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10 勝負の勝敗は……

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「実は、言われていた場所に行きまして、言われていた数値を入力して鍵を外して入ったのですが、中には備品と思われるモノはありましたが、人の姿は見られませんでした。一応今見張りを立てていますが、どうされますか?」

 レイラファールに何も無いことを確認するかと言いに来たのだろうが、私は一つ気になったことがある。

「一つよろしいでしょうか?貴方は開けて一番に部屋の中に入りましたか?」

 そう、この人物が一番に入ったかどうかだ。

「はい、鍵を開けたのも扉を開けて入ったもの私であります」

 ならばと、次の質問をする。

「入った時に何か足に当たりましたか?」
「何も足元にはありませんでした」

 ああ、これは決定だ。死体は誰かが運び出し、元通りに鍵を掛けた。

「私は入口に剣を立て掛けていたのですよ。薄暗い室内ではわかりにく黒い剣の備品を、何も知らずに蹴飛ばしてしまえば、ガラクタの備品の山に混じってしまい、元通りには戻せなかったのでしょう」

 これは裏社会の者たちが動いたのだろう。所詮あの女は女帝の役をやらされていた駒の一つでしかない。
 これは手を引くべきだろう。突っ込んで行っても、鬼が出るか蛇が出るかわからない。

「レイラファール殿。この件から手を引いた方がよさそうだ。下っ端がちょっかい掛けてくる分にはいいが、これ以上は闇が深すぎる」
「はぁ、それがよさそうだ。しかし、そんなに簡単に出入りが出来ていいのか?ここは先代のフォルモント公爵夫人の遺産といっていいところではないのか?」

 お祖母様の遺産。言われてみればそうなのだけど、お祖母様の性格はかなりえげつない。現に私が困っている魔力阻害装置を見てもらってもわかるが、一切魔術が使えないのだ。
 例えば、お祖母様が作った物をこの建物から出そうものなら、魔甲騎兵が襲いかかってくる。死なない兵士だ。戦場に出せば戦局が一気に逆転するほどの威力をもつケンタウロス型の兵士だ。

「命をとるか祖母の遺産を取るかの選択肢になるので、そこは気にしなくてもいい」
「は?」
「カトリーヌ様にその辺りは詳しく聞かれるといいだろう。一昼夜掛けても終らないぐらい話してくださる」

 私がそう答えると、レイラファールは遠い目をして『わかった』と答える。きっと、延々とお祖母様の話をされたことがあるのだろう。

 そして、何故かそのままレイラファールは歩き出す。ん?地下に向かうつもりなのだろうか。その前に下ろして欲しいのだが。

 だが、レイラファールが向かった先は誰もいない正面玄関の方で、そのまま馬車留めに止まっていた馬車の中に入っていった。
 あれ?これはどういうことだろう?

「少し早いが、夕食にしよう」
「え?いや、構わないが、いきなりどうした?」

 私は意味がわからないと首を傾げる。確かに予約時間には早いかもしれないが、時間的には夜20時を回っている。お腹は空いているので、私は夕食にすることには大いに歓迎するが、まだ上演中にもかかわらず、なぜ突然外に出たのだ?

「怪しい者たちがうろついているところに長居はしたくないだろう?」

 ああ、そういうことか。私はレイラファールが居たくなかったのだと解釈した。そして、ふと思いだした。返さなければならないものがあったと。

「そう言えば」

 私は言いながら、胸元に手を入れ、ペンの様な細い短剣を取り出す。

「使ってしまったのだが、返さない方がいいか?恐らく刃物としては役に立たなくなってしまった」

 ん?返事がない?私が振り返って見ると、なぜだか固まっているレイラファールがいた。本当に短剣を使うと思っていなかったのだろうか。

「使えなくなったモノは処分して、代わりのものを後で用意しよう」

 私はその短剣を再び胸元にしまおうとしたとき、その短剣を取られてしまった。

「返してもらえるのであれば、これでいい」
「いや、刃を見てもらったらわかるが、黒焦げで短剣の意味をなしていない」
「いや、これいい」

 まぁ、本人がいいと言うなら、構わないか。

 その後の食事は普通に終わり、レイラファールも店を気に入ってくれたようだ。この店のオーナーも私であり、各地で集めた美味しい食材を使って料理を提供しているのだ。勿論お肉は硬いゴムのような肉ではなく、うまい肉を捕獲して繁殖させているのだ。
 うまい肉は何かって?それは秘密だ。
 流石に魔物を肉の為に繁殖させているなんて口が裂けても言えない。


