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第2話 私の名は【無】
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私は暗い通路を進んでいきます。人が一人通れればいい狭さの通路です。
そして壁に突き当たってしまいましたが、その奥からは声が漏れ聞こえてきます。
『キア。入ってきなさい』
名を呼ばれましたので、突き当りの壁を押して、光まばゆい室内に入っていきます。
キア。それは私を示す名ですが、この国では『無』という意味を持つ言葉になります。
そう、存在しない者。それが私に与えられた名です。
中に入ると、そこには似た容姿の男性が二人、ソファーに座って歓談しているところでした。
「国王陛下。王太子殿下。今日の報告に参りました」
太陽のように輝く金髪に金眼が印象的なお二人です。そして王族にふさわしい威厳と言うものがにじみ出ていました。
私はその二人に向って床に跪いて、ここに来た用件を口にします。
「報告し給え」
先程まで漏れ聞こえていた楽しそうな声ではなく、冷たい声が私に降ってきました。
「はい。本日はコーディアール神教国の者から襲撃を受け、始末は完了しております。ここ最近、コーディアール神教国からの刺客の数が多く見られています」
「うむ。ご苦労だった。下がってよい」
「はっ!」
……そうですか。マルディアン聖王国の第四王女の話は私に言うことではないとのことですか。
私は帝国の者から言われたことを報告せずに立ち上がります。
「父上。キアに言わなくてもよろしいのですか? キアはよくやってくれていますよ」
王太子殿下が国王陛下に声をかけました。恐らく私の役目がそろそろ終わるということを告げるのでしょう。
「必要ない」
……わかっていましたよ。この人は私には無関心だと言うことに。
私は深々と頭を下げて、入ってきたただの壁から出ていきます。顔を上げた時に王太子殿下の困ったような顔が見えましたが、貴方がそのような顔をすることはないでしょう。
私は再び暗い通路を急いで歩いていきます。
私の役目はシオン様の婚約者でもありますが、シオン様の身を守る役目もあるのです。休んでいる暇などありません。
その暗くて狭い通路に人影が見えます。
「姫様。午後の授業は何も問題なく過ごされたようです」
「ありがとう。レオ」
暗くてその姿を認識できませんが、気配は私につけられた者のものです。
レオ・グランディール。
表向きはヴィオラローズ・サルヴァードル伯爵令嬢の侍従になります。
その正体は王族の闇を担うグランディール一家の者です。
「それで、お役目の期間のことは言われたのですか?」
「何も。あの男は私のことなど、無に等しいのでしょう」
「そんなことは……」
「さて、夕食を作ってシオン様にお持ちしましょう。今日は何がいいかしら?」
そう言って、突き当たりの壁を開け放ちます。
夏の日差しが降り注ぎ、秋の冷たい風が通り抜ける森が広がっています。
私の視界に金糸が映り込んできました。
視線を感じて風に舞う金髪を押さえ、隣を見上げます。
「なんですか? その顔は?」
「姫様はどう見ても王族の方です。国王陛下が、姫様のことを何も思っていないということはありえないと思います」
「私が王族の一人に数えられていないことが、いい例です。あの男にとって、母も私もどうでもいい存在なのでしょう」
私に王族の血が流れていようが、どうでもいいことです。あの男がグランディールである母に手を出したのはきっと、悪ふざけの延長上だったのでしょう。
王城の敷地の中でも一番端の古びた離宮で母と暮らしたのが私の幼少期です。その記憶の中で、あの男のことなど私の幼少期には存在しません。
あの男は一度として、母の元には来なかった。それが全てです。
「今日はすき焼きというものにしてみましょうか。夜も冷えてきましたので、温かい物がいいと思うのです」
