13 / 72
13 長椅子生活はあと何日?
しおりを挟む
「ごみ・・・」
「ええ、ゴミ」
「あ、ありがたくもらっておく」
そう、それは良かった。私の労力もフェーリトゥールの好意も無駄にならなくて。
黒く光の加減によっては青くも見える軍服を着た彼は、魔王だと言ってもいい様相になっていた。ある意味かっこいい。かっこいいが深淵を覗き込んでいるような目がいかんせん駄目だ。
そんな彼の前にコップ一杯の水······痛み止めを差し出す。
「腕の治療を始めてもいいかな?」
「ああ」
そう言って左手でコップを受け取り、一気に飲み干す。一人掛けの椅子に座った彼の右側の床に座り、布しか今はない腕を見る。
「なぜ、床に座る?」
「何故と言われても一時間同じ体勢で居なければならないので」
中腰で一時間の治療はあまりにも苦行過ぎる。そう思っていると体がふわりと浮いた。
あ?なぜ抱きかかえられている?左腕一本で抱えられていた。そして、私のベッド化している長椅子に座らされた。
「これなら床に座らなくていいだろう?」
確かにこれなら床に座らなくてもいい。だけど、もっと過酷な状況下で治療を行ってきた事もあるので、床に座るぐらいどうしたこともない。まぁ、治療が出来ればそれでいい。
「腕を出して、もし治療中に動けばすぐに拘束するから」
「わかっている」
ならいい。右肩だけ出してもらい先を失った右腕に手をかざす。
「『彼の者の失えし姿を在りし日の姿に』」
魔力を患部に纏わし細胞の再生を促す。やはり彼自身の魔力は存在しない。彼の中にあるのは全て禍々しき悪意に満ちた魔力だ。
雨の叩きつける音が耳に響く。骨に神経に筋組織、順に再生していく。しかし、よく耐えているものだ。発狂するほどの痛みだろうに。
いや、痛みに慣れすぎてしまっているのだろう。それも問題だ。
最後の工程の皮膚の再生に移る。しかし、これは思ったより私の負担が少ない。他人の魔力を操作をするのはとても神経を使っていたのだろう。
予定の一時間よりも10分早く終わった。ふーと長くため息を吐き出す。お腹が空いた。
顔を上げると黒く濁った目が私を見ていた。なんだろう?何か問題でもあるのだろうか。
「再生は終わったけど、どう?」
「問題ない」
「そう、ならいい。けれど、今日は右手を使うのは控えて欲しい。昨日も言ったけど過度な運動は1ヶ月は控えてほしい」
「ああ」
そう言って、黒い軍服に袖を通している。再生したところは普通の皮膚のままだけど、元の皮膚には黒い鱗の紋様が蠢いている。まるでこの先に行こうとしているが、なにかに遮られて行けないと、もがいているかの様に見えてしまった。
私は立ち上がり、煙管に火をつけ、台所に向かう。
何を食べようか。お腹空いたなぁ。ガッツリお肉食べたいなぁ。ステーキいいよね。ドラゴンステーキ。肉汁滴る塊に齧り付く。うん。今日のご飯はそれで決まり。今日はよく働いた。
長椅子生活5日目に突入した。思っていたより長く続いた嵐が去り、やっと星空を拝むことができた。私は池の様になった畑に足を踏み入れる。はぁ。野菜は全滅と言っていい。いくつかの薬草は生き残っているが多くが土ごと流れて行ってしまったようだ。
毎年のことだけどキツイな。
念の為室内でも育てているものもあるけど、やはり外の方が薬草の質が良いのだ。この土地の特性と言ってもいいのかもしれない。魔素を好むドラゴンが住む竜の谷だ。植物の育ちがとてもいい。
そう言えば、普通の人はここで暮らすことは·······いや、ここにたどり着くことができないほど魔素が濃いのに彼には何も影響がないようだ。あるのかもしれないが、私に分からないだけなのかもしれない。
その彼は治療が終わってからは私の書庫に籠もって本を読んでいるようだ。大して面白い本なんてありはしないのに、殆どが魔術書や魔物の本だったりする。興味を持つ何かがあったのだろうか。
手に魔力を集め、池の様になった畑に手をかざす。辺り一帯の水分を全て取り除いて土をむき出しにする。
また、土作りから始めなければならない。水の力でほとんどの土が持っていかれてしまった。
