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閑話1 張り合う再従兄弟

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「グヘヘへ。トノ!例のブツでございますぅ」

 私の目の前には鮮やかな赤い髪を片目を隠すように横に流し、逆の目は隊服と合わせたような黒い帽子を斜めに被った騎士の少女が私に、抱えるほどの箱を差し出している。

 しかし、先日もいただいたばかりなのだが?

「ふむ。これは如何なる品であるか?」

 彼女の演技に合わせて、どういう理由で差し出しているのか、聞いてみる。

「ははっ!これなるはドルド火山に住まいし火牛にございまする。麓に降りてきたところを討伐したのでございます。しかし、事前に忠告したにも関わらず火牛ごと凍らすという愚か者もいましたが、こちらの品は武勲を誇る隊長の一騎討ちにて仕留めたモノにございます」

 彼女の説明に納得した。所属している諜報部から災害級に指定されている炎牛プロクスブルが住処にしているドルド山から降りてきたと情報を得たので、討伐に行っていたようだ。その手土産として炎牛プロクスブルの肉を持ってきてくれたようだが、まだ先日もらった物のお返しも出来ていない。どうしたものか。

「褒美は何が良い?先日の褒美も渡しておらぬゆえ、好きな物を言うがよい」
「では砂金なるものをたんまりといただければ、この身……いったーい!」

 彼女は突然頭を抱え、うずくまってしまった。その背後にはレイラファールに似た男性が彼女と同じ黒い隊服を身にまとって立っている。それも拳を握り込んで、振り下ろした姿でだ。

「何を怖ろしいことを言っているのですか!」
「何も怖いことは言っていないですぅー」

 いつものお調子者の彼女の姿に戻ったけれど、それすらも演技であることを知っているのは、騎士団の中でもほんの一握りだけだろう。

「この公衆の面前で砂金とはなんという物を要求しているのですか!」

 公衆の面前とは言っているものの、最近の食堂の定位置となっている観葉植物の壁に囲まれた一角なので、そこまで人目にはさらされてはいない。

「それからここは貴女が入っていいスペースではありません!」

 不貞腐れた顔をしている彼女は第0部隊の班長であるため、上官にはあたらない。

「ふくちょー。知らないのですかー?ここで食堂のご飯を食べるのが駄目であって、ここでお話をするのはいいのですぅー」

 確かにここで昼休み以外も寛ぐ者もいるので、部下が報告にきたり、話し合いの場を持つことは、違反には当たらない。違反に当たる行為は、騒いだりマナーを守らなかったり一般騎士がこの場で食堂の食事を取ることだ。と、いうことはだ。

「フィアロッド班長は弁当を持ってきて、ここで一緒に食べていたから、これぐらいで怒らなくても良いと思うが?」

 イグニスが彼女を庇う発言をする。これは珍しいことだ。普通であれば他の師団……彼らは諜報部隊であるので第0部隊しか存在しないのだが、他のところと揉め事を起こさないようにするため、普通は口出しをすることはない。

「えいゆーどの!これぐらいでグチグチ言うことじゃないですよね!」
「お弁当?」

 イグニスという味方を得たので彼女は、胸を張って反論しているが、レイラファールに似た容姿のヴァイスアスール第0副部隊長は何かが引っかかったらし。

「おぅ!フィアロッド班長の弁当は旨いぞ!夜戦の合間でも腹が減っては戦はできぬと、夜食をくれたしなぁ」
「でへへへへ」

 弁当が美味しいと褒められて怪しい声を上げている彼女だが、長時間の戦闘となると、私とイグニスにおにぎりの差し入れを持って来てくれることがよくあった。
 まぁ、そのお米というのが、私の大規模農園で作っているものなのだ。彼女の言う『砂金』とは稲穂を例えた言葉で、お肉の礼であれば、お米がいいと言う意味だ。

「それは知らなかったですねぇ。同じ部隊にいても、夜食をくれたことなんて一度もなかったですね」

 ヴァイスアスール第0副部隊長は不穏な空気をまといだし、彼女の首根っこをガシリと掴んだ。

「一度話し合った方がよさそうですね」

 そう言いながらヴァイスアスール第0副部隊長は彼女を引きずって歩き出す。

「ふくちょー!歩きます!」

 彼女が本当に抵抗しようものなら、彼の腕をねじりきる程の勢いで、離れることができるだろう。しかし、甘んじて受け入れている。

「実は私、歩けるのですぅー!」
「知っていますよ」

 去っていく彼女たちを横目にレイラファールがこちらに向かってきた。別に決めているわけではないが、婚約してから共に食事を取ることが多くなった。アスールヴェント公爵邸に移り住んでいるので、必然的に朝と夜も共に食事をとることになるのだが。

「あれは、また来ていたのか?」

 私の隣に腰を下ろしながら、レイラファールは呆れたように言葉にする。一月前に諜報部からの情報を持ってきてくれたので、またという程の頻度ではない。

「来る時は一週間に一度くらい顔を出していたぞ」

 イグニスが一ヶ月間顔を出さなかった方が珍しいと言う。まぁ、その一ヶ月の間は色々あったらしい。

「ルーフェイスもあんなののどこが気に入ったのか」
「いや、フィアロッド班長は第1師団長のご息女だから、あんなのじゃねぇと思うぞ」
「第8副師団長、やけにアレを庇うな」