「アリシア嬢。感謝する」

 帰りの馬車の中で突然お礼をレイラファールから言われた。

「なんのお礼だ?私は何もしていないが?」
「これは9年前に言えなかったお礼だ」

 9年前の礼か。私は私の無力を痛感しただけだったが。

「それも礼を言われることはしていない。一度は貴殿を見捨てようと思ったのだからな」
「だが、助けて。助けだしてくれた。今まで忘れていた事が情けない程に」

 それは記憶を封じていたのだから仕方がない。

「それで、記憶は元に戻してくれるのか?」
「え?今からか?」
「今だ」

 えー。こんな馬車の中で?しかし、レイラファールも一歩踏み出すためには必要なことなのかも知れない。

「わかった。一つだけ言っておく」
「なんだ?」

 私はドキドキする心臓を押さえて言葉にする。

「いいか?その記憶は真実だが、自暴自棄にはならないでくれ。この狭い空間で暴れられたら、私は貴殿を拘束するからな」

 いや、本気でレイラファールが暴れたら、拘束では済まないだろう。恐らく一対一の決闘と化すに違いない。

「わかった」

 私はレイラファールの額に指を当て、ただ一言言葉にする。

「『解除』」

 すると、レイラファールは事切れた木偶でく人形の様に倒れてきた。因みに私は何故か帰りも子供の様に抱えられていたので、レイラファールは私の背中に倒れてきたのだ。
 これはこれで私が重いので、長椅子に沿って横に倒そうかと思案していると、いきなりお腹をがしりと抱えられた。

 え?身動き出来ないのだけど?

 そして、この世の者とは思えぬ低い声が響いてきた。

「あの女!殺してやる」

 ギリギリと締まるお腹。コルセットで締まっている上から締められているのだ。私の胃が外に飛び出そうだ。

「こ……殺したよ。私が……殺したから、これ以上締めないで……欲しい」

 すると、締める手が緩み、くるりとレイラファールの方に向けられる。

 そして、レイラファールは私の頬を両手で包むように添えた。美人の顔に笑みが浮かんでいるが、目は獲物を狙っている獣の様な目をしていた。
 何が起こったかわからないけれど、凄く嫌な予感がする。

「アリシア。結婚をしよう。俺にはアリシアしか居ない」
「は?」

 何を言っているんだ?結婚?あのレイラファールの口から結婚の言葉が出てきた?私の空耳か?

 そして、レイラファールの顔が近づいてくる。

「『眠れ!』」

 思わず、強制睡眠の魔術を使ってしまった。私はドキドキする心臓を押さえる。
 やはり記憶を戻すのでは無かった。レイラファールが壊れてしまった!!どうすれば良いのだろう。


 今更、再び記憶を封印することはできない。仕方がないと、私は遠い目をする。

 後で、カトリーヌ様に謝っておこう。







「おひいさん。昨日のデートはどうだったんだ?」

 イグニスが興味津々と言わんばかりに聞いてきたが、私は一日席を空けたことで溜まっている書類に目を通しているので、無視をする。

「おひいさんの作戦は上手く行きそうなのか?」

 その言葉に思わず、バンと机を叩く。

「話す暇があるなら、新人の教育でもしてくればいい」
「あ、それしないでくれって、ラドファンから言われている」
「だったら、黙ってサインでもしておけ」

 私の機嫌の悪さもイグニスには関係なく。ニヤニヤと笑っている。

「もしかして、おひいさん。第3師団長の事が好きになってしまったとか?」
「私の好みはイグニスは知っているはずだが?」
「しっちゃぁいるが、あれはまた違うだろう?」
「その話を俺に詳しく教えて欲しいものだ」

 私とイグニスの会話に入ってくる声があった。ノックもなしに開く扉から入って来たのは、銀髪の麗人であるレイラファールだ。

 昨日のあの後、馬車をフォルモント公爵邸ではなく、アスールヴェント公爵邸に戻ってもらうようにお願いをし、カトリーヌ様がいらっしゃらなかったので、アスールヴェント公爵夫人に成り行きを説明をして、私はレイラファールを放置して、帰ったのだった。いや、一応送り届けたと言い換えよう。

