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「アズラオが、ようやく私の弟として立ち直り始めてきた。」
声色高くそう言うザフィルに、クコリの不安が加速する。
「…そう、ですか。いったい彼に何が?」
「昨日の戴冠式にアズラオが出席していた。王族ならば当然のことだが、私はなかば諦めていた。私に反抗するのはいつものことだが、近頃ではそれが輪をかけて酷くなり、周囲すら怯える有様だったからな。あの子が私の王位継承を祝福するなど、絶対にないと思っていた。」
ザフィルは普段の厳しい面構えを破顔させて、これまでを思い出してるのかぼんやりと明後日の方向を見る。
「ええ、私もアズラオに会いました。ただちょっと…おしゃべりをしていたときに、私たちの関係に気付かれそうになっちゃって…ごめんなさい。」
「構わない。いずれは話すつもりでいることだから。」
クコリは条件反射で、ビクリと体を跳ねさせる。
冗談じゃない。
たしかにあのイベントでアズラオは私たちの関係を知ったけれど、大々的に公表されたら何かしらのフラグが潰れてしまうかもしれない。
本当ならあの戴冠式のときに、悪徳官僚たちがザフィルを断罪して、今頃はこんなアフタヌーンティーセットを挟みながらでなく、牢獄の鉄格子越しで語り合っていた筈なのに。
(どうしてこんなことに…?)
必死で頭を巡らせるクコリを気にも留めず、ザフィルは話を続ける。
「それだけじゃない。今朝なんか官僚たちの不正を暴き、自身を危険に晒してまで逮捕に協力したんだ。」
クコリは硬直し、ティーカップを鳴らす。
「あの人が…ですか?」
「ああ。王としての職務に追われる私に代わって、アズラオはこの国の貴重な財産を食い潰す痴れ者どもを捕らえた。しかもその者たちは、私ではなくあの子を支持していた官僚ばかりだ。保身や私情に流されず、立場を重んじて国のために悪を裁く。まさかあの子がここまで立派に育つとは、君に会うまでは思いもしなかった。」
本当にありがとうと頭を下げるザフィルに対して、クコリは何も言えない。
なんで?どうして?まさか…
(アズラオも、私と同じ転生者だったの?もしそうだったとしたら、いったい彼は何を企んでるの?)
空恐ろしさに手が震えたが、すぐに平静に戻る。
仮にそうだったとしても、アズラオは偽物の王族。
自分とザフィルのフォローが無ければ処刑される立場だということに変わりはない。
ザフィルを蹴落として王座につくつもりではないことは、戴冠式イベントが起きなかったことからほぼ間違いない。
アズラオはただ前世の記憶を得たことによって考えを改め、自分とザフィルふたりとの共存を望んでいるだけだ。
そうに決まっている。
(まさかあの悪童アズラオが、ザフィルや私の手から離れて独り立ちするなんて、あり得ないわよね!)
フフッと微笑んだクコリに、ザフィルも微笑み返してかぶりを振る。
「そうだ、君に見てもらいたいものがある。」
ザフィルは席から立ち上がり、金庫からあるものを取り出した。
彼が頭に被っているそれよりも一回り小さい王冠だ。
「これをアズラオにプレゼントしようと思っている。」
「うわあ!素敵な王冠!」
小ぶりながらも本格的な作りの豪華な王冠に、クコリは目を輝かせる。
「長らく前から計画はしていたのだが、当の本人があの調子だったからな。今なら問題ないだろう。皆だってきっと認めてくれる。」
「ええ、彼も喜んでくれますよ!」
満面の笑顔で後押しするクコリ。
ザフィルは感涙で潤んだ瞳を、彼女に気付かれないように逸らす。
「……ずっと心が重かった。父上が夭折し、王としての責務と体裁が常に私の双肩にのしかかっていた。」
ザフィルは真剣な顔でクコリに向き合う。
「才能を持つ者や人の上に立つ者は、そうでない者たちを導いてやらなければならない。父上から何度も聞かされた教訓だ。だからこそ、生まれつき才覚に恵まれず、周囲から忌まわしき存在と見なされ疎まれていたアズラオに、私はいたく心を砕いてきた。あの子が王弟として恥ずかしくないよう選りすぐりの教育者を斡旋し、あの子が寂しい思いをしないよう出来るだけ多くの時間を構い、良い手本となるべく業績を残してきた。それが今になってようやく、花開いたということなのだろう。」
「……………」
クコリは何も言わない。
ああ、そうよね。
あなたは昔からそういう人なのよね。
あなたが今までアズラオのために言ってきたことはすべて正しい、正論よ。
アズラオよりもあなたの方が才能に恵まれてる。
アズラオよりもあなたの方が聡い。
アズラオよりもあなたの方がカリスマ性がある。
アズラオよりもあなたの方が人間ができている。
これらも全部、まごうことなき事実。
あなたはその事実をもとに、アズラオを導こうとしていただけだものね。
それがどれだけ彼をみじめな気持ちにさせてきたのかなんて、考えもせずに。
弱者の気持ちがまったく理解できない、絶対的強者として君臨する王。
でもね、私、あなたのそんなところが大好きなの。
王に相応しい無意識な傲慢を振り翳すあなたが。
愛した人がみじめになるくらい完璧なあなたが。
だから、ごめんね、アズラオ。
あなたのことは絶対に離さない。
大好きな弟と大好きな恋人をそばに置いて、ふたりのために国王の責務を全うする。
それがザフィルが一番に望む幸せだから。
声色高くそう言うザフィルに、クコリの不安が加速する。
「…そう、ですか。いったい彼に何が?」
「昨日の戴冠式にアズラオが出席していた。王族ならば当然のことだが、私はなかば諦めていた。私に反抗するのはいつものことだが、近頃ではそれが輪をかけて酷くなり、周囲すら怯える有様だったからな。あの子が私の王位継承を祝福するなど、絶対にないと思っていた。」
ザフィルは普段の厳しい面構えを破顔させて、これまでを思い出してるのかぼんやりと明後日の方向を見る。
「ええ、私もアズラオに会いました。ただちょっと…おしゃべりをしていたときに、私たちの関係に気付かれそうになっちゃって…ごめんなさい。」
「構わない。いずれは話すつもりでいることだから。」
クコリは条件反射で、ビクリと体を跳ねさせる。
冗談じゃない。
たしかにあのイベントでアズラオは私たちの関係を知ったけれど、大々的に公表されたら何かしらのフラグが潰れてしまうかもしれない。
本当ならあの戴冠式のときに、悪徳官僚たちがザフィルを断罪して、今頃はこんなアフタヌーンティーセットを挟みながらでなく、牢獄の鉄格子越しで語り合っていた筈なのに。
(どうしてこんなことに…?)
