっても鬼門である。
今回もひどく心を引っ掻き回された。夫の事まで引き出された。ああ嫌だ。
本当はまだあの病院のベットで眠り続けているのではないかと、目を開ければ夫が心配そうな顔で隣にいてくれるのではないかと。
ひどく心が乱れる。
シェリー自身、ルークに依存していることは分かっている。佐々木という女性の子供への執着。シェリーという子供の家族への憧れ、二人の女性のこの世界で生きるための存在意義。それがすべてルークへの愛情に変化していった。
不安定な心はルークのために行動することで安定性を保っていた。しかし、ここにルークはいない。
いつの間にか結界の端まで来てしまっていた。グレイによって壊された結界は直されていたが、足元の花畑は無惨な姿のままだ。
この花は知っている。ビアンカの好きな花だ。でもシェリーはこの花が嫌いだった。
まだ、自分で身の回りのことができない頃、オリバーとビアンカが花畑で二人の世界を作りシェリーを返り見なかった時を思い出す。
二人にとってシェリーは必要のない存在なんだろう。きっと、ばあやがいなければシェリーは生きていなかった。
「思いでの花を咲かせよう。今夜だけの。2つの月と私しか知ることはない一晩だけの宴の花」
シェリーは二つの月を見上げ、目を閉じる。もう、心の中でしか見ることのできない風景を思い出し、魔力に乗せる。
「『夢の残像』」
無惨な姿をした花畑はピンクの炎に包まれ、ピンクの光へ変わっていった。その光はひとつの大きな塊として形造り、大木へと変化した。その大木には薄いピンクの花を咲かせている。風によりヒラヒラと舞う花びらはなんとも幻想的だ。幼いころ佐々木家で毎年、見に行った樹齢400年の桜の木を再現したのだ。
木の下に赤い敷物を敷き、その上にあがる。シェリーは黒い着物姿になっていた。喪服ではなく、昔祖母が晴れの日に良く着ていた大島の着物である。黒い着物を凛と着こなす祖母に憧れた。この着物姿も幻影である。ここには祖母の着物なんて存在しないのだから。
赤い敷物の上に座り、炎国で手に入れた、米の酒と盃を取り出す。
シェリーに一杯、そして誰もいない向かい側に一杯、盃に酒を満たす。手にした盃を口に付け、酒を喉に通す。米の酒の独特の甘い香りが口の中を満たした。
「やぁ。なんとも楽しそうなことをしてるじゃないか。」
いつの間にかシェリーの目の前には胡座をかき、シェリーの着物に合わせたかのような白い着物を着て、先程の盃を手に持った白い人がいた。
桜の巨木の下に黒髪に黒い着物をきたシェリー、全てが白い謎の生命体。相反する色をまとった二人が幻想的な風景の中にいる。
「とても心が乱れているようだったから心配だからきてあげたよ。」
「あなたがいる方が乱れが酷くなりました。なぜ現実的に目の前に居るのですか。」
「ちょっと違うかな。さっき創って発動したスキル『夢の残像』に干渉したから目の前にいるように見えるだけだよ。」
「一人で楽しもうとしていたのに邪魔をしないでいただきたい。」
「お酒を二人分用意したくせに。」
「それは月に捧げた酒です。これはわたしと月だけの宴です。ただただ、見上げるしかないわたしと見下ろすしかない月との花見です。」
「ああ。そうだね。こんな風に世界を見上げることはなかった。美しい夜だね。僕はね本当は世界がどうなろうと構わないんだ。もし、世界が壊れてしまっても創り直せばいいだけだしね。だから、そんなに気を張らなくてもいいんだよ。」
「何となく分かっていましたよ。遊んでいるだけなんだろうなと。私、負けず嫌いなんです。」
「それ、知っているよ。」
「だから、やれることはやりますよ。」
「でも、君は一人じゃないよ。ほら、お迎えが来ているよ。呼んであげなよ。」
「それもわかってて放置しています。」
「悪い女だね。」
「あなたがいる空間に共に存在出来るほど、二人の位は高くないですよ。それを分かっていて誘うあなたはなんなのでしょうね。」
相反する色をまとった二人の間に花吹雪が舞い上がる。そこにある世界は白と黒のみが支配していた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
補足
晴れの日:大きな節目となるお正月やお盆や祭りなど、神様を迎え、災難を払い、豊作を祈るための日。この日に良い着物を着て祝うという風習。
大島の着物:大島紬。泥染めの黒褐色を基調としている。シェリーが着ているもののイメージは総柄ではなく、ほとんど黒褐色で一部に白い花模様という感じです。
挿絵(月夜の宴)
下に進むかは読者様にお任せします。
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本当は勇者と聖女を訪ねたくなかったのだ。
