【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

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煌めきの都

龍の秩序 Ⅲ

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れ者は」

 フォンゼルの声は、鋭いものを孕んでいた。

たおしました」

 リュディガーの短い回答に、目を細めるフォンゼル。

「確実に?」

 その問いかけには、フルゴルが、自分が答える、と主張するようにわずかに動いた。

「__肉体的には。思念は瘴気の中に。だからといって復活するといった、そんな格にまではなっておりません。利用されるだけされただけのようです。受肉しかけていたようですが、条件が完全に満たされていなかったのだと」

「そうか。__鏡は」

「こちらに」

 池から引き上げて、歩み寄っていたアンブラが鏡を示す。

 蓮の池は、膝上までの深さがあるもので、泥が底に溜まっている。あの勢いで鏡が落ちたのだから、泥にいくらか食い込んでしまって、堆積した泥を巻き上げ水を濁らせてしまっていたはず。

 そこから拾い上げたのであれば、まず間違いなく泥まみれであるはずなのに、鏡には水に濡れたような形跡が見られるだけで、一切の汚れがない。

 アンブラの呪いで、綺麗にぬぐったのだろか__とも思ったが、視界の端で時折盗み見ていたアンブラがそうしたことをしていたようには思えなかった。

 __鏡の特性……なのかしらね。

 特殊な鏡だ。ありえなくはない__そんなことをひとりごちて考えていると、よし、と短く頷いたフォンゼルに、弾かれるようにして彼を改めてみた。

 そこでフォンゼルの視線と、かちり、と絡み合い、息を詰めた。

 目を細めるフォンゼル。

 視線の鋭さに気圧されて、マイャリスは思わず身を縮こまらせるように下げる。

「その女人は?」

「こちらは、私が以前報告しました州侯のご令嬢__養女のマイャリス様でございます」

 オーガスティンだった男の言葉を聞きながら、マイャリスを吟味するように視線を足元から頭のてっぺんまで動かすフォンゼル。

「あぁ……そんな話があったな。秘蔵っ子だとか何とか」

「はい、その方です」

 __報告……されていた……。

 秘蔵っ子という触れ込みであれば、身内とは承知ということ。

 この混乱を招き、国家転覆を目論んでいた輩の最も側近くにいたのだ。何か叱責されるのではなかろうか。

「人質か?」

「被害者です」

 強く言い放ったのはリュディガーで、わずかにフォンゼルの目が彼に見開かれた。

「恐れながら、彼女の協力なしに、我々はここにこうしていられなかったと断言できます」

 疲れの色が消えない彼であるが、彼の表情と言葉には、とても覇気があふれていた。

 ほう、とフォンゼルが目を細め、マイャリスへと視線を戻す。

 マイャリスが固唾を飲んで彼の出方を待っていると、数瞬の後、急に興味を失せたかのように視線を断って、リュディガーへと向けた。

「__さっさと穴を抑える。動けるか? ナハトリンデン」

「……お恥ずかしながら」

「なら、クライン、お前が鏡を。__こんな状況だ。協力しろ」

 __クライン……?

 フォンゼルの視線は、オーガスティンだった男に向けられている。

「一応、お前を有用に使って良い、と許可をもらっている」

「ご随意に。上から、予めそう指示は受けております」

 __上……?

 リュディガーと同じ間諜だったということだが、命令系統が異なるということか。

 マイャリスが怪訝にしていれば、応じたのはオーガスティンだった男。

 彼は、マイャリスの視線に気づくと、自嘲気味に笑う。

 クライン__それが、彼の本名のようだ。

「鏡は任せたぞ。私は戻るが、ナハトリンデン、自衛はできるか?」

「はっ。私の龍もおりますから、どうにでもなります。__しかし、団長ひとつご報告が」

 フォンゼルは兜をかぶり、視線で先を促す。

「……獬豸かいちの血胤がご存命でした」

 どきり、とマイャリスはさらに身を縮こませた。

「何と言った? 獬豸の血胤と言ったか?」

 是、とリュディガーは頷く。

「保護しておりま__」

「どこだ」

 フォンゼルが食い気味に尋ねる。

 リュディガーの視線がマイャリスに向けられ、フルゴルが軽く背に手を添えてきた。

 フォンゼルの視線が鋭く刺さり、クラインの驚いた視線も加わって、自覚がないマイャリスは苦笑を浮かべることしかできない。

 自分ができることがわからないのだ。

 何かここで役目を頼まれても、自身の出自に係わる方法でとなると、やり遂げる自身など皆無。

「なら、何をしていた。こうなる前に手を打てたはず__」

「団長、お言葉ですが、彼女は__」

「お待ちを」

 強い口調で言葉を連ね始めたフォンゼルをまず止めたのは、リュディガーだった。しかし、彼の声はかすれ気味で、それをさらに上回って止めたのは、マイャリスの前へ踏み出すようにして影へ隠したフルゴル。

「今日の今日、ほんの少し前まで、ご自覚はなかったのです。今でも、実感さえなさっておられない」

 ですよね、と問われ、こくり、と頷く。

「__そもそも、まんまと我々は謀られていた」

 フルゴルが更に続けようとしたが、それよりも一瞬早く言葉を発したのはアンブラだった。

「あの痴れ者によって、我々は姦計にかかっていた。疑いもせず絶えたと思い、これまで捜索をしてこなかったことに非がある。それを恥とまずは心に留めなければ。我々に、マイャリス殿を責める権利などない」