「何の用だ?第3師団長」

 私は執務机に両肘を付いて口元で両手を組み、ゲンドウポーズを取る。そして、レイラファールを下から睨め付けた。

「第8師団長にサインをいただきたいのだが」

 そう言ってレイラファールは一枚の紙を渡してきた。それを一瞥した私は紙を手に取り、上から下にビリビリと切り裂いた。

「断る」

 笑顔を向けて私は言い切る。しかし、レイラファールは別の紙を差し出してきた。

「フォルモント公爵からも許可をもらってきている」

 お父様のサインが書かれた紙を見て、乾いた笑いがこみ上げてきた。今度はそう来たのか。

「何故、私が婚約者としてアスールヴェント公爵邸に住まわねばならぬ!」

 私は両手で天板を叩きつけ立ち上がる。何が婚約者だ!私は絶対に認めないからな!

「俺は元からこの話を断ることはないと言っていたはずだ」

 言っていた。確かに言っていたが、それだと私は貴族として居続けなければならない。

「アリシア嬢はこのまま第8師団長の席に付いてもらってかまわない。今まで通り、劇団もレストランもホテルも続けてもらって構わない」
「あっ。それあと酒場と酒蔵と牧場と大規模農園も手掛けているぞ」
「イグニス、黙っていろ!」
「因みにおひいさんの好みの話はドラゴンだ」
「イグニス!黙れ!」

 私は聞かれていない事をべらべらと話すイグニスを叱咤する。

「好みがドラゴン?」

 レイラファールは意味がわからないという顔をしている。

「肉だ肉。ドラゴン牧場で飼育されたドラゴンの肉を昨日食ったんだろう?」

 いらないことを言う口を黙らすためにイグニスの側に転移をして横腹に蹴りを入れるが、筋肉の塊のイグニスには蚊が刺した程の衝撃しかなかったのだろう。平然とした顔をしている。

「ドラゴン牧場??」
「イーグーニースー!!」

 レイラファールの困惑している声と私が怒っている声が重なる。

「おひいさんを第8師団長のままにしてくれるって言うなら協力するぞ」
「裏切り者!」
「おひいさんが居なくなったら俺生きていけないからなぁ」
「言い方が悪い!!」

 イグニスの思わぬ反旗に私が文句を言っていると、地を這うような声が聞こえてきた。

「仲がいいな。婚約者は俺のはずだが?」
「まだ、婚約者ではない!」

 そう正式には婚約者には成っていない。貴族の婚約の許可は国王陛下は出すものだからだ。
 すると、もう一枚の紙を出してきた。

「国王陛下から許可をもらってきた」

 もらってきた?その言い方に嫌な予感がする。

「今朝、王城に行ってきて直接、もらってきた。次いでに教会にも寄ってきて提出してきた」
「何を?」
「婚約届」
「私はサインをしていないが?」
「国王陛下と宰相のサインがあれば出せる」

 その言葉に、私は膝から崩れ落ち四つん這いになる。私の人生計画が思わないところで、躓いてしまった。

 行動が早すぎる。なに直接国王陛下からサインをもらってきているわけ?

「お祖母様から今回の話を受けるにあたって言われていたことがある」

 レイラファールはそう言いながら、私を抱き起こし抱え上げた。

「俺からこの話を断ってはいけないこと。理由は俺がアリシアの事を絶対に気に入るからと言われたからだ」

 カトリーヌ様!それはご自分がお祖母様好きだっただけでは?

「それと、アリシアは人を見た目や肩書きではなく、その人自身を見てくれると」

 ん?あれ?私の名前をいつの間にか敬称無しで呼ばれている。

「前フォルモント公爵からは、気に入ったらさっさと手の内で囲っておかないと逃げ足だけは早いからと忠告された」
「それお祖母様の話だからな」
「あと、窮屈に感じると何処かに消え去るから、手の内で遊ばしておくぐらいが丁度いいとも言われた」
「いや、だからそれはお祖母様の話だ」