はぁ。と紫煙を吐き出す。畑の側にある休憩用のベンチに座り、空を仰ぎ見る。星がとても綺麗だ。たまには外で寝るものいいかもしれない。討伐隊に居た頃はよく父と星を見ながら寝ていたものだ。
長椅子生活はあと何日続けなければならないのだろう。あと25日?ツラいツラすぎる。
はぁ。一ヶ月と言った手前、追い出すわけにはいかないか。
しかし、あの軍服を着てから私の目には彼が魔王にしか映らない。魔王········あのフェーリトゥールが確かに言っていた。これは人かと、これはなにかと。妖精であるフェーリトゥールがそのような事を言うなんて。
もしだ。もし、彼があのまま死んでいたとする。死して呪いを周りにばら撒き、その後には何が残る?呪いの核と言うべきモノが残るのではないのだろうか。
そして、彼が言っていた言葉だ。正気で居られる時間が長いと。それまで正気でいられる時間は今ほどでは無かったと。
正気ではない彼とは何者か。
「ええ、ゴミ」
「あ、ありがたくもらっておく」
そう、それは良かった。私の労力もフェーリトゥールの好意も無駄にならなくて。
黒く光の加減によっては青くも見える軍服を着た彼は、魔王だと言ってもいい様相になっていた。ある意味かっこいい。かっこいいが深淵を覗き込んでいるような目がいかんせん駄目だ。
そんな彼の前にコップ一杯の水······痛み止めを差し出す。
「腕の治療を始めてもいいかな?」
「ああ」
そう言って左手でコップを受け取り、一気に飲み干す。一人掛けの椅子に座った彼の右側の床に座り、布しか今はない腕を見る。
「なぜ、床に座る?」
「何故と言われても一時間同じ体勢で居なければならないので」
中腰で一時間の治療はあまりにも苦行過ぎる。そう思っていると体がふわりと浮いた。
あ?なぜ抱きかかえられている?左腕一本で抱えられていた。そして、私のベッド化している長椅子に座らされた。
「これなら床に座らなくていいだろう?」
確かにこれなら床に座らなくてもいい。だけど、もっと過酷な状況下で治療を行ってきた事もあるので、床に座るぐらいどうしたこともない。まぁ、治療が出来ればそれでいい。
「腕を出して、もし治療中に動けばすぐに拘束するから」
「わかっている」
ならいい。右肩だけ出してもらい先を失った右腕に手をかざす。
「『彼の者の失えし姿を在りし日の姿に』」
魔力を患部に纏わし細胞の再生を促す。やはり彼自身の魔力は存在しない。彼の中にあるのは全て禍々しき悪意に満ちた魔力だ。
雨の叩きつける音が耳に響く。骨に神経に筋組織、順に再生していく。しかし、よく耐えているものだ。発狂するほどの痛みだろうに。
いや、痛みに慣れすぎてしまっているのだろう。それも問題だ。
最後の工程の皮膚の再生に移る。しかし、これは思ったより私の負担が少ない。他人の魔力を操作をするのはとても神経を使っていたのだろう。
予定の一時間よりも10分早く終わった。ふーと長くため息を吐き出す。お腹が空いた。
顔を上げると黒く濁った目が私を見ていた。なんだろう?何か問題でもあるのだろうか。
「再生は終わったけど、どう?」
「問題ない」
「そう、ならいい。けれど、今日は右手を使うのは控えて欲しい。昨日も言ったけど過度な運動は1ヶ月は控えてほしい」
「ああ」
そう言って、黒い軍服に袖を通している。再生したところは普通の皮膚のままだけど、元の皮膚には黒い鱗の紋様が蠢いている。まるでこの先に行こうとしているが、なにかに遮られて行けないと、もがいているかの様に見えてしまった。
私は立ち上がり、煙管に火をつけ、台所に向かう。
何を食べようか。お腹空いたなぁ。ガッツリお肉食べたいなぁ。ステーキいいよね。ドラゴンステーキ。肉汁滴る塊に齧り付く。うん。今日のご飯はそれで決まり。今日はよく働いた。
長椅子生活5日目に突入した。思っていたより長く続いた嵐が去り、やっと星空を拝むことができた。私は池の様になった畑に足を踏み入れる。はぁ。野菜は全滅と言っていい。いくつかの薬草は生き残っているが多くが土ごと流れて行ってしまったようだ。
毎年のことだけどキツイな。
念の為室内でも育てているものもあるけど、やはり外の方が薬草の質が良いのだ。この土地の特性と言ってもいいのかもしれない。魔素を好むドラゴンが住む竜の谷だ。植物の育ちがとてもいい。