「はぁ、姫様の聖女様かぶれも大概ですね。今日しようと言って、簡単に材料なんて揃いませんよ」
「あら? レオ。お母様はよく聖女様の話をしてくださいましたもの。ほとんど食べ物の話でしたが」
私の料理は聖女様がお母様に教えてくださったものらしいのです。なんでも王城で聖女様が暮らしていたことがあるそうなのです。
国の危機的な状況に天から降臨されたのが、シオン様のお母様である聖女様。天の使徒の聖女様なのです。
だからコーディアール神教国は天の使徒である聖女様を魔女だと決めつけて、命を奪おうとしたことが何度もあり、今はその矛先をシオン様に向けられているのです。
コーディアール神教国は愚かとしか言いようがありませんわ。一神しか認めないなど、本当に愚かしいです。
「ふふふ。レオ。今から下街に材料を揃えに買い物に行きましょう」
「普通に王城の食料庫から持っていってください」
あら? 私の憂さ晴らしには付き合ってくれないのね。まぁ、品質的にも王城の食料庫の方がいいですけどね。
下街も色々情報が入って面白いのですけど、今日はやめておきますわ。
なんだか、むしゃくしゃして色々八つ当たりしそうですもの。
「では美味しそうなお肉を見繕うことからしましょう」
「はいはい。それが平穏でいいと思います」
シオン様の婚約者である私は、シオン様の寮棟のサロンに入ることができます。
寮棟と言っても外観は貴族の屋敷とほぼ変わりません。
ただ親の爵位によって部屋が違うそうです。そして高位貴族と低位貴族は建物から別になります。
ある意味差別化ですわね。
そのサロンの片隅で私はシオン様に夕食をお出ししているのです。
学園側でも対策を行ったのですが、シオン様が体調を崩されない時が無く、私自身が食事を作るということで、対応することになったのです。
いわゆるこれはシオン様というより、聖女様の御子だからということで特別待遇されています。
それを少なからずよく思わない方もいらっしゃるのも事実。遠巻きでコソコソ言っている方々がいらっしゃいます。
そして堂々と来る方もいらっしゃいます。
「今日は何ですか?」
シオン様の為に用意されたと言っていいダイニングテーブルの上に、私が魔法陣を描きその上に浅い鉄鍋を置いているところで声をかけてくる人物がいます。
「なぜ、毎回邪魔をしにくる」
私の隣のシオン様の機嫌が一段と悪くなっている声が聞こえてきます。
「邪魔ではないですよ。興味津々なだけです」
そう言っているのは、アルバート第三皇子もどき様です。長い銀髪をかき上げながら私達を見下ろしている青年は、女生徒にキャーキャー言われるほどの容姿ですが、その性格は最悪だと存じております。
「ヴィオラ嬢。今日は何ですか?」
アルバート第三皇子殿下はシオン様の不機嫌さも、ものともせずに向かい側の席に座ってきました。
「もうすぐ、寮の夕食の時間ではないのですか?」
いつもは寮で出される夕食の時間に合わせて、シオン様の夕食をお出しするのですが、今日は時間がかかるすき焼きのため、いつもより早めに準備をしているのです。
私はここにいると、食べ損なってしまいますよと言います。
「私の分はないのでしょうか?」
「ありません」
「さっさと去れ!」
私はシオン様の分しか用意していませんわよ。
「しかし、ここで調理をされると毎回いい匂いがして気になるではありませんか」
「帝国の皇子殿下様にお出しするとなると、いろいろ大変ではありませんか。ですから、寮で用意された夕食を召し上がってっくださいませ」
寮に住まうにあたって使用人を連れて来ている方がほとんどです。
もちろん偽物である第三皇子である目の前の青年も多くの使用人を連れてきています。その中には料理人もおり、その料理人が作った料理を食べることになるのです。
それはきっちりと管理がされていることでしょう。
「仕方がありませんね」
そう言って銀髪の青年が立ち上がります。
何が仕方がないのでしょう。毎回、邪魔をされる身にもなって欲しいものですわ。
去っていく銀髪の青年の姿を見て、ため息が出てきます。あの方はここまでしてでも、シオン様の力が欲しいのでしょうね。
