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22(終)
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まとめた荷物を、実費で手配した荷馬車に乗せる。
王家の紋章すらついていない、小さなボロい荷馬車だ。
刑の実行は、当日の早朝に行われた。
一刻も早く俺を追い出したい連中が、執行官に金を積むなりして、そうさせたのだろう。
まあ判決をひっくり返すとかではなくその程度なら、別段大した問題ではない。
「それでは、わたくしはこれで。今まで大変お世話になりました。」
俺が荷物と一緒に馬車に乗ると、鞭の音が響く。
馬車がやおら前進しだし、やがて馬のだすスピードへと加速していく。
目まぐるしく移り変わる近方の景色と、雲のように進む遠方の景色。
整えられた道を走るわずかな揺れ。
王城から出かける度に体験していた感覚だけれど、このときばかりは違う。
「……………」
微塵も後悔していない、と言えば嘘になる。
第二王子として生まれてからこれまで、俺はたくさんの人間から色んな恩をもらった。
それだけではなく、俺はそんな皆に今まで八つ当たりで酷いことをしてきた。
メイドたち使用人、官僚、王族と繋がりのあった貴族、学校のみんな。
それに祖父上と父上と母上と伯母上……あの方々は、俺とザフィルが手を取り合ってこの国を支える未来を願っていた。
今の俺を見たら、彼らは何と思うだろう。
そして……ザフィル。
俺は幼い頃からずっと、アイツが大嫌いだった。
でもアイツは自分を憎み陥れようとしていた俺を、弟として慕ってくれていた。
国王としての勉強と執務に忙しい身でありながら、ボンクラの忌み子として扱われ腐っていた俺を、出来る限り何とかしようとしてくれている、その誠意は感じていた。
……本当に、無かったのだろうか。
国王とその影ではなく、シナリオで敵対しあう関係でもなく、兄弟として絆を結ぶ方法は。
それと……クコリ。
俺を騙して飼い殺そうとしたアイツは許せないが、あれは転生者の人格であって、厳密にはクコリ本人ではない。
もし前世の記憶なんか思い出さずに過ごしていたら、彼女はどうしていただろうか。
もし転生者がザフィルでなく俺を愛している人だったら、どうなっていただろうか。
俺の単独ルートではザフィルの手から完全に離れ、他国の辺鄙な農地へと移住した。
細々とした暮らしながらも愛し合い、幸せな毎日を送っていたあのエンディングが、今ではどうしようもなく眩しく思える。
「……ウッ。」
失ったものの大きさに自然と涙が溢れ落ちる。
「泣くことなんかないよ、アズラオ。」
俺はハッと顔をあげて、荷馬車の外から顔を出す。
「セディオム?」
そこで初めて、馭者として馬を走らせていた人物が彼だったことに気付いた。
「どうしてここに。スフィールは?馭者は?」
「ああ、大丈夫。」
セディオムは懐から人形のようなものを取り出して、俺に見せるように掲げる。
「身代わり人形。血を垂らして魔力を注げば、知識も能力も外見も完全に同一なヒトガタに変化する魔法道具。皇居ではこの子が代わりに働いてるし、本来の担当馭者にはお金で許可をもらってきたから。」
俺は安堵した。
「とうとう、やり遂げたんだね。」
「ああ。」
「初めて会ったときは、君が血の雨が降るかもなんて言うから、どうなることかと思ってたんだけどホッとしたよ。」
「あれは大袈裟に言いすぎた、悪い。まあでも王族の争いなんて、大抵は血生臭いものだろ?」
「それは…僕からはなんともコメントしずらいよ…」
セディオムは空を仰ぎ、生まれたばかりの弱い朝日に目を向ける。
「…清々しい空だね。」
「ああ。まさしく俺の人生の門出に、うってつけの日だ。」
「ふふふ。」
セディオムは陽気に笑いながら、順調に馬を走らせる。
「ねえ。」
「うん?」
「スフィールに来たらさ、何がしたい?」
その問いに、俺は考え込む。
「…このクランドル王国から抜け出すことばかり考えてて、頭に無かった。そうだな…先ずは…魔法について勉強したいな。」
「魔法?そうだね。スフィールと言えば魔法ってくらい、僕達の国は発展してるから。」
「ああ、それもなんだが…魔法でひとつ、やりたいことがあるんだよ。」
「へえ、どんなこと?」
俺は大きく息を吸って、言った。
