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青丹の少年 Ⅲ
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翌朝、手配されたこじんまりとした宿屋で朝食を頂いたあと、マリウスが現れた。
昨夜いつの間に交わしていたのか、工房の案内の約束を果たすためだ。交わした相手はリュディガーであったが、結局キルシェとビルネンベルクも案内してもらうことにした。
その見学が終わって後、一旦宿へ戻ると、リュディガーは自身の荷とキルシェの荷をサリックスに積んで、村の外へと向かった。
どうやらこのまま出立__ということらしい。
まだ雪が残る景色。
昨夜遅くから、雪がこのあたりは降ったらしく、新しく積もっている。
良く日が当たるところでは雪が溶けて地面が顔をのぞかせているところもあるが、そこはどこもぬかるんでいて、キルシェは足を取られないよう気をつけて歩き、リュディガーに続く。
そのすぐそばには、マリウスが当然のようにいた。
「リュディガーが子供の相手がうまいというのは、意外だねぇ」
くつくつ、と笑うのはビルネンベルク。
ビルネンベルクは、キルシェとリュディガーを見送ってから帝都へ出立するという。
キルシェは改めて、前を行く二人を見た。
馬を引くリュディガーと、彼に並ぶ少年は、一年に一度ぐらいの遭遇しかしなかったとは思えないほど打ち解けている。しかも数年ぶりの再会だという。
キルシェには意外に思えない光景だが、ビルネンベルクはどうやらリュディガーの新しい一面ということらしい。
「先生の、お気に入りですし、なにより尊敬する先生は面倒見が良いですから、似たのではないのでしょうか?」
「なるほど、なるほど。思っていた以上に、私は良い手本ということだね」
冗談だろうが、得意げに言っている言葉を聞き漏らさなかったリュディガーは、肩越しに振り返った。
視線があったビルネンベルクが人の好さそうな笑みを浮かべれば、リュディガーは処置なし、という風にため息を吐いて、マリウスとの会話に戻った。
雪に覆われて輝く景色になった、冬枯れの景色。
穏やかな丘陵地の端にあるドッシュ村はみるみる遠くなっていく。
やがて踏み入った森に至ろうかというときに、マリウスが足を止めた。
「あ、あの……本当にこちらで合っていますか? 森の先には道はないですが……」
「ああ、あってる」
マリウスに対して足を止めて答えるリュディガーは、苦笑を浮かべてこれから踏み入ろうとしている森をみやった。
「この森を超えた先にな」
「えっと……その……森の向こう側に、別の村とかへ行く道が__」
「ああ、ないのは知っている」
大丈夫だ、とリュディガーは顎をしゃくって森を示した。
「マリウス、君には、この後、ビルネンベルク先生を村まで連れて変えるって仕事があるだろう? 君がいないと、先生は森の中で迷子になる」
「そうだね、私は土地勘がないから」
「君のお父上にも、ちゃんと連れて返ってくるように、言われただろう?」
「はい……」
なおも不安げなマリウスの肩を、リュディガーは励ますように手を置いてから、サリックスの手綱を引いて歩みを再開する。困惑を隠せないマリウスは、リュディガーに続くものの、背後の村と前方とを幾度となく見比べていた。
時期が時期なら、見通しなど利かないだろう森。奥へと誘う道は、やがて獣道の様相になっていく。
そうして、森の切れ目が見えてきた。
ついに森の外へ出る。森を堺に、景色はがらりと変わった。
岩や礫が目立つ景色。丘陵の一角が切れるようにして、側面は岩の肌。
その景色の中で最たるもの__それほど離れていないところにある、大きな岩が目についた。
丸みを帯びた大岩は、巨馬サリックスの三体分は優にある大きさで、大きさだけでなく、それはあまりにも不自然にキルシェの目には映る。