「それで今日の夕食は鍋なのか?」
私がここで調理をする料理は決まっていますので、シオン様は鍋料理なのかと聞いてきたのです。
「当たりですわ。流石、シオン様です。今日はすき焼きですわ。夜が冷えてきましたので、温かい食べ物がいいかと思いましたのよ」
私が別の場所で作って運んでいますと、どうしても冷めてしまうのです。だから、目の前で作れる料理は温かいまま出せるのでいいと、お母様が聖女様から勧められたそうなのです。
だから今日は、すき焼きなのです。
事前に切っていた野菜を鍋の中に敷きつめていき、その上にお肉を乗せていきます。その上から砂糖をザバッと入れて醤油という聖女様こだわりの調味料をドボドボっと入れて、鉄鍋に蓋をして、加熱する魔法陣に魔力を込めます。
「いつも思うが、凄く適当だな」
「シオン様。大丈夫です。シオン様への愛情はたっぷりと込めていますから、しばしお待ち下さい」
「いや、そこは普通でいい」
「照れなくても良いのですよ」
そう言いながらシオン様の隣に座ります。
「照れてないし、近い」
ズズズっと離れて行こうとするシオン様に私は更に近づいていきます。
「シオン様。私、とても不服です」
私の言葉にシオン様は驚いたような顔を向けてきました。
「あれなら、私からチューしていても良かった筈です!」
「なんだ? それは?」
今度は呆れたような目を向けられてしまいました。
しかし、私は不服です。
シオン様からペロリされるのであれば、私からチューをしても良かった筈です!
「なので私からチューします!」
「決定事項のように言うな。ほら、鍋が沸いてきたぞ」
またしれっと話を変えられてしまいました。
ちらっと鍋をみます。まだ湧き出したぐらいですので、火はお肉まで通っていません。
「まだ大丈夫です」
そしてシオン様の方を向きますと、おでこを押さえられて、これ以上進めないようになっていました。
「なぜ駄目なのですか!」
「駄目だろう」
はぁ……仕方がありません。違う作戦でいきましょう。
しかしこの感じもレア感満載です。このまま居たらシオン様はどうされるでしょう?
鍋が沸き立つ音が聞こえてきましたので、時間切れですわ。
私はシオン様から離れて、ダイニングテーブルの端に置いてある籠の中から、器とハシという物を取り出して、シオン様の前に並べます。
二本のだたの棒にしかみえませんが、これがハシというカトラリーなのだそうです。これも聖女様が考えた物らしいのです。
お母様曰く、鍋はハシで食べるものらしいのです。
そして、今日の一番大事な食材である卵。コッコという鳥の五セルメル程の大きさの卵です。
それをシオン様に渡します。
「お願いします」
シオン様に卵を渡しますとすぐに返されました。何をしてるのかと言うと、卵の浄化です。
卵は浄化しないと生では食べられないそうです。本当に聖女様は何でも知っておられたのですね。
しかし浄化が一瞬で終わるだなんて、シオン様の能力の高さは感嘆に値しますわ。
戻ってきた卵を割って、手元の器に中身を落とします。
卵の殻が入ると大変ですからね。別の器に卵を割ってから、シオン様が食べる器に移し替えるのです。
卵を割るのもとても上手くなったものですわ。最初は殻ごと潰してしまっていましたもの。
鍋の蓋を開ければ、美味しそうな匂いが立ち込めます。今日も完璧です。
卵を混ぜてトングで具材を見た目がいいように器の中に盛り付けていきました。
そして、シオン様の側に座り器を差し出して、お肉をハシで挟みます。
「熱いのでふぅふぅして、差し上げますわ」
「しなくていい」
とシオン様に言われて器を取られてしまいました。
あ、お肉。
「それなら、シオン様。あーん」
ハシで挟んだお肉を卵の液が垂れないように左手を添えて、シオン様に差し出します。
「早く食べてもらわないと、卵が落ちてしまいます」
すると、一瞬眉間にシワがよりましたが、私が差し出したお肉をシオン様がパクリと食べてくれました。
ふふふっ! やりましたわ!