 いつになく強い口調のアンブラ。対して、すぅ、と目を細めて射るように見るフォンゼル。

 マイャリスは、はらはら、としながらやり取りの行方を見守るしかできない。

 そして直後、フォンゼルはマイャリスへ居住まいを正すと、胸に手を当てて頭を下げる。

「よくぞ、ご無事で。__失言をお許しください」

「い、いえ……」

 あっさり、と詫びはじめるフォンゼルの変わり様に、マイャリスは言葉をうまく続けられなかった。

「早速ですが、ご助力願いたい」

「は、はい!」

 団長の申し出に、マイャリスは弾むように立ち上がって、はっきりと頷く。

「協力をさせてください! 私にできることがあるのであれば、何でも!」

 そこまで強く勢いで言えば、フォンゼルは目を丸くした後、視線が鋭くなる。

 本心を探ろうとしているのか、フォンゼルは吟味するような視線を向けてくるのだが、その視線を真っ向から受けていると、どうにも責めたてられているような心地になるので、マイャリスは両手を胸の前で握りしめ、視線を落とす。

「団長のおっしゃる通り、今日まで何も……何も出来ていないのです。不本意ながら、見過ごす形になって……責められて当然です。不甲斐ない自分で、本当に申し訳なく思っておりました」

「マイャリス様、それは__」

 フルゴルの言葉を、首を振って制する。

「__贖罪をさせてください。私に使い道があるのであれば、どうぞ使っていただいて構いません」

 __それが、これまで自分のことを知らないでいた償い。

「ただ……本当に、何をどうして良いのか知らないのです……」

「……鏡の番人たる業がわからない、と」

「はい……。それでも、できることは何でも……」

「__フルゴル、アンブラ。察するに、お前たちはこちらに協力を頼むつもりだったのだろうが、それなりに手立てはあるということか?」

「私が助言できます。その通りになさってくだされば、できるはず。我々が取り掛かるより、抑え込みは強固になるでしょう。以前と同等には」

「であれば、こちらとしては、お願いしたい」

 フォンゼルの快諾に、ほっ、と気が抜けそうになった。彼の苛烈なほどの覇気が、いくらか和らいだのだ。

「はい! 是非!」

 __絶対に、果たして見せる。

「難しいことはございません」

 ふわり、と笑うフルゴルは、クラインを見た。

「クリストフ・クライン。道中の露払い、頼みましたよ」

「ご随意に」

 アンブラから鏡を受け取りマイャリスらの元へと歩み寄る彼は、強張った表情のマイャリスに人の好い笑顔を浮かべた。

「__今度は置いていかれる心配はなさそうだ」

 小さく冗談めかして言う彼は、次いでじっ、と見つめてくるリュディガーの視線に気づき彼を見る。

「彼女を頼んだ、クライン」

「これは大任ですな。お任せを。__任せられるのは得意なんで」

 飄々とした答えであるが、頼もしさが感じられるのが彼__そのあたりは、オーガスティンとしていた当時にも感じられていて、それは彼の隠そうとしなかった質なのだろう。

「さて、参りましょうか。大任を果たしに」

 話がまとまったのを見届けてからフォンゼルは早々騎乗して飛び立ち、それを見ながらマイャリスらもまた空中庭園を去る。

 そして、歩みながら、見送るリュディガーを振り返った。

 じっと見送る彼は、残穢もあるからだろう、疲れは隠しきれていないが、それでもまっすぐ力強い眼差しだ。

 __また、後で。

 全て終わったら、会える。

 会えないはずがない。

 会って、話すことがある。

 落ち着いて、腰を据えて、しっかりと。

 感謝と、謝罪と__どれだけかかるかわからないほど。

 リュディガーとアンブラの姿が茂みの向こうに消えたところで、フルゴルが口布をするように促した。

「__これから、瘴気の濃い方へと行きますから。私の力とお召し物や装飾で事足りるとは思うのですが、一応」

 はい、と頷いて口布を取り出し、身につけていると、すでに口布をしていたクラインが鏡をかるく示す。

「これ、何か特殊な力とかありませんかね? お嬢様」

 からり、として言う彼に、マイャリスは暫し考える。

 リュディガーはたしか__。

「__あ、それ、リュディガーが盾に使っていましたが……」

「盾?」

 あまりにも、予想外だ、と言わんばかりの声と顔で彼が振り返った。

「察するに、絶対砕けないんだと思います」

 __ある方法を除いては。

「へぇ、大した傑作ですね」

「マイャリス様! そんなこと、その者にお教えしなくてよろしいんです!」

「使えるものは、使わないと。私、そこそこ腕は立ちますけど、『氷の騎士』殿ほどではないですからね。__ありがたい使い道をお教えいただき、光栄です」

 くつくつ、笑うクラインは、腰だめに括っていた束ねるようにまとめた紐を取り出して、それを解き、左腕に盾を固定しにかかる。

 それを見て、処置なし、とフルゴルが天を振り仰いだ。

 月の端の輝きは、先程よりも明らかに太く、広くなっている。
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