わたしが私であったと思い知らされる。家族にならなかった家族がいることを思い知らされる。本当はもう少し子供として甘えることができる選択肢もあったのではないかと思わされる。
ここはシェリーとしても佐々木という女性にとっても鬼門である。
今回もひどく心を引っ掻き回された。夫の事まで引き出された。ああ嫌だ。
本当はまだあの病院のベットで眠り続けているのではないかと、目を開ければ夫が心配そうな顔で隣にいてくれるのではないかと。
ひどく心が乱れる。
シェリー自身、ルークに依存していることは分かっている。佐々木という女性の子供への執着。シェリーという子供の家族への憧れ、二人の女性のこの世界で生きるための存在意義。それがすべてルークへの愛情に変化していった。
不安定な心はルークのために行動することで安定性を保っていた。しかし、ここにルークはいない。
いつの間にか結界の端まで来てしまっていた。グレイによって壊された結界は直されていたが、足元の花畑は無惨な姿のままだ。
この花は知っている。ビアンカの好きな花だ。でもシェリーはこの花が嫌いだった。
まだ、自分で身の回りのことができない頃、オリバーとビアンカが花畑で二人の世界を作りシェリーを返り見なかった時を思い出す。
二人にとってシェリーは必要のない存在なんだろう。きっと、ばあやがいなければシェリーは生きていなかった。
「思いでの花を咲かせよう。今夜だけの。2つの月と私しか知ることはない一晩だけの宴の花」
シェリーは二つの月を見上げ、目を閉じる。もう、心の中でしか見ることのできない風景を思い出し、魔力に乗せる。
「『夢の残像』」
無惨な姿をした花畑はピンクの炎に包まれ、ピンクの光へ変わっていった。その光はひとつの大きな塊として形造り、大木へと変化した。その大木には薄いピンクの花を咲かせている。風によりヒラヒラと舞う花びらはなんとも幻想的だ。幼いころ佐々木家で毎年、見に行った樹齢400年の桜の木を再現したのだ。
木の下に赤い敷物を敷き、その上にあがる。シェリーは黒い着物姿になっていた。喪服ではなく、昔祖母が晴れの日に良く着ていた大島の着物である。黒い着物を凛と着こなす祖母に憧れた。この着物姿も幻影である。ここには祖母の着物なんて存在しないのだから。
赤い敷物の上に座り、炎国で手に入れた、米の酒と盃を取り出す。
シェリーに一杯、そして誰もいない向かい側に一杯、盃に酒を満たす。手にした盃を口に付け、酒を喉に通す。米の酒の独特の甘い香りが口の中を満たした。
「やぁ。なんとも楽しそうなことをしてるじゃないか。」
いつの間にかシェリーの目の前には胡座をかき、シェリーの着物に合わせたかのような白い着物を着て、先程の盃を手に持った白い人がいた。
桜の巨木の下に黒髪に黒い着物をきたシェリー、全てが白い謎の生命体。相反する色をまとった二人が幻想的な風景の中にいる。
「とても心が乱れているようだったから心配だからきてあげたよ。」
「あなたがいる方が乱れが酷くなりました。なぜ現実的に目の前に居るのですか。」
「ちょっと違うかな。さっき創って発動したスキル『夢の残像』に干渉したから目の前にいるように見えるだけだよ。」
「一人で楽しもうとしていたのに邪魔をしないでいただきたい。」
「お酒を二人分用意したくせに。」
「それは月に捧げた酒です。これはわたしと月だけの宴です。ただただ、見上げるしかないわたしと見下ろすしかない月との花見です。」
「ああ。そうだね。こんな風に世界を見上げることはなかった。美しい夜だね。僕はね本当は世界がどうなろうと構わないんだ。もし、世界が壊れてしまっても創り直せばいいだけだしね。だから、そんなに気を張らなくてもいいんだよ。」
「何となく分かっていましたよ。遊んでいるだけなんだろうなと。私、負けず嫌いなんです。」
「それ、知っているよ。」
「だから、やれることはやりますよ。」
「でも、君は一人じゃないよ。ほら、お迎えが来ているよ。呼んであげなよ。」
「それもわかってて放置しています。」
「悪い女だね。」
「あなたがいる空間に共に存在出来るほど、二人の位は高くないですよ。それを分かっていて誘うあなたはなんなのでしょうね。」
相反する色をまとった二人の間に花吹雪が舞い上がる。そこにある世界は白と黒のみが支配していた。
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補足
晴れの日:大きな節目となるお正月やお盆や祭りなど、神様を迎え、災難を払い、豊作を祈るための日。この日に良い着物を着て祝うという風習。
大島の着物:大島紬。泥染めの黒褐色を基調としている。シェリーが着ているもののイメージは総柄ではなく、ほとんど黒褐色で一部に白い花模様という感じです。
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