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31話 兄のサプライズ

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「はぁ…うまくやれるかしら。リンド様との関係も不安だし、それに行儀見習いってどんなことをするのかしら…」

公爵家からの迎えを自室で待っていたティアは、緊張の面持ちで、溜め息を吐いた。

それもそのはず、転生を繰り返した記憶を持ってはいても、この状況は初めてなのだから前もって対処の仕様もなかったため、戸惑いを隠せなかった。

意気込みはないわけではないが、やはり不安は拭えない。

ソファに浅く腰かけ、準備した小さな荷物をうらめしそうに眺めていると、

コンコン

と小さくノックの音がした。

「ティア、ちょっといいかい?」

お兄様の声だ。母の目を盗んでお見送りに来てくださったのかしら。

「はい、どうぞ」

と言うと、ガチャリと扉が開きお兄様が中に入ってくる。

そしておもむろに横によけると、

その後ろからもう1人、白いフードローブで頭もすっぽり隠れた、私より少し背の低い女の子が入ってくると、お兄様はすぐに扉を閉めた。

「もう脱いでいいよ」

とロズウェルが言うと、その女の子はフードローブをバサバサっと脱いで腕にかけた。

栗色の髪に緑色の目をした、可愛い女の子の姿が現れる。

その子はティアもよく知る子だった。

「ラム!ラムじゃない⁈どうしたの⁈」

ティアは驚いて立ち上がり、兄とその横に立ったラムを見比べた。

「お久しぶりです、ティアお姉様。」

ラムと呼ばれた女の子は、髪と目の色によく馴染む淡いピンクが可愛いらしい、ワンピース風の簡素なドレスの裾をつまんで、ちょこんとカーテシーをしてから、ティアを見て、なんちゃって、と小さな舌をペロッと出して見せた。

「まぁ、本当に久しぶりね!ラム!元気にしてた?デビュタントからゴタゴタして、ちっとも会いに行けなくて寂しかったわ。孤児院のみんなも元気かしら?」

驚きと喜びで目を大きくしたティアは、その声さえもワントーン上がっていた。

「ええ、みんないつも通り元気すぎて大変ですよ。ティアお姉様がいらっしゃらなくて、寂しがってはいますけどね。でもみんな体力は有り余ってますから!」

ラムは両手を広げて冗談ぽくお手上げポーズをしてみせた。

「あなたのお兄様も、公爵家で大変ご活躍されているようね。ロズウェルお兄様から聞いて、本当に私も嬉しく思っているの。すごいわね。」

「そりゃ、うちのアニキはロズウェル様仕込みですからね!私だって負けてないんですけど?」

と、両手を腰にやって、負けず嫌いなところをのぞかせる。

「はいはい、そうね、あなたももちろんすごいわ!いつも驚かされっぱなしよ」

と、ラムの頭をよしよししながらティアは優しく微笑んだ。

そう、ラムの兄はあのウィルだった。

その実力を認められ、身分を気にしないことで有名な、あの武力の公爵家に召し抱えられ、今は諜報部隊の一員として活躍していると兄から聞いていた。

本当に立派に成長して大出世をとげたウィルには驚かされた。

孤児院ではいつもヤンチャで、よく先生たちに叱られていたのに。

その時の光景を思い出して、ティアはクスっと笑った。

まぁ、私にはなぜかすごく優しかったけれど…

「それで?今日はお見送りに来てくれたの?ユークリウス公爵家の領地は王都の近くだから、ここからは少しだけ離れているし、今までのようには孤児院へも足を運べなくなりそうだものね…」

