王弟転生

焼きたてメロンパン

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「お待たせー!」

 フェビューのとある場所。
 アイツは待ち合わせ場所で立っていた俺に駆け寄る。

「おう、クコリ。」
「もうっ!せっかく時間より早く来たのに!そんなに待ちきれなかったの?」
「ああ、とーってもな。」

 俺は読んでいた本を閉じて、クコリに向き合う。
 クコリは以前のときより少し華美なアクセサリーとドレスを身に纏い、ブランド物のバッグを手に提げている。
 国王の婚約者となったのだから、金銭的な余裕が生まれるのも当然だろう。

(コイツのことだから『無罪判決の記念に改めて兄弟の絆を~』とか言って、勝手にザフィルを連れてくるんじゃないかと心配してたけど、そこまで図太くはないか。)

 俺は安堵した。
 今回は
 コイツは気付いてないようだが、以前のときと今のときとでは、逢瀬の意味合いが全く変わってくる。

「何処に行こうか?」

 俺は期待せず尋ねた。

「えっとね、私、行きたいところがあるんだけど。」
「?何処だ?」
「ふふふ。」

 クコリは何かを企んでいるような、意味深な笑顔を浮かべる。

「あなたと行ってみたいところがあるの。ついてきて。」

 クコリは俺の手を引いて歩む。
 そして連れて行かれた先は…

「どう?素敵でしょ、この薔薇園!」

 見渡す限り広大な園。
 鮮やかで濃厚な緑の上に、敷き詰めるかのように咲き誇る薔薇。
 訪れた客は誰もが陶然とした眼差しを向け『夢のようだ』などとうわごとを呟く。
 しかしその薔薇園を見た瞬間、俺は視界が真っ赤に染まった。
 ふざけんなよ……テメェ。
 この薔薇園はザフィル単独ルートでのデート場所じゃねえか。

「あれ?駄目だった?」
「……いや、綺麗だなと思ってな。」

 俺がそう言うと、クコリは満面の笑顔を浮かべる。

「ふふふ、アズラオが喜んでくれると思って、此処を選んだんだ。」

 無邪気のようにそう言うクコリに、殺意に近い感情が渦巻く。
 だが我慢だ。
 今ここで俺の憤慨を勘付かれたら、すべてが水泡に帰す。
 その舐めきった笑顔が絶望に変わるときを楽しみにしながら、俺は園内に足を踏み入れた。

「…綺麗だよね…」
「…ああ、綺麗だな。」

 この場に立っているだけで怒りと嫌悪が込み上げてくるが、薔薇に罪はない。
 俺は色彩で包み込むかのように生える垣根と、むせかえるほどの芳香に心を傾ける。

「あっ!ねえねえ!」

 ふとクコリが何かを思いついたかのように大きな声を上げた。

「この薔薇園の何処かに『幻の青薔薇』ってのがあってね。見つけたカップルは将来幸せになれるんだって!探してみようよ!」

 …面倒ながらも青薔薇を探すことになった。
 あの薔薇の発見はザフィルのルートにおいて、オマケイベント的な立ち位置だった。
 攻略に絶対必須という訳ではないが、発見できたときはふたりで変わらぬ愛を誓い合い、好感度が他のイベントよりも大きく上がる。
 なんだ?今更になって好感度稼ぎか?
 それとも俺がゲームの攻略対象だと思って、どんな反応をするか試してるのか?
 とりあえずバレないよう、用心するに越したことはないな。

(しかし…あの青薔薇を見つける方法ってなんだっけか?好感度が上がるっつっても、ザフィル単独ルートで好感度稼ぎにそこまで必死になった覚えは無いんだよな。)

 まあコイツなら知ってるだろ。
 
 クコリの思惑について推察できたのは、つい最近だ。
 初めは俺とザフィルのふたりの男を弄んで罪な女を気取りたいだけの、ただの淫乱野郎だと思ってた。
 だがこれまでのやりとりから、ようやく気付いた。
 コイツは自分のためではなくザフィルのために、兄弟丼ルートを選んだんだ。
 ザフィル単独ルートのシナリオでは、俺が奴の暗殺を図ったが失敗し、極刑に処されそうになったところを、被害者本人であるザフィルが情状証人として出たために免れた。
 だが国王の暗殺未遂という罪は当然重く、結果として俺は孤塔の牢獄に死ぬまで幽閉されることになった。
 王家にとって獅子身中の虫だった俺の退場を周囲が喜び安堵するなか、ザフィルはひとり涙を流す。
 それをクコリが慰めるという、ビタースイートエンディングだ。
 このエンドなら誰にも邪魔されずふたりで愛を育めるだろうが、ザフィルは生涯に残る心の傷を受けると公式で設定されている。
 それを防ぐために、あえて俺の攻略も進めたんだ。
 ザフィルが本気で俺を、弟として可愛がってることを理解しているからこそ、奴の気を満たすために俺を利用しているだけだ。
 つまりクコリにとって俺はさほど愛着も湧かず、ただザフィルのオマケとして作業のように攻略していたに過ぎないということだ。
 ……………本当に、本当に、どこまでも舐め腐りきった女だな。

「あっ!あったよ、幻の青薔薇!!」

 クコリはある地点へと駆けていき、青色の薔薇を指差して俺を見る。

「ああ、よく見つけられたな。」
「えへへ!私とアズラオの絆が起こした奇跡だよ!」

 屈託のない笑顔で放たれた言葉に、言い様のない感覚をおぼえて総毛立つ。
 しかし、やらなければならない。
 ひとえに自分のために。

「…っ!!」

 俺は衝動的をよそおい、奴に抱きついた。

「ひゃっ!!!な、なに?」

 ルートにないデートに、ルートにないイベント。
 未知のことが重なり怯えたのだろうか。
 クコリはビクッと大きく震えたが、すぐに平静を取り戻した。
 そんな奴に、俺は耳元でささやく。

「……離れられない……」
「え?」
「やっぱり俺、お前のことが好きだ。お前が兄上の婚約者でも、本当は兄上のことが好きだとしても、俺はお前を諦められない。」

 『兄上の婚約者』。
 その言葉を耳にした瞬間クコリは動揺し、俺を押しのける。
 どうやら今の今まで、自分の立場を忘れていたようだ。
 だがもう遅い。

「ダメッ!!…聞いて、アズラオ。私はザフィル様…国王陛下の婚約者。あなたはその陛下の弟なの。」
「クコリ……クコリッ!!!」

 俺は唇を強引に奪った。

「んむっ!!………っ!!!」

 クコリは強い力で抵抗し、俺を突き飛ばした。

「もうっ!!本当にやめて!!私にはあの人がいるんだから!!」

 クコリは踵を返して地面を蹴る。

「クコリッ!!!」
「ついてこないで!!!」

 奴は俺から逃げるように走り出し、やがて見えなくなっていった。

「……………」

 完全に奴の気配がなくなってすぐ、俺は園内のトイレへ駆け込む。
 そして…

「む"っ   ぐっ   お
 おええええええええ!!!!」

 用を足すところに、胃の内容物を思いっきりぶち撒けた。

「はあ、はあ、はあ……クソがっ!!」

 壁に拳を打ちつける。
 吐くものがないのに、まだ吐き気が止まない。
 だがこれでいい。
 ここまでやれば、今回の件はきっと『奴ら』の目に留まっただろう。
 近いうちに、嵐が来る。
 俺はそのときが来るのを心待ちにしながら、帰り道で胃薬を買った。
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