お鍋のときは、最初の一回だけは、シオン様に食べさすことに成功するのです。
「シオン様。如何ですか? 美味しいですか? 私の愛情たっぷりのすき焼きどうですか?」
「いつもどおりだ」
「はぅ!! 嬉しいです!」
いつもどおり美味しいということですわね。
私が嬉しさに悶えていますと、シオン様が私に手を差し出してきました。
あら? 何か足りないものでもありましたか?
あっ! お茶を出し忘れていましたわ。
「すぐにお茶をお淹れいたしますわ」
「違う。ヴィオラの分の卵だ。食べるだろう?」
「私は食材の確認の為に先に、いただいているので、お腹はいっぱいですの」
これは嘘。王城にある食材は厳重に管理されていますし、毒を検知する魔道具が設置されていますので、持ち出すときにチェック済です。
「でも、それはすき焼きの状態ではないだろう? 一緒に食べてくれるのだろう?」
グフッ! シオン様にそこまで言われてしまえば、一緒に食べないわけにはいきません。
材料は多めに持ってきておりますので、卵はあります。籠から卵を取り出して、シオン様に渡します。
その卵を受け取ろうと手を差し出しますが、私の手に卵は戻って来ず、シオン様が卵を割って鍋から……あれ? シオン様が給仕していらっしゃるではないですか!
「ヴィオラ」
シオン様が私にお肉を差し出してくれています。え? 食べていいのですか?
卵の液が絡まったお肉を私が食べていいのですか?
口を開けてパクリと食べます。
うぅぅぅぅ……流石王家御用達のお肉です。卵とお肉の脂が絡み合って美味しさが倍増しています。そしてこの甘辛い味と卵のまろやかな味が絶妙に合っていて美味しいですわ。
はぅぅぅぅ。シオン様に食べさせてもらうなんて、幸せ過ぎます~。
幸せとほっぺたが落ちないように両手で支えて悶えるしかありません。
そして今日も幸せな夕食の時間が過ぎていったのでした。
そして壁に突き当たってしまいましたが、その奥からは声が漏れ聞こえてきます。
『キア。入ってきなさい』
名を呼ばれましたので、突き当りの壁を押して、光まばゆい室内に入っていきます。
キア。それは私を示す名ですが、この国では『無』という意味を持つ言葉になります。
そう、存在しない者。それが私に与えられた名です。
中に入ると、そこには似た容姿の男性が二人、ソファーに座って歓談しているところでした。
「国王陛下。王太子殿下。今日の報告に参りました」
太陽のように輝く金髪に金眼が印象的なお二人です。そして王族にふさわしい威厳と言うものがにじみ出ていました。
私はその二人に向って床に跪いて、ここに来た用件を口にします。
「報告し給え」
先程まで漏れ聞こえていた楽しそうな声ではなく、冷たい声が私に降ってきました。
「はい。本日はコーディアール神教国の者から襲撃を受け、始末は完了しております。ここ最近、コーディアール神教国からの刺客の数が多く見られています」
「うむ。ご苦労だった。下がってよい」
「はっ!」
……そうですか。マルディアン聖王国の第四王女の話は私に言うことではないとのことですか。
私は帝国の者から言われたことを報告せずに立ち上がります。
「父上。キアに言わなくてもよろしいのですか? キアはよくやってくれていますよ」
王太子殿下が国王陛下に声をかけました。恐らく私の役目がそろそろ終わるということを告げるのでしょう。
「必要ない」
……わかっていましたよ。この人は私には無関心だと言うことに。
私は深々と頭を下げて、入ってきたただの壁から出ていきます。顔を上げた時に王太子殿下の困ったような顔が見えましたが、貴方がそのような顔をすることはないでしょう。
私は再び暗い通路を急いで歩いていきます。
私の役目はシオン様の婚約者でもありますが、シオン様の身を守る役目もあるのです。休んでいる暇などありません。
その暗くて狭い通路に人影が見えます。
「姫様。午後の授業は何も問題なく過ごされたようです」
