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煌めきの都
帰命スル影 Ⅱ
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ロンフォールが間合いを詰めて、瘴気を無数に伸ばし、さらに四つ足も生じさせてけしかけてきた。
すべて同じ刻の言葉を吐き出して、最低限、ロンフォールが繰り出してくる攻撃を消失させて、あとは自身の得物で平らげていく。
そうしていると、瘴気の中から飛び出すあらたな人影の異形。ヒトの形こそしているが、ただのヒトは刃のようなものを持っていた。その動きの鋭敏さに、リュディガーはほぼ受け流すことしかできないほどである。
一体だけならまだしも、それが二体もあり、それぞれが示し合わせたように、無駄がなく攻撃を繰り出してきた。
ロンフォール自身もそれに加わるというのは、流石に手数が多く早すぎる。
転げ、打ち、躱し、避け、放ち、止め、迎え、流す。
__頭が……身体が……感覚が……。
徐々に自分がぼやけてきた。
影身玉でも緩和しきれないほどの瘴気の濃さになってきたのだろう。
__腹が立つ……。
そんな感覚の中でも、はっきりと消えない感情がそれ。
今日まで腹が立っていたのを抑え、隠し、振りとは言え、仕えてきた。
契約の代償で、喜と楽の表情が出せなかったお陰で心もそれに引っ張られて出すことはなく、冷徹な為人を貫けたのは幸いだったが、それは同時に、鬱屈するのを助長もさせた。
もういっそ剄ってしまえばいいのでは、と思ったことは事実だ。それをどうにか留めて、泳がせ続けるのは難儀だった。
養父には関わるな、と言って去っていった学友の言葉の意味を、つくづく痛感させられた日々。
どれだけ彼女が歯痒い思いをしてきたか、身を持って知った。
__国家転覆罪は、即死罪。
この帝国において、もっとも重い法。その確固たる証拠を得るのが、この日しかなかった。
どれだけの犠牲が払われたか、考えるだに腹が立つ。
__しかも、身内だったとは……。
実父は他殺だった。それも実弟による犯行。実母はその後の不遇の中、死んでいった。
__死なせてしまった。
やむを得ない状況だった。当時移り住んでいた地域を襲って__実母をしっかりと弔えていないのだ。
__あの魔物の事件だって、鏡を魔穴へ落とされたがために生じた可能性が否めない。
ローベルト・ナハトリンデン一家に運良く拾われて過ごしていたが、ずっと引っかかっていたこと。やむを得ない状況だったと、言い聞かせて過ごした。
戻るに戻れない背徳感をずっと引きずっていた。
__腹が立つ!
祖国と同じ惨劇を帝国にもたらすなど、させてはならない。
きっかけは龍室だろう。だが、今の帝国民には何ら非などない。
__ここで、踏ん張らないと、同じようなことを経験する者が大勢出てしまう。
それに、とリュディガーは思う。
__すべてが、これまでのすべてが無駄になる。
あちらも時間と労力を相当かけただろう。それは、此方側だって同じだ。
__彼女だって……。
リュディガーは、歯を食いしばった。
__腹が立つっ!
迫りくる人の影一体をどうにか絶ち、胸飾りをひとつ取り出して、得物の表面で撫でてから中空へ投げた。
かっ、と投げたそれが輝きを放つ。
それは昼のような__否、それ以上の、明るさをもたらした。やや青白い光は、刺すような強さで、周囲の瘴気を払う作用もなした。
突然の光源に、怯んで距離をとるロンフォール。
__もう十分だろう。これ以上は、じり貧になる。
ロンフォールの向こう。
光によって、伸びた影。
その上に陽炎が生じ、爆ぜる。
徐々に濃くなる影。
影は膨らみ、繭になる。
繭はしかし、途端に裂けて中身が膨れ上がり、やがて見上げるほどに大きな姿を形作った。
腰から上、首にかけて大きく発達した身体。下肢は上体に比べて細いものの、筋骨粒々としている。それぞれの四肢には、五指すべてに長く鋭利な爪があった。
繭の外殻はさらに裂けてうねり始める。それはさながら鬣のよう。
のっぺり、とした顔は箆鹿。相貌は山羊。
その目尻から垂れた耳を覆うように生える角は、岩のようなごつごつとした印象の表面で二対。
ぎょろり、と黄金色の目が現れる。その目。その目はただの輪郭で、その内側に瞳がふたつ裂けるようにして現れる。
とっさに離れたロンフォールだが、それを追うようにして伸びた影がロンフォールを捉える。
捉えた部分の影は、ぼんやりと陽炎を纏った手。
ぐにゃり、と歪んだ箆鹿の口。そこから顔を出したのは、牙。いかにも温厚そうな見た目の顔には不釣り合いなそれ。
「お前のクライオンの本性か!」
ロンフォールが言うや否や、瘴気が蠢き、四つ足の獣と人の影は走ってリュディガーに襲いかかる。
__邪魔だ!
クライオンの足元から、大きさを人の大きさほどに小さくした同じ形の塊が現れ、それらを迎え撃つ。さらに、クライオンはもう一方の腕を大きくしならせ、大きな片翼を形作ると、そこから飛び出した羽根もまた異形を屠りに向かわせる。まるで蜂のように飛び交うそれらによって、生み出される異形や蠢く瘴気の勢いがより削がれ始めた。