 私がお祖父様の言葉を否定していると、レイラファールはキラキラした笑みを浮かべて言った。

「ではアリシアは公爵令嬢として貴族らしくあるように言われていたらどうしていた?」

 それは騎士団に入らずにということか?私は少し考える。騎士になる選択肢がまだ無かった時に考えていたことは……。

「取り敢えずそれまでに私にかかった養育費等の金額相当の物を用意して家出をしていたか?」
「相変わらず、男前なおひいさんだな」

 うるさいぞ、イグニス。

「だから、今まで通り過ごしてくれていい。ただ今日からアスールヴェント公爵邸に住まいが移るだけだ」
「今日から?」
「今日から」

 そんなキラキラ笑顔でとんでもない事を口にしないでほしい。

「しかし、婚約者として最低限のことはお願いしたい。確か、仮面夫婦でも仲がいいアピールはしないといけないのだったか?」
「それ!例え話だと言った……うっ!」

 私が反論をしているとレイラファールは私を更に抱き寄せ、口づけをしてきた。

「今日から婚約者としてよろしく」
「ぐふっ」

 私の36人目の婚約者候補は正式には婚約者となってしまった。ということは、私の脱貴族計画は破綻を迎え、公爵令嬢と師団長という生活が続くのだった。

「ああ、それから結婚式は半年後に決めたからな」
「早っ!せめて1年後では?」

 いや、公爵夫人と師団長という肩書きの両立だった。





一週間後の閑話

「アリシア。一緒に昼食を取ろう」

 騎士の隊服に身を包んだ銀髪の美しい青年が、扉をノックすることなく、一つの部屋に入っていく。その青年の視線の先には黒髪をお団子のように丸く結い、執務机から侵入者のように押し入ってきた青年を黒い瞳で睨みつけている女性がいる。
 その容姿は幼いように思えるが、体付きが成人女性の様なので、見た目より幼くないのだろう。

「おひいさん。昨日みたいに無駄な抵抗せずに今日は行けよ」
「ちっ!」

 同じ室内にいた赤い短髪の体格のいい正に武人と言っていい男はアリシアと呼ばれた女性を諌めているが、そのアリシアからは舌打ちが漏れている。

 しかし、昨日の事を引き合いに出されたのが効いたのか、アリシアは素直に席を立ち赤い短髪の男を睨みつけながら言う。

「イグニス。行くぞ」

 アリシアから出てきた言葉は少し乱暴な言い方だが、銀髪の青年の誘いを否定するものではなかった。
 そして、アリシアは長椅子に掛かっていた隊服の上着に袖を通す。その上着には数々の勲章が付けられており、彼女の功績の凄さを物語っていた。
 しかし、青年に誘われたのはアリシアであって、イグニスという武人では無いはずだ。

「第3師団長、ご一緒しても構わねぇーか?」

 そのイグニスは青年に確認を取ってはいるが、その言葉遣いはかなりおかしかった。丁寧な言葉の後に続くの乱雑な言い方。
 だが、その言葉遣いを誰も指摘しなかった。

「ああ、構わない」

 青年は当たり前の様に返事を返すが、アリシアに向けていた笑顔から無表情に近い表情をしている。
 だが、瞬時に誰もを魅了する笑顔になり、アリシアに手を差し出した。

「行こうか、アリシア」
「……」

 青年に手を差し出され、声をかけられるも、アリシアは青年を睨みつけるだけで、無言のままだ。

「手を繋ぐのと、昨日みたいに抱きかかえて行くのとどちらが良い?それから仲のいいアピールはして欲しいな」

 青年はキラキラした笑顔でアリシアに選択肢を迫っている。そして、どうやら昨日は抵抗を試みて最終的に抱きかかえられながら移動させられたらしい。
 選択肢を迫られたアリシアは不機嫌そうに『ちっ』と舌打ちをしてから、朗らかな笑みを浮かべ、青年の差し出された手を取った。

「レイ様、参りましょう」

 まるで別人のような身の変わり方だ。アリシアからレイと呼ばれた青年が部屋を出ていく背中を見ながらイグニスが呟く。

「結局、何だかんだと言って、第3師団長のこと、おひいさんは気に入っているよなぁ。シショーのお孫さんってのもあるが、時々心配そうな目で第3師団長のこと見てたしなぁ。上手くいってくれる方が俺としちゃー助かるが、前の婚約者の侯爵家のお嬢さんは諦めていないみたいな噂があるしなぁ」

 そんなことをボヤきながらイグニスは二人の後を追うのであった。

_________________

後書き

 数ある作品の中からこの物語を読んでいただきまして、ありがとうございます。


 ご意見ご感想等があれば下の感想欄から記入していただければありがたいです。

エールも押していただけるととても嬉しく思います(*´ω`*)


 ここまで読んでいただきまして本当に、ありがとうございました!!


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