「ありがとう。レオ」
暗くてその姿を認識できませんが、気配は私につけられた者のものです。
レオ・グランディール。
表向きはヴィオラローズ・サルヴァードル伯爵令嬢の侍従になります。
その正体は王族の闇を担うグランディール一家の者です。
「それで、お役目の期間のことは言われたのですか?」
「何も。あの男は私のことなど、無に等しいのでしょう」
「そんなことは……」
「さて、夕食を作ってシオン様にお持ちしましょう。今日は何がいいかしら?」
そう言って、突き当たりの壁を開け放ちます。
夏の日差しが降り注ぎ、秋の冷たい風が通り抜ける森が広がっています。
私の視界に金糸が映り込んできました。
視線を感じて風に舞う金髪を押さえ、隣を見上げます。
「なんですか? その顔は?」
「姫様はどう見ても王族の方です。国王陛下が、姫様のことを何も思っていないということはありえないと思います」
「私が王族の一人に数えられていないことが、いい例です。あの男にとって、母も私もどうでもいい存在なのでしょう」
私に王族の血が流れていようが、どうでもいいことです。あの男がグランディールである母に手を出したのはきっと、悪ふざけの延長上だったのでしょう。
王城の敷地の中でも一番端の古びた離宮で母と暮らしたのが私の幼少期です。その記憶の中で、あの男のことなど私の幼少期には存在しません。
あの男は一度として、母の元には来なかった。それが全てです。
「今日はすき焼きというものにしてみましょうか。夜も冷えてきましたので、温かい物がいいと思うのです」
「はぁ、姫様の聖女様かぶれも大概ですね。今日しようと言って、簡単に材料なんて揃いませんよ」
「あら? レオ。お母様はよく聖女様の話をしてくださいましたもの。ほとんど食べ物の話でしたが」
私の料理は聖女様がお母様に教えてくださったものらしいのです。なんでも王城で聖女様が暮らしていたことがあるそうなのです。
国の危機的な状況に天から降臨されたのが、シオン様のお母様である聖女様。天の使徒の聖女様なのです。
だからコーディアール神教国は天の使徒である聖女様を魔女だと決めつけて、命を奪おうとしたことが何度もあり、今はその矛先をシオン様に向けられているのです。
コーディアール神教国は愚かとしか言いようがありませんわ。一神しか認めないなど、本当に愚かしいです。
「ふふふ。レオ。今から下街に材料を揃えに買い物に行きましょう」
「普通に王城の食料庫から持っていってください」
あら? 私の憂さ晴らしには付き合ってくれないのね。まぁ、品質的にも王城の食料庫の方がいいですけどね。
下街も色々情報が入って面白いのですけど、今日はやめておきますわ。
なんだか、むしゃくしゃして色々八つ当たりしそうですもの。
「では美味しそうなお肉を見繕うことからしましょう」
「はいはい。それが平穏でいいと思います」
シオン様の婚約者である私は、シオン様の寮棟のサロンに入ることができます。
寮棟と言っても外観は貴族の屋敷とほぼ変わりません。
ただ親の爵位によって部屋が違うそうです。そして高位貴族と低位貴族は建物から別になります。
ある意味差別化ですわね。
そのサロンの片隅で私はシオン様に夕食をお出ししているのです。
学園側でも対策を行ったのですが、シオン様が体調を崩されない時が無く、私自身が食事を作るということで、対応することになったのです。
いわゆるこれはシオン様というより、聖女様の御子だからということで特別待遇されています。
それを少なからずよく思わない方もいらっしゃるのも事実。遠巻きでコソコソ言っている方々がいらっしゃいます。
そして堂々と来る方もいらっしゃいます。
「今日は何ですか?」
シオン様の為に用意されたと言っていいダイニングテーブルの上に、私が魔法陣を描きその上に浅い鉄鍋を置いているところで声をかけてくる人物がいます。
「なぜ、毎回邪魔をしにくる」