「アンタが続編のヒロインに裏切られないようにすること!」
王弟転生 ~終~
王家の紋章すらついていない、小さなボロい荷馬車だ。
刑の実行は、当日の早朝に行われた。
一刻も早く俺を追い出したい連中が、執行官に金を積むなりして、そうさせたのだろう。
まあ判決をひっくり返すとかではなくその程度なら、別段大した問題ではない。
「それでは、わたくしはこれで。今まで大変お世話になりました。」
俺が荷物と一緒に馬車に乗ると、鞭の音が響く。
馬車がやおら前進しだし、やがて馬のだすスピードへと加速していく。
目まぐるしく移り変わる近方の景色と、雲のように進む遠方の景色。
整えられた道を走るわずかな揺れ。
王城から出かける度に体験していた感覚だけれど、このときばかりは違う。
「……………」
微塵も後悔していない、と言えば嘘になる。
第二王子として生まれてからこれまで、俺はたくさんの人間から色んな恩をもらった。
それだけではなく、俺はそんな皆に今まで八つ当たりで酷いことをしてきた。
メイドたち使用人、官僚、王族と繋がりのあった貴族、学校のみんな。
それに祖父上と父上と母上と伯母上……あの方々は、俺とザフィルが手を取り合ってこの国を支える未来を願っていた。
今の俺を見たら、彼らは何と思うだろう。
そして……ザフィル。
俺は幼い頃からずっと、アイツが大嫌いだった。
でもアイツは自分を憎み陥れようとしていた俺を、弟として慕ってくれていた。
国王としての勉強と執務に忙しい身でありながら、ボンクラの忌み子として扱われ腐っていた俺を、出来る限り何とかしようとしてくれている、その誠意は感じていた。
……本当に、無かったのだろうか。
国王とその影ではなく、シナリオで敵対しあう関係でもなく、兄弟として絆を結ぶ方法は。
それと……クコリ。
俺を騙して飼い殺そうとしたアイツは許せないが、あれは転生者の人格であって、厳密にはクコリ本人ではない。
もし前世の記憶なんか思い出さずに過ごしていたら、彼女はどうしていただろうか。
もし転生者がザフィルでなく俺を愛している人だったら、どうなっていただろうか。
俺の単独ルートではザフィルの手から完全に離れ、他国の辺鄙な農地へと移住した。
細々とした暮らしながらも愛し合い、幸せな毎日を送っていたあのエンディングが、今ではどうしようもなく眩しく思える。
「……ウッ。」
失ったものの大きさに自然と涙が溢れ落ちる。
「泣くことなんかないよ、アズラオ。」
俺はハッと顔をあげて、荷馬車の外から顔を出す。
「セディオム?」
そこで初めて、馭者として馬を走らせていた人物が彼だったことに気付いた。
「どうしてここに。スフィールは?馭者は?」
「ああ、大丈夫。」
セディオムは懐から人形のようなものを取り出して、俺に見せるように掲げる。
「身代わり人形。血を垂らして魔力を注げば、知識も能力も外見も完全に同一なヒトガタに変化する魔法道具。皇居ではこの子が代わりに働いてるし、本来の担当馭者にはお金で許可をもらってきたから。」
俺は安堵した。
「とうとう、やり遂げたんだね。」
「ああ。」
「初めて会ったときは、君が血の雨が降るかもなんて言うから、どうなることかと思ってたんだけどホッとしたよ。」
「あれは大袈裟に言いすぎた、悪い。まあでも王族の争いなんて、大抵は血生臭いものだろ?」
「それは…僕からはなんともコメントしずらいよ…」
セディオムは空を仰ぎ、生まれたばかりの弱い朝日に目を向ける。
「…清々しい空だね。」
「ああ。まさしく俺の人生の門出に、うってつけの日だ。」
「ふふふ。」
セディオムは陽気に笑いながら、順調に馬を走らせる。
「ねえ。」
「うん?」
「スフィールに来たらさ、何がしたい?」
その問いに、俺は考え込む。
「…このクランドル王国から抜け出すことばかり考えてて、頭に無かった。そうだな…先ずは…魔法について勉強したいな。」
「魔法?そうだね。スフィールと言えば魔法ってくらい、僕達の国は発展してるから。」
「ああ、それもなんだが…魔法でひとつ、やりたいことがあるんだよ。」
「へえ、どんなこと?」
俺は大きく息を吸って、言った。
「アンタが続編のヒロインに裏切られないようにすること!」
王弟転生 ~終~
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