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俺は入り組んだ道にあるカフェに、クコリを連れて行く。
金を渡してでも人払いをするつもりだったが、幸運なことに俺たち以外の客はおらず、カウンターにマスターがひとりいるだけだった。
若い男女の逢瀬に脂下がるマスターを、二杯の紅茶の注文で奥へと引っ込め、目を据わらせる。
「な、なに?怖いんだけど。」
「お前、俺に何か隠してることは無いか?」
「え?何の話?」
「とぼけるなよ。お前、兄上と付き合ってるんだろ?」
クコリは大仰な、わざとらしい挙動で驚く。
「…どうして。」
「前にな、鉢合わせたお前の姿を見つけて、ふざけて後をつけたんだよ。そうしたらお前が兄上と親しげに話し合って、抱きついてた。」
「………ごめんなさい。あなたのお兄さんに頼まれてたの。あなたと仲良くしてやってくれって。」
クコリは申し訳なさそうに頭を下げた。
よくやれるな、悪いなんて微塵も思ってねえくせに。
「本当の気持ちを聞かせてほしい。兄上と結ばれることを望んでいて、俺とは義理の弟としての付き合いを望んでるのか?」
「そ、そんな…あなたのこともザフィル様のことも大好きだし本気よ?」
思わず溜め息が漏れる。
「いくら何でもそれは無いだろ……本気で好きなら、他の男に興味なんか湧かない。それともいざってときのためにキープしておきたいのか?」
クコリは同情を乞うように目を潤ませる。
「そんな言い方ないじゃない……私はただあなたとあの人が仲良くやっていけるように、お手伝いがしたいってだけよ。」
「そのために俺と兄上とで、二股をかけていたってのか?」
「……………」
クコリは何も言わず俯いているが、その目は恨みがましく光っている。
「自分の本音が分からないってなら、ひとつずつ質問させてもらう。俺と兄上、どっちが好きなんだ?」
「……ザフィル様。」
搾り出すように呟いたその言葉には、恐らく嘘は無いのだろう。
「兄上とはどれくらい進んだんだ?」
「あなたのことを報告するついでのデートを4回ぐらい。手を繋いだり抱き合ったりで、キスもまだよ。」
これもまあ、恐らく真実だ。
兄弟丼ルートでも確かにザフィルとのデートは4回、キスもしていない。
「兄上も本気なんだよな?」
「…多分。私はザフィル様じゃないから分からないけど。一番の心配だったあなたの件がひと段落ついたし、王城で暮らさないかって。」
「それって結婚の約束か?」
クコリは言い淀む。
国の要とも呼べる王城に上がり込んでおいて、結婚するつもりはないなんて、流石のコイツも言えないか。
「プロポーズは受けてないけど…って感じか。決断力の高い兄上にしては、なんだか煮え切らない言動だな。」
まあ俺が恋愛フラグを壊したからだけど。
心の中でそう付け足して、かぶりを振る。
「俺も本音を話すが……今でもお前にされたことは許せねえ。けどお前のことは愛してる。悔しいけど、俺よりも兄上の方がよっぽどお前のことを幸せにできるし、それは認める。それでも…理屈で感情を抑えきれるほど、大人にはなれねえんだよ…俺は。」
「……………」
驚愕、感心、喜悦、勝ち誇り、愛情。
クコリの顔からそんな情動がない混ぜになり、その表情からは思惑が読み取れない。
しかしコイツからの愛に縋っていたかつての俺が、諸手を挙げて喜べるようなものでは決してないことは、本能に近い部分で覚れた。
「お前が兄上と結ばれるつもりでいて、それでも俺と今後とも仲良くするのは自由だ、怒らねえ。でも俺は自分の気持ちは曲げられねえ。何か問題が起きてもフォローはしねえ。以上だ。」
「う、うん……ごめんね。」
捨て猫のように縮こまるクコリに、俺は微笑んでみせる。
「気にするなよ。兄上は少々お堅いところはあるが、根は良い人だ。お前が支えてやるまでもねえし、気楽に付き合えばいい。」
「うん…ありがとう。アズラオ。」
カフェを出ると、空には夕焼けが広がっていた。
もうすぐ日が落ちて暗くなるだろう。
「早く帰らねえとな。家まで送ってくか?」
「ううん。大丈夫。ありがとう。」
クコリは先程までとは打って変わって、朗らかな表情で俺に笑いかける。
「今日は本当にありがとうね、アズラオ!それじゃあ、さようなら!また遊ぼうね!」
「おう、じゃあな。」
俺も笑顔でアイツと別れ、手を振って見送る。
アイツの背中はだんだんと遠のいていき、やがて完全に見えなくなった。
「……………」
俺はズカズカと早足で歩き、人気のない禁漁区域に着く。
そして大きく息を吸い、腹筋に全力を込め…
「ざっけんじゃねえええええぇぇぇぇぇーーーーー!!!!!」
海に向かって叫んだ。
「俺がテメエを愛してるだぁ!!?んなわけねえだろこのクソアマ!!!!色情ブタ!!!!××××が!!!!」
一度吹き出てしまった感情を止めることは出来ない。