そして見える範囲の岩や石は、青っぽい灰色なのだが、その大岩だけが白さが際立っていた。
雪が積もっているから__と言いたいところだが、岩に積もった雪は、総じて溶けるのが早いもの。現に見える限りの岩や石の雪は、陽光が当たっているところは溶けてしまっている。
歩みを止めていたリュディガーがその景色の中へ一歩踏み出す__と、その大岩が、俄に膨らんだ。
これには、リュディガーに倣って続こうと一歩踏み出した一同は、足を止めて身構える。
それをリュディガーは肩越しにちらり、と見るものの、サリックスの手綱を引いて大岩へと進んでいく。
膨らむ大岩が割れた__否、翼が生える。
蝙蝠のような一対の翼。
「ゾルリンゲリ」
__それは、確かリュディガーの龍の名前。
大岩へ呼びかけるリュディガー。
キルシェは、まさか、と息を呑んで岩を見つめた。
呼応するように、さらに岩に変化が現れる。
岩の影から大きな蛇の首__と思いきや、それは岩から生えた白い首の龍。
その首の反対側にも何やら白い物が伸びるが、これは尾。
ごつごつ、とした表面の巌の下から生える四肢は、鋭利な蹴爪を持っていた。
大岩だと思っていたもの__これこそが龍であったのだ。
リュディガーに鼻面を伸ばす龍は、鼻筋を撫でられると、血のような双眸をうっとりと細める。
「いつ……」
「昨夜のうちに呼び寄せた。腹が黒いから、夜なら目立たないだろうと」
キルシェの言葉に言って、リュディガーは龍の顎の下から腹を示す。
確かに、龍騎士の駆る龍は、背が白で腹が黒の種アルビオンである。
「あぁ……昨夜遅くに誰かが外出したような気配があったが、あれは君か」
「さすが、南兎の耳であらっしゃる。__ここへ誘導して、待機させるために。鞍とか荷袋とか、外しておく必要もあったので」
「寒い中ご苦労だったね」
「これが来たときは、まだ降雪もなかったですから__」
「来た……?」
マリウスが驚きに目を見開き、零した言葉。
「よ、呼び寄せて……誘導……? な、なんで、龍騎士の龍を……」
この龍が何であるかを、帝国民で知らない者などいない。
ぽつぽつ、と言葉をこぼして、はっ、と何かを察したマリウスは、両手を握りしめてリュディガーを見つめた。
その顔は、明らかに緊張していた。
「ナハトリンデンさん、は……国軍の軍人さんじゃない……?」
「軍人、ではある……な」
答えるリュディガーの罰の悪そうな顔を見て、そういえば、とキルシェはあることに気がつく。
__リュディガーは、龍帝従騎士だとは明かしていないわ。
口を一文字に引き結ぶマリウス。
「じゃ、じゃぁ……龍騎士様……?」
「様、ってほどではないが……そうだ」
嘘、とマリウスは呆然と立ち尽くすように佇み、龍をひたすら見つめていた。
「__ナハトリンデンさんは、龍騎士様だった……」
「おや、伝えていなかったのかい? 龍騎士という触れ込みをだしにして、マリウスから慕われているのだと思っていたのだがね」
「学生だったときしか、彼とは会っていなかったので、今更伝えても……と思って。機会を逸した、と申しますか」
「よく言う。本当のところ、マリウスを驚かせたかったのだろう?」
ビルネンベルクの指摘にリュディガーは、肩をすくめて笑い、はぐらかす。そして手綱を放し、リュディガーは龍の体の向こう側へと回り込んでしまった。
龍を前にして、いよいよこれに乗るのだが、何をどうすればいいのか分からないキルシェ。指示を待つしかないのだが、どうにも居辛い。
どうしているべきか__と様子を伺っていれば、ビルネンベルクが近づくよう促すので、キルシェは、呆然と立ち尽くすマリウスの背を押すようにして龍の体の向こう側にいるはずのリュディガーの元へと近づいていく。
龍は始終、キルシェらを注視していた。
敵視している風ではないものの、その視線の力強さに物怖じしてしまう。
