【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
上 下
198 / 247
煌めきの都

顕現スルもの Ⅴ

しおりを挟む
 交差する笑いと慟哭と悲鳴。ヒトのものにも聞こえるが、獣のそれにも聞こえる。それは州城全体、周囲を取り囲む都全体からも、そして頭上からも。頭上を行く異形があるから、それに襲われることができそうだ。

 __でも、死は最終手段。

 自分は生きたいのだ。

 あれら異形が襲ってくる気配がないのは、瘴気を操るロンフォールの思惑__仕業なのかもしれない。

 事実、明らかにこちらに視線を向けて、存在を認識していながら異形たちは素通りして州都や、周囲へと飛んでいってしまうのだ。

 __適切なときに、適切な方法で殺す必要があるから。

 瘴気から腕が無数に生え、マイャリスへと迫る。

 それに割って入るのはアンブラで、マイャリスはフルゴルに引き起こされて、距離を取らされた。
 肩越しに、やや圧され気味のアンブラの攻防を見ながら離れていると、向かう先から唸り声がする。驚いてそちらへ顔を向ければ、黒い四足の異形が迫っていた。

 牛の体ほどの大きさの四足の異形と、それに従う形の犬ほどの大きさの四足の異形。思わず足を止めると、応じるように四つ足の異形たちも地面を抉るようにして滑り込んで足を止め、それぞれが牙をむき出して威嚇してくる。

 __鏡があちらにある以上、滅多なことをしないほうが賢明……。

 自分を人質にしてこの場をやり過ごすことを考えたが、鏡が向こうにある今は、愚策に思える。

 フルゴルが四足の異形との間に割って入り、腕を振るう。

 一瞬、張り詰めた空気がつぶさに弾け、同時に小さい四足の身体が霧散して消えていった。だがすぐに四足の異形は形作られて前を塞ぐ。

 そうして、大きな四足の異形は、あろうことかその場に座し血のような相貌を細めて見つめてくる。

 通しはしない。足掻くのは好きにしろ。やれるものなら__そんな意思を持ち合わせているのか甚だ疑問だが、その目はそう言っているように見えてならなかった。

 どん、と鈍い音が背後から聞こえ、マイャリスとフルゴルは弾かれるように振り返る__が、その視界を横切った影が、近くに転がり落ち、それを阻止する。

 見れば、それはアンブラだった。

 転がって地面に伏したまま動かないアンブラ。ヒトの身を包む法衣は、裂け、血が滲み、全身で呼吸をしている。

 慌てて駆けより助け起こそうとするが、彼がうめき声を上げるので思わず手を離して止めた。

 ずりずり、と地面を擦る嫌な音とともに、足音が近づく。ロンフォールが不敵に笑んで歩み寄ってきていた。

 その手には、どこから取り出したのか、白刃の得物__それを見てマイャリスは眉を潜めた。

 黒かったはずだ。禍々しい真っ黒い刀身の得物。それがどういうことか、形こそ同じだがこの瘴気渦巻くところにあって、目を引くほどの白さになっている。

 ゆらり、と身体を起こすアンブラを見て、ロンフォールは鼻で笑った。

「飼い主に傷を押し付けられたのは、同情する。黒狐。本調子が出ないのに、あの獬豸の血胤を守るのは骨が折れるだろう。素直に渡せば楽にはなるぞ」

「楽__とは。よく言う。そなたの場合、断つ、ということであろう。残念ながら、我々は剄られても、そならに下らぬぞ」

 くつり、とロンフォールが笑った。

「それは承知だ。あの狗のせいで、積み上げた気枯(けが)れを剥がされたのでな。お前たち二柱を屠った場合の気枯れは相当なものだろう。あれほどではないが、十二分。無駄にはならんから、素っ首を寄越せばよい」

 白刃を示したロンフォールが、地を蹴った。

 フルゴルが間に入るように動き、何か短く言葉を紡いだ直後、彼女そのものが俄に輝いた。その輝きは彼女を中心に4、5歩の半球を描いて広がっていき、ロンフォールの振り下ろした白刃を受け止めて鍔迫りあった。

