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(……誰もいないだろうな。)
深夜の王城の政務室。
周囲に細心の注意をはらい、息を殺して侵入する。
(何処だ?何処に隠している?)
明かりを点けたら窓の外からバレるかもしれない。
暗闇のなか、慣らした目と手さぐりで『あれ』を探す。
(!!あった…)
俺は抽斗の二重底になっていたトレイの底から『あれ』を取り出した。
(ゲームでは明かされなかったけど、こんなところにあるとはな……『国王の日記』。)
俺は日記をパラパラと捲り、シナリオを思い出す。
これは数年前に死んだ国王–––俺と兄の父親にあたる人物が書いた日記だ。
これには愛する妻が秘密で身籠った子を第一子とし、ザフィルと名付けて王太子としたこと。
そして自分と妻との間に授かった子をアズラオと名付けて第二子としたこと。
上記のことが記されていた。
(やっぱり、この世界でもそうなんだな…)
俺は自室へと引き返し、日記を隠してから就寝した。
そして翌朝。
「ん…」
部屋の外からバタバタと慌ただしく走る音で目が覚めた。
「おはようございます、殿下。」
部屋には既に使用人たちが並んでおり、ひとりの手にはこの日のために用意したのであろう礼服があった。
「お着替えを致しますので、此方に。」
「いらねえよ。」
俺がそれだけ言うと、使用人たちが驚いて困惑する。
「大変恐縮ですが殿下、本日は戴冠式です。王子である殿下も参加してくださらないと…」
「そうじゃねえ。ウエディングドレスじゃあるまいし、スーツぐらいひとりで着れる。」
何言ってるんだと反論すれば、使用人たちは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして此方を見つめる。
「?何だよ。」
「い、いえ……それでは、お召し物は此方に置いておきます。わたくしどもは、どうすれば。」
「忙しいんだろ?行ってこいよ。」
「は、ははっ。」
使用人たちは何事かといった風な様子で、逃げるように部屋を出た。
無理もない。
今までの俺だったら気分が悪いと言って頑なに参加を拒否し、欠席しただろう。
だが今の俺は違う。
戴冠式が最後まで恙無く執り行われるのを、この目で確認しないといけない。
俺はスーツを着て、式場に急いだ。
「お、おい…アズラオ殿下がいらしているぞ。」
「本当だ。いったいどういう風の吹き回しだ?」
「来ないと絶縁して城から追い出すぞって、王太子殿下からお叱りを受けたんじゃないの?」
外野が好き勝手ざわついてるが、これまでの自分の行いが悪かったのは事実だ。
言いたいだけ言わせておこう。
「っ!?いらしたぞ!」
そうこうしている間にセレモニーが始まる。
新たなる国王となる王太子ザフィルは、金色の刺繍が煌めく荘厳なローブに身を包み、神官の前に静かに跪く。
それを見て頷いた神官は、やおら王冠に手を伸ばし…
「………」
思わず生唾を飲み込む。
俺はザフィル達に目を向けながらも、意識は出入口の扉に集めていた。
官僚どもが日記を失ってでも、突撃してくる可能性があったからだ。
しかしそれも杞憂に終わった。
王冠を頂いたザフィルは、端正な顔立ちで品良くうっすらと微笑むと、会場を出て黄金の馬車に乗り込む。
そして外で待ち侘びている市民たちへのパレードに向かった。
「キャーッ!!王太子殿下…いや国王陛下!!」
「素敵!!」
「感動だ!なんて日なんだ!」
街は数え切れないほどの住民でごった返しており、もはや誰が誰だか分からない。
ここまでくれば、戴冠のときからちょくちょく刺すように向けられていたザフィルの視線からも、逃れられるだろう。
俺はパレードから退散しようと踵を返した。
「待って!!」
背後から呼び止める声を掛けられる。
誰なのか?考えるまでもない。
何度もたわい無い話をし、何度も励まされ、何度も愛を囁かれた、今となっては吐き気を催させるだけのあの声。
「……何だよ。」
俺は不機嫌を装った表情で、振り向く。
クコリは微笑んでいた。
しかし跳ねるように動く瞳孔からは、明らかな狼狽が察せられる。
リアルに『目が泳ぐ』ってこういう状態なんだろうなあと呑気に考えていると、クコリが切り出す。
「来てくれたんだね。」
「ああ。」
「ザフィル様が心配してたんだよ。戴冠式にまで来なかったら、いよいよ王族の自覚すらなくなったんじゃないのかって。本当に良かった。」
俺の劣等感を煽るような物言いに、思わず鼻で笑いそうになったのを押さえる。
コイツ、予想だにしない事態でだいぶパニックになってるな。
「まさかお前まで来てるとはな。あそこは高位貴族や大臣みたいな、一部の選ばれた人間しか来れない筈なのに。」
「ザフィル様から正式に招待されたんだよ。大事な儀式だから、是非とも見てほしいって。」
「へーえ、お前らいつの間にそんな仲になったんだ?」
クコリはウッと返答に詰まった。
なんだよ、白々しい。
お前とザフィルが付き合っていたこと、俺は糾弾したことはねえ。
でもお前はシナリオから全部お見通しなんだろ?