怖ず怖ずとしながらも、マリウスはリュディガーの姿を視界に捉えると、龍の首が届かないだろうあたりまで駆け寄った。
昨夜いつの間に交わしていたのか、工房の案内の約束を果たすためだ。交わした相手はリュディガーであったが、結局キルシェとビルネンベルクも案内してもらうことにした。
その見学が終わって後、一旦宿へ戻ると、リュディガーは自身の荷とキルシェの荷をサリックスに積んで、村の外へと向かった。
どうやらこのまま出立__ということらしい。
まだ雪が残る景色。
昨夜遅くから、雪がこのあたりは降ったらしく、新しく積もっている。
良く日が当たるところでは雪が溶けて地面が顔をのぞかせているところもあるが、そこはどこもぬかるんでいて、キルシェは足を取られないよう気をつけて歩き、リュディガーに続く。
そのすぐそばには、マリウスが当然のようにいた。
「リュディガーが子供の相手がうまいというのは、意外だねぇ」
くつくつ、と笑うのはビルネンベルク。
ビルネンベルクは、キルシェとリュディガーを見送ってから帝都へ出立するという。
キルシェは改めて、前を行く二人を見た。
馬を引くリュディガーと、彼に並ぶ少年は、一年に一度ぐらいの遭遇しかしなかったとは思えないほど打ち解けている。しかも数年ぶりの再会だという。
キルシェには意外に思えない光景だが、ビルネンベルクはどうやらリュディガーの新しい一面ということらしい。
「先生の、お気に入りですし、なにより尊敬する先生は面倒見が良いですから、似たのではないのでしょうか?」
「なるほど、なるほど。思っていた以上に、私は良い手本ということだね」
冗談だろうが、得意げに言っている言葉を聞き漏らさなかったリュディガーは、肩越しに振り返った。
視線があったビルネンベルクが人の好さそうな笑みを浮かべれば、リュディガーは処置なし、という風にため息を吐いて、マリウスとの会話に戻った。
雪に覆われて輝く景色になった、冬枯れの景色。
穏やかな丘陵地の端にあるドッシュ村はみるみる遠くなっていく。
やがて踏み入った森に至ろうかというときに、マリウスが足を止めた。
「あ、あの……本当にこちらで合っていますか? 森の先には道はないですが……」
「ああ、あってる」
マリウスに対して足を止めて答えるリュディガーは、苦笑を浮かべてこれから踏み入ろうとしている森をみやった。
「この森を超えた先にな」
「えっと……その……森の向こう側に、別の村とかへ行く道が__」
「ああ、ないのは知っている」
大丈夫だ、とリュディガーは顎をしゃくって森を示した。
「マリウス、君には、この後、ビルネンベルク先生を村まで連れて変えるって仕事があるだろう? 君がいないと、先生は森の中で迷子になる」
「そうだね、私は土地勘がないから」
「君のお父上にも、ちゃんと連れて返ってくるように、言われただろう?」
「はい……」
なおも不安げなマリウスの肩を、リュディガーは励ますように手を置いてから、サリックスの手綱を引いて歩みを再開する。困惑を隠せないマリウスは、リュディガーに続くものの、背後の村と前方とを幾度となく見比べていた。
時期が時期なら、見通しなど利かないだろう森。奥へと誘う道は、やがて獣道の様相になっていく。
そうして、森の切れ目が見えてきた。
ついに森の外へ出る。森を堺に、景色はがらりと変わった。
岩や礫が目立つ景色。丘陵の一角が切れるようにして、側面は岩の肌。
その景色の中で最たるもの__それほど離れていないところにある、大きな岩が目についた。
丸みを帯びた大岩は、巨馬サリックスの三体分は優にある大きさで、大きさだけでなく、それはあまりにも不自然にキルシェの目には映る。
そして見える範囲の岩や石は、青っぽい灰色なのだが、その大岩だけが白さが際立っていた。
雪が積もっているから__と言いたいところだが、岩に積もった雪は、総じて溶けるのが早いもの。現に見える限りの岩や石の雪は、陽光が当たっているところは溶けてしまっている。
