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天つ通い路
君影草と受難な龍騎士 Ⅱ
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2人が去って、途端に静かになる室内。
そこに大げさなぐらい大きなため息を零したのは、ビルネンベルク。
「__あれは、あれで優秀なんですがね」
見れば、やれやれ、といくらか困った笑みを浮かべている。
「嵐のような男だな」
「直情的、と言ってやってくれ、イェルク。真っすぐで……まぁ、可愛い教え子だよ。私の担当ではなかったが」
「……融通が利かない文官は、まさかあいつか」
__何か、あったのね……。
フォンゼルの眉間の皺が深くなったのは、暫定的に統治していたことに関わっているのだろう、とマイャリスは察した。
「真面目すぎるのですよ。真面目だから、ここへ送り込んだのですが……有能ではあるでしょう?」
「確かに命じたものの実行と実現が早い__が、ひとつでも気がかりがあれば、口答えをしてくる輩がいるらしいから、止まることもあった。やれ、と言ったものは死の後の言わずやればいいと言っても聞かないぐらい」
「でしょうでしょう。それを差し引いても、有能ではあったでしょう。__とは申せ、私の担当ではなかったのですがね」
ビルネンベルクの言葉は評価しつつも、やや距離を置こうとするもので、マイャリスは親交があったはずのリュディガーをちらり、と見る。
「__悪い奴じゃないんだ」
「そうなんだよ、リュディガー。彼は悪い奴じゃない。ただ大学で__ああ、そうだ。大学」
ビルネンベルクが、手を打って、マイャリスへと向き直る。
「キルシェ……あぁ、すまないけど、この呼び名が慣れているから、そう呼ばせてもらうよ? いいかい?」
キルシェ、と呼ばれて、身体を弾ませるほどに驚くが、同時に心が温かくなる。
「はい、もちろんです。__先生にそうお呼びいただけるの、懐かしくて、嬉しいですから」
穏やかにビルネンベルクの目が細められ、彼は満足げな顔になるとさらに続ける。
「キルシェ、大学へ戻りなさい」
「……っ」
しかも大学へ戻れというのだから、遅れて輪をかけて驚いてしまった。
自分が、ハイムダル地方でそう決意したことだからだ。
__それも、戻りなさい、だなんて……。
これから帝都へ移り住み、大学へ相談に行こうとしていた自分からすれば、願う相手の物言いがこれでは、歓迎されているということではなかろうか。
期待に高揚していれば、ビルネンベルクはさらに続ける。
「君は、実のところ休学扱いにしていた」
「私……死亡していたのではないのですか?」
「あぁ、そこはそこで、色々あってね。__あのことは、本当に申し訳なかった。でもね、ほら、私も学長も耳聡いから、後日秘密裏に、そういう処理にしておいたのだよ」
自らの立ち耳を示しつつ、ビルネンベルクは自嘲を浮かべる。
「君はもう少しで卒業要項を満たす学生だったんだ。そのままそっくり復活させられるから、今から復帰して……順当にいけば、新年には卒業を迎えられるだろう。__もっとも、大学にもう未練がないのであれば、それはしょうがないのだけれどね」
「そのようにしたくて……帝都へ移ったら、ご相談しようと思っておりました。本当によろしいんですか?」
「そうだったのか。いやぁ、ならよかった。あの手この手で口説こうとしていたから、すんなり決まって安堵したよ。__実は、付き添いと言ったが、私はこっちが本命だったから。学費は大丈夫。あのロンフォール・ラヴィルから渡されている金を有用に使わせてもらうから」
え、とマイャリスは困惑してしまった。
「__ですが、それは……」
「お嬢様」
それまで見守るに留めていたクリストフが声を上げるものだから、ただ一言発しただけでマイャリスの言葉を止めるには十分だった。
一同の視線を受けた彼は、肩をすくめる。
「__この世の中には、生き金と死に金ってのがあるんですよ」
「生き金と死に金……」
馴染みのない言葉に、小首をかしげるマイャリス。
「そうです。響きから、善し悪しがあるってのはわかりますかね?」
「生き金が、善い感じがしますが……」