私の隣のシオン様の機嫌が一段と悪くなっている声が聞こえてきます。
「邪魔ではないですよ。興味津々なだけです」
そう言っているのは、アルバート第三皇子もどき様です。長い銀髪をかき上げながら私達を見下ろしている青年は、女生徒にキャーキャー言われるほどの容姿ですが、その性格は最悪だと存じております。
「ヴィオラ嬢。今日は何ですか?」
アルバート第三皇子殿下はシオン様の不機嫌さも、ものともせずに向かい側の席に座ってきました。
「もうすぐ、寮の夕食の時間ではないのですか?」
いつもは寮で出される夕食の時間に合わせて、シオン様の夕食をお出しするのですが、今日は時間がかかるすき焼きのため、いつもより早めに準備をしているのです。
私はここにいると、食べ損なってしまいますよと言います。
「私の分はないのでしょうか?」
「ありません」
「さっさと去れ!」
私はシオン様の分しか用意していませんわよ。
「しかし、ここで調理をされると毎回いい匂いがして気になるではありませんか」
「帝国の皇子殿下様にお出しするとなると、いろいろ大変ではありませんか。ですから、寮で用意された夕食を召し上がってっくださいませ」
寮に住まうにあたって使用人を連れて来ている方がほとんどです。
もちろん偽物である第三皇子である目の前の青年も多くの使用人を連れてきています。その中には料理人もおり、その料理人が作った料理を食べることになるのです。
それはきっちりと管理がされていることでしょう。
「仕方がありませんね」
そう言って銀髪の青年が立ち上がります。
何が仕方がないのでしょう。毎回、邪魔をされる身にもなって欲しいものですわ。
去っていく銀髪の青年の姿を見て、ため息が出てきます。あの方はここまでしてでも、シオン様の力が欲しいのでしょうね。
「それで今日の夕食は鍋なのか?」
私がここで調理をする料理は決まっていますので、シオン様は鍋料理なのかと聞いてきたのです。
「当たりですわ。流石、シオン様です。今日はすき焼きですわ。夜が冷えてきましたので、温かい食べ物がいいかと思いましたのよ」
私が別の場所で作って運んでいますと、どうしても冷めてしまうのです。だから、目の前で作れる料理は温かいまま出せるのでいいと、お母様が聖女様から勧められたそうなのです。
だから今日は、すき焼きなのです。
事前に切っていた野菜を鍋の中に敷きつめていき、その上にお肉を乗せていきます。その上から砂糖をザバッと入れて醤油という聖女様こだわりの調味料をドボドボっと入れて、鉄鍋に蓋をして、加熱する魔法陣に魔力を込めます。
「いつも思うが、凄く適当だな」
「シオン様。大丈夫です。シオン様への愛情はたっぷりと込めていますから、しばしお待ち下さい」
「いや、そこは普通でいい」
「照れなくても良いのですよ」
そう言いながらシオン様の隣に座ります。
「照れてないし、近い」
ズズズっと離れて行こうとするシオン様に私は更に近づいていきます。
「シオン様。私、とても不服です」
私の言葉にシオン様は驚いたような顔を向けてきました。
「あれなら、私からチューしていても良かった筈です!」
「なんだ? それは?」
今度は呆れたような目を向けられてしまいました。
しかし、私は不服です。
シオン様からペロリされるのであれば、私からチューをしても良かった筈です!
「なので私からチューします!」
「決定事項のように言うな。ほら、鍋が沸いてきたぞ」
またしれっと話を変えられてしまいました。
ちらっと鍋をみます。まだ湧き出したぐらいですので、火はお肉まで通っていません。
「まだ大丈夫です」
そしてシオン様の方を向きますと、おでこを押さえられて、これ以上進めないようになっていました。
「なぜ駄目なのですか!」
「駄目だろう」
はぁ……仕方がありません。違う作戦でいきましょう。
しかしこの感じもレア感満載です。このまま居たらシオン様はどうされるでしょう?