歩みを止めていたリュディガーがその景色の中へ一歩踏み出す__と、その大岩が、俄に膨らんだ。
これには、リュディガーに倣って続こうと一歩踏み出した一同は、足を止めて身構える。
それをリュディガーは肩越しにちらり、と見るものの、サリックスの手綱を引いて大岩へと進んでいく。
膨らむ大岩が割れた__否、翼が生える。
蝙蝠のような一対の翼。
「ゾルリンゲリ」
__それは、確かリュディガーの龍の名前。
大岩へ呼びかけるリュディガー。
キルシェは、まさか、と息を呑んで岩を見つめた。
呼応するように、さらに岩に変化が現れる。
岩の影から大きな蛇の首__と思いきや、それは岩から生えた白い首の龍。
その首の反対側にも何やら白い物が伸びるが、これは尾。
ごつごつ、とした表面の巌の下から生える四肢は、鋭利な蹴爪を持っていた。
大岩だと思っていたもの__これこそが龍であったのだ。
リュディガーに鼻面を伸ばす龍は、鼻筋を撫でられると、血のような双眸をうっとりと細める。
「いつ……」
「昨夜のうちに呼び寄せた。腹が黒いから、夜なら目立たないだろうと」
キルシェの言葉に言って、リュディガーは龍の顎の下から腹を示す。
確かに、龍騎士の駆る龍は、背が白で腹が黒の種アルビオンである。
「あぁ……昨夜遅くに誰かが外出したような気配があったが、あれは君か」
「さすが、南兎の耳であらっしゃる。__ここへ誘導して、待機させるために。鞍とか荷袋とか、外しておく必要もあったので」
「寒い中ご苦労だったね」
「これが来たときは、まだ降雪もなかったですから__」
「来た……?」
マリウスが驚きに目を見開き、零した言葉。
「よ、呼び寄せて……誘導……? な、なんで、龍騎士の龍を……」
この龍が何であるかを、帝国民で知らない者などいない。
ぽつぽつ、と言葉をこぼして、はっ、と何かを察したマリウスは、両手を握りしめてリュディガーを見つめた。
その顔は、明らかに緊張していた。
「ナハトリンデンさん、は……国軍の軍人さんじゃない……?」
「軍人、ではある……な」
答えるリュディガーの罰の悪そうな顔を見て、そういえば、とキルシェはあることに気がつく。
__リュディガーは、龍帝従騎士だとは明かしていないわ。
口を一文字に引き結ぶマリウス。
「じゃ、じゃぁ……龍騎士様……?」
「様、ってほどではないが……そうだ」
嘘、とマリウスは呆然と立ち尽くすように佇み、龍をひたすら見つめていた。
「__ナハトリンデンさんは、龍騎士様だった……」
「おや、伝えていなかったのかい? 龍騎士という触れ込みをだしにして、マリウスから慕われているのだと思っていたのだがね」
「学生だったときしか、彼とは会っていなかったので、今更伝えても……と思って。機会を逸した、と申しますか」
「よく言う。本当のところ、マリウスを驚かせたかったのだろう?」
ビルネンベルクの指摘にリュディガーは、肩をすくめて笑い、はぐらかす。そして手綱を放し、リュディガーは龍の体の向こう側へと回り込んでしまった。
龍を前にして、いよいよこれに乗るのだが、何をどうすればいいのか分からないキルシェ。指示を待つしかないのだが、どうにも居辛い。
どうしているべきか__と様子を伺っていれば、ビルネンベルクが近づくよう促すので、キルシェは、呆然と立ち尽くすマリウスの背を押すようにして龍の体の向こう側にいるはずのリュディガーの元へと近づいていく。
龍は始終、キルシェらを注視していた。
敵視している風ではないものの、その視線の力強さに物怖じしてしまう。
怖ず怖ずとしながらも、マリウスはリュディガーの姿を視界に捉えると、龍の首が届かないだろうあたりまで駆け寄った。
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