「そうそう、そんな感じです。__で、あの金。確かに汚いものをつけて前州侯のところにあったものです。しかもあの使われ方……あのままじゃ、間違いなく死に金って言って、なにも生み出さないものです。まぁ、見方を変えれば、前州侯にしたら生き金だったのでしょうが……だから、その金をありがたく使って、いずれ自分が得られたもので還元すればよろしいんじゃないんですかね? それであれは生き金ってものになるんです。お嬢様、持ってる宝飾品かなり手放して、身を切ってもおられるでしょう? あのぐらい使ったって罰は当たらないと思いますけどね」
片足に重心をのせ、腰に手を添えるクリストフは人の悪い笑みを浮かべている。
「まあ、それがなかったとしても、君は有能だったから、奨学金を出すことを惜しまない。もちろん、ビルネンベルクが後見人として無償で出しても構わなかったんだが……」
「後見人、ですか」
その言葉を拾ったのはリュディガーだった。
「ああ。マイャリス殿は、お役目を終えたとしても、帝国にとって未だに貴賓だ。後ろ盾が密かに必要だったから、知り合いであるビルネンベルク殿に頼んだ」
フォンゼル団長が答えると、ビルネンベルクは頷いた。
「キルシェ。私は君の後見人となった。そうなると、住まいは、我が家の帝都にある邸宅を、となって……帝都ってことならば、ついでに大学へ復帰してしまえばいいのでは、と口説こうと思った次第なのだよ」
口説く、という文句は、ビルネンベルクがよく使っていた文句で、昔のままのそれに思わず笑ってしまった。
「君は、とんでもない血統だったのだね。いやぁ、さすが私の気に入り。私はそれを見抜いていたということだ」
「……そういうのは、自画自賛というのではないのですか?」
リュディガーが苦笑して言えば、ビルネンベルクはさも当たり前、という顔を彼に見せた。
「だって、自分で自分を褒めてはいけないなんて法はないだろう? 謙遜しすぎはよくないよ。そう教えてきたはずだが……? それに、誰に褒められるわけでもないんだ、私ぐらいになると」
リュディガーは、処置なし、と天井を仰ぐが、それを気にした風もなく、寧ろ得意げに笑ってやってから、ビルネンベルクはマイャリスへと顔を向けた。
「キルシェ、これからはいくらでも、私が紅茶を淹れよう」
「紅茶……?」
「紅茶、飲んでくれていたのだろう?」
違うのかい、とビルネンベルクが問うたのは、クリストフにだった。
怪訝にしていれば、彼はくつり、と笑う。
「ええ。お届けしていましたし、実際、お召でしたよ」
彼が紅茶を土産に持ち帰っていたのは、決まって帝都へ行ったとき。
休暇、という名目で__。
クリストフ・クラインは、オーガスティン・ギーセンという偽名で活動する間諜だった。
リュディガーが言うに、命令系統が違うらしい。
__その彼が、帝都へ出向いて、その都度紅茶をお土産で持ってきてくれた……。いつも気を使わなくていい、と言っていたのに……必ず。
二人の顔を交互に見ると、クリストフがさらに口を開く。
「実のところ、私が贖ったものではなかったのです。是非、届けてほしい、と頼まれて」
「それは……」
「彼は、ビルネンベルクが抱える小間使なのだよ」
「まさか、彼の雇い主は、先生……?」
「いや。私の兄。__ビルネンベルク家の現在の当主だね」
驚きに目を見開いていれば、ビルネンベルクはいたずらっぽい笑みを浮かべた口元に、人差し指を添えた。
「ここだけの話だよ」
「は、はい」
「マイャリスという人物が、ロンフォール・ラヴィルに抱えられているということがわかり、君がそのマイャリス嬢と結びついたのは、リュディガーが任務についてから、しばらく経ってから。クラインの話から、瓜二つどころでなく、マイャリス嬢こそがキルシェ・ラウペンだとわかった」
「そうだったのですか……」
「駆けつけられなくて……手を差し伸べられなくてすまなかったね。すべてご破算になってしまっては駄目だったとは言え……。ラヴィルという人物は、ビルネンベルクを特に警戒していたから。__彼がいてくれて、よかったよ」
彼__クリストフは、大仰な身振りで頭を下げる。
陰ながらでも、ビルネンベルクは気をかけてくれていたということになる。怪しまれない範囲で、常に支えてくれていた。
「お茶で、我々は君の存命を知っている、と伝わればと思ったが……それは中々都合良くはいかないものだね」
「は、はい……。すみません、勘が悪くて……」
「いやいや、いいんだ。こちらの気が休まる為にやっていた部分が大きいからね」
ふふ、と笑うビルネンベルク。
「__そちらの話はもういいか? こっちも色々とあるんだが、ビルネンベルク殿」
「ああ、ええ。どうぞ、団長閣下」