鍋が沸き立つ音が聞こえてきましたので、時間切れですわ。
私はシオン様から離れて、ダイニングテーブルの端に置いてある籠の中から、器とハシという物を取り出して、シオン様の前に並べます。
二本のだたの棒にしかみえませんが、これがハシというカトラリーなのだそうです。これも聖女様が考えた物らしいのです。
お母様曰く、鍋はハシで食べるものらしいのです。
そして、今日の一番大事な食材である卵。コッコという鳥の五セルメル程の大きさの卵です。
それをシオン様に渡します。
「お願いします」
シオン様に卵を渡しますとすぐに返されました。何をしてるのかと言うと、卵の浄化です。
卵は浄化しないと生では食べられないそうです。本当に聖女様は何でも知っておられたのですね。
しかし浄化が一瞬で終わるだなんて、シオン様の能力の高さは感嘆に値しますわ。
戻ってきた卵を割って、手元の器に中身を落とします。
卵の殻が入ると大変ですからね。別の器に卵を割ってから、シオン様が食べる器に移し替えるのです。
卵を割るのもとても上手くなったものですわ。最初は殻ごと潰してしまっていましたもの。
鍋の蓋を開ければ、美味しそうな匂いが立ち込めます。今日も完璧です。
卵を混ぜてトングで具材を見た目がいいように器の中に盛り付けていきました。
そして、シオン様の側に座り器を差し出して、お肉をハシで挟みます。
「熱いのでふぅふぅして、差し上げますわ」
「しなくていい」
とシオン様に言われて器を取られてしまいました。
あ、お肉。
「それなら、シオン様。あーん」
ハシで挟んだお肉を卵の液が垂れないように左手を添えて、シオン様に差し出します。
「早く食べてもらわないと、卵が落ちてしまいます」
すると、一瞬眉間にシワがよりましたが、私が差し出したお肉をシオン様がパクリと食べてくれました。
ふふふっ! やりましたわ!
お鍋のときは、最初の一回だけは、シオン様に食べさすことに成功するのです。
「シオン様。如何ですか? 美味しいですか? 私の愛情たっぷりのすき焼きどうですか?」
「いつもどおりだ」
「はぅ!! 嬉しいです!」
いつもどおり美味しいということですわね。
私が嬉しさに悶えていますと、シオン様が私に手を差し出してきました。
あら? 何か足りないものでもありましたか?
あっ! お茶を出し忘れていましたわ。
「すぐにお茶をお淹れいたしますわ」
「違う。ヴィオラの分の卵だ。食べるだろう?」
「私は食材の確認の為に先に、いただいているので、お腹はいっぱいですの」
これは嘘。王城にある食材は厳重に管理されていますし、毒を検知する魔道具が設置されていますので、持ち出すときにチェック済です。
「でも、それはすき焼きの状態ではないだろう? 一緒に食べてくれるのだろう?」
グフッ! シオン様にそこまで言われてしまえば、一緒に食べないわけにはいきません。
材料は多めに持ってきておりますので、卵はあります。籠から卵を取り出して、シオン様に渡します。
その卵を受け取ろうと手を差し出しますが、私の手に卵は戻って来ず、シオン様が卵を割って鍋から……あれ? シオン様が給仕していらっしゃるではないですか!
「ヴィオラ」
シオン様が私にお肉を差し出してくれています。え? 食べていいのですか?
卵の液が絡まったお肉を私が食べていいのですか?
口を開けてパクリと食べます。
うぅぅぅぅ……流石王家御用達のお肉です。卵とお肉の脂が絡み合って美味しさが倍増しています。そしてこの甘辛い味と卵のまろやかな味が絶妙に合っていて美味しいですわ。
はぅぅぅぅ。シオン様に食べさせてもらうなんて、幸せ過ぎます~。
幸せとほっぺたが落ちないように両手で支えて悶えるしかありません。
そして今日も幸せな夕食の時間が過ぎていったのでした。
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好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
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