 イグニスは彼女を気に入っているところはあると思う。なぜなら数少ないイグニスの厄災を笑って受け入れる人物だからだろう。そう言えばふと思い出した。

「イグニス。一度、第1師団長と間違われたことがあったな」

 そうイグニスと彼女の父親である第1師団長はどことなく似ている。鮮やかな赤い髪に魔力を帯びた金色の瞳。そして、武人らしい体格のいい体つき。

「まだ、彼女が騎士団に入っていなかったときに『とうちゃん、デートに行こう』っと誘われていたな」
「デート?」

 レイラファールが首を傾げるのもわかる。そもそも騎士団に所属していない彼女が騎士団の中にいるのも不思議だが、父親に対してデートを誘うという行動。

「あー。あれな、結局散々な目に遭っただけだったじゃねぇか。笑っていたのはフィアロッド班長だけだっただろう?なんで、俺は貴族のガキ二人連れて山の中を逃げ惑わなければならなかったんだ?」
「今となればいい思い出だ」

 私は苦笑いを浮かべる。あの時は必死だったけれど、今となればいい思い出だ。

「アリシア、デートに行こう」

 突然レイラファールがおかしな事を言いだした。何がどうなって、そのような言葉が出てきたのか。
 それに突然デートに行こうと言って、休みがとれるわけではない。師団が違うとはいえ、師団長が二人休みをとることは中々難しいのだ。

「いきなりどうした?休みを取れと言われても、結婚式の準備でそれなりに休みを取っているので、これ以上は難しい」

 私も本部に詰めている部隊の指導を行わなければならない。以前ほど頻繁に出撃命令が出されるわけではないが、魔物の脅威が完全に取り除かれたわけではないのだから。

「いや、ルーフェイスが先日デートしてきたと自慢してきたから、腹が立っただけだ」

 レイラファールの言うルーフェイスとは先程いたヴァイスアスール第0副部隊長のことだ。二人は双子の様に似ているが、兄弟ではなく再従兄弟にあたる関係だ。ただ、祖父同士が双子であり、何かと張り合っているので、昔からレイラファールとヴァイスアスール第0副部隊長は比べられていたらしい。それを今も引きずっていると。

「あー。それ多分デートじゃないぞ。フィアロッド班長のデートの概念は狩りに行くことだ。土産で炎牛プロクスブルの肉を持ってきたから第0部隊長とフィアロッド班長のおもりで付いていって、途中の中核都市で奢らされただけだと思うぞ」
「イグニス。そこはデートということにしておくべきではないのか?」
「いや、俺は散々二人から奢らされたからな」
「細かいことを言うな。大人は子供に奢ってしかるべきだ」

 普通とは逸脱した私と彼女にとっては互いが初めての友達だったのだ。それは、はしゃぐこともある。
 それから貴族として扱わず、一人の人と自分たちを見てくれるイグニスの側が居心地よかったというのも、彼女と私の中では同じ見解でもあった。

「相変わらず、仲が良すぎるな」

 機嫌の悪そうなレイラファールの声が耳に入ってきた。

「婚約者は俺のはずだが?」
「それは言われなくてもわかっている。だが、イグニスと組んでかなりの年月が流れているので致し方ない」

 賭けは私が負けてしまったが、今まで築いてきた過去が変わるわけではない。

「英雄イグニスと魔女アリシアの名は2つで一つだ。どちらが欠けても脅威を退けることは難しかっただろう。その魔女を嫁にするのであるのなら、英雄の影が付きまとうのは必然的だ」
「おひぃさん。俺を巻き込まないでくれ」

 巻き込むなという本人はこの騎士団の本部の中にいる間、私の側から離れることはない。それはこれからも変わることはない。

「ただの嫉妬だ。なぜ、もっと早く思い出さなかったのか。自分自身に腹が立つ。そうすれば、英雄というものにアリシアを取られることはなかったのに」
「いや、俺はおひぃさんの部下だからな」

 恐らく、思い出していたとしても、私の行動に変わりはなかった。そして、イグニスとの出会いも必然的だっただろう。

「まずはルーフェイスを見返すために、デートをしよう。一週間後の聖堂の下見に行くときにすれば、新たに休みをとることもない」

 そこは張り合うのだな。しかし、私は教会でいいと言ったのだが、権力から退いたはずのご老人方が絶対に聖堂でするようにとゴリ押しをしてきたのだ。聖堂は王族の方々しか使えないと聞いたことがあるのに、やはりご老人の発言権は剥奪すべきだ。

「なんだ?まだ、聖堂で行うのが嫌なのか?」
「嫌というか。私は王族ではないので、使用すべきではないという考えだ」
「聖女マリ様の直系のアリシアが使うことに反対するものなどいない」

 聖女マリ。それはお祖母様の呼び名である。ただ、その名はお祖母様は嫌っていた。

「真の聖女はシャルディア王妃だと言うのがお祖母様の口癖だったよ。それに私はお祖母様の付随品ではない」
「勿論だ。アリシアはアリシアだ」

 そういって、レイラファールは私を抱き寄せ、口づけをしてきたのだった。

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