腕を組み、憮然とした顔でいるフォンゼルに、ビルネンベルクが人の良さそうな笑みで答えた。
そこに大げさなぐらい大きなため息を零したのは、ビルネンベルク。
「__あれは、あれで優秀なんですがね」
見れば、やれやれ、といくらか困った笑みを浮かべている。
「嵐のような男だな」
「直情的、と言ってやってくれ、イェルク。真っすぐで……まぁ、可愛い教え子だよ。私の担当ではなかったが」
「……融通が利かない文官は、まさかあいつか」
__何か、あったのね……。
フォンゼルの眉間の皺が深くなったのは、暫定的に統治していたことに関わっているのだろう、とマイャリスは察した。
「真面目すぎるのですよ。真面目だから、ここへ送り込んだのですが……有能ではあるでしょう?」
「確かに命じたものの実行と実現が早い__が、ひとつでも気がかりがあれば、口答えをしてくる輩がいるらしいから、止まることもあった。やれ、と言ったものは死の後の言わずやればいいと言っても聞かないぐらい」
「でしょうでしょう。それを差し引いても、有能ではあったでしょう。__とは申せ、私の担当ではなかったのですがね」
ビルネンベルクの言葉は評価しつつも、やや距離を置こうとするもので、マイャリスは親交があったはずのリュディガーをちらり、と見る。
「__悪い奴じゃないんだ」
「そうなんだよ、リュディガー。彼は悪い奴じゃない。ただ大学で__ああ、そうだ。大学」
ビルネンベルクが、手を打って、マイャリスへと向き直る。
「キルシェ……あぁ、すまないけど、この呼び名が慣れているから、そう呼ばせてもらうよ? いいかい?」
キルシェ、と呼ばれて、身体を弾ませるほどに驚くが、同時に心が温かくなる。
「はい、もちろんです。__先生にそうお呼びいただけるの、懐かしくて、嬉しいですから」
穏やかにビルネンベルクの目が細められ、彼は満足げな顔になるとさらに続ける。
「キルシェ、大学へ戻りなさい」
「……っ」
しかも大学へ戻れというのだから、遅れて輪をかけて驚いてしまった。
自分が、ハイムダル地方でそう決意したことだからだ。
__それも、戻りなさい、だなんて……。
これから帝都へ移り住み、大学へ相談に行こうとしていた自分からすれば、願う相手の物言いがこれでは、歓迎されているということではなかろうか。
期待に高揚していれば、ビルネンベルクはさらに続ける。
「君は、実のところ休学扱いにしていた」
「私……死亡していたのではないのですか?」
「あぁ、そこはそこで、色々あってね。__あのことは、本当に申し訳なかった。でもね、ほら、私も学長も耳聡いから、後日秘密裏に、そういう処理にしておいたのだよ」
自らの立ち耳を示しつつ、ビルネンベルクは自嘲を浮かべる。
「君はもう少しで卒業要項を満たす学生だったんだ。そのままそっくり復活させられるから、今から復帰して……順当にいけば、新年には卒業を迎えられるだろう。__もっとも、大学にもう未練がないのであれば、それはしょうがないのだけれどね」
「そのようにしたくて……帝都へ移ったら、ご相談しようと思っておりました。本当によろしいんですか?」
「そうだったのか。いやぁ、ならよかった。あの手この手で口説こうとしていたから、すんなり決まって安堵したよ。__実は、付き添いと言ったが、私はこっちが本命だったから。学費は大丈夫。あのロンフォール・ラヴィルから渡されている金を有用に使わせてもらうから」
え、とマイャリスは困惑してしまった。
「__ですが、それは……」
「お嬢様」
それまで見守るに留めていたクリストフが声を上げるものだから、ただ一言発しただけでマイャリスの言葉を止めるには十分だった。
一同の視線を受けた彼は、肩をすくめる。
「__この世の中には、生き金と死に金ってのがあるんですよ」
「生き金と死に金……」
馴染みのない言葉に、小首をかしげるマイャリス。
「そうです。響きから、善し悪しがあるってのはわかりますかね?」
「生き金が、善い感じがしますが……」
「そうそう、そんな感じです。__で、あの金。確かに汚いものをつけて前州侯のところにあったものです。しかもあの使われ方……あのままじゃ、間違いなく死に金って言って、なにも生み出さないものです。まぁ、見方を変えれば、前州侯にしたら生き金だったのでしょうが……だから、その金をありがたく使って、いずれ自分が得られたもので還元すればよろしいんじゃないんですかね? それであれは生き金ってものになるんです。お嬢様、持ってる宝飾品かなり手放して、身を切ってもおられるでしょう? あのぐらい使ったって罰は当たらないと思いますけどね」