俺はそれからもたくさんの罵倒と叫びを母なる海にぶちまけた。
金を渡してでも人払いをするつもりだったが、幸運なことに俺たち以外の客はおらず、カウンターにマスターがひとりいるだけだった。
若い男女の逢瀬に脂下がるマスターを、二杯の紅茶の注文で奥へと引っ込め、目を据わらせる。
「な、なに?怖いんだけど。」
「お前、俺に何か隠してることは無いか?」
「え?何の話?」
「とぼけるなよ。お前、兄上と付き合ってるんだろ?」
クコリは大仰な、わざとらしい挙動で驚く。
「…どうして。」
「前にな、鉢合わせたお前の姿を見つけて、ふざけて後をつけたんだよ。そうしたらお前が兄上と親しげに話し合って、抱きついてた。」
「………ごめんなさい。あなたのお兄さんに頼まれてたの。あなたと仲良くしてやってくれって。」
クコリは申し訳なさそうに頭を下げた。
よくやれるな、悪いなんて微塵も思ってねえくせに。
「本当の気持ちを聞かせてほしい。兄上と結ばれることを望んでいて、俺とは義理の弟としての付き合いを望んでるのか?」
「そ、そんな…あなたのこともザフィル様のことも大好きだし本気よ?」
思わず溜め息が漏れる。
「いくら何でもそれは無いだろ……本気で好きなら、他の男に興味なんか湧かない。それともいざってときのためにキープしておきたいのか?」
クコリは同情を乞うように目を潤ませる。
「そんな言い方ないじゃない……私はただあなたとあの人が仲良くやっていけるように、お手伝いがしたいってだけよ。」
「そのために俺と兄上とで、二股をかけていたってのか?」
「……………」
クコリは何も言わず俯いているが、その目は恨みがましく光っている。
「自分の本音が分からないってなら、ひとつずつ質問させてもらう。俺と兄上、どっちが好きなんだ?」
「……ザフィル様。」
搾り出すように呟いたその言葉には、恐らく嘘は無いのだろう。
「兄上とはどれくらい進んだんだ?」
「あなたのことを報告するついでのデートを4回ぐらい。手を繋いだり抱き合ったりで、キスもまだよ。」
これもまあ、恐らく真実だ。
兄弟丼ルートでも確かにザフィルとのデートは4回、キスもしていない。
「兄上も本気なんだよな?」
「…多分。私はザフィル様じゃないから分からないけど。一番の心配だったあなたの件がひと段落ついたし、王城で暮らさないかって。」
「それって結婚の約束か?」
クコリは言い淀む。
国の要とも呼べる王城に上がり込んでおいて、結婚するつもりはないなんて、流石のコイツも言えないか。
「プロポーズは受けてないけど…って感じか。決断力の高い兄上にしては、なんだか煮え切らない言動だな。」
まあ俺が恋愛フラグを壊したからだけど。
心の中でそう付け足して、かぶりを振る。
「俺も本音を話すが……今でもお前にされたことは許せねえ。けどお前のことは愛してる。悔しいけど、俺よりも兄上の方がよっぽどお前のことを幸せにできるし、それは認める。それでも…理屈で感情を抑えきれるほど、大人にはなれねえんだよ…俺は。」
「……………」
驚愕、感心、喜悦、勝ち誇り、愛情。
クコリの顔からそんな情動がない混ぜになり、その表情からは思惑が読み取れない。
しかしコイツからの愛に縋っていたかつての俺が、諸手を挙げて喜べるようなものでは決してないことは、本能に近い部分で覚れた。
「お前が兄上と結ばれるつもりでいて、それでも俺と今後とも仲良くするのは自由だ、怒らねえ。でも俺は自分の気持ちは曲げられねえ。何か問題が起きてもフォローはしねえ。以上だ。」
「う、うん……ごめんね。」
捨て猫のように縮こまるクコリに、俺は微笑んでみせる。
「気にするなよ。兄上は少々お堅いところはあるが、根は良い人だ。お前が支えてやるまでもねえし、気楽に付き合えばいい。」
「うん…ありがとう。アズラオ。」
カフェを出ると、空には夕焼けが広がっていた。
もうすぐ日が落ちて暗くなるだろう。
「早く帰らねえとな。家まで送ってくか?」
「ううん。大丈夫。ありがとう。」
クコリは先程までとは打って変わって、朗らかな表情で俺に笑いかける。
「今日は本当にありがとうね、アズラオ!それじゃあ、さようなら!また遊ぼうね!」
「おう、じゃあな。」
俺も笑顔でアイツと別れ、手を振って見送る。
アイツの背中はだんだんと遠のいていき、やがて完全に見えなくなった。
「……………」
俺はズカズカと早足で歩き、人気のない禁漁区域に着く。
そして大きく息を吸い、腹筋に全力を込め…
「ざっけんじゃねえええええぇぇぇぇぇーーーーー!!!!!」
海に向かって叫んだ。
「俺がテメエを愛してるだぁ!!?んなわけねえだろこのクソアマ!!!!色情ブタ!!!!××××が!!!!」
一度吹き出てしまった感情を止めることは出来ない。
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