 白と黒と金の光の粒を、接したところから激しく迸らせての鍔迫り合い。ぐにゃり、とロンフォールの瘴気が蠢いて、別の角度からぶつかってくる。追い打ちをかけるように四つ足の異形までもが飛びついてくる。

 迫りくる四つ足の牙に、マイャリスは身を固めていれば、アンブラが手を引いてしゃがませた。

 アンブラは小さく言葉を紡いで、人差し指と中指を揃えて、瘴気と四つ足の異形らに幾度も縦横に切るようにして払う。

 瘴気と四つ足が、アンブラの指が虚空を切る度に、同じように何かに打たれているのか、身を捩って離れ、あるいは霧散する。

 そうしていると、ロンフォールの顔の不敵な笑みが固まり、消え、唐突にその場を離れた。

 何事か、と見ていれば、彼の鏡を握る瘴気の一部が膨れ上がっていく。

 異変を察知し視線鋭く身構えるフルゴルだが、ロンフォールが驚愕した声を漏らすのは何故か。

 盛り上がり、繋がった部分は引き千切れんばかりに薄く細く伸びていく。

 それが限界に達した瞬間、塊が瘴気から飛び出し、鏡を掴んでいた手までもが巻き込まれるようにして千切れる。

 刹那、呻いたのはロンフォールで、忌々しげに塊を睨みつけていた。

 勢いよく飛び出た塊は、さらに大きく広がった__否、翼を有していた。

 鏡はその瘴気の中に包まれて見えなくなり、追いかけるようにして新たに瘴気の腕が塊に向かって伸びるも、塊は見透かしたように、ひらり、と躱してしまった。

 かなり大きな塊で、前後にすらり、と伸びる部位は、よくよく見れば首と尾。

「__龍……」

 フルゴルが驚嘆した声で呟いた言葉で、マイャリスはそれを龍だと認識した。

 だが、形はたしかに龍であるが、どうみても瘴気の塊である。

 少し離れた東屋の屋根の上に降り立ったそれは、鋭利な蹴爪を穿ち身体を固定すると、威嚇するように翼を広げてロンフォールへ咆哮を放つ。

 最初に動いたのは、牛ほどの大きさの四つ足の異形だった。執拗に砕こうとしていたフルゴルの壁から離れて向かっていく。

 応じるように翼の異形も飛び立って、地面すれすれまで降りると、その勢いのまま四つ足の異形へとぶつかった。

 大きく開いた頤が四つ足の異形の喉笛を喰み、空中へと舞い上がる。そして、そこで喉笛を食いちぎった。

 断末魔の咆哮を上げることもなく、四つ足の異形は庭園の地面へと落ちていき、ぶつかる直前で霧散して消える。

 再び地面へと急降下して、木々のすれすれを飛び、マイャリスらの周囲に次々湧いてきていた四つ足たちに襲いかかった。

 そして、全て平らげ驚異を払った後、そのまま地面へと身を伏せる。

 その翼の異形が、ずるり、と身を引くと、力なく横たわる人物がいた。翼の異形は、そこからロンフォールへと向かって飛びつくも、マイャリスの視線は横たわったままの人物に釘付けになってしまった。

 大柄な男だった。礼装に包まれた身体は、筋骨隆々としているものの、ところどころ痛々しい裂傷と血が滲んでいる。

 マイャリスの場所からは、横たわった姿勢が背面を見せる形だったために顔は確認できないが、その姿を見間違うはずがなかった。

「リュディガー!」

「ならん……っ」

 転げる勢いでそちらに駆け寄ろうと動くも、アンブラが手を取ってそれを阻もうとした。しかし、それを振りほどいて彼のもとへと駆け寄った。

 近くで見ると彼の負傷をより見せつけられ、思わず顔を歪めてしまう。健気にも鏡を抱えている彼。

 その鏡以外、どういうわけか、彼全体に影が降りたように昏く見える。

 異様な光景で、逸る気持ちに押されて、呼吸はどうだろうか、と鼻と口に手を翳すため身体の向こう側へ身を乗り出す。

「お止めください!」

 フルゴルが叫びにも近い声を張り上げたとき、向こう側へと手を伸ばす為、彼にもう一方の手を軽く添えるように置いたところだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...