必死で頭を巡らせるクコリを気にも留めず、ザフィルは話を続ける。
「それだけじゃない。今朝なんか官僚たちの不正を暴き、自身を危険に晒してまで逮捕に協力したんだ。」
クコリは硬直し、ティーカップを鳴らす。
「あの人が…ですか?」
「ああ。王としての職務に追われる私に代わって、アズラオはこの国の貴重な財産を食い潰す痴れ者どもを捕らえた。しかもその者たちは、私ではなくあの子を支持していた官僚ばかりだ。保身や私情に流されず、立場を重んじて国のために悪を裁く。まさかあの子がここまで立派に育つとは、君に会うまでは思いもしなかった。」
本当にありがとうと頭を下げるザフィルに対して、クコリは何も言えない。
なんで?どうして?まさか…
(アズラオも、私と同じ転生者だったの?もしそうだったとしたら、いったい彼は何を企んでるの?)
空恐ろしさに手が震えたが、すぐに平静に戻る。
仮にそうだったとしても、アズラオは偽物の王族。
自分とザフィルのフォローが無ければ処刑される立場だということに変わりはない。
ザフィルを蹴落として王座につくつもりではないことは、戴冠式イベントが起きなかったことからほぼ間違いない。
アズラオはただ前世の記憶を得たことによって考えを改め、自分とザフィルふたりとの共存を望んでいるだけだ。
そうに決まっている。
(まさかあの悪童アズラオが、ザフィルや私の手から離れて独り立ちするなんて、あり得ないわよね!)
フフッと微笑んだクコリに、ザフィルも微笑み返してかぶりを振る。
「そうだ、君に見てもらいたいものがある。」
ザフィルは席から立ち上がり、金庫からあるものを取り出した。
彼が頭に被っているそれよりも一回り小さい王冠だ。
「これをアズラオにプレゼントしようと思っている。」
「うわあ!素敵な王冠!」
小ぶりながらも本格的な作りの豪華な王冠に、クコリは目を輝かせる。
「長らく前から計画はしていたのだが、当の本人があの調子だったからな。今なら問題ないだろう。皆だってきっと認めてくれる。」
「ええ、彼も喜んでくれますよ!」
満面の笑顔で後押しするクコリ。
ザフィルは感涙で潤んだ瞳を、彼女に気付かれないように逸らす。
「……ずっと心が重かった。父上が夭折し、王としての責務と体裁が常に私の双肩にのしかかっていた。」
ザフィルは真剣な顔でクコリに向き合う。
「才能を持つ者や人の上に立つ者は、そうでない者たちを導いてやらなければならない。父上から何度も聞かされた教訓だ。だからこそ、生まれつき才覚に恵まれず、周囲から忌まわしき存在と見なされ疎まれていたアズラオに、私はいたく心を砕いてきた。あの子が王弟として恥ずかしくないよう選りすぐりの教育者を斡旋し、あの子が寂しい思いをしないよう出来るだけ多くの時間を構い、良い手本となるべく業績を残してきた。それが今になってようやく、花開いたということなのだろう。」
「……………」
クコリは何も言わない。
ああ、そうよね。
あなたは昔からそういう人なのよね。
あなたが今までアズラオのために言ってきたことはすべて正しい、正論よ。
アズラオよりもあなたの方が才能に恵まれてる。
アズラオよりもあなたの方が聡い。
アズラオよりもあなたの方がカリスマ性がある。
アズラオよりもあなたの方が人間ができている。
これらも全部、まごうことなき事実。
あなたはその事実をもとに、アズラオを導こうとしていただけだものね。
それがどれだけ彼をみじめな気持ちにさせてきたのかなんて、考えもせずに。
弱者の気持ちがまったく理解できない、絶対的強者として君臨する王。
でもね、私、あなたのそんなところが大好きなの。
王に相応しい無意識な傲慢を振り翳すあなたが。
愛した人がみじめになるくらい完璧なあなたが。
だから、ごめんね、アズラオ。
あなたのことは絶対に離さない。
大好きな弟と大好きな恋人をそばに置いて、ふたりのために国王の責務を全うする。
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