上 下
47 / 57

いつかの面影 Ⅴ

しおりを挟む
 思い出した声を上げたリュディガーは、その後、顎をさすって言いにくそうに呻くから、 キルシェは思わず首を傾げる。

「何か……良くないことでも?」

「いやぁ……良くないことではないが……良いとも言い切れないことがな……」

 歯切れの悪いリュディガーに、キルシェは、はぁ、と返しながら言葉を待つ。やがて彼は顎をさすっていた手を外すと、膝を軽く音を立てて叩くようにして置いた。

「__現実的ではないという話で思い出したんだが……キルシェ、もしかしたら、挙式を2回しないとならないかも知れない」

「__え」

 これには、キルシェは言葉を逸した。

 __挙式は、帝都でするはずではなかったかしら……。

 一番、身内らしい身内が多くいる場所が帝都で、彼の職場もそこだから。

「レディレン教会」

「レディレン……?」

「地元では挙げないのか、と聞かれたんだ」

「地元の、教会……?」

 そう、とリュディガーは頷く。

余所者よそものがここに居着くんだ。ここら一帯に住む者からすれば、縁もゆかりも無い輩が偉そうな顔をするわけだから、しておくべきかもしれないと」

 __それは……一理ある。

 しかしながら、二度も挙げるというのは__

「帝都で挙げて、こちらでも……?」

「かなり期待されているらしいんだ」

「なら……帝都ではなく、こちらだけというのでは?」

「それは一瞬よぎったさ」

「一瞬……?」

「いいか。この地域で挙げるとする。ビルネンベルク先生もお招きするだろう? そうするとかなりの日数が必要になるのはわかるよな」

「往復で……1週間ぐらい……」

「そう。ビルネンベルク先生がいらっしゃるとなると、お一人でくるわけがない。天下のビルネンベルク家だ。おつきの人が数人は来るだろう。こんな地域にビルネンベルクが来るということで、大騒ぎにもなるだろうし……」

 それに、とリュディガーは周囲__建物の外だろう__を気にした風に視線をやってから、身を乗り出した。

「__左大隊長はもちろんのこと、元帥閣下やそれなりのお偉方も招かねばならないんだ、挙式は」

「元帥閣下まで……? でも、どうして……」

「まだ前触れぐらいな段階で、色々と詰めて聞いてはいないから君にはもう少しまとまってから伝えようと思っていたころなんだが……君の生まれが生まれだから、それなりにお偉方が集まることになるのだそうだ」

「そう……なの……」

 __ビルネンベルク先生は、お呼びしないわけにはいかない。

 キルシェにとって後見人であり、二人にとっての恩師だ。

 こちらだけで挙げるとなればかなりの日数を奪うことになるし、ここは言ってはなんだが、主要な都市などない地域だ。そこに帝国のそれなりの地位にある面々が揃うとなると、これらを受け入れる先がない可能性が高い。

 __そういう意味でも、帝都では挙げるべきよね……。

 すべてがそこで賄えると言えばそうだ。

 宿や足の手配など、それぞれ招く人に負担はないといっていいぐらい、帝都では選択肢は豊富で整っている。

「まだ決定事項じゃないが、今日の彼らの期待した感じを見るに、挙げたほうがよいのだと思う。そこの教会は、土着の信仰とでもいうのか、それと融合しているらしくてな。帝国では珍しいことじゃないんだが、挨拶を兼ねて挙げるというのは、ここらあたりの皆には、好印象を持ってもらえるはずだから」

「そうね……第一印象は良いに越したことはない」

「だろう? 中央に確認をとってみるが……勧められはすると思う。寧ろ、やれ、と言われそうだがな」

 やれやれ、と苦笑を浮かべて、リュディガーは椅子に座り直すと酒を口に運んだ。

「挙式はいつ頃とか……考えている?」

「夏至祭前かな、と思っている。__どうだ?」

 __となると、5月か6月の上旬。この地域でなら、ちょうどよい時期ね。

 帝都は夏至近くだと、日によっては汗ばむ陽気が増えるのだ。対してこのあたりは標高が高いから、雪解けが終わった頃だろう。そこまで暑さはなく、日陰に入れば風邪の冷たさで肌寒さを覚える可能性もある気候。

 __イェソド州城の上層部に近いのかもしれないわね。

 数年間、そこで過ごしていた。そこでの景色を不意に思い出し、キルシェは苦笑を浮かべた。

 それを怪訝にしたリュディガーに、キルシェははっ、と我に返って首を振った。

「えぇっと……いい時期だと思います。それでその……帝都で挙げて、こちらで、すぐ?」

「そこが悩みどころだ。まぁ、先生と相談だな」

「先生と?」

 ああ、とリュディガーは、もう一口酒を飲んでから、グラスを置く。

「__君の後見人だろう? 後見人様を差し置いて、勝手に私の独断で諸々決めるわけにはいかないさ。いくらか考えて、まとめて、君にも相談して、そうして後見人様へ持ち込んで__と。知恵も貸してくださるだろうし、そういう体裁についての」

「確かに、先生は得意ですね」

 だろう、とリュディガーは笑った。

「ここから戻って、卒業して、私は職場に復帰して、事あるごとにビルネンベルク先生のもとへ足繁く通うことになるわけだ。これで、卒業したら顔も出さなくなるのだよ、なんて言わせないで済むのはありがたい」
 
 __戻って、卒業する……。それはそれで寂しいものね。

 数年後しに大学へ復学し、目まぐるしく卒業を目指して過ごしていた。本当に、驚くほどあっという間である。

「決めることが、増えましたね」

 リュディガーは肩を竦めて、グラスを見つめた。

「忙しいが、まぁ……いずれそれが懐かしくなるんだろう」

 まだまだ目まぐるしく、色々と建て込みそうな気配ではある。それがそう感じられる日が来る。

 __そして今の出来事を懐かしんで……挙式はあぁだったこうだった、って……ぁ。

 キルシェはふと、思い至る。

「……ここでも挙げるとなると……」

「ん?」

 キルシェは、くすり、と笑ってリュディガーを見る。

「私……同じ人と三回も挙式をするのね」

「そう……なるな」

「なかなかない話ね。下手をしたら語り継がれるかもしれない」

 リュディガーは、きょとん、としていたが、肩を震わせて笑い出した。

「確かに、同じ相手と3度も挙式した、という情報だけなら、とんでもな話で語り継がれはするな。何かしら問題ありな夫婦だ、と。__私だってそう思う」

「でしょう?」

 一頻り笑ったリュディガーは、はぁ、とため息を吐いてグラスの残りの酒を煽った。

「__4回目がないよう、努力するよ」

 自嘲気味に言ったリュディガーの言葉に、キルシェは少しばかり緊張が走った。

 二度あることは三度あるという。まさか四度までなどと冗談でも考えなかったキルシェは、リュディガーの口から出たということに勘ぐってしまう。

 彼は過去未来問わず、の景色、面影を見たことがある。であれば、四度目と言うのであれば__。

「それは……いつか起こりそうなの?」

「ないな」

 リュディガーは、迷いなくはっきりと答えた。

「私が手放すわけがないさ」

 その顔は力強く言う口調に対してあまりにも穏やかで、嘘を言っていないのだと悟る。キルシェは胸を撫で下ろすのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

結婚式の日取りに変更はありません。

ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。 私の専属侍女、リース。 2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。 色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。 2023/03/13 番外編追加

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...