そう言いながら意気消沈した表情に変わるティアに、ロズウェルが話しかける。

「ティア、それなんだけどね。このラムにティア付きの侍女として、公爵家に一緒に付いていかせようと思ってるんだ」

「えっ?なんですって?そんなことできるんですか?」

ティアは目を瞠って聞き返した。

「ああ、慣れた侍女を連れてきてかまわないということだったが、母が決めた侍女では何をされるかわかったもんじゃないからね。

その侍女は一緒の馬車に乗っていったん家は出るが、途中降りてもらって、別の家に奉公に出られるよう、行き先と別の馬車を準備しておいた。

その侍女と御者にも口止めしてあるから、大丈夫だ。

そしてそこからこのラムに一緒に乗ってもらって、公爵家へ入ってもらう。

ラムの書類は公爵家に送っておいたから問題ない。

ラムなら、ティアの助けに必ずなってくれるだろう。」

ロズウェルは一瞬ニヤリと何か思惑めいた目つきをしたが、すぐにいつもの優しい微笑みに変わる。

ラムが助けになるというのは間違いないだろう。

なぜなら、ラムは私より一歳下の14歳だが、ウィルと同じようになんでもできる器用さがあった。

そこへ負けず嫌いも相まって、ウィルに負けたくないとロズウェルお兄様に剣術や武術の訓練をせがみ、

女の子には危ないと心配するお兄様をよそにどんどん強くなって、驚かされた。

またそれだけではなく、勉強にもよく励んで賢い子だったし、それでいて面倒見もよく、下の子達にも慕われていた。

そんなラムは、幼い頃から私にとても懐いてくれていて、歳も近いから話もよく合ったし、大事な妹のような存在だった。

そのラムが一緒に来てくれるなんて、こんな心強いことはない。

私は憂鬱だった気持ちから、少し明るさを取り戻した。

「お兄様、ほんとにありがとう…こんな嬉しいことってないわ… ラムも、よくわからない土地へ一緒に行ってくれるなんて、無理させてごめんなさい。でも本当に心強いわ。ありがとう。」

そっとラムにハグし、そう言ったティアの目は、紫の瞳が少し赤みを帯びて潤んでいた。

「ティアお姉様、やめてください!私の方が嬉しいくらいなんですから!

それに実は、いつかこんな日が来ることを想定していたロズウェルお兄様が、以前から私に侍女としての訓練も施してくださっていましたから、私は今か今かとお待ちしていたくらいなんですよ。

ずっとお姉様と一緒にいられるのがワクワクドキドキで、楽しみでしかないんですから!」

ラムもハグを返しながらニコニコ顔で言う。

そのままでティアはロズウェルを見ると、ロズウェルは優しく微笑んで頷いた。

「いつかどこかへ嫁いでしまうティアを、そばで守れるのは、この子しかいないだろうと思ってね。

僕がその役割を担えないのは悔しいけど、…仕方ないし。

ラム、ティアをたのんだよ。」

ロズウェルはそう言いながら、ラムの肩に手をポンとのせると、自然な流れでハグを解いた。

…ほんとにロズウェルお兄様ったら嫉妬深いんだから。絶望的なシスコンよね。まぁ、ティアお姉様は可愛いから仕方ないけど…でもほんと面倒くさい…

ロズウェルは普段はとても紳士で優しい男だが、ティアのことになるといつもおかしくなる。

ティアと昔から仲の良いラムは、いつもロズウェルに軽くライバル視されていて、はぁ、またか、といった風に、ロズウェルを呆れ顔で一瞥してから、ティアに向き直り

「では、ティアお姉様、これから、ずーっと一緒に末永~く、よろしくお願い致します」

と、『ずっと』と『一緒』と『末永く』を強調して、ロズウェルに嫌味を浴びせつつ、教わったカーテシーで丁寧に挨拶する。

ロズウェルが横目でチラッと睨んできた気がするが、ラムはどこ吹く風だ。

ゴホンッ

とロズウェルは一つ咳払いをすると、

「じゃあティア、ラムを一足先に指定の場所に到着させないといけないから、僕たちはそろそろ行くね。あとでまた会おう。気をつけておいで。」

と優しく微笑みながら、ラムにフードローブを被せて、扉へ向かった。

「失礼致します。またあとでね、お姉様。」

ペコッと軽く頭を下げてから、ロズウェルの後を追いかけていく。

「ええ、よろしくね、ラム。」

憂鬱な気持ちがすっかり晴れたティアは微笑みながら2人の後ろ姿を見送った。
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