「まあ何でも良いか。それじゃあな。」
顔を見るのも嫌で、まだ何か言いたげなクコリを無視して、俺はその場を離れた。
深夜の王城の政務室。
周囲に細心の注意をはらい、息を殺して侵入する。
(何処だ?何処に隠している?)
明かりを点けたら窓の外からバレるかもしれない。
暗闇のなか、慣らした目と手さぐりで『あれ』を探す。
(!!あった…)
俺は抽斗の二重底になっていたトレイの底から『あれ』を取り出した。
(ゲームでは明かされなかったけど、こんなところにあるとはな……『国王の日記』。)
俺は日記をパラパラと捲り、シナリオを思い出す。
これは数年前に死んだ国王–––俺と兄の父親にあたる人物が書いた日記だ。
これには愛する妻が秘密で身籠った子を第一子とし、ザフィルと名付けて王太子としたこと。
そして自分と妻との間に授かった子をアズラオと名付けて第二子としたこと。
上記のことが記されていた。
(やっぱり、この世界でもそうなんだな…)
俺は自室へと引き返し、日記を隠してから就寝した。
そして翌朝。
「ん…」
部屋の外からバタバタと慌ただしく走る音で目が覚めた。
「おはようございます、殿下。」
部屋には既に使用人たちが並んでおり、ひとりの手にはこの日のために用意したのであろう礼服があった。
「お着替えを致しますので、此方に。」
「いらねえよ。」
俺がそれだけ言うと、使用人たちが驚いて困惑する。
「大変恐縮ですが殿下、本日は戴冠式です。王子である殿下も参加してくださらないと…」
「そうじゃねえ。ウエディングドレスじゃあるまいし、スーツぐらいひとりで着れる。」
何言ってるんだと反論すれば、使用人たちは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして此方を見つめる。
「?何だよ。」
「い、いえ……それでは、お召し物は此方に置いておきます。わたくしどもは、どうすれば。」
「忙しいんだろ?行ってこいよ。」
「は、ははっ。」
使用人たちは何事かといった風な様子で、逃げるように部屋を出た。
無理もない。
今までの俺だったら気分が悪いと言って頑なに参加を拒否し、欠席しただろう。
だが今の俺は違う。
戴冠式が最後まで恙無く執り行われるのを、この目で確認しないといけない。
俺はスーツを着て、式場に急いだ。
「お、おい…アズラオ殿下がいらしているぞ。」
「本当だ。いったいどういう風の吹き回しだ?」
「来ないと絶縁して城から追い出すぞって、王太子殿下からお叱りを受けたんじゃないの?」
外野が好き勝手ざわついてるが、これまでの自分の行いが悪かったのは事実だ。
言いたいだけ言わせておこう。
「っ!?いらしたぞ!」
そうこうしている間にセレモニーが始まる。
新たなる国王となる王太子ザフィルは、金色の刺繍が煌めく荘厳なローブに身を包み、神官の前に静かに跪く。
それを見て頷いた神官は、やおら王冠に手を伸ばし…
「………」
思わず生唾を飲み込む。
俺はザフィル達に目を向けながらも、意識は出入口の扉に集めていた。
官僚どもが日記を失ってでも、突撃してくる可能性があったからだ。
しかしそれも杞憂に終わった。
王冠を頂いたザフィルは、端正な顔立ちで品良くうっすらと微笑むと、会場を出て黄金の馬車に乗り込む。
そして外で待ち侘びている市民たちへのパレードに向かった。
「キャーッ!!王太子殿下…いや国王陛下!!」
「素敵!!」
「感動だ!なんて日なんだ!」
街は数え切れないほどの住民でごった返しており、もはや誰が誰だか分からない。
ここまでくれば、戴冠のときからちょくちょく刺すように向けられていたザフィルの視線からも、逃れられるだろう。
俺はパレードから退散しようと踵を返した。
「待って!!」
背後から呼び止める声を掛けられる。
誰なのか?考えるまでもない。
何度もたわい無い話をし、何度も励まされ、何度も愛を囁かれた、今となっては吐き気を催させるだけのあの声。
「……何だよ。」
俺は不機嫌を装った表情で、振り向く。
クコリは微笑んでいた。
しかし跳ねるように動く瞳孔からは、明らかな狼狽が察せられる。
リアルに『目が泳ぐ』ってこういう状態なんだろうなあと呑気に考えていると、クコリが切り出す。
「来てくれたんだね。」
「ああ。」
「ザフィル様が心配してたんだよ。戴冠式にまで来なかったら、いよいよ王族の自覚すらなくなったんじゃないのかって。本当に良かった。」
俺の劣等感を煽るような物言いに、思わず鼻で笑いそうになったのを押さえる。
コイツ、予想だにしない事態でだいぶパニックになってるな。
「まさかお前まで来てるとはな。あそこは高位貴族や大臣みたいな、一部の選ばれた人間しか来れない筈なのに。」
「ザフィル様から正式に招待されたんだよ。大事な儀式だから、是非とも見てほしいって。」
「へーえ、お前らいつの間にそんな仲になったんだ?」
クコリはウッと返答に詰まった。
なんだよ、白々しい。
お前とザフィルが付き合っていたこと、俺は糾弾したことはねえ。
でもお前はシナリオから全部お見通しなんだろ?
「まあ何でも良いか。それじゃあな。」
顔を見るのも嫌で、まだ何か言いたげなクコリを無視して、俺はその場を離れた。
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