片足に重心をのせ、腰に手を添えるクリストフは人の悪い笑みを浮かべている。
「まあ、それがなかったとしても、君は有能だったから、奨学金を出すことを惜しまない。もちろん、ビルネンベルクが後見人として無償で出しても構わなかったんだが……」
「後見人、ですか」
その言葉を拾ったのはリュディガーだった。
「ああ。マイャリス殿は、お役目を終えたとしても、帝国にとって未だに貴賓だ。後ろ盾が密かに必要だったから、知り合いであるビルネンベルク殿に頼んだ」
フォンゼル団長が答えると、ビルネンベルクは頷いた。
「キルシェ。私は君の後見人となった。そうなると、住まいは、我が家の帝都にある邸宅を、となって……帝都ってことならば、ついでに大学へ復帰してしまえばいいのでは、と口説こうと思った次第なのだよ」
口説く、という文句は、ビルネンベルクがよく使っていた文句で、昔のままのそれに思わず笑ってしまった。
「君は、とんでもない血統だったのだね。いやぁ、さすが私の気に入り。私はそれを見抜いていたということだ」
「……そういうのは、自画自賛というのではないのですか?」
リュディガーが苦笑して言えば、ビルネンベルクはさも当たり前、という顔を彼に見せた。
「だって、自分で自分を褒めてはいけないなんて法はないだろう? 謙遜しすぎはよくないよ。そう教えてきたはずだが……? それに、誰に褒められるわけでもないんだ、私ぐらいになると」
リュディガーは、処置なし、と天井を仰ぐが、それを気にした風もなく、寧ろ得意げに笑ってやってから、ビルネンベルクはマイャリスへと顔を向けた。
「キルシェ、これからはいくらでも、私が紅茶を淹れよう」
「紅茶……?」
「紅茶、飲んでくれていたのだろう?」
違うのかい、とビルネンベルクが問うたのは、クリストフにだった。
怪訝にしていれば、彼はくつり、と笑う。
「ええ。お届けしていましたし、実際、お召でしたよ」
彼が紅茶を土産に持ち帰っていたのは、決まって帝都へ行ったとき。
休暇、という名目で__。
クリストフ・クラインは、オーガスティン・ギーセンという偽名で活動する間諜だった。
リュディガーが言うに、命令系統が違うらしい。
__その彼が、帝都へ出向いて、その都度紅茶をお土産で持ってきてくれた……。いつも気を使わなくていい、と言っていたのに……必ず。
二人の顔を交互に見ると、クリストフがさらに口を開く。
「実のところ、私が贖ったものではなかったのです。是非、届けてほしい、と頼まれて」
「それは……」
「彼は、ビルネンベルクが抱える小間使なのだよ」
「まさか、彼の雇い主は、先生……?」
「いや。私の兄。__ビルネンベルク家の現在の当主だね」
驚きに目を見開いていれば、ビルネンベルクはいたずらっぽい笑みを浮かべた口元に、人差し指を添えた。
「ここだけの話だよ」
「は、はい」
「マイャリスという人物が、ロンフォール・ラヴィルに抱えられているということがわかり、君がそのマイャリス嬢と結びついたのは、リュディガーが任務についてから、しばらく経ってから。クラインの話から、瓜二つどころでなく、マイャリス嬢こそがキルシェ・ラウペンだとわかった」
「そうだったのですか……」
「駆けつけられなくて……手を差し伸べられなくてすまなかったね。すべてご破算になってしまっては駄目だったとは言え……。ラヴィルという人物は、ビルネンベルクを特に警戒していたから。__彼がいてくれて、よかったよ」
彼__クリストフは、大仰な身振りで頭を下げる。
陰ながらでも、ビルネンベルクは気をかけてくれていたということになる。怪しまれない範囲で、常に支えてくれていた。
「お茶で、我々は君の存命を知っている、と伝わればと思ったが……それは中々都合良くはいかないものだね」
「は、はい……。すみません、勘が悪くて……」
「いやいや、いいんだ。こちらの気が休まる為にやっていた部分が大きいからね」
ふふ、と笑うビルネンベルク。
「__そちらの話はもういいか? こっちも色々とあるんだが、ビルネンベルク殿」
「ああ、ええ。どうぞ、団長閣下」
腕を組み、憮然とした顔でいるフォンゼルに、ビルネンベルクが人の良さそうな笑みで答えた。
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