そう言えば、普通の人はここで暮らすことは·······いや、ここにたどり着くことができないほど魔素が濃いのに彼には何も影響がないようだ。あるのかもしれないが、私に分からないだけなのかもしれない。
その彼は治療が終わってからは私の書庫に籠もって本を読んでいるようだ。大して面白い本なんてありはしないのに、殆どが魔術書や魔物の本だったりする。興味を持つ何かがあったのだろうか。
手に魔力を集め、池の様になった畑に手をかざす。辺り一帯の水分を全て取り除いて土をむき出しにする。
また、土作りから始めなければならない。水の力でほとんどの土が持っていかれてしまった。
はぁ。と紫煙を吐き出す。畑の側にある休憩用のベンチに座り、空を仰ぎ見る。星がとても綺麗だ。たまには外で寝るものいいかもしれない。討伐隊に居た頃はよく父と星を見ながら寝ていたものだ。
長椅子生活はあと何日続けなければならないのだろう。あと25日?ツラいツラすぎる。
はぁ。一ヶ月と言った手前、追い出すわけにはいかないか。
しかし、あの軍服を着てから私の目には彼が魔王にしか映らない。魔王········あのフェーリトゥールが確かに言っていた。これは人かと、これはなにかと。妖精であるフェーリトゥールがそのような事を言うなんて。
もしだ。もし、彼があのまま死んでいたとする。死して呪いを周りにばら撒き、その後には何が残る?呪いの核と言うべきモノが残るのではないのだろうか。
そして、彼が言っていた言葉だ。正気で居られる時間が長いと。それまで正気でいられる時間は今ほどでは無かったと。
正気ではない彼とは何者か。
1
お気に入りに追加
258
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました
平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。
王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。
ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。
しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。
ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
【完結】乙女ゲームの男爵令嬢に転生したと思ったけれど勘違いでした
野々宮なつの
恋愛
男爵令嬢のエジェは幸運にも王都にある学院に通う機会を得る。
登校初日に前世を思い出し、既視感から乙女ゲームの世界では?と思い込んでしまう。
前世を思い出したきっかけは祖母の形見のブローチだと思ったエジェは、大学で魔道具の研究をしているライムントに助力を頼み込む。
前世、乙女ゲーム。
そんな理由からブローチを調べ始めたエジェだったが、調べていくうちにブローチには魔術がかかっていること。そして他国のハレムの妃の持ち物だったと知るのだがーー。
田舎で育った男爵令嬢が都会の暗黙のルールが分からず注意されたりしながらも、後輩の為にできることを頑張ったり自分の夢を見つけたり、そして恋もしたりするお話です。
婚約破棄されるけれど、ざまぁはありません。
ゆるふわファンタジー
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜
くろねこ
恋愛
気付いたら赤ん坊だった。
いや、ちょっと待て。ここはどこ?
私の顔をニコニコと覗き込んでいるのは、薄い翠の瞳に美しい金髪のご婦人。
マジか、、、てかついに異世界デビューきた!とワクワクしていたのもつかの間。
私の生まれた伯爵家は超貧乏とか、、、こうなったら前世の無駄知識をフル活用して、我が家を成り上げてみせますわ!
だって、このままじゃロクなところに嫁にいけないじゃないの!
前世で独身アラフォーだったミコトが、なんとか頑張って幸せを掴む、、、まで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる