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13 長椅子生活はあと何日?

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「ごみ・・・」

「ええ、ゴミ」

「あ、ありがたくもらっておく」

 そう、それは良かった。私の労力もフェーリトゥールの好意も無駄にならなくて。


 黒く光の加減によっては青くも見える軍服を着た彼は、魔王だと言ってもいい様相になっていた。ある意味かっこいい。かっこいいが深淵を覗き込んでいるような目がいかんせん駄目だ。

 そんな彼の前にコップ一杯の水······痛み止めを差し出す。

「腕の治療を始めてもいいかな?」

「ああ」

 そう言って左手でコップを受け取り、一気に飲み干す。一人掛けの椅子に座った彼の右側の床に座り、布しか今はない腕を見る。

「なぜ、床に座る?」

「何故と言われても一時間同じ体勢で居なければならないので」

 中腰で一時間の治療はあまりにも苦行過ぎる。そう思っていると体がふわりと浮いた。

 あ?なぜ抱きかかえられている?左腕一本で抱えられていた。そして、私のベッド化している長椅子に座らされた。

「これなら床に座らなくていいだろう?」

 確かにこれなら床に座らなくてもいい。だけど、もっと過酷な状況下で治療を行ってきた事もあるので、床に座るぐらいどうしたこともない。まぁ、治療が出来ればそれでいい。

「腕を出して、もし治療中に動けばすぐに拘束するから」

「わかっている」

 ならいい。右肩だけ出してもらい先を失った右腕に手をかざす。

「『彼の者の失えし姿を在りし日の姿に』」

 魔力を患部に纏わし細胞の再生を促す。やはり彼自身の魔力は存在しない。彼の中にあるのは全て禍々しき悪意に満ちた魔力だ。

 雨の叩きつける音が耳に響く。骨に神経に筋組織、順に再生していく。しかし、よく耐えているものだ。発狂するほどの痛みだろうに。
 いや、痛みに慣れすぎてしまっているのだろう。それも問題だ。

 最後の工程の皮膚の再生に移る。しかし、これは思ったより私の負担が少ない。他人の魔力を操作をするのはとても神経を使っていたのだろう。

 予定の一時間よりも10分早く終わった。ふーと長くため息を吐き出す。お腹が空いた。
 顔を上げると黒く濁った目が私を見ていた。なんだろう?何か問題でもあるのだろうか。

「再生は終わったけど、どう?」

「問題ない」

「そう、ならいい。けれど、今日は右手を使うのは控えて欲しい。昨日も言ったけど過度な運動は1ヶ月は控えてほしい」

「ああ」

 そう言って、黒い軍服に袖を通している。再生したところは普通の皮膚のままだけど、元の皮膚には黒い鱗の紋様が蠢いている。まるでこの先に行こうとしているが、なにかに遮られて行けないと、もがいているかの様に見えてしまった。

 私は立ち上がり、煙管キセルに火をつけ、台所に向かう。
 何を食べようか。お腹空いたなぁ。ガッツリお肉食べたいなぁ。ステーキいいよね。ドラゴンステーキ。肉汁滴る塊に齧り付く。うん。今日のご飯はそれで決まり。今日はよく働いた。




 長椅子生活5日目に突入した。思っていたより長く続いた嵐が去り、やっと星空を拝むことができた。私は池の様になった畑に足を踏み入れる。はぁ。野菜は全滅と言っていい。いくつかの薬草は生き残っているが多くが土ごと流れて行ってしまったようだ。

 毎年のことだけどキツイな。
 念の為室内でも育てているものもあるけど、やはり外の方が薬草の質が良いのだ。この土地の特性と言ってもいいのかもしれない。魔素を好むドラゴンが住む竜の谷だ。植物の育ちがとてもいい。
 そう言えば、普通の人はここで暮らすことは·······いや、ここにたどり着くことができないほど魔素が濃いのに彼には何も影響がないようだ。あるのかもしれないが、私に分からないだけなのかもしれない。


 その彼は治療が終わってからは私の書庫に籠もって本を読んでいるようだ。大して面白い本なんてありはしないのに、殆どが魔術書や魔物の本だったりする。興味を持つ何かがあったのだろうか。


 手に魔力を集め、池の様になった畑に手をかざす。辺り一帯の水分を全て取り除いて土をむき出しにする。
 また、土作りから始めなければならない。水の力でほとんどの土が持っていかれてしまった。

 はぁ。と紫煙を吐き出す。畑の側にある休憩用のベンチに座り、空を仰ぎ見る。星がとても綺麗だ。たまには外で寝るものいいかもしれない。討伐隊に居た頃はよく父と星を見ながら寝ていたものだ。

 長椅子生活はあと何日続けなければならないのだろう。あと25日?ツラいツラすぎる。
 はぁ。一ヶ月と言った手前、追い出すわけにはいかないか。

 しかし、あの軍服を着てから私の目には彼が魔王にしか映らない。魔王········あのフェーリトゥールが確かに言っていた。これは人かと、これはなにかと。妖精であるフェーリトゥールがそのような事を言うなんて。

 もしだ。もし、彼があのまま死んでいたとする。死して呪いを周りにばら撒き、その後には何が残る?呪いの核と言うべきモノが残るのではないのだろうか。
 そして、彼が言っていた言葉だ。正気で居られる時間が長いと。それまで正気でいられる時間は今ほどでは無かったと。
 正気ではない彼とは何者か。
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