身体が怠く、重くなる。
__仕留める。
片翼からから大太刀の形になさしめる。
唐突に、ぐわらん、と見つめていたロンフォールの姿が歪んだ。
__まだ……っ!
膝を付きそうになる自身を叱咤して、大太刀を横へ払わせた。
すべて同じ刻の言葉を吐き出して、最低限、ロンフォールが繰り出してくる攻撃を消失させて、あとは自身の得物で平らげていく。
そうしていると、瘴気の中から飛び出すあらたな人影の異形。ヒトの形こそしているが、ただのヒトは刃のようなものを持っていた。その動きの鋭敏さに、リュディガーはほぼ受け流すことしかできないほどである。
一体だけならまだしも、それが二体もあり、それぞれが示し合わせたように、無駄がなく攻撃を繰り出してきた。
ロンフォール自身もそれに加わるというのは、流石に手数が多く早すぎる。
転げ、打ち、躱し、避け、放ち、止め、迎え、流す。
__頭が……身体が……感覚が……。
徐々に自分がぼやけてきた。
影身玉でも緩和しきれないほどの瘴気の濃さになってきたのだろう。
__腹が立つ……。
そんな感覚の中でも、はっきりと消えない感情がそれ。
今日まで腹が立っていたのを抑え、隠し、振りとは言え、仕えてきた。
契約の代償で、喜と楽の表情が出せなかったお陰で心もそれに引っ張られて出すことはなく、冷徹な為人を貫けたのは幸いだったが、それは同時に、鬱屈するのを助長もさせた。
もういっそ剄ってしまえばいいのでは、と思ったことは事実だ。それをどうにか留めて、泳がせ続けるのは難儀だった。
養父には関わるな、と言って去っていった学友の言葉の意味を、つくづく痛感させられた日々。
どれだけ彼女が歯痒い思いをしてきたか、身を持って知った。
__国家転覆罪は、即死罪。
この帝国において、もっとも重い法。その確固たる証拠を得るのが、この日しかなかった。
どれだけの犠牲が払われたか、考えるだに腹が立つ。
__しかも、身内だったとは……。
実父は他殺だった。それも実弟による犯行。実母はその後の不遇の中、死んでいった。
__死なせてしまった。
やむを得ない状況だった。当時移り住んでいた地域を襲って__実母をしっかりと弔えていないのだ。
__あの魔物の事件だって、鏡を魔穴へ落とされたがために生じた可能性が否めない。
ローベルト・ナハトリンデン一家に運良く拾われて過ごしていたが、ずっと引っかかっていたこと。やむを得ない状況だったと、言い聞かせて過ごした。
戻るに戻れない背徳感をずっと引きずっていた。
__腹が立つ!
祖国と同じ惨劇を帝国にもたらすなど、させてはならない。
きっかけは龍室だろう。だが、今の帝国民には何ら非などない。
__ここで、踏ん張らないと、同じようなことを経験する者が大勢出てしまう。
それに、とリュディガーは思う。
__すべてが、これまでのすべてが無駄になる。
あちらも時間と労力を相当かけただろう。それは、此方側だって同じだ。
__彼女だって……。
リュディガーは、歯を食いしばった。
__腹が立つっ!
迫りくる人の影一体をどうにか絶ち、胸飾りをひとつ取り出して、得物の表面で撫でてから中空へ投げた。
かっ、と投げたそれが輝きを放つ。
それは昼のような__否、それ以上の、明るさをもたらした。やや青白い光は、刺すような強さで、周囲の瘴気を払う作用もなした。
突然の光源に、怯んで距離をとるロンフォール。
__もう十分だろう。これ以上は、じり貧になる。
ロンフォールの向こう。
光によって、伸びた影。
その上に陽炎が生じ、爆ぜる。
徐々に濃くなる影。
影は膨らみ、繭になる。
繭はしかし、途端に裂けて中身が膨れ上がり、やがて見上げるほどに大きな姿を形作った。
腰から上、首にかけて大きく発達した身体。下肢は上体に比べて細いものの、筋骨粒々としている。それぞれの四肢には、五指すべてに長く鋭利な爪があった。
繭の外殻はさらに裂けてうねり始める。それはさながら鬣のよう。
のっぺり、とした顔は箆鹿。相貌は山羊。
その目尻から垂れた耳を覆うように生える角は、岩のようなごつごつとした印象の表面で二対。
ぎょろり、と黄金色の目が現れる。その目。その目はただの輪郭で、その内側に瞳がふたつ裂けるようにして現れる。
とっさに離れたロンフォールだが、それを追うようにして伸びた影がロンフォールを捉える。
捉えた部分の影は、ぼんやりと陽炎を纏った手。
ぐにゃり、と歪んだ箆鹿の口。そこから顔を出したのは、牙。いかにも温厚そうな見た目の顔には不釣り合いなそれ。
「お前のクライオンの本性か!」
ロンフォールが言うや否や、瘴気が蠢き、四つ足の獣と人の影は走ってリュディガーに襲いかかる。
__邪魔だ!
クライオンの足元から、大きさを人の大きさほどに小さくした同じ形の塊が現れ、それらを迎え撃つ。さらに、クライオンはもう一方の腕を大きくしならせ、大きな片翼を形作ると、そこから飛び出した羽根もまた異形を屠りに向かわせる。まるで蜂のように飛び交うそれらによって、生み出される異形や蠢く瘴気の勢いがより削がれ始めた。
身体が怠く、重くなる。
__仕留める。
片翼からから大太刀の形になさしめる。
唐突に、ぐわらん、と見つめていたロンフォールの姿が歪んだ。
__まだ……っ!
膝を付きそうになる自身を叱咤して、大太